旅小説「私を沖縄に連れてって」 第7章 海上滑走路建設計画



 四月

 モズクの収穫が無事終わりほっとした日々を過ごしている龍司らウミンチュウにとんでもない知らせがまた、飛び込んできた。
 それは、早朝、龍司が辺奈古の浜辺を歩いていた時である。
 何人かの人間が集まってテントを設置している。金属のポールを四本立てて、その上にシートの屋根をつけるという本格的な野外設営テントだ。一体、何者だ。誰の許可を取ってそんなことをしている。とはっとして彼らに近付いた。
「お前ら、ここで何をしている?」
と怒鳴り声で言った。
 その中で一番年上らしく、リーダーらしき男が龍司の前に立ちはだかり、
「これから、この海を守るためのテント村を設営するんだ。誰にも止められない」
と怒りを前面に出すような表情で答えた。
「え、おい、海を守るって、いったいどういうことだ。それにお前らは、一体全体、何者なんだ?」
と龍司は、この男のふてぶてしい態度に唖然して言った。
「洋一、お前、ここで何しとる?」
と背後から安次富の声。すると、男は、
「親父」
と言った。龍司は、その言葉にぎょっとした。「親父」親子なのか。よく見ると、この男は確かに安次富と顔がそっくりだ。安次富が三十年ほど若ければ、こんな顔だったかと思わせる顔と体格だ。
「お前、いつの間に帰ってきて、こんなところで何しとる」
と安次富が洋一に近付き、怪訝な表情で言う。なるほど、例の漁師を嫌がって内地に行ってしまった長男とは、この洋一という男のことか。
「親父、この海を守りに来たんだ。この海が破壊されようとしている。だから、急遽、帰ってきたんだ」
と洋一。
「何が海を守るだと、ウミンチュウになんかなるの嫌だって内地になんか飛んでいったものが今更何をぬかすか」
と安次富、呆れ顔に変わって言う。
「この海が米軍のために壊されるのを止めたいんだ。知らないのかい? 今度、この海に海兵隊基地の滑走路が埋め立てられて建設されるって」
と洋一の言葉に龍司も安次富も耳を疑った。そんなの初耳だぞ。
「これを読んでよ」
と洋一は、新聞紙を差し出した。地元紙「琉球タイムズ」の一面トップの見出しに「普天間基地代替地として辺奈古沖に滑走路建設が閣議決定」とあった。
 安次富は、眼を凝らして記事を読んでいる。続いて龍司も読んだ。内容はこうだった。
 十年以上も前に、沖縄本島中部宜野湾市の普天間基地の海兵隊員による少女暴行事件で大抗議集会が開かれ米軍に対する反発が広がったのを受け、、日米両政府の合意により沖縄の負担軽減を目的とした普天間基地返還が決定した。但し、返還には条件がついた。普天間基地の返還は、同基地の海兵隊機能の半分を移設するための代替施設を沖縄県内に建設するということだ。海兵隊司令部を含めた他の半分はグアムに移設することになる。代替施設にはヘリ部隊が常駐することになる。兵員1万六千人の半分に当たる八千人も移ってくることになる。
 その移設先として決まったのが、北部東海岸に面するキャンプ・ヘナコなのであった。そこで、当初、キャンプ内の山間部に一キロほどの長さのヘリコプター滑走路を一本建設する案が浮上したが、キャンプ周辺に住む住民を含めた名古市の住民が反対運動を起こしたため頓挫。代替施設建設が決まらず、当然のこと、普天間基地の返還も保留のままになった。普天間基地は市街地に隣接しているため世界で最も危険な飛行場とされている。なので、一刻も早い撤去が求められているため、今度は山間部より離れ海上を埋め立て滑走路を造る案が浮上したのだ。これなら、陸上は通らず、海上が飛行経路になるので安全なはずであると防衛省は述べ、名古市市役所側も住民の反発を避けることが出来ると自信を持っているという。新しい滑走路案は千八百メートルの長さで二本でき、また、大型軍艦が停泊できる軍港を兼ねる機能も持つという。
「とんでもない話しだ」
と安次富が叫んだ。龍司も愕然とした。普天間の飛行場機能が軍港機能と一緒に、この海岸に移ってくるとなると今よりはるかに頻繁にヘリコプターや水陸両用戦車、軍艦などが行き来することになる。そうなれば、漁業どころではない。漁場は、間違いなく潰される。
 テント村に集まったのは、洋一を筆頭とする「辺奈古新基地建設反対連盟」と銘打った平和団体のメンバーだ。主に活動家風の若者たちだ。これから、全国の様々な平和団体や環境保護団体を集め、建設阻止行動を展開すると息巻いている。
 ウミンチュウたちも新基地建設にどう対処すべきか話し合いが行われた。そして、近く住民に対し、海上滑走路建設の詳細な内容を市が説明するための説明会を辺奈古公民館で開くというので、それに参加することにした。
 龍司は混乱した。一体全体どうなっているのか。折角、この地になつき、漁師にもなろうとしたのに、ここに来て状況が一変してしまう。どうしたらいいのか。
 
 数日後の午後、説明会が開催されている辺奈古公民館を龍司と安次富、その長男の洋一らは訪ねた。会場には周辺の集落に住む老若男女が集まりごった返していた。
 数日前から安次富の家に長男の洋一が入り込むことになった。洋一は内地でサラリーマンをしていたが、滑走路建設のニュースを聞き、会社を辞めて運動を起こすため帰郷する決心をしたという。洋一が元いた部屋に戻ったため龍司が洋一の妹が使っていた部屋を使うことになった。これから基地建設阻止のための長丁場が始まることになるので、ずっとこの親子と付き合うことになりそうだ。
 沖縄には伝統的な慣習としての長男が家を継ぐ門中というものがある。安次富は、それに従わず内地に渡った洋一のことを龍司に対して何かと愚痴っていたが、いざ戻ってきて、ふる里の海を守るため立ち上がったことに感銘を受け、親子水入らずの間柄になっていた。龍司としては、それは別に構わないと思った。自分は他人だし、いずれ出ていくしかないと思っている。だが、ウミンチュウとして、飯の種である海が壊されることに強い危機感を抱くという点では共通している。
 説明会では、参加者に紙数枚の資料が提供され始まったが、説明者である名古市助役は、黒眼鏡をかけた中高年男性というお役人の典型のような容貌で挨拶がやたらと長く肝心の説明は実に抽象的なものであった。
「普天間基地の危険性を考慮に入れ、この決定を受け入れるしかなかったのでございます。海上に滑走路ができるのですから、陸上部よりはるかに安全であります。環境にも配慮した構造を目指しております。また、漁業関係者の方々には、それ相応の補償措置を検討いたしております。また、この新基地受け入れにより当市は、振興策として多大な補助金を受け取ることになっています。また、基地建設も当市の業者に優先して入札が出来るように取り計らっていますし、地域経済にとっても・・・」
 説明は二十分足らずで終わり、質疑応答はなし。時折、参加者から罵声が飛んだが、説明会が終わるとほとんどはそそくさと会場を去って静まった。公民館を出た時、洋一は龍司に対してこう言った。
「こんなこと沖縄ではよくあることさ。どうせ政府が決定したことだから覆されないだろうと諦めているし、ならば条件闘争に持ち込もうとね。できるだけ、高い見返りが貰えるように取り計ろうとするんだ。何よりも、この名古では人口六万人に対し五十もの土建屋がある。市長も、そんな土建屋連中の支援を受けて当選したようなもんだから、むしろ歓迎しているぐらいなんだ」
 はあ、なるほど、日本のどの地方でもある公共事業で地域経済が成り立っている現状。それにより雇用が産み出される利点があるので、地元も一枚岩ではないということか。
 


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 龍司は考えた。これから、自分はどうしたらいいのか。どうせ、この海に滑走路が建設されるのは間違いない。政府が決めたことで地元でも受け入れの方向だ。覆せるはずがない。自分は、そもそもウチナンチュウではない。所詮はよそものだ。確かに八ヶ月も住み続けて愛着が沸いているが、でも、ここで生まれ育ったものに比べれば大したものではない。漁師になるのが目的で来て、漁師になれなくなってもここに住み続けられるのか。
 それは疑問だ。それならば東京に帰ろうか。ここに居続けても仕方ない。いずれ居場所がなくなり追い出されるのだから。基地建設阻止運動とか、いざこざにこれ以上巻き込まれるのはたくさんだ。
 そうしようと決心が固まってきたある日、龍司は浜辺の反基地テント村に立ち寄った。
 新基地建設決定のニュースは県内はもちろんのこと、全国中に知れ渡り、様々な人々が訪れるようになっていた。午前八時から午後の日没ぐらいまでの間にテントは運動家の人々が座り込み、訪問者に対応、そして、海上の様子を見張ることになっている。
 反対の意志を示す象徴として、浜辺のフェンスの有刺鉄線には反戦・平和、環境保護を訴えるメッセージを書いたリボンや横断幕を巻き付け、日に日に有刺鉄線は、そのリボンと横断幕で埋め尽くされるようになっていった。これを米兵たちに見せてやろうという気なのか。
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 龍司は元来、このような活動には関心があるほうではない。そもそも、政治問題には関心が薄く選挙にも行かない男だ。デモや座り込みなど、やっても無駄なことと常日頃から思っていて、そんな運動の誘いを受けても、無視するようにしている。なので、見ていてバカバカしくなってきた。
 テント村に立ち寄って、洋一らと挨拶して、その後、安次富に自分がここを出て東京に戻るつもりの旨を告げることにした。
 だが、洋一はおらず、代わりに近くの集落に住む長老が数人ほど座り込んでいた。皆から「おじい」「おばあ」と呼ばれて親しまれている長老たちだ。
 おじいとおばあに挨拶をしようかと思ったら、おじいとおばあは、土建服を着た龍司と同じ年頃の男性と話しをしていた。
 土建の男性は、おじいとおばあに、基地建設の説明をしているようだ。とても堅い表情をしている。しばらくして、長老の中で最も年をとっていると思われるおばあが土建の男に向かって優しく問いかけるように言った。
「あなたは、この海で育ったんでしょう。この海があるからこそ今があるのでしょう。自分の子供にも残したいと思わないの。私はその一心でここに座り込んでいるのよ」
 すると、男の表情は突然緩み、顔を真っ赤にして涙を流し始めた。こいつもウチナンチュウということか。
 龍司は、即座に眼を背けてしまった。こんな光景見たくない。何だか胸に突き刺さる。とりあえず、今日は何も考えず魚でも獲っていくか。

 その日の漁と出荷が終わった後、龍司は安次富の家で夕飯を食べて、夕暮れ時を基地寄りに面する通りの飲屋街に行った。飲屋街といっても2、3軒ほど店が並んでいるだけのひっそりとしたところだ。地元の人以外に米兵も時折立ち寄るという。
 その中の一軒「バー アップル」に入った。ビールでも飲もうと思った。安次富の家には泡盛しかなく飲み飽きていた。
 するとバーのカウンターに見覚えのある男が座っている。ヘインズ曹長だ。
 龍司はカウンターに近付き、バーのマスターに対し「このマッチョの方にビールを、俺の驕りで」と言った。
 マスターはビール瓶をヘインズに差し出す。ヘインズは龍司を見て言った。
「よう、嬉しいが、私は謙虚な男だから、金は払うよ」
 ヘインズは、にったりと笑みを浮かべる。
「折角だから、いろいろとチャット(お喋り)なんてできないかな。また出会えたのも奇遇だし」
と龍司が言うと、
「OK」と返す。
「演習のコース変更の件はありがとう。実に感謝している。だけどさ、新しい問題がまた起きたんだよな。多分、あんたも知っているだろうけど」
「滑走路のことか」
「ああ」
「いっとくが私は一兵員に過ぎない。命令でここに配属されたに過ぎない。はっきり言って私の知ったことじゃないとしか言えないな」
 実に素っ気ない反応で、表情がやや不機嫌になった。
「ビーチで反対運動している奴らをどう思う。フェンスにリボンなんか巻き付けているけど」
「ふん、それも知ったことじゃないね。勝手にやらせとけっと言ったところか」
「ここに来てどのくらいになるんだ」
「今年で三年目かな」
「沖縄では歓迎されていると感じるかい?」
「さあな、歓迎されていようがなかろうが、私や他の隊員にとってはどうでもいいことだ。それに沖縄に来る前に言われていたんだ。沖縄には基地の中に町があって、そこに人が住んでいるとな。この島が基地のようなもんだ。みんなそう思っている。じゃあな、マイ・フレンド」
と曹長はビール瓶をさっと飲み干し、カウンターに置いた。その側には、すでに飲んだウイスキーのボトルとグラスが置いてあった。。
 そして、カウンターに金を置き、巨体を立ち上げ、そそくさとバーから出ていった。

 龍司は思った。こん畜生。絶対に滑走路なんて造らせないぞ!
by masagata2004 | 2010-09-22 10:10 | 沖縄


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