旅小説「私を沖縄に連れてって」 第6章 ヘインズ曹長

米軍基地建設に抵抗する海人(うみんちゅう)の戦い

まずは第1章から第5章までお読み下さい。

三月
 モズクとは、沖縄名産の海藻類として知られているもので、健康にもいいと定評の産物だ。そもそもは浅瀬の岩場に生えていたりするものだが市場に出されるのは、養殖によって生育したものである。
 養殖の方法は、最初に地上で海水タンクを使い、種を育て、次に浅瀬の海底に網を張り芽が出てある程度成長するまで置いておく。三センチほど芽が出て苗ができたところで、次にそれを海中に浮かせる形で網を張り、その後、三ヶ月ほど生育させ、収穫期を迎えるのである。
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 いわば、漁業というより水中農業といったかんじだ。
 龍司も種付けから、海中に潜っての網張りを手伝った。日々、生育状況をみるため潜り、藻がすくすくと成長していく姿を眺めるのは実に心が潤う気分だった。
 見習いから始めて半年以上が過ぎた。すでに見習いという立場を超え、一通り漁業を覚えたウミンチュウと仲間から認められるようになった。
 安次富も、しっかりとやっていけると念を押し、いずれは自分の分を引き継いでもらいたいと言った。というのは、安次富は、自分の引退後は長男に継がせたかったが、長男は漁師になることを嫌がり、沖縄を出て内地に移住して以来、めったに帰ってこないというのだ。どうせなら、他人でありヤマトンチュウであっても、意欲も能力もしっかりとある龍司の方が跡取りにふさわしいと言った。
 そのこともあり、龍司は、見習い期間が終わると安次富の家に引っ越し、長男が使っていた部屋に住むこととなり、また、船や車、漁業用具をそのまま共有することとなった。漁獲の収入も山分けという形に切り替えてくれた。
 龍司も龍司で、そんな申し入れを快く受け、また、漁師になるために必須となる船舶免許と無線免許を取得した。
 一人前になるには、まだまだ修業が必要だが、一応は自立した形が整ったかんじだ。
 そんな時、龍司とウミンチュウ仲間を困惑させるとんでもない知らせが飛び込んできた。
 その日の正午、昼食の後だった。下地が沖縄防衛局の知人から聞いた話しだという。
「なあ、来週、海兵隊の水陸両用車の演習があると通告を受けただろう」
と下地が詰め所に集まったウミンチュウに言い放った。
「ああ、もう通告は受けとるよ。いつものことだ」と安次富。
「それがさ、今度のは、いつもより規模が大きくなるようで、戦車の数も増え、演習範囲も広がるそうなのさ」
「それはどういうことなんだ?」と龍司。
 ウミンチュウ一同、はっとした面持ちになった。
「おそらく、今、モズクの網を張っている場所も通過することになるだろうってことさ」
「何!」
 皆、大騒ぎになった。とんでもない。龍司も、辺奈古に来て何度か水陸両用戦車が海中から浜辺の方へ通過していくのを見たことがあるが、それはまさに海を泳ぐ戦車であり、幅も高さも並みでなく。中に二十人ほど人が入れるぐらいの図体である。
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軍の揚陸作戦に使われる戦車だ。演習の後に水中に潜った時に車輪のキャタビラによって、海底に幅の広いキャタピラ痕がくっきり残っているのを眼にする。
 もっとも、水陸両用戦車が通過する経路は決まっており、その場所にモズクの網を張ることはしない。ところが、どうも今回はめったにない大規模演習になるということなのだ。台数も増え、そのため通過コースも広げるというのだ。モズク網など簡単に引きちぎられ、モズクは収穫前というのに全滅となり、大損となってしまうのは目に見えている。辺奈古漁協共同の運営であり、多額の資金を投じて種付けから丁寧にしてきた。それが、まさに海の藻屑となってしまうのか。
 何とか、モズク網がある場所は通過しないようにするか、その大規模演習を収穫後まで延期して貰うしかない。
 ならば、交渉だと、皆、息巻いた。過去にも海兵隊と交渉をしたことがあったという。それも水陸両用戦車が、故障して海底に放置されオイルが漏れ始めた時だ。
 沖縄防衛局を通して、基地に対して、戦車を引き揚げるように要望を出したが、実際に引き上げが始まったのは苦情を出してから一ヶ月も後だったという。
 困ったことは、どんなに漁民側が被害を受けようと、米軍には損害を補償する義務は全くない。それは日米地位協定に規定されていることだからだ。
 なので、急いで強い態度で交渉に望まなければならない。それも直接交渉でないと時間がかかる。
 安次富を代表として数人ほどが束になって殴り込みに行く気分で向かうことになった。もちろんのこと、龍司も加わった。ウミンチュウの中で英語ができるのは龍司だけだ。基地の方には通訳がいるものの、英語ができる者がいると心強いだろうと思うからだ。
 龍司は、自分の使命を自覚した。

 基地のゲートまで行き、ゲートにいた日本人の警備員に事情を話し、渉外課との交渉を申し出た。実に切迫している。交渉に応じるまでここで座り込みをすると伝えた。
警備員が電話で内部に連絡をしてから、待つこと二時間後、ゲート通過の許可が降りた。とりあえず、先方は話しだけは聞いてもいいということだ。

 そこはとても殺風景な部屋だった。壁が冷たい灰色のせいか面談室というよりは取調室なのかと思うほど殺風景であった。
 ウミンチュウら五人が椅子に座って待つこと一時間後、二人の人物がドアを開け入ってきた。
 一人は通訳らしき日本人の中年男性。もう一人は二メートル近い背をして体付きがいかにも軍人らしい金髪の大男だった。二人は、五人のウミンチュウと対面するように座った。
 年齢は四十近くに見える。筋肉ムキムキで、半袖でカーキ色のシャツを着ていたが、そのシャツから膨れあがった筋肉の血管がくっきりと見てとれるほどのごっつさだ。顔も同様に強面で、一目見れば気の弱い者なら、その場で遠ざかりたくなるほどの外見だ。さすが、これがアメリカ軍人、その中で最も獰猛だといわれる海兵隊員ならではである。名は、チャールズ・ヘインズ曹長といい、来週の水陸両用戦車の演習を担当する教官だという。
 待たされること三時間、話しを聞くだけなので、せいぜい十分程度しかここにいられないという。なので、互いに挨拶は省く形で進めた。




 安次富が戦車の通過経路からモズク網のあるところを外すか、モズクの収穫が終わるまで延期して貰いたいと単刀直入に言った。
「それはできない。このことは日本の防衛局にも伝えたことだ。この演習は、綿密に計画を立てたもの我々にとっても非常に重要だ。貴方達が漁をしている海は日本政府が認めた訓練提供水域だ。このような事態は十分予期されたことことであり、それに合わせて漁業をすることが当然の義務であると考えるべきだ。我々には訓練を実行する権利がある」
とヘインズはまくし立てるように言ったが、通訳は日本語で「できません。演習は止められない。米軍の運用に支障をきたすことは認められないのです」と要約とも自らの見解なのか分からない言葉を発した。
 当然、龍司以外は、ヘインズの言った言葉は、はっきりと理解していない様子だ。
「だがな、俺らは、モズクで食っているんだ。なあ、わかるか。あんな戦車で潰されたら、俺たち生きていけないんだよう」
とウミンチュウの一人、島袋が泣き叫ぶように言った。
 通訳はぼぞぼそとヘインズに何かを伝える。英語らしくない英語を言った。こいつ、英語があまりできない奴だなと龍司は見抜いた。
 ヘインズは、
「我々は、両国の合意で認められた範囲の行為を行っているに過ぎない。何らかの不利益が生じたとしても、それは想定の範囲内と考えるべきだ」
と平然とした面持ちで言った。通訳は「そうは言っても、無理なのですよ。あそこは提供水域なのですから」と通訳能力のなさをさらけ出す言葉を言い放った。
 龍司は、いらいらした。こんなやり取りがあるのか。通訳も、このヘインズという男も
一種のはぐらかしゲームをやっているかのようだ。ウミンチュウたちは、疲れて何もいえない表情になっている。
 これこそ、自分の出番だろうと思い、龍司は立ち上がりヘインズに向かって怒鳴り声で言った。得意の英語でだ。
「ヘイ、ヘインズ曹長さんよ。こんなくだらないゲームをして俺たちをからかうのはいい加減にしてくれよ。どうせ話しを聞く気もないくせに。あのな、そりゃあ、お前らに権利があることは認めるよ。だけどな、ここはアメリカじゃあないんだ。自分の権利を好き放題主張すれば勝つという道理は通じないんだ。日本では、相手に遠慮をするという謙虚さが美徳とされる文化があるんだ。自己主張を通して取れるものを取った奴が偉いというのでは、ここでは嫌われ者になる。でもってな、権利があるんだと主張するなら、俺たちにも権利があることを忘れるな。モズクの網は俺たちで守ってみせる。潜っても、周りを俺たちの船で囲ってでも。それでも、そっちの権利が上だというのなら、俺たちを轢き殺してでも、戦車を通すんだな」
 龍司は久しぶりに、英語を話したのだが、何の息切れすることもなく、必要な単語がすらすらと口に出てすきっとした気持ちになった。
 あたりは、しばらくしーんとなった。この場で龍司の言葉が理解できたのは、龍司自身とヘインズしかいない。
 すると、ヘインズは、その場の雰囲気をひっくり返すようかのように、龍司ににたりと微笑んだ。何とも不気味な微笑みだ。いったい、この男、何を考えているのだろう。
「それでは、もう時間がないので、ここで失礼させていただきます」
と通訳の男が席から立ち上がり、ヘインズも一緒に面談室を出ていく。

 基地を出て「一体、曹長に何を言ったんだ」と安次富にきかれたが「いや、何にも、たいしたことないです」と答えた。
 龍司は、ふと心配になった。ちょっと言い過ぎではなかったか、かえってあの男を刺激させ、もっと相手を強行にさせてしまったかもしれない。あの不気味な笑いは忘れられない。アメリカ人があんな笑いをする時は、どんな状況で何だと考え不安になった。
 
 また、明日にでも交渉をするため基地を訪ねようと一同話し合ったが、あのような態度から交渉が進む見通しはなく、ましてや演習経路を変えたり実施日を延期してくれるなんてことは、ますますあり得ない。ならば、交渉に出向くのとは別に、モズクの網を、どこか安全な場所に移す準備をしようと話し合った。だが、今更移すとなると、突然、生育環境が変わるので、収穫にはかなりの影響が出る。損失は避けられない。数千万円単位の損失だ。しかし、少なくとも、来期の養殖のためにも網だけは守っておかなければならないのではないかというので、そういう方向でいくことになりそうだ。
 龍司はヘインズに言ったように戦車に轢かれても守るべきだと思っていたが、どうもあきらめムードが漂っていた。

 だが、翌日、思わぬことが起こった。沖縄防衛局から職員がやってきて、モズクの養殖場所を教えてくれというのだ。安次富は船で養殖場所まで連れて行き、網を張っている海域を指し示した。
 そして、船を漁港に戻すと、職員は、
「キャンプ・ヘナコから、網のあるエリアを教えて欲しいと要望がありましてね。来週の演習では避けて通るつもりだということなので調べにやって来ました」
と伝えた。

 その知らせを受け、一同は大喜びとなり、胸を撫で下ろした。龍司もほっとした。あの笑みは、こういうことだったのか。何とも理解不能である。

 だけど、それがアメリカ人というものなのだろうか、自己主張は強い分、相手の主張もきちんと聞き入れ尊重する。

 翌週、演習では、水陸両用戦車はモズクの網が張ってある場所は避けて通っていった。心配だったため、龍司は安次富と一緒に演習の日、ずっと船を網のある水域を周回した。だが、約束はどうやら守ってくれた。何十台もの水陸両用戦車が通過したものの漁船とぶつかることもなく、互いに素通りするだけで済んだ。

 戦車は浜辺に上がると、上部の蓋が開き何人もの兵士が出てきて、基地内に入っていく。そんな姿を海から眺め、龍司は思った。

 もう、こんな揉め事はたくさんだぞ。そして、もうこれ以上、こんな揉め事は味合わないで済むものと信じた。
 しかし、その期待は見事に裏切られるのである。

第7章へつづく

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by masagata2004 | 2010-09-21 18:42 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)
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