旅小説「私を沖縄に連れてって」 第8章 生物多様性とは

米軍基地建設に抵抗する海人(うみんちゅう)の戦い

まずは第1章から第7章までお読み下さい。

六月
 早朝、龍司は浜辺で煙草を吸いながら、キャンプ・ヘナコを眺めていた。丁度、軍用ヘリコプターの滑走路建設予定地となる浜辺と海だ。
 浜辺の基地との境界を区切るリボンと横断幕で覆われた有刺鉄線フェンスの前で立っていた。
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まだ座り込みテント村には誰もいないたった一人の静かな時間だ。
 すると、背中にライフル銃を抱えた兵士がフェンス越しの龍司に近付いてきた。
 若くて小柄な青年だ。年齢は二十は超えていないだろう。見るからにあどけない。人種は白人かと思ったが、近付くにつれ黒人であるということが分かる褐色の肌と顔付きであった。白人と黒人の混血かと思われる。
 怒ったような顔付きで
「おい、近付くな」
と龍司に向かって言った。龍司はむかっとして
「ここは自由の国だ。俺がどこで何をしていようと勝手だろう」
と言い返した。龍司が、英語で言い返したのに相手は驚いた様子だが、すぐに
「ここは俺たちのビーチだ。お前は入ってくるな」
と突っかかる。その反応に龍司は仰天した。
「誰がお前らにあげたと言った。ここは日本国の領土だ」
「違う。日本政府がくれた土地だ」
 龍司は堪忍袋の緒が切れた状態になった。
「誰がくれたと言った? お前らにただで貸しているだけだよ。身の程知らずもいい加減にしろ。そんなにお前ら偉いのかよ。周囲に住んでいる人間に迷惑かけることばかりしてよ。おまけに思いやり予算とかいって、金まで貰っている。少しは礼儀正しくしたらどうなのか」
 怒鳴り声で英語をまくしたてた。怒った時ほど英語は話しやすいと龍司は思った。
 兵士は、龍司をにらみつけるような目つきで見る。何を言い返していいのか分からない。
 龍司は追撃するように、
「おい、腹が立つなら、俺にその銃を撃ってみろ。やれるものならやってみろ。それで新聞の見出しを飾れ」
と言い吸っていた煙草を投げつけた。
 兵士は何も言わず、その場を立ち去った。何だか悔しそうに後ろ姿を見せて去っていく。
 畜生、アメリカ人め。やな野郎だ。東京で働いていた時のアメリカ人上司のことを思い出した。ビジネスマンらしく外面はよかったが傲慢な奴だった。それにあの曹長もだ。アメリカ人とは、みんなあんな感じなのか。きっとそうに違いない。アメリカ人と付き合うのなら、今後注意しないとならない。できれば付き合いたくない奴らだ。
 早朝の体験でむしゃくちゃした気分で、いつものように漁に出て昼飯を食べようと浜辺の方に行った。テント村では、漁師や訪問客にボランティアが資金集めのため自分たちで作った弁当を販売するサービスを始めたそうだ。折角だから買ってやろうと思った。
すると、テントに金髪の女性が立っていて洋一たちに声をかけていた。英語で声をかけているのだが、やり取りは片言でしかできていない。どうしたんだろうと思って近付くと、その女性は目の覚めるような美人であった。




 背は高く、百七十五センチぐらいあるのだろうか、まるでモデルか女優のようなグラマーさだ。歳は龍司より少し若いぐらいだろうか。
 龍司は一瞬にして心を奪われた。そして、男の本能としてお近づきになりたい、でもって、ものにしたいという気分になった。
 いつもそんな感じで、数多くの女性をものにしてきた経歴を持つ。
 さっそく、彼女で英語で話しかけた。
「どうしました、ミス? 俺でできることなら何でもいたしますよ」
 すると、彼女は「よかった、英語が話せるのね。私はセーラ・フィールズ博士よ。ブルーピースの海洋生物学者だけど、仲間がここに来て落ち合うはずだったのだけど、まだ来てないようだから、代わりに誰かに海に連れてって貰うことを頼みたいの」
 海洋生物学の博士だと? ブルーピースというのは世界的に有名な環境保護団体だ。この美女がそんなお偉いさんだとは驚きだ。
「俺は龍司。ここで漁師をやっている。よければ海に連れてってやるよ」
と快く返した。こんな美女と海の上で二人きりになれるなんて、何とラッキーなことか。
 二人はさっそく漁港に向かった。彼女は、アメリカ人でフロリダ出身。昨日までブルーピース日本の本部のある東京にいたのだが、昨日、那覇空港に着き、今朝、スキューバダイビングの器具を持って車で辺奈古に来たという。これから、辺奈古の珊瑚礁をはじめとする海洋環境を見て回るという。
 何でも、ブルーピースが日本において辺奈古の問題が持ち上がったことで調査を開始することを決定したとか。調査結果の客観性を強調するためにも、アメリカ人の海洋学者である彼女が筆頭役になったという。
 仲間のスタッフは団体所有の船で、辺奈古まで来るはずだったが、到着時刻が遅れているらしい。なので、到着までの間、先んじて調査をしたいと願い出た。
「私はドクターだけど、セーラと呼んで、あなたをリュウジと呼んでいいわよね」
「是非とも」
 さっそく友人になれた。

 セーラはタンクなどの器具を持ち込みダイビング・スーツを着て漁船に乗り込んだ。その体の線がしっかりと見える姿には、龍司は激しい動悸を感じざる得なかった。

 船は、イノーを超えかなり沖の方まで進んでいった。止まったのは、水深にすると三十メートルはあるところだ。このあたりは珊瑚礁が広がる場所だ。
 セーラはマスク、シュノーケル、フィン、ウェイト、アクアラングなどを身につけ、水中に潜った。龍司は、浮上するまで待つことに。
 数十分後、セーラが浮上してきた。船に上がり言った。
「思った以上に素晴らしいわ。絶対に守らないといけないわね」
 実に美しいものを見たという感嘆の声だ。
「見て、仲間の船が来たわ」
 セーラが指差す方向に「ブルーピース」と文字がペイントされた船が見えた。中型の船が航行しているが見えた。
 漁船を船に近付けた。セーラが「リュウジ、あなたも一緒にどうかしら? 仲間を紹介するわ」と誘うので、漁船をボートにつなぎ止め、一緒に乗り込んだ。
 中では、日本人と外国人のスタッフがいた。船は数十人以上が乗って生活でき、また、研究調査のための器具が揃っている。さすが、国際NGOだ。
 セーラはTシャツに短パンという身軽な格好に着替え、仲間のスタッフを龍司に紹介した。ダイビングの手助けとボートまで連れて行ってくれたお礼に一緒に昼飯でもしないかと誘われ、遠慮なくテーブルを共にすることにした。
 龍司の側に座ったのはセーラと、オーストラリア出身のマークとニュージーランド出身のジェフだ。
 彼らと何気ない会話を始めた。龍司は、彼らがなぜ、この活動を始めることになったのか。どうして日本の沖縄で起こっているこの基地建設の問題に関心を持ったのかを訊きたかった、。
 マークとジェフが環境問題に強い関心を持ったのは彼らの国の近海で日本が捕鯨をすることに強い憤りを感じたからだという。龍司は、それを聞いて、よく言われる「鯨はかわいくて知能のある哺乳類だから守らなければならない」という感情論ではないのかというと、彼らはそれは違い、捕鯨反対の理由は鯨が絶滅危惧種になっているから反対するのだと答えた。
 日本人が捕鯨を伝統的な文化と考えているというのは誤りで、そもそも南極海の捕鯨が本格的に始まったのは一九六〇年代のことで、大型船を使って遠洋まで大型鯨を捕獲する方法が伝統文化であるはずがないのに、捕鯨を文化論にすり替え正当化しているのが実情だと主張した。伝統的な捕鯨は一部の漁村などで沿海の小型鯨を捕獲する程度で、そのことに関して敢えて反対はしていないという。また、日本の南極海の捕鯨は調査捕鯨の名の元、八百頭もの鯨を捕獲殺戮した上、鯨肉は商業用に販売していることから、不信感を国際社会に与えているという。
 その捕鯨とこの辺奈古の海には意外な共通点があるという。それは、この海域を生息域とする海洋哺乳類ジュゴンが滑走路建設により生存の危機にさらされているからだと。ジュゴンは人魚のモデルとなったマナティと同族の熱帯に住む海洋哺乳類で、南はオーストラリアから生息し、沖縄はその生息域の北限である。
 建設のため埋め立てられるエリアはジュゴンが餌とする海草が生えているところで、餌場を失えば絶滅の危機に瀕してしまう可能性がある。すでに沖縄のジュゴンは、かつての乱獲により生息数が推定では五十頭未満までに減っており、保護の対象とすべきであると考える。

 その他、この海域には貴重な珊瑚礁や、そこを住処とする熱帯性の魚類や甲骨類が存在し、独自の豊かな生態系を維持している。地球上で、最も生物の多様性が豊富なのは陸上では熱帯雨林で、海中では珊瑚礁地帯である。それらは、とてもデリケートであり、一度破壊されると、それは元に戻すことができないものである。

 龍司は、なるほど、と思った。漁師をしている身からすると漁場を壊されるというデメリットが先立つが、その漁場の豊かさを維持するためには環境保護活動が欠かせないということなのか。
 昼飯をご馳走になった後、龍司は漁港に戻り安次富に、彼らの話していたジュゴンという言葉が気になり、そんなもの見たことあるのか訊いてみた。龍司は、まだ見たことがない。
「ああ、白い大きい奴だな。随分前に見たことあるよ。だが、最近はあまり見ないな」
と答えた。ほう、そんなのが実際にいるのか。
 
 二週間後、セーラを含めたブルーピースの面々は、名古市市役所近くにある市民会館で、辺奈古沖の環境調査の報告会を市民向けに開いた。龍司もセーラに会いたくて参加した。
「辺奈古海域の生物多様性」と題した報告書が配られた。
 この二週間の間、ブルーピースがダイビングなどで海中を観察。珊瑚礁では北限となるアオ珊瑚があり、熱帯魚ではクマノミのような近年激減している種が生息している。また、サンプル採取の結果、すでに三十以上の新種が辺奈古の海域で発見されたという。その中には、この海域のみに生息すると思われる生物もあり、海域の環境が変わることは、それら生物に多大な悪影響をもたらすと警告。
 最も注目されるジュゴンは、二週間の調査では見つけられなかったが埋め立て予定エリアに生える海草に明らかにジュゴンが食した痕と思われるはみ痕が発見され、ジュゴンの生育環境に危機が迫っていることを示している。
 滑走路建設による埋め立ては、生息域を埋め立てる以外に潮流を変えることにもつながり、影響は辺奈古だけでなく周辺海域にも及ぶ恐れがあるという。
 辺奈古のような生物多様性に富んだ海は、地球上で稀なものといえる。南太平洋の島、ガラパゴスと同様、いわゆるホット・スポットだ。多種多様な生物を保護することは人類全体の利益に叶うものである。海においては、周辺海域の生態系維持に貢献しており海産物資源の保全には必須だ。
 しかし、そんな生物多様性も今は、地球上生物の歴史以来、最大の危機に瀕している。それは恐竜が絶滅した時代を上回るものだ。何と年間4万種もの生物が絶滅しているといわれる。それら生物の中には癌やエイズのような不治の病を治す特効薬の成分がふくまれているかもしれない。また、絶滅を放置することは、生態系を壊し地球環境の破壊につながりかねない。これは地球温暖化と同様に、人類の存続を脅かすことにつながる。生物多様性の維持は、単なる感傷的な自然保護ではなく人類の幸福及び存続に直接結びつくものだと考えるべきだ。報告会の結びとしてアメリカ人海洋生物学者のセーラ・フィールズ博士が発言した。
「以上のことを踏まえ、ブルーピースは米国本部を通じて、米国政府にこの滑走路建設から撤退するように要請すると同時に、連邦裁判所にて米国政府に軍事施設における環境保護を定めた国内法を適用して建設を中止させる訴えを起こします。これが米国内でのことなら、このような環境破壊は軍事施設といえども認められません」
 情熱を込めて語るセーラの姿を見て龍司は思った。彼女のようなアメリカ人もいるのだな。

第9章につづく

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by masagata2004 | 2010-09-23 21:24 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)
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