旅小説「私を沖縄に連れてって」 第20章 ヘインズの秘密



 辺奈古は、日もそろそろ暮れ始める時間になっていた。キャンプのゲートに向かおうとしたが、たまたまゲートに向かう途中の金網フェンスから、芝生のフィールドで格闘訓練の指導をしているヘインズ曹長を見つけた。立ち止まって、金網からヘインズとヘインズから訓練を受ける数十人の若い兵士たちの姿を眺めていた。ヘインズはTシャツにサングラスをしており、大柄な兵士たちの中でも一際、体格の大きさと逞しさが目立つ。一人の訓練兵士を地面に四つんばいにしたうえで、羽交い締めの方法を教えている。殺人の訓練なのだろうか。
 金網越しの自分に気付いてくれないだろうかと思った。いちいちゲートまでいって呼び出すのも面倒くさい。
 すると、警備員、見るからにウチナンチュウの年老いた男が近付いてきて、
「あんた、ここで突っ立って何をしている。じっとしてないで、どっかいかんね」
と声をかけた。
 龍司は、警備員に言った。
「あの教官、ヘインズ曹長っていうんでしょう。彼に伝えてくれませんか、トニーのことで緊急に用があるって。そう言えば分かるし、そのことを伝えなければあなたにとって不利な結果になりますよ」
 警備員は、はあ、という顔をしたが、しばらく考え込んで、訓練中のヘインズに近付き、龍司のいる方向を指差し、何かを言っている様子だ。
 すると、ヘインズが走って金網までやってきた。
「やあ、チャーリー、ごきげんよう」
「リュージ、トニーのいる場所を知っているのか」
「二人だけで話せないか」と龍司。
「もちろんだ、そこで待ってろ。今から、そっちに行く」
とヘインズ、訓練生を解散させ、建物の中に入っていく。思った通りだ。
 そして、数分後、龍司のところに現れた。二人は車の中に入った。
「トニーに会いたい。君のところにいるんだろう」
「事情は分かっているよ。だけど、彼を連れ戻す気ではないよな。明日にはアフガニスタンに連れて行くのだろう」
と龍司。
「何を言っている。奴は脱走をしたんだぞ志願して入ったからには決められた任務を全うする契約がある。このまま明日の招集までに戻らなければ軍法会議にかけられる。そうなれば刑務所行きだ。刑務所を出た後は、そのことが一生つきまとう。非国民としてリストされ、就職もまともにできなくなるんだ」
 龍司は言葉を失った。これが軍隊のある国の掟なのか。日本の自衛隊なら好きな時に除隊できる。そして、除隊してもお咎めなしだ。
「しかし、今のトニーを見る限り、とてもじゃないが戦場に行ける状態じゃないぞ」
「私が彼を説得させる」
「無理矢理連れ戻すんじゃないよな」
「そんなことはしない、私と彼なら、じっくり話しをして解決策が見つける。会わせてくれ。頼む」
 ヘインズの表情は深刻そのものだ。
「分かったよ、チャーリー」
と言って龍司は車を発進させた。

 車は別荘に着いた。日は暮れ、辺りは暗くなっている。電灯の点いた別荘の中に入った。リビングルームにセーラとトニーがいた。二人はソファに座ってコーヒーを飲んでいた。
 トニーは、ヘインズを見た瞬間、立ち上がった。
「僕は戻らないぞ」
と大声で叫んだ。
「連れ戻しに来たんじゃない。一緒に話しに来たんだ」
とヘインズ。
「うそだ。あんたたちもひどい。助ける振りして、こんなひどいことするなんて」
 トニーは、さっと走り、キッチン側に向かい、キッチンの裏口を開け外に出た。
 三人はトニーの後を追う。トニーはひたすら走る。暗い中、森の中を走る。
「トニー、止まるんだ」
 龍司が叫んだ。この先が崖だということを知っている。止まらざる得ないだろう。
 だが、トニーは止まらなかった。そして、その崖から姿が見えなくなった。どうしたのだろうかと思った。暗くてどこへ行ったのか分からない。しかし、この先が崖である限り、その先に進めないはずだ。
 崖を滑って降りたのか。昼なら、腰をかがめながら、足を滑らせながら降りられないこともないが、こんなに暗くなると足元が見えないから転げ落ちるしかなくなる。そうなるとかなり急だから、危険だ。
 三人とも、崖の先まで来たが辺りにトニーはいない。崖の下は真っ暗で何も見えない。崖の下は海岸だ。二、三〇メートルの高さがある。
 海岸まで、車で道路を走って降りることにした。五分後、崖の真下の海岸まで来た。真っ暗な砂浜にヘッドライトを照らす。崖の真下のごつごつとした岩場に人らしきものが横たわっている。
 まさか、と思って照らした。あ、トニーだ。倒れ込んでいる。どうなったのかと不安になり近付く。
 血まみれだ。頭や胸から血を流している。かなりの重体だ。ヘインズが抱き上げる。反応がない。しかし、虫の息程度の呼吸と脈はあるみたいだ。急いで、救急車を呼ばないと、と思い龍司は携帯電話を取り出した。
 すると、ヘインズが叫んだ。
「私の息子なんだ。私の息子なんだ、トニーは」
 チャーリーは涙を流しながら大声を上げた。

 それから、一時間後、手術室の前に龍司とヘインズがいた。救急車で運ばれ緊急手術が始まった。腕や足、肋骨を骨折、内臓も破裂している。かなり危ない状態であるということで、すぐに手術室に運ばれた。
 セーラは、別荘にいて軍警察と海兵隊に事情を説明することになった。
 龍司は、あっぷあっぷした表情のヘインズを見ながら、不思議な気持ちでならなかった。自分の息子が自分が指導する部隊の一員で脱走。そして、突然、こんな事態に。トニーは父親である教官を見て逃げ出した。何ともわけの分からない展開だ。
 ヘインズのトニーに対する思い入れは、息子だったからだというのは理解できたが、しかし、どうして、こんなことに。釈然としない気分だ。しかし、今は一刻も早くトニーが助かることを願いたい。
「私が父親であることをトニーは知らないんだ」
と突然、ヘインズが口にした。
「チャーリー、それはいったいどういうことなんだ。ずっと同じキャンプにいたんだろう」
「私が彼が自分の息子であるということを知ったのも、つい最近だ。それまでは自分に息子がいたということさえ知らなかった」
「え?」
 龍司は驚きを隠せなかった。どういうことなんだ。ヘインズは、その経緯を話し始めた。

 話しは二十年ほど前、チャールズ・ヘインズが高校生の時にさかのぼる。彼にはドロシーという同じ学校に通うガールフレンドがいた。二人は仲が良く、高校生にして恋人同士、卒業後は結婚する約束までしていた。
 だが、二人には問題があった。黒人と白人のカップルだということだ。それは、チャーリーの父親には絶対に許されることではなかった。厳格で保守的な考えを持ち、人種差別主義者であったチャーリーの父親は、チャーリーとドロシーが二人きりで家の中で抱き合っていたところを目にしたとたん激怒、ドロシーを汚い言葉で罵って追い出し、チャーリーには暴力を振り、二度と彼女と会うなと命令した。ドロシーは深く傷付き、そのためチャーリーも彼女に会いづらく、二人は互いを避けるようになった。
 それを機に元から父親と反りの合わなかったチャーリーは家を出ることに。チャーリーは家族と縁を切り自分一人で生きていくためにもと考え海兵隊に入隊することにした。
 これでドロシーとは永遠に顔を会わすことはないと思った。
 海兵隊に入隊後、湾岸戦争に派遣された。
その後、世界各所を回る任務に就きベテランの海兵隊員となった。白人の女性と結婚。子供のいる暖かい家庭を望んだが、五年も結婚していて、性生活にも問題がなかったはずなのに、夫婦の間に子供ができない。なぜなのか知りたくて、妻は生殖機能に問題がないか検査を受けたが医師の診断では問題なしと出た。チャーリーも受けてみることにした。
 すると、チャーリーの精液に異常があると医師から検査結果の報告を受けた。精子が正常な男性に比べ、極端に少ないというのだ。この状態では生殖は困難だと診断された。
 それは湾岸戦争シンドロームと呼ばれる現象ではないかと疑いを持った。
 すでにチャーリーの知る湾岸で従軍した仲間の中には、頭痛、めまいが長期に続く、手足が動かなくなるなどの体の障害を訴える者が何人もいて、戦争中に使われた劣化ウラン弾や化学兵器によるものではないかと噂された。若いのに白血病や癌にかかって死んだという話しまで聞いた。軍は、症状と兵器の関連性を認めてはいなかった。しかし、明らかに同期に湾岸に派遣された仲間に顕著に見られた現象だったのである。イラクでは一般市民の間で数多く報告されていると聞く。
 仲間には自身に異常は見られなくとも、彼らから生まれてくる子供に奇形児やダウン症の子供が生まれてきたという話しをしばしば聞いた。精子の異常が原因と思われるという。
 まさか自分が。しかし、それは分からない。先天的なものの可能性もある。自分には、それ以外、体の異常なんてあり得なかった。湾岸に従軍したことが原因だなどと断定はできない。してはいけないと思った。
 しかし、子供を作れないという事実を知って絶望したことには変わりなかった。自分には自分の血を分けた子供を作れない。その絶望により離婚を体験することになった。
 それから、海兵隊の教官となり、沖縄に配属された。そして、トニーが自分が指導する部隊に入った。当初は、何ら他の新兵たちと変わらず接していたが、ある日、二十年もご無沙汰だったドロシーから手紙が届いた。
 なぜ今になってと思い手紙を読んでみると、トニーという隊員が彼女の息子で、そして、彼がドロシーとチャーリーの間の子供であるという事実が書かれてあった。ドロシーはチャーリーと別れた後に妊娠していることを知ったが、チャーリーと寄りを戻せなくなり、やも得ずチャーリーに知らせないまま、トニーを出産したという。
 シングルマザーとして苦労しながらトニーを育てたが、貧しく子供を大学に行かせることができず、結局、海兵隊に入隊することになったと。ドロシーは反対であったが、そこでしか希望を実現することができないというのであればやも得なかったと綴られ、だが、不思議な偶然で彼の指導教官が彼の父親であったというのだ。もちろん、トニーは知らない。ドロシーはトニーが沖縄から送ってきた手紙に入っていた写真にチャーリーが写っていて、教官の名前もチャールズ・ヘインズだということで分かったという。
 ドロシーはトニーに、チャーリーが父親であることは教えていない。なぜなら、トニーには父親は事故で死んだのだと子供の頃に伝えたので、今更、本当のことは話せないというのだ。
 チャーリーは、それを聞いて動揺したと同時に喜びをも感じる複雑な心境になった。なぜドロシーは今まで教えてくれなかったのかと怒りを感じつつも、その事情は理解できた。自分にも責任があるのだ。別れた後に彼女を気にかけず避けてしまった自分に責任があるのだ。
 しかし、自分に息子がいた。今まで顔を会わすことはなかったものの、しっかり成長して、偶然にも自分の近くにいる。まさに神の巡り合わせだ。
 それ以来、チャーリーには特別目をかけた。贔屓したりはしなかったが、他の隊員よりも、ずっと注意深く接した。自分が父親であるということを告げられなかったからこそ、その想いは人一倍強かった。いつか自分が父親であることを告げたい。いつになったらそれができるのかどぎまぎしていた。しかし、それはドロシーと相談して時期を考えようと思った。
 少なくとも新兵として訓練中は無理だと考えた。一番大事な時だ。心の動揺を与えてはいけないと。じっと、その想いをこらえていた。
 そして、今やこんな事態に。彼が目を覚ましたら、きちんと伝えようと決心した。もう離さない。どんなことがあっても。

 手術室の灯りが点ってから五時間以上が経っただろうか、窓から少しずつ日の光が入って差し込んでいる。
 突然、手術室のドアが開いた。医師が出てきた。その医師の表情から、龍司は何となく手術の結末が予想できた。とても想い表情で医師は言った。
「申し訳ございません。手は尽くしましたが、先程、出血多量と内臓圧迫により死亡いたしました」
 龍司はチャーリーに英語で「すまない。か彼は死んだ」と告げた。
 そのとたん、チャーリーは、もぬけの殻になったかのように巨体を床にひざまずかせ、両手を床に置いた。声は全く出さず目からぼろぼろと涙をこぼしている。大量の涙が床にこぼれた。
 そんなチャーリーの姿を見て、龍司もつられて目から涙をこぼしてしまった。
 ああ、何と残酷なことが起こったんだ!
by masagata2004 | 2010-10-22 10:25 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)
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