旅小説「私を沖縄に連れてって」 第19章 脱走

米軍基地建設に抵抗する海人(うみんちゅう)の戦い

まずは第1章から第18章までお読み下さい。

 五月
 その日、龍司とセーラは、名古市にある大型スーパーマーケット、ジャスコに一緒に行って買い物をしようということになった。
 漁港にいた龍司をセーラが誘ってくれたのだ。龍司は快く誘いを受けた。セーラがブルーピースのワゴン車をドライブして島の反対側にあるジャスコまで行った。郊外型の大型スーパーマーケットで何でも揃っている。
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 ジャスコでの二人だけの買い物は実に楽しかった。食料のまとめ買いだけでなく、服、本、、CD、電球、洗剤など生活に必要なものをまとめて買っておこうということにした。
 買い物しながら、お互いのことを話した。彼女は、沖縄がとても気に入っている。昨年の滞在でも素晴らしい体験をしたが、先月からの数ヶ月に渡る長期の滞在にも満足していると話した。ブルーピースが滞在のために借り切っている別荘も辺奈古の海が見渡せ、とても快適なところであると。いずれ、より詳しい海の環境調査を発表するつもりであると息巻いていた。
 龍司は、CDコーナーにあった昨年、浜辺でのコンサートで演奏を聴いたバンド、ビギンのCDを買い、これを帰る時、一緒に車の中で聴こうと言った。セーラは微笑んで「是非とも」と言った。
 龍司はセーラの生い立ちについて訊いた。龍司も自らのことを話し、セーラも応えるように話した。セーラは生まれも育ちもフロリダ州で両親はクルージングなどのツアーを提供する観光業者であった。そのため、幼い頃から海への親しみは実に強かった。高校卒業後、フロリダ州立大学の海洋生物学部に入学して、その後、同学科の大学院に進み、そして、講師として採用され博士号も取得した。しかし、州の教育予算削減のため解雇された。その時に知り合いの紹介で環境保護団体ブルーピースに海洋環境調査のスタッフとして採用されることになったのだ。沖縄は故郷のフロリダと気候的に似通い、その意味でも自分にとっては第二の故郷のように思えてならないほど親しみやすいと語る。
 龍司のような大都会のコンクリート・ジャングルで育った者よりも、アメリカ人でありながら、馴染みやすいところのようだ。日本人でありながら全く違った環境だからこそ惹かれた男と、アメリカ人でありながら馴染んだ環境に似ているからこそ惹かれた女という不思議な組み合わせだ。
 買い物が終わり車で辺奈古に戻っていった。セーラが運転して、龍司が助手席に座る。カーステレオでビギンのCDを流しながらのドライブだ。漁港近くのアパートに着いた。最近、龍司が一人で暮らすため引っ越したところだ。漁港からも安次富の家からも歩いて五分もないところだ。安次富の家は、洋一が帰って以来、活動家が頻繁に出入りしたり泊まったりするようになり騒々しく、また、自立した漁師になるという意味で別に住居を構えることにしたのだ。
 車は停まったが、セーラは言った。
「ねえ、私もアパートに入っていいかしら、これから、明日の朝まで、どうせ別荘で一人きりなの。他のスタッフはみんな泡瀬や高江に行ってしまって」
 セーラの瞳は瞬いていた。これは実にいい。二人っきりになりたいと誘ってくれているのだ。アパートの一室で夜通し過ごそうということなのか。誰にも邪魔されず、二人っきりで。すると、突然、車の後部座席のドアが開き人が入ってきた。何だと思い、振り向くと、後部座席に男が座り込んでいる。所狭しと置いた買い物袋を押しのけて勝手に何だと思ったが、男には見覚えがあった。
「トニー、君、何しているんだ?」



と龍司が言った。
「黙れ、車を出すんだ」
「え?」
 トニーが小銃を突き出した。
「行くんだ、これから那覇空港に行くんだ」
 セーラに命令する。セーラは驚き車を発進させた。那覇空港へ行けと、いったい何のつもりだ。
 龍司は、なぜこんなことをトニーがするのか、とっさに分かった。脱走だ。先週、チャーリー・ヘインズ曹長が言っていた。トニーを含んだ部隊がアフガニスタンに派兵させられるんだと。
 車は走り続ける。高速道路に乗り上げれば、空港に直行できるが、セーラは銃を突きつけられびくびく脅え、ただあてもなく道路を走っているような感じだ。トニーも、見るからに震えている。これは、とても人を撃てる柄ではないし、脱走してしまったことで頭が混乱している様子が見てとれる。
 高速に乗り上げてはいけない、と龍司は思った。セーラを見て龍司は言った。
「次の角を右に曲がるんだ。そこから高速への近道になる」
 セーラは交差点を右折する。すると、そこは山道だった。上り坂が続く。だんだんカーブが激しくなる。脅えたセーラの運転は乱れる。龍司は知っていた。次のカーブは、かなり急なものだ。

 セーラが、大きくハンドルを回す。その瞬間、トニーはのけぞった。龍司は、その隙をついて、トニーの銃を持つ手を空手の手刀で叩いた。銃は手から離れ、買い物袋に入った。すかさず、その銃を龍司は取り上げる。
 その事態を横目で見たセーラは、急ブレーキをかけ車を停めた。シートベルトをしていないトニーは、車が止まった瞬間、頭を窓にぶつけて気絶してしまった。
 三人が乗ったワゴン車は、別荘に向かうことになった。
 高台にある別荘の広々としたリビングルームでソファに座ったトニーに対して、龍司とセーラが向かい合わせに座っている。銃は突きつけていない。そもそも、トニーの持っていた銃には弾丸が入っていなかった。
 トニーは、側頭部に絆創膏を貼り、包帯を巻いた状態にした。大した怪我ではない。だが、精神的に追い詰められた状態だ。何ら二人に危害を加える様子はないし、そんなことできっこない。龍司とセーラは、トニーを責めるつもりなどなかった。以前は救って貰った相手だ。お互い警戒心はない。
 どうせ、逃げ出したりしない。したところで、沖縄に逃げ場などない。脱走兵だ。基地に行けば捕まるのは当然だし、空港に行っても、乗せて貰える飛行機などない。
「どうして脱走なんかしたんだ」
と龍司が訊いた。
「もう、軍隊なんて、こりごりだ」
とトニーは、たどたどしく言った。すると、セーラが、
「なら、どうして入隊したの?」
と訊く。トニーは二人をしっかりと見据え言った。
「他に行くところなんてなかったから。一年前に入隊したのは、高校を出ても、大学にも行けないし、食っていけるだけのまともな仕事もなかったからさ。子供の頃から母さんと一緒に暮らしてきたけど、食うに困るのが当たり前だから大学の授業料なんて払えるはずがない。俺のところって、貧乏なところだから、学校ではまともな勉強させてくれないし、奨学金なんてもの、全然受けられなかった。卒業しても働けるところといったら、ハンバーガーストアぐらいで、仕方ないから海兵隊に志願したんだ。高校に来たリクルーターから海兵隊に入隊すれば大学に行くための奨学金が受けられるって言われたから。好きで入ったわけじゃない」
 なるほど、貧民徴兵制か。
「でも、どうして今更脱走なんてするの?」
とセーラが詰め寄る。
「明日にはアフガニスタンに派遣されるんだ。あそこでは、戦死する人が増えているっていうし、もちろん、そんなの覚悟の上での入隊だったけど。だけど、入隊して、いろいろと当初知らされてなかったことを聞いたんだ。戦場から帰っておかしな自殺をした人がいることや、せっかく奨学金を貰って大学に行っても精神に病を持ったため、まともに講義を受けられなくなった人がいるとか。また、アフガニスタンやイラクでは、平気で民間人を殺しているって。そして、殺した民間人を武装勢力だと思わせるため、死体のそばに銃を置いて、正当防衛に見せかけるのが常套手段だって。そんなこと聞いて、ぞっとしたんだ。政府は騙しているんだ。国のためだって、テロのない安全な世界にするためだなんていいながら、ひどいことを僕たちにさせている。テロはアメリカ軍だ。もう、そんなことをさせられるのは嫌なんだ。戦場で殺される以上に、罪のない人を自分が殺さなければいけなくなるのが嫌なんだ」
 トニーは話しながら目に涙を溢れんばかりに浮かべた。
 龍司は思った。ああ、こんな奴を戦場に送ってはならない。何とかしないと、そうだ、話せる相手がいる。
 龍司は、キャンプ・ヘナコに向かった。

第20章につづく

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by masagata2004 | 2010-10-21 16:22 | 沖縄


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