「私を「スキーに連れてって」の時代に連れてって」 第7章 ロマネコンティ

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 志賀高原の横手山の頂上までリフトを乗り継ぎ、ツアーコースの始点に辿り着いた。そこからの景色は絶景で、遠くの左手に朝日山と右手に万座山が見える。そのまた、奥には煙を吹かした浅間山も見える。これから、三人が向かうのは万座山の方である。その万座山のスキー場近くの万座プリンスホテルまで滑り純平の上司である部長へロマネコンティという最高級ワインを届けるのが任務だ。
 始点には、「志賀ー万座ツアーコース 午後四時以降滑走禁止」という看板が掲げられている。現在、時刻は午後三時半。あと残る時間は二時間半だが、午後五時半ぐらいになると、日没になり真っ暗になってしまう。そうなると、山の中にいたままだと照明はなく滑走を続けるのは不可能だ。
 映画「スキーに連れてって」では、背中にしょえるライトで、前方を照らしながら目的地まで滑るシーンがあったが、あのようなことは現実には難しい。背負い型照明機器は電池も合わせて三十キロの重量である。あんな重量を背負いながら、ライトがあるとはいえ、暗い雪道を滑走するのはよほどの技術が必要になるし、大変危険だ。ゲレンデとは違い、ツアーコースは木々をぬって進む山道だ。明るいうちでないと、滑走など不可能だ。もし、暗くなってしまったら、止まって、そこで日の出になるまで動くのをまたなければいけない。また、その間は、零下二〇度になるほどの寒さが襲ってくる。
 涼子は、なぜかついていってしまったが、大事な役割を担うことになった。先導役は、雪子で、背中には、折り畳み簡易テントを入れたリュックをしょい、腰には携帯無線トランシーバーを携えている。次に純平だが、純平は最も重要な役割、背中にしょったリュックに毛布にくるんだロマネコンティの入った木箱を入れている。転んでも、中のボトルが割れないようにするためだ。
 涼子は、背中に毛布を二枚と三人二食分の食料と応急処置用の医療品と防寒のためのカイロを入れている。もし間に合わず、途中でビバークして一晩を山中で過ごさなければいけなくなった場合の準備だ。また、三人ともセーターを二重に着込むほどの厚着をしている。
 スキーのプロである雪子が常識として心得えている準備体制である。
「さあ、行くわよ。何とか日没前二時間で到達しましょう。私についていけば安心よ。これでも何度も、このコースを滑っているんだから、ルートはしっかり把握している。あの映画のおかげで滑るお客さんが多くてね、つい先週も付き合わされたばかりなの。普段は、午前中か、遅くても正午過ぎぐらいから始めるのだけど、今回は日没ぎりぎりという大チャレンジよ。こころしてかかって」
と雪子は、張り切りを見せた。純平も目が輝いて意欲満点だ。チャレンジをやり遂げられたら出世間違いなしだ。涼子も、心が高ぶった。まるで、親子三人で戦場に向かう気分である。
「行くわよ!」
と母が声を上げ、さっと滑り降りる。純平続く、涼子も続く。
 コースはゲレンデとはまるで違う。まず圧雪などによる整備がされていない。雪質にばらつきがある。そして、木々の障害物をぬって進まなければならない。途中で、国道最高地点という標識の前も通った。雪が積もり道路は完全に埋まっている上を滑った。
 雪子は、らくらくと進んでいくのだが、純平と涼子は、しっくはっくしている。そして、滑っているうちに気付いた。朝から滑ったための疲労感が今になって襲いかかってきていることを。
 純平と涼子は何度も転んだ。純平は、そのたびにリュックを開け中のボトルが割れていないかを確認した。毛布と木箱に保護され、常に無事のようだ。
 起きあがっては、すぐに前進を開始した。休んでいる暇などない。だが、緊張と疲労が三人を徐々に蝕んでいるのを感じる。
 だんだん辺りも暗くなってきている。まだ、十分日の光で前方は、はっきり見えるが、どうも雲が増えてきているようだ。
 腕時計の時間を見た。午後五時少し前だ。
日の光が西から照りだして、オレンジ色の夕焼け色を醸し出している。
「おい、間に合うのか?」
と純平が雪子にきく。
「大丈夫よ。ここからだとあと三十分ちょっとぐらいだから」
と雪子は答えたが、数分後、突然、立ち止まり、
「あ、しまった。これって朝日山の方にそれてしまっている」
と言った。
「え、どういうことだ?」
「ルートを少し左にそらしたってこと。大丈夫よ。すぐに元のルートに戻れるから、ちょっとカーブがきつくなって、勾配も急になるけど、頑張ってね」
と雪子は言うと、右手に進路を変えた。
 朝日山側から万座山へ、その万座山の麓に万座スキー場のゲレンデがあるのだ。
 雪子が言う通り、勾配がきつくなっている。それに木々がより多く生い茂っている。純平と涼子は、ひいひいふうふう言いながら、滑った。足ががたがただ。だが、滑るしかない。
 しばらくして、
「みて、あそこが万座よ」
と雪子がストックで差した方向に、リフトの頂上地点らしい建物が遠くに見えた。あそこまで行けば、あとはゲレンデを下るのみだ。
 ほっと安堵感がわいだ。あともう少しだ。ここからなら、あの場所まで行くことは初めての者でもそんなに難しくない。見て取って分かる。と、その瞬間、 涼子は、はっと足が雪に吸い込まれる感覚を覚えた。



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 何だろうと思うと、足元の雪がごっそり、落とし穴があるように落ち込んだのだ。まずいと思い、足首をあげ、飛び上がり安定した雪面に着地。だが、とたんに板のコントロールが効かなくなった。急にスピードが上がり、涼子は純平と雪子を追い抜き、坂を急下降し始めた。
 やだ、とまらない、と心の中で叫ぶが、そうこうしているうちに目の前に崖が、
「危ない」
と背後から声が、雪子の声だ。雪子が涼子に抱きついた。とそのとたん、二人は崖から足を踏み外し、雪面に転げ落ちてしまった。
 涼子は、体が雪面に打ち付けられ、転げ落ちながら雪子と重なって、回転状態にあるのを感じた。
 回転が止まった。はあ、無事生きていることを確認した。思ったほど、急な崖でもなかった。板は外れたが、また立ち上がって滑れる。
「おい、大丈夫か」
と純平の声が聞こえる。崖の斜面に滑り降りて涼子と雪子に話しかける。
「ああ、大丈夫、ごめんなさい」
と涼子が言ったが、雪子はなぜかうずくまっている。どうしたのかと涼子と純平は心配になって近付くと、何だか雪子が辛そうな顔をしている。
「どうしたんだ?」
と純平が言うと
「足の骨を折ったみたい」
と雪子。右足膝を両手で押さえながら言った。雪子の両足から板は外れた状態だ。
「何てことだ? 立ち上がれないのか」
「無理だわ。間違いなく折っている」
と雪子、かなり辛そうな表情で言う。
 涼子はしまったと思った。自分を助けようとした雪子が転んで足を折ってしまった。
「ちくしょう、どうしてこんなことに」
と純平が言った。その言葉が涼子にぐさっと刺さった。
「本当にごめんなさい、雪子さん、純平さん」
と目から涙がこぼれ出そうなほど謝った。
「ねえ、私はどうにかなるから、あなたさっさと行って、ワインを渡してきて」
と雪子は純平に向かって言う。
「え、何てこと言っているんだ?」
「大丈夫よ。涼子ちゃんとここに残るわ。無線で助けを呼ぶし、リバークの用意もしているから。ねえ、ここからならあと三十分ぐらいあれば着くわ。行き方は分かるでしょう。ここから見える万座山の頂上の建物までまっしぐらよ。だから、構わず行って。あなたならできるわ」
と雪子はひきつる表情をしながら、純平に話しかける。すべては純平の出世のため。ここで諦めたらお終いだ。涼子も雪子と同じ気持ちだった。
 純平は、じっと立ち止まって何か考え事をしているかのようだ。涼子は心の中で「お父さん、行って」と声を上げた。自分が足手まといになって、せっかくの出世のチャンスをおじゃんにしたくない。もしかして、ここで出世したら、父は、涼子の知っている万年ヒラで、結局はリストラされた情けない父でなくなるのかもしれない。未来が変わるのだ。そんな岐路に立っている。
 純平は、リュックを肩から下ろした。そして、中から木箱を取りだした。ロマネコンティ七十六年ものが入った木箱だ。取り出した木箱を持ち上げた。 
 持ち上げた木箱を突如、そばにあった木の幹に思いっきり打ち付けた。木箱は割れ中からワインのボトルが雪面に落ちた。
「何をするの?」
と涼子が叫んだ。雪子も呆気に取られた。そして、今度はボトルを持ち上げ、それを木の幹に再度打ち付けた。ガシャーンと音がして、ボトルは砕け散り、ワインの液が辺りに飛び散った。まろやかなロマネコンティの香りが漂った。
 涼子と雪子は、純平のとっさの行動に驚きを通り越すほど圧倒され、意識もうろうになりそうになった。百万円もするワインボトルを割り、飲まれる前に雪面に飛び散らかす。
 一体全体、どういうことだ?
「俺は、ここに残って雪子さんが助け出されるまでついている」
「いったい、あなたって・・」
と雪子が、びびりながら言うと
「いいんだ。もうどうでもいいんだ。部長が何だ。あんな気取り屋で傲慢な奴に媚びを売ってまで出世などしたくない。こんなワインを届けるために、どうしてこんな危ない目に遭わなければいけないんだ」
「でも、ものすごく高いワインなんでしょう」
と涼子。ロマネコンティの味も価値も全く分からないが、百万円の価値があると聞かされれば、勝手に割って捨てていいとは思えない。
「ワインはワインさ。ただの酒だ。たかがボトル一本で百万円。ふざけんじゃねえ、百万円があれば、東南アジアで子供が百人通える学校が一つ建てられる。金とは、そんなことに使うべきだ。会社に入って、どうしようもない奴に媚び売って、それで高い地位や収入を手にしたからって、どうせ幸せには自分はなれっこない。そのことが分かったんだ。雪子さん、君と接してね。君は言ったよね。俺が自分自身をごまかしているって。そうだよ、ごまかしていた。商社マンなんてやりたい仕事ではなかった。もっとしたいことが自分にはあるんだって。そのことに気付かせてくれた人が苦しんでいるのを放置しておけるほど情けない男ではない」
と純平は雪子に真剣な眼差しを向ける。雪子は、痛みにひきつりながらも、その真剣な眼差しに何気なく答えているように見つめ返す。
 涼子は、純平の姿を見ながら、心の中で叫んだ。
「お父さん、かっこいい」
 
 その後、すぐに無線で救援を呼んだ。数分間ほど流していると無線に応答があり救急をよこすという連絡が取れた。雪子の折れた足には木の枝を使い固定して応急処置をした。
 辺りが一気に暗くなったが、テントを張り、その中で毛布にくるまりながら待っていること一時間、救急隊のスノーモービルが到着。雪子は担架で志賀高原の麓に戻されることとなり純平と涼子も一緒に下山した。
by masagata2004 | 2009-11-12 10:02 | スキー


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