自作小説「私を「スキーに連れてって」の時代に連れてって」 第2章 滑走

バブルの時代が、本当に幸せな時代だったのかを問い直す小説。

まずは序章をお読み下さい。

 涼子とアキラは、車を降りて、近くのホテルに向かった。アルプス風の五階建ての建物がどんと構えており、「志賀高原温泉ホテル」と看板が掲げられていた。
 腕時計を見ると時間は、午前六時。すでに明けている。アキラは、車に出てから、体がふらふらしているようだ。それもそのはず、五時間以上も深夜ドライブをしていたからだ。何を期待していたのか、張り切ってドライブしていたのはいいものの、着いた途端、眠気が襲ってきたようだ。
 涼子は、横目にふふうん、と眺めいた。涼子は、車の中でぐっすり眠ったので、今は目が覚めすっきりした状態だ。気付いたことは、ここが、名古屋よりずっと寒いことだ。冬が終わりかけ、春の兆しが見え始めた名古屋と違い、ここはまだ真冬のようだ。涼子は、ジャケットにミニスカートだったため、高地の低温が肌身にしみたが、それがかえって目を覚まさせ気持ちを高揚させた。
 玄関に入り、フロントに向かう。ふと、涼子は驚いた。中が暗い。もちろん、早朝であるが、それなりの規模のホテルである。フロントの明かりのみが点いていて、ロビーは真っ暗で、窓からの弱い日光が僅かに中を照らしている。普通のホテルなら、照明をつけ、全体を明るくするものだが、何だかまるで、経費節減で電灯を遠慮している感がある。
 暗くてひっそりした雰囲気のロビーを越して、フロントに行き、
「あのう、お部屋空いてますか、二人で泊まりたいのですが」
とアキラ。しどろもどろな口調になっている。
「ええ、空いてますよ」
とフロント係の女性は感じよく答えた。待ちに待ったお客さん歓迎という表情だ。
 アキラは、さっと財布からクレジットカードを差し出す。チェックインの手続きを済ますと、アキラは部屋のキーを持ちながら、部屋の中へ。キーの番号は二〇四だ。部屋は和室で、窓から白銀の世界が眺められた。
 涼子はアキラに言った。
「ねえ、ちょっと横になったら、疲れているようだし」
 涼子は座布団を指差し、そこに横たわるように促した。すると、アキラは、さっと畳の上に横たわり、座布団を枕にすると、一気に爆睡状態に入った。
 やったと涼子は思った。これでいいのだ。さっそく、キーを持ち出し、廊下に出て、フロントに向かった。
「すみません。スキーウェア、スキー用具をレンタルしたいのですが、それから今日のリフト券も買います」
と部屋のつけとなるようキーを差し出し話しかけた。
 フロント係は、ロッカールームに案内し、スキーウェアをまず貸し、そして、スキー板、ストック、ブーツ、ゴーグルを貸し出した。
 涼子は、ふとしたことに気付いた。スキー板が映画で見たのとは違う。やや短めで、反り上がった先端がとんがってなく、丸みを帯びているのだ。
「これって、スキーに連れてっての映画で観たのと違うような」
という言葉を涼子が思わず発すると、フロント係の女性は、
「ああ、それは二十年以上前の映画でしょう。これは、十年ぐらい前に出たカービングスキーという種類で、カーブをしやすくするため改良されたもので、今ではこれが主流です」
と答えた。
 なるほど、そんなものが出たのか、と涼子は思った。もっとも、生まれて初めてのスキーをする涼子にとってはどちらでも構わなかった。
 スキーウエアを身につけ、ブーツを履き、そして、ストックと板を持ち歩き、外へと出た。早朝であったが、何でも、この日は、シーズン最終日で、早朝の午前六時半からリフトが稼働して、滑走ができるという看板が出ていた。
 涼子は、板を置き、ブーツをはめた。映画を思い出しながら、ブーツを板にはめ、ゆっくりとストックで自分を押し出した。押し出し、何とかリフト乗り場のところにまでゆっくり滑りながら近付いた。

 意外にも簡単だ。涼子は、子供の頃から運動神経のいい方だ。バランス感覚は優れている方だといわれる。だから、すんなりと怖がることなく、生まれて最初の滑りが立ったままこけることなく成し遂げられた。ゆっくりだが、気持ちよかった。白い雪の上とは、こんな感覚なのかと、生まれて初めての感覚に驚いた。この調子で、うまく滑っていければいいがと思った。
 リフト乗り場に着いた。腕にリフト券をワッペンのようにゴムでとめている。それを入り口のバーコード・センサーに近づける。リフト券のバーコードが反応して、入り口の扉バーが開かれた。涼子はストックを地面につけ滑りながら入る。すぐにリフトの椅子が来た。回転リフトは動き出したばかりで、涼子の前にリフトに乗ったものは誰もいず、閑散としていた。シーズン最終日で早朝、なのだからだろうと思った。

 リフトが山の頂上に着いた。



 リフトをさっと降り、数メートル流されるように滑り、平坦な丘の上で止まる。丁度、志賀高原全体が見渡せるような位置だ。
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「上級者コース」という看板を目にした。
 ここから滑れるのかと、目を落とし、眼下の下り坂を見下ろした。
 うわあ、急だ、とっても急な傾斜だ。まるで崖から落ちるような急な勾配だ。見ただけで身の毛がよだつ。初心者の初心者である涼子には無理だと思った。
 そうだ、もっと緩やかなコースはないのだろうか。別の看板に矢印があり「初級者コース」と書いてあったので、そこに向かった。
 初級者コースは、最初に見た上級者コースとは大違いで、顔を普通に上げたそのままの目線でコース全体が眺められる程なだらかな勾配であることが分かる。これなら、何度こけても大丈夫。また、真っ直ぐなまま滑っても問題ない。ひとまず、練習としてこのコースを何度も滑ってみようと考えた。
 さっと、滑り出す。板はゆっきりと動き出す。だが、だんだんとスピードも上がってくる。そうなると涼子は、やや腰をかがめぶれないように姿勢を整えた。真っ直ぐするりと滑り降りた。
 何だ簡単じゃない。涼子は、自転車に初めて乗った小学生の頃を思い出した。サドルに乗った瞬間から、自転車はするりと動き、バランスが崩れて左右に傾くことなく、それ以来、自由自在に乗れていた。このバランス感覚は生まれつきのものだ。父の遺伝のためだろう。母は、父の滑る姿に惚れて、ここで付き合いが始まったと言っていたのだから。どんなに格好良かったのだろうか。
 涼子にとっては、母と自分を捨てたにっくき父親としてのイメージしかない。会社勤めをしていたときは、疲れた表情ばかり見せ、何かと愚痴ばかり。何だか人生がつまらなそうな人だった。会社をリストラされてからは、もぬけの殻で、何もかも失い、母と自分を罵ることも、嫌な思い出ばかりだ。母は、それでも父のことを悪く言おうとせず、時に父と出会った志賀高原の思い出を涼子に話し、「スキーに連れてっての映画の主人公のようにプロのような腕前だった」と。でも、信じられない。あんな父が、このスキー場をさっそうと滑っていたなんて。それに今の今まで、スキーに連れて行って貰ったことがなく、そんな姿を目にしていないのだ。そもそも志賀高原は母の生まれ故郷。それなのに、どうして一度として連れて行ってくれなかったのだろうか。父は自慢のスキーの腕を披露できただろうに。
 かねがね持っていた疑問を、涼子は思い返し、リフトに乗って初級者コースを何度も滑った。
 次第に真っ直ぐではなく、ややカーブを描きながら滑るようにした。何度かこけたが、すぐにこつが掴めた。スキーとは実に簡単なスポーツだ。
 調子がつくと、どんどんスピードを上げて見ることにした。腰をもっとかがめ、ストックを脇にしめ後方へ突き出す。
 スピードを上げるのは、怖くなるというより、ジェットコースターに乗っていてスピードが上がってくるようなスリルと興奮を与えてくれる。
 滑りながら、どんどん快感が増した。また、リフトに戻り滑る。今度は、中級者コースに挑戦だ。傾斜は初級者コースに比べ、急になり、カーブを作る必要が出来てくる。初級者コースで作るカーブよりより、角度が小さい。スピードもいやがうえに増す。スピードが早過ぎたと思ったら、板をハの字形にして、スピードを落としてみる。スピードを落とせばカーブがしやすい。
 ややはらはらどきどきしながらも、中級者コースも初級者コースと変わりなく滑れた。リフトに乗り直し、何度も滑ると、何の違和感もなく初級・中級と滑れるようになっている自分に気付いた。
 何度も滑ると、スキーなんて、こんなものなのかと思うほど楽チン感を感じる。でも、素晴らしいのは滑っている時のスピード感だけではない。周囲の雪景色、丘の頂上から見下ろす麓の平野の姿などだ。
 スキーの醍醐味というのは、雪景色を楽しみながら、スピード感を味わうことなんだと思った。
 最初にリフトに乗って、二時間が過ぎた。でも、あっという間だった。ぽつぽつ、スキーヤーも増え始めている。スノーボーダーも目にする。
 母の雪子が、父との出会いを話すとき、当時のスキー場の様子も話してくれた。二十年前、出会った頃はバブル絶頂の時代。日本は歴史上稀に見る好景気に沸いていて、その上、映画の影響でスキーがブームになって、志賀高原のスキー場は大盛況の状態だったと。リフトに乗るのにも、二十分ほど待たされる程、混雑していたって。
 今は、それほどスキーは流行のスポーツではない。客足が伸びず閉鎖するスキー場もあるほどだと聞く。スキーは、ウエアと板、ストック・ブーツなどを一式揃えなければいけず、スキー場というのは高地にあるため、都市部からのアクセスが悪い。所得が減っていく中、スキーを楽しめるほどの余裕のある人は減っていくばかりなのだろう。スキーは、まさにバブル時代を象徴するスポーツだったということなのか。
 涼子は、体の変化に気付いた。体が汗だくだくであることと。ウエアを着ているのが暑苦しくなるくらいだ。でも、気持ちのいい汗だ。だが、もう一つ、腹がとっても減っていることに気付いた。
 今朝は、志賀高原に着いてから何も食べていない。興奮して、スキーを始めたから何かを口に入れなければいけないなどと考えもしなかった。
 ここに来て、空腹感をやっと感じるようになった。高原全体を見渡しながら思った。ひとまず、食事と行こう。あのアキラも目を覚ましだしたところだから、一緒に食事をしてやろう。そして、口車に乗せて、あいつも一緒に滑りに誘おう。一緒に滑って、今晩にも名古屋に帰ろう。変なことをさせないためにも、うまくおだてないと、と思った。
 そうだ、ならば食事前の最後の滑りは、思い切って上級者コースを試してみよう。
 涼子は、そう思い、上級者コースに向かった。丘の上から真下を見下ろす。最初に見たときと同じだ。崖の上を飛び降りるような恐怖感を感じる。よく見ると中級よりも斜度はぐっと急だ。よし、急がず、まずはゆっくりと、板を踏み出した。すぐにカーブをする必要に迫られる。また、カーブ、真っ直ぐになると、ジャンプ台の上にいるように引きづられ体が落ちていく。だからまた、カーブ。
 ああ、場違いだったと涼子は後悔した。でも、始めた限り滑りきらないと仕方ない。よし、カーブをまめに作りながら、恐る恐るゆっくりと進んでいく。
 ほっと、中頃まで辿り着いた。やや傾斜が緩やかになって立ち止まれるところがあった。ひいひいしながらだったが、ほっと心を落ち着かせ、また、眼下を見下ろした。
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 ああ、上級者コースとなると、格が違う。これはあと何時間か練習して滑れるようになるものではないと感じた。
 でも、カーブばかりは体を動かし過ぎ疲れる。あと残りは急だけど、距離はそんなにない。
 よし、最後、思い切って一気に下まで滑り込もう。涼子は身構えた。さっと滑り込み、最後のところで、ターンしよう。幸い、下には、スキーヤーはいないみたいだし、誰にもぶつからずにすみそうだ。
 板を踏み込み、滑走。スピードが増す。どんどん増す。恐怖感が込み上がる。ああ、怖い。涼子はさっと体をくねらせ、カーブした。
だが、スピードは下がらない。ハの字形に板を前でくっつけるが、それでもスピードが落ちない。涼子は、体を落としてこけようとした。だが、板は体を引き寄せる。バランスが崩れ、ストックを両手から離してしまった。
 しまった、と思った。
 すると、目の前に林が見える。赤くて低いネットの柵が見えた。この下は、崖になっているということか。落ちてしまうとまずい、早く止まらないと。
 と思った瞬間。左足の板がネットに引っかかった。
「いやあ」
 体が、ふわっと浮いた。左足から板が外れる。涼子は右足に板をつけたまま、柵の下の崖に転げ落ちてしまった。

第3章へつづく。
by masagata2004 | 2009-09-13 21:47 | スキー | Trackback | Comments(0)
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