旅小説「私を沖縄に連れてって」 第2章 漁師になりたい

米軍基地建設をめぐる海人(うみんちゅう)の戦い

まずは第1章をお読み下さい。

 龍司は、毎日の満員電車による通勤が酷でならなかった。片道二時間かけて府中から、千葉の幕張まで行く。この仕事に就く前まで、大学を卒業後、職場を四回変えた。これまでは都内であったので一時間以内で通えたが、今度は二時間もかかる。引っ越そうかとも考えたが、引っ越すためのお金が十分にない。
 前に勤めていた会社は、水産関係の貿易会社で仕入れを担当していた。だが、入社後四年が経って倒産。失業保険で就職活動をして暮らした。丁度、保険の支給が切れて生活費も底をついた時に、その殴った上司から電話があり採用の知らせがきた。
 面接に行った時、とても遠いなと思っていたが、それでもやも得ぬ、選択の余地はないと考え採用を受けた。
 龍司が採用された最大の理由は、英語力だったらしい。それは、これまで採用を受けたところは、どこもそうだった。
 出身大学は三流とはいえないが、一流にはほど遠い二流クラスの大学。卒業後の進路を憂い、大学時代交換プログラムで半年間カナダへ語学留学をした。卒業後、就職が決まらず、それならばと思い、さらにイギリスへ半年間語学留学をした。
 もともと英語は、中学時代から得意な科目であった。だから、社会に出てビジネスマン並みにぺらぺらと喋られるようになりたいという想いがあり、また、その方が就職に有利だと思った。
 留学先では、生活に密着しながら一気に会話力を磨いた。カナダでもイギリスでも、すぐにガールフレンドができたため、そのことが上達を大いに助けた。
 龍司は、子供の頃から女性にもてるタイプであった。背が高く、顔もイケメンだといえる。
 もっとも、付き合っても長続きしないのが問題であった。なので、結婚までして一年足らずで離婚したことが二度もある。性格が短気で、やたらと自己主張が強い。そして、平気で浮気もする。それが自分の誇れるところと思い上がっているので、さんざん離婚された女性にこき下ろされても、その性格は直らなかった。
 そして、就職も、いつも務めては長続きがしなかった。正社員として雇われても、一年か二年で退職せざる得ない状況になった。上司、同僚、クライアントと揉め事を起こしてしまうのである。
 さすがに四番目に務めた前職では、そんなトラブルがないように慎重に振る舞ったが、会社が倒産して転職先を探さなければならなくなった。
 しかし、そこは今までになく酷だった。会社は米国系のビジネスコンサルタント企業で、日本の小売業者にアメリカ流の利益増進プログラムを提供することを事業内容としていた。
 龍司は、営業を担当したが、日本語が話せないアメリカ人上司の通訳や翻訳も担わされた。いわば彼のアシスタントであった。アメリカらしく彼をファーストネームのピーターと呼んでいたが、性格は最悪であった。
 龍司以上に短気で、やたらと注文が多い。ミスをすれば激しくどやす、同僚やクライアントがいる前でだ。
 そして、務めて三ヶ月後、龍司は我慢が頂点に達した。
 それは、会社でクライアントのための物産展を幕張メッセで催すことになった日だ。メッセは、会社の隣にあるビルで、クライアントと共に頻繁に利用しているコンベンション・センターである。
 その日、いつもの出社時間より早くメッセに行かなければならなかった。入社後、何度かそういうことを経験したので、予定の時間に合わせてアパートを出たが、問題は、通勤電車が人身事故にあったため、大幅に遅れたことだ。おそらく、ホームに誰か自殺で飛び込んだんだろう。こんなことは、何度も経験があったが、いかんせん、その日の物産展は、会社としては最も大事なクライアントのためのものである。
 遅れることをとりあえず、携帯電話で知らせたが、ピーターは「出来るだけ早く来い」と言い返すだけだった。
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 一時間遅れでメッセに着いた。だが、ピーターはかんかんであった。龍司が通訳を務めて訪問客に披露するデモンストレーションがキャンセルになったためだ。
 ピーターは龍司に、アメリカ英語で、こう言い放った。
「君は、もう必要ない。二度と顔を見せるな」
 その言葉に龍司は怒りを爆発させ、ピーターのネクタイを引っ張り、即座にパンチを食らわした。
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 その後、龍司はメッセを出て、近くの海浜公園をほっつき歩いた。砂浜の海、それは東京湾岸であった。そんな海を眺めながら、前の会社にいた時のことを想い出した。十ヶ月ぐらい前、だったろうか。
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 それは、沖縄へ出張に出た時のことだった。思い出す、今見ている海よりはるかに美しい沖縄のエメラルドグリーンの海。飛行機から眺め港からも眺めた。大きな港の水産卸売市場に立ち寄った。そこで、生鮮魚類の調達のため派遣された。東京は秋深まる中、沖縄は背広では、汗ばむほど暖かかった。



 そこで卸売業者の現地の男性と知り合った。仕事は、手順通りのことをこなすだけで、簡単に済んだのだが、その卸しの男は、気さくで一緒に泡盛でも飲まないかと龍司を居酒屋に誘った。
 居酒屋で湯割りの泡盛を飲みながら、龍司は沖縄の海の美しさについて語った。その後、話しは弾み、龍司は冗談半分で「いやあ、この美しい海の上で一日中働けるのなら最高だな」と話した。
「漁師になりたいのか」
と男がいうと、龍司は
「是非とも」と酔った勢いで応えた。だが、男は
「はは、あんた逞しそうだけど漁師なんてのは、やりたいと思っただけで務まるもんじゃないよ」
と言い返した。ま、単なる居酒屋談義なので、受け流したが、翌日の朝、東京に発つ時に、挨拶がてら卸売市場で男と再会。
「昨夜はありがとうございました。また、よろしく」と言った時、龍司の携帯電話が鳴り、龍司は応答した。相手は香港からのクライアントだったので英語で対応した。数分ほど会話をして切って、空港に向かおうと、その場を離れると、突然
「あんた、漁師になりたいと言っていたよね。もし、本気にそんなこと考えるようになったら、いい口紹介してやっから連絡してよ」
と男は龍司に言った。龍司は本気にせず、にっこりと微笑み、その場を離れた。
 その時の出来事を思い起こし、龍司は、卸の男に電話してみた。
 すると、男は、龍司のことをしっかりと覚えていて、是非とも紹介したいところがあるので来てくれないか、すぐにでも仕事に就けるよ、まさに大歓迎という反応だったので、話しははやいと沖縄行きの航空便を買って飛び立った。むしゃくしゃとした気分が一気にすっ飛んだ。

 飛行機の窓から、十ヶ月ぶりに沖縄の海を眺めた。八月は、夏の真っ盛りだった。なぜ、こんなに澄んだ緑色の海をしているのだろうかと思った。確か、珊瑚礁があるためだといわれる。沖縄は珊瑚礁に囲まれた島なのだ。
 機内放送の音楽をイヤホンを耳に当て聞いていた。沖縄出身の有名なバンド、ビギンの「島人の宝」が流れていた。
「僕が生まれたこの島の空を、僕はどれくらい知っているのだろう?」で始まる。三味線の伴奏による沖縄らしい曲調に張りのあるボーカルだ。聞きながらとてもいい気分にさせられるが、歌詞の中に「減っていく魚をどうしたらいいのか分からない」という節があり、ぎょっとした。
「おい、それは困るぞ、俺はこれから漁師になるんだ」と龍司は心の中で叫んだ。
 飛行機が那覇空港に着いた。卸の男がいうには、到着ロビーで「安次富(アシトミ)」という名の漁師が迎えに来てくれると聞いた。時間は午後四時だ。
「やあ、あんたかね、水島っていうのは」
とさっそく声がかかった。目の前に頭の禿げた六十近い年齢の男がいた。背は低く、ずんぐりむっくりでいかにも沖縄人、彼らのいうウチナンチュウらしい男性である。
「は、はい、水島龍司です。よく分かりましたね」
「はは、簡単だよ。背の高いきりっとした顔付きの男と言われたから、たくさん人がいても、あんたしかいないとすぐ分かるさ。わしが安次富(アシトミ)だ。とにかく、めんそーれ。これから、すぐ、漁場に案内してやる」
といわれ、龍司は安次富についていき、ロビーから外に出て停めてあった軽トラックに安次富と一緒に乗り込んだ。
 車は発進して、すぐに高速道路に入った。それから、走ること一時間半。「辺奈古」という標識のある出口から車は高速を降りた。
そして、十分ほど道路を走った後、車は漁港に到達した。
 安次富は車を停めた。龍司は降りた。龍司は感激した。目の前に広がった光景。青く輝く海。それは、まるで別世界だった。今までいた世界とは比べようがないほどに美しく心奪われる世界であった。
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第3章につづく。

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by masagata2004 | 2010-06-13 17:14 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)
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