翻訳者小説「風と共に去らないでくれ」 第3章 女性の視点

映画で国家の危機を救えるか。

まずは、第1章第2章をお読み下さい。

字幕翻訳作業をする上で、達朗には助手がいた。名は律子といい、二十歳を過ぎたばかりの女性だ。器量は、とても上品である。それもそのはず、彼女は良家の子女だったからだ。しかし、訳があり一家とは絶縁状態にある。そして、達朗は、その律子と婚約している。

律子は、達朗が、字幕の仕事をする前から、字幕制作の助手として働いていた。彼女は女学校で英語を学んでおり、ある程度の英語力があり、字幕制作をする意味では助けになった。フィルムを観ながら、会話の一区切りがついたところで、台本のスクリプトと照らし合わせながら、訳を作り内容を確認する。時に台本がない時もあるし、台本と映画での俳優の会話が違っていることも多々ある。その度に、フィルムを巻き戻し確認しないといけない。実に面倒な作業だ。だからこそ、訳者は、さっとその場で思いついた訳文を読み上げ、それを助手にノートに書き取って貰うのだ。自分が読み上げた訳が、不自然だと助言をもらうこともある。速攻なので、きれいな訳にはならないので、その点を正して貰うのだ。

また、字幕には、尺合わせのルールを採り入れている。1秒あたり4文字程度で、画面上で多くても1行16文字、2行以内。句読点は入れない。字幕をフィルムにプリントする前に、その尺に合わせた台詞に直す。その作業も助手の律子がして、最終の確認を達朗が行うことにしている。実際のところ、会話の言葉をかなり削ったり変えたりすることになっていく。動く画像の中で、文字を読むことを観客に強いるので、それはやむ得ないことなのだ。

翻訳を行う前に、映画を全編通して一緒に観賞した。そうでないと、一コマ一コマの会話もつながりのあるものに仕上がれない。ただ、律子は、どの会話も理解できるほどの英語力は持っていない。早口なところはそうだが、この映画の英語は南部訛りが主流だ。なので、聞き取りが難しい。なので、達朗が、ところところで、分からないところをフォローするという形で観賞を続けた。また、事前に翻訳版の原作小説も読んでもらった。なので、見終わった後には、映画のだいたいの内容とイメージは、つかめた状態だ。その後で一つ一つの会話を訳していく作業に入る。

最初に時代背景の解説文がロールとして流れる。観客にストーリーの前提となる南北戦争の時代がどんなものであったかを伝える。1分間ほど解説テキストが上に巻き上がっていくのが、農場で奴隷が働く姿の映像を背景に流れる。これは文字だけを訳す翻訳なので、さっと仕上がった。

舞台となるアメリカ南部だが、原語ではthe Confederacy となっているのを、単に「南部」とした。忠実に訳すと「連合体」という意味だ。それは、南部の奴隷州の連合体という意味である。つまりのところ、南北戦争というのは、その南部の州連合がアメリカ合衆国から離脱したことがきっかけで始まり、それに対し、リンカーン大統領を筆頭とする合衆国政府が「奴隷解放宣言」をして、その離脱を認めないことから火蓋が切られたのだ。南北戦争という呼び方も作られた言葉だ。原語では「the Civil War」と称されている。Civilとは市民だから、市民戦争。つまり、北部と南部の市民間の戦争ということだ。

さてスカーレットが、客人の双子兄弟と会話する場面から物語は始まる。
スカーレットが最初に発する言葉「Fiddle-dee-dee」だが、これは、女性、それも南部地方の女性が、発する感嘆詞である。意味としては「ばかばかしい」という感覚だ。映画の中でスカーレットが何度か言う言葉だ。英語には、男言葉や女言葉は、そんなにないのだが、この感嘆詞に関しては、女性しか使われないものだ。

スカーレットは社交的な女性で多くの男を一目惚れにする魅力を持つ。だが、彼女には、すでに心を寄せる男性がいた。同じく農場主一家で、跡取り息子であるアシュレーだ。そのアシュレーが、従妹のメラニーと婚約したという知らせを双子の兄弟から聞き、激しいショックを受ける。そして、スカーレットは決心する。ならば、自ら彼に自分の気持ちを告白して、婚約を撤回させ、アシュレーと結婚するのだ。
スカーレットは二人きりになるチャンスをアシュレーの邸宅で開かれる園遊会の日につかもうとする。そのチャンスは、当時のレディ達のたしなみとされたお昼寝の時間に訪れた。
スカーレットは「お昼寝をどうしてしなければいけないのか、私は疲れてなんかいない」という。活発な彼女にとってお昼寝は、退屈な行為でしかない。なので、お昼寝部屋を抜けだし、アシュレーを図書室に誘い込み、「I love you. I love you, I do.」という激しく迫る愛の告白をする。
「さすが、婦人参政権の認められた国、アメリカね。これほど積極的に振る舞う女性を映画の主人公にそえるなんて」
と律子が感激しながら言った。
律子は、保守的な家庭に育ったのだが、そのせいもあってか、婦人運動に関心があり、女学校にいた時は、婦人参政権運動の団体の活動に加わったため、そのことで卒業間近に退学処分を受けた苦い体験がある。なので、婦人参政権が認められているアメリカの女性達には強い憧れがあるのだ。
このスカーレットは、男性に大モテだが、およそレディというタイプの女性ではない。日本で言う「大和撫子」とは正反対だ。

しかし、スカーレットが告白して迫ったもののアシュレーはメラニーと結婚する意志を変えるつもりがない。ふられたことで、アシュレーを罵り、アシュレーが図書室を出ていった後に、むしゃくしゃした気分を晴らそうとスカーレットは花瓶を暖炉に向かって投げつけた。すると、暖炉のそばのソファから男が現れた。社交界で悪評高い男、レット・バトラーだ。
驚いたスカーレットはこう言う。
「You shall have made your presence known.」
こんな台詞が翻訳者を悩ます。直訳すると 「あなたの存在を知らしめておくべきだったはず」だが、そんな言葉では、日本語の会話では不自然だ。
すると、律子は「いながらなぜ黙ってらしたの」という台詞に変えた。
正確ではないが、いわんとすることは同じだ。これが映画の翻訳では必要となる技術だ。紙の文書の翻訳と違い、ストーリーの流れと登場人物が伝えようとするメッセージを限られた時間の尺の中で提供しなければいけない。

さて、後半に移る。



敗北した南部にありながら、スカーレットは、一家の再興を目指そうと力強く生きる。屋敷に侵入した北部の兵士を銃で撃ち殺し金を盗み取り生活をしのぐ。次に妹の婚約者が実業家として成功を収めたと知ったとたん、金ずるになると目をつけ、魅力で迫り自分の夫にしてしまう。そして、夫を差しおき事業の拡大をどんどん進めていく。

うーん、まさに破天荒なスーパーレディだ。律子は、すっかりスカーレットを自立する女性の見本として気に入ったようだ。もちろん、こんな無茶苦茶には振る舞えないが、彼女の意志の強さにあやかりたいと思うのだろう。

だが、ある場面になって、律子は不満というか、怒りを禁じ得なかったらしい。それは、夫が亡くなり喪中の中、レットが訪ね、スカーレットに求婚する場面だ。スカーレットは、レットをけなし、冗談じゃないと拒否するのだが、そんなスカーレットに対し、レットが無理矢理キスをする。すると、スカーレットは、突然、心変わりをして、レットのキスに心奪われたのか、いとも簡単にプロポーズを受けてしまう。
「信じられないわ。まさに男の発想ね。どんな気の強い女も、力づくで迫ればものにできるという傲慢な思い込みだわ」と律子は言った。
それは、彼女の自らの体験から来るものだ。それは、女学校を退学させられた後、親が決めた男との結婚を命じられたのだが、当然のごとく、拒否をした。だが、家長の命令とあれば、結婚を拒めない。相手は、どこかの大金持ちの御曹司だそうだが、見るからに嫌な男だった。

ある日、策略で、家の中で二人きりにされた時、その男は、律子に襲いかかった。たまたま御茶を飲むのために沸き上がったばかりのお湯が入った薬缶がテーブルにあった。律子は、それを取って、薬缶からお湯を男の顔にふっかけ、難を逃れた。
男はやけどを負い、そのことで婚約は解消。怒った律子の父は、彼女を勘当した。
その後、一人で生計を立てるため、映画の翻訳助手の仕事をすることになったのだ。

そんな彼女の身の上を知ったことが、達朗が律子にひかれたきっかけでもあった。可哀想だという同情心ではなく、自分の思い通りに何でもしていこうとする意志の強さを感じたからだ。何となくスカーレットとも共通するところがある。

スカーレットは、レットと結婚し、アトランタの大邸宅に移り住む。レットは、戦争で財を築いた大金持ちだ。だが、スカーレットはアシュレーへの想いを断ち切れない。そのことを知ったレットとの仲は、日増しに悪くなっていく。

本業の貿易業を休業して翻訳に専念し徹夜続きの末、翻訳作業を開始してから半月後、映画の最後のシーンにまでこぎつけた。

最愛の夫、レットに別れを告げられ、独りぼっちになったスカーレット。どうすればいいか悩んだ末、故郷に帰り、レットを取り戻す方法を考えようと決意する。そして、最後にこう言う。「After all, tomorrow is another day.」
「結局、明日は別の日」と達朗が言うと。
「駄目よ、もっと分かりやすく。そうだ、明日に希望を託して、ではどう?」と律子。
「うーん、しかし、それは分かりやすいが、あまりにもダイレクト過ぎる。間をおいて観客に、言葉の意味を考えさせるだけの余韻が必要だと思うな。これって最後のシーンなんだから」
「そっか、ならば、私には明日がある、ていうのは」
「うーん、それいいな、だけど、まだちょっとダイレクト過ぎるよ、もっといいのないかな」
結局、最後の台詞に関しては、責任者である達朗が熟考して、いい言葉を創り出すということにした。創り出すといっても、原文のいわんとするメッセージは変えないで、日本人の観客にしっかりと通る言葉を思いつかせるということだ。
 最後の台詞は、この映画の最大のメッセージであり、達朗を含め、多くの観客が受け止めなければいけない教訓が含まれているような気がする。一体それとは何か、よく考えて、知りたい。
 

 社長に、最後の台詞以外の訳は、出来上がったことを知らせると、社長は、こう言った。
「悪いが、達朗君、フィルムに台詞をプリントをする前に検閲を受けてくれないかね」
「え、どうして、これは一般上映の前の上映で、観客は主に軍や政府の関係者の方々ばかりですよね。生のまま上映して、この映画の凄さを分かって貰いましょう。それによって、国家の危機が救えるのです」
「いやな、分かっているだろうが、国内で上映するものは、全て検閲を受けなければいけない。もし、そうでない映画を無理矢理見せつけたとしたら、我が社は営業を停止させられかねないんだよ。そうなったら、お偉方は、この映画そのものを国内で上映禁止にしてしまうだろう。君の目的とすることも、おじゃんだよ」
「しかし、検閲官のことだから、どんな風に文句をつけてくることか」
「君が同席することを認めるよ。君が検閲官と話をして説得させればいいのじゃないかね」
と社長。
 この映画の上映に関しては社長が、最終的な権限を握っている。その社長のいうことに従わなければならない。仕方ない、ならば、検閲を受けよう。妥協できるところはしてもいいが、譲れないところは何とか、検閲官を説得して削除や変更を逃れるようにするのだ。なんとしても、全く上映されなくなる事態だけは避けたい。

 検閲官が来る日の前日、達朗に侯爵から電報で知らせが来た。それは、映画の上映日が12月8日になったことだ。それまでに映画の検閲を済ませ、訳詞をフィルムにプリントしなければいけない。せめて、11月中頃までに検閲を済ませた上での翻訳台本が出来てないといけない。なので、これから、数日間で検閲をするのだ。

 お堅い検閲官との交渉には、しっかりとした心構えが必要だ。

第4章につづく
by masagata2004 | 2010-07-11 17:49 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)
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