KIMONOを着よう! 第3章 貝の口

日本の民族衣装、着物を通して学ぶ、伝統と文化の重さ。

まずは第1章第2章をお読み下さい。

さてその日の朝、その着物を着てみた。包み紙の中には、折り畳んだ羽織と羽織の左右を衿でつなぐ羽織結びと長着と帯が入っていた。
b0017892_111383.jpg

着たのは、その中の長着だ、羽織を着なければいけないほど、まだ寒くはない。浴衣を着るのと同じように下着姿の上に長着を身につけた。さて、そうなるとベルトの役割を果たす帯を腰に巻かなければいけないのだが、それがかなり長いものであることに気付いた。旅館やホテルで着る浴衣だと短く、巻いてさっと側面で固結びをすればいいのだが、これはどうも、そんなに簡単にいかないらしい。何度もくるくると腰に巻いて、最終的に残ったところで、固結びをするようにしてみた。だが、浴衣の帯と違い、この帯は太く結びにくい。はて、どうやって結ぶのか。何度か試してみる。やっとかっとして、手を離しても腰から落ちないように巻き込めた。だが、どうも不安定な感じがする。きっと正しいやり方ではないのだろうが、とにかく結べたのだから、これで行こうということにした。
気付いたことがあった。財布や携帯電話、鍵を入れるポケットがない。だが、すぐにどこに入れればいいか気付いた。袖口だ。着物の袖の幅は広い。袖口にそっとものが入れられ、袖そのものが袋のようになっている。よく「袖の下を通す」を入れるという慣用句があるが、その由来はこういうことなのかと思った。
着物だから、履くものは靴ではなく、夏によく履くサンダルにした。たまたま持っていたサンダルが草履風だったので丁度いいと思い、素足にサンダルを履いた。

歩いて外に出てみると、実に歩きにくいことに気付いた。まるでスカートを履いているようだ。特に、階段を上がるときは、こけそうになってしまう。昔の人は、こんなものを日常的に着ていたのかと思うと信じられない気分だ。そして、電車に乗る。周囲の視線が気になる。周りの人で特に気にして見ている人はいないようだが、普段着ない服だ。どう見られているのかおのずと気になる。

約束の時間になり、柴又の駅に着いた。そこを出てから、真っ直ぐのところに柴又帝釈天がある。待ち合わせは駅前の広場だ。
すると、外国人らしき人が数人ほど待っていた。
「ハロー、皆さん、フリーウォーキングツアーに参加の方ですか。私が今日のガイドのイチローです」と声をかけると、初老の女性がにっこりとして「こんにちは。まあ、素敵なキモノね」とさっそく着物姿に反応してくれた。
「はい、是非とも、日本の伝統の衣装をお見せしたくて」と応えると、他のゲストも「ナイス・キモノ」「グッド・スーツ」「グレイト・ファッション」といういい反応が続けざまに返ってきて、皆珍しそうに見つめる。
そうか、外国の人にとっては、エキゾチックな衣装であり、また、ファッションとして受け止めるものなのかと思った。我々にとっては、どうも辛気くさく、保守的なイメージが強い。だからこそ、着る人は少ないのが現代なのだろう。
「ハロー」と声をかける女性の声が、清美さんだ。黄色いワンピースを着て、相変わらずきれいだ。
「ああ、清美さん」と一郎がにっこりとして挨拶。
「あら、着物を着てきたの」と清美が目を大きくして見る。
「はい、祖父の形見で、せっかくだから着てみようと。外国の方たちをもてなすのには丁度いいかと」と応えるが清美の反応はなぜかしっくりしない。そして、外国人の方々を見て「さあ、皆さん、これから柴又帝釈天に行きます。私は、彼と一緒にガイドを務めるキヨミです」とガイドを始めた。
駅から帝釈天までの間は、お土産屋さんが軒を並べる。この光景はとても風情がある。ところどころで立ち止まり、これは何?とか、質問をされた。単なる風車や竹とんぼなどの和細工がとても珍しがられた。
数百メートルほど歩いたところで、帝釈天の入り口に到着。
b0017892_19341581.jpg

一郎は、そこで帯が緩んでいるのに気付いた。すぐにまた固く結ぶ。そして、帝釈天の解説をした。
「ここは、17世紀の初めに建てられた仏教の寺です。タイシャクテンというのは仏教の守護神の名前です」
中に入り、本堂を案内するが、ここの醍醐味は、本堂の裏手にある彫刻ギャラリーだ。仏教の説話10話を木彫りで描いた壁面が続く。木彫りなのだが、実に細かく巧みに描かれているのに感動する。まさに芸術品だ。一郎と清美は交代で、各木彫り画の説明をした。
b0017892_19344887.jpg

次に、邃渓園というところへ向かった。
庭園を囲むように和館と屋根付きの廊下が続く。さっそく入り口に入ったところで、清美がゲストに対し、「皆さん、少しここで待っていてくださいますか。数分ほど」と声をかける。ゲストは、OKという反応だ。入り口付近からも美しい庭が眺められるので、この辺でゆっくりしていると言ってくれた。
b0017892_1936150.jpg

一郎はどうしたのだろうかと思ったが、清美が一郎の手を取り「ねえ、ちょっと来て。二人だけになれるところで」と言う。えっと思った。いったい何のつもりで。不思議とわくわくとした気持ちになった。
ついていくと、廊下の奥の人目のつかないところ。消化器などが置いてある和館の隅だ。どうして、こんなところに、それも二人だけで、おまけにこんな美人と、一郎は変な気分になった。清美は言った。
「この帯をほどいて」



え、まさか、と一郎は思った。
「いったい、どうして?」
「無茶苦茶な結び方をしているわ。とりあえず外して」
「え、この結び方がおかしいのですか」
「そうよ、それに衿も逆に着ているわ」
「え、どういうことですか」
思わぬことを言われ、一郎は帯をほどいて。元からほどけそうになっていたので、すぐにほどけた。すると、清美は衿の先を持ち、左右を逆に重ねた。
「本来は左側が上に来るのよ」と清美。
「え、そうだったのですか、そんな規則があったなんて」
「常識よ。それから、この帯だけど、こうして巻き付けて結ぶのよ」と言いながら、長く太い帯を腰に巻いたかと思うと、先端を縦に半分折りにして、そこからくるりと巻いたかと思うと、そこから、またその逆の端を内側に折り返し、そして、その先端を中に入れ込み、さらにその逆の先端を絡ませる。清美さんに体を触れられている感触にどきっとし通しだった。最後には、まるで折り紙のように三角形の形をした結び目が出来上がった。しっかりと腰に巻き付いた感触がある。その結び目を帯を回して後ろに持っていく。
「へえ、こんな風にするんだ」
「そう、これは貝の口という男性の帯の結び方の典型よ。じっくりと研究してみて」と清美。そして、二人はゲストのところへ戻った。ゲストは一郎の着物の衿が左上になり、帯の結び方も変わったことには気付かなかった。案内しながら、ところどころで一緒に写真を撮ってくれないかとせがまれた。日本人の着物姿は旅のいい記念になるとのことらしい。一郎はまるでタレントになったような気分だった。写真は清美がカメラを持って撮ったが、清美の一郎を見る目には怪訝なものがあった。一郎はそのことを強く意識した。

その日、家に帰った一郎は、ネットで「貝の口」なる結び方を検索、動画サイトで見つけて自分でできるように練習した。

何度か苦心して、一人で「貝の口」を結べるようになった。

また、着物の下には、長襦袢というものを着て長着の衿の首辺りで重なって見えるようにすること、足には足袋と雪駄といわれる草履を履くことなども学んだ。
だが、着物というのは、いろいろと大変だ。動きにくいということもさることながら、トイレが大変である。立ってするも、座ってするのも、しゃがんでするのも、一苦労である。用を足している途中で布が落ちたりして汚れないか心配しないといけない。
そして、着物はしまうときは独特のたたみ方がある。それもネットで学んだ。皺にならないようにたたみ、包み紙に入れてタンスにしまうのである。まとったり帯を締める行為と、それを脱いで折りたたんでしまう行為、それぞれに10分は要する。なんと時間がかかることか。洋服が普及するわけだと思った。
一郎は、翌日、デパートの和装コーナーで男性用の長襦袢、足袋、雪駄を買った。ちゃんと着こなさないと恥ずかしいと思い、少し値が張るが買うことにした。

しかし思った。なぜ清美さんは、この結び方を知っていたのか。呉服屋でもやっていたのか。仕事は通訳だと聞いたし、どうしてなのか。もっとも、知らなかった自分が情けないと思った。相手が外国人だから気付かれずに済んだのだが、これはみっともない。

次の週末、またリクエストがありツアーガイドをすることに。今度は清美さんと真美さんと3人でガイドをすることに。場所は明治神宮だ。もちろん、着物を着ていくことに、今度は羽織を上に着て、足は足袋に草履だ。先週の着流しと違い、本格的になった。

原宿駅を降り、明治神宮の門へ。都内とは思えないほどの豊かな森の道が開ける場所。ここから和風庭園。参拝をする本殿へと案内する。
b0017892_19381048.jpg

数人ほどの外国人が来ていて集まっていた。真美さんも来ていて話し込んでいた。
「あら、一郎さん、素敵な着物ですね」と声をかける。ゲストの人々も、一郎の着物姿に興味津々で見つめる。いい気分だ。ゲストの出身は、イギリス、ドイツ、フランス、中国からだ。皆、英語が理解できる人達。まずは自己紹介をする。そして、もう一人のガイドが来るので待ってもらうように告げた。清美さんも来る予定だ。そろそろ時間なのでと待っていると、現れた。
一同は、清美さんの登場に息を呑んだ。着物姿だ。淡いピンクに花柄の着物、それに絵柄の入った白い帯、髪はきっちりと結い上げている。外国人のゲストたちは立て続けに、
「ビューティフル」「ゼア・シュン」「トレ・ボー」「ヘン・ピューラン」と感激の言葉を発した。
美しすぎる。これまで洋服を来た姿を見てきたが、その何倍にも増して、彼女の姿は美しい。美しい着物とそれを着こなしたとても美しい女性。色っぽくまばゆい。
「清美さん、見事な着物ですね。とてもきれいです」と一郎。
「うわあ、本当にきれい」と真美が言う。一同は見とれてしまった。
「ハロー、エヴリワン、私が今日のガイドであるキヨミです」と言いながら微笑む。皆、完全に清美の虜となってしまっていた。
明治神宮とは1920年に、その9年前に崩御した明治天皇と皇后を祀る目的で建立された場所。原生林のような森と庭園、本殿境内、宝物殿がみどころだ。

その日の明治神宮ツアーの主役は清美であった。庭園、境内へといく中で、ゲストたちは清美を取り囲んで、一郎と真美が解説をしている時も、常に清美の方ばかりを見ている。ゲストだけではない、道行く人誰しもがだ。一郎と真美はゲストの写真撮影を何度も頼まれた。写真は常に清美と一緒でなければならない。まるで清美は女優のような扱いだ。

先週末、一郎が注目の的だったが、今度はすっかり清美にその地位を奪われた。そして、清美は先週の一郎の何倍もの注目のされようだった。無理もない。その着物姿のまばゆさは、男の一郎の比にならない。何よりも、女性の着物はデザイン性が豊かだ。着物の生地の光沢と同時に、絵柄、それは帯も同様だ。男のに比べ幅が広く絵柄も女性ならではのお洒落さがある。
お洒落では男は女にはかなわない。洋服と同様に和服でも同じことがいえる。
「ねえ、折角だから私だけでなく彼とも一緒に撮ったら」と清美がゲストに言う。
ゲストは、清美と一郎の間に立ち、3人で並んで姿を撮ることに。清美は得意気だった。まるで、着物で私にかなう者なんていないわよといいたげな態度だ。
だが、その通りである。誰もかなわないだろう。一郎の地味な男の着物ではもちろんのこと、女性でも清美の着物姿にかなう者はなかなかいないと分からせてくれる。それほどまでにまばゆい姿なのだ。

一郎は、まるで美しく咲く花の下で茎にぶら下がった葉っぱとなった気分であった。


第4章につづく

人気ブログランキングへ
by masagata2004 | 2013-03-25 09:00 | ライフ・スタイル | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://masagata.exblog.jp/tb/20197175
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

カテゴリ

全体
プロフィール
自作小説
映画ドラマ評論
環境問題を考える
時事トピック
音楽
スポーツ
ライフ・スタイル
米留学体験談
イベント告知板
メディア問題
旅行
中国
風景写真&動画集
書籍評論
演劇評論
アート
マサガタな日々
JANJAN
スキー
沖縄

タグ

最新のトラックバック

映画「終戦のエンペラー」..
from soramove
【映画】バーダー・マイン..
from しづのをだまき
インサイダー
from 映鍵(ei_ken)

フォロー中のブログ

高遠菜穂子のイラク・ホー...
ジャーナリスト・志葉玲の...
増山麗奈の革命鍋!
*華の宴* ~ Life...
poziomkaとポーラ...
広島瀬戸内新聞ニュース(...
楽なログ
美ら海・沖縄に基地はいらない!

その他のお薦めリンク

ノーモア南京の会
Peaceful Tomorrows
Our Planet
環境エネルギー政策研究所


私へのメールは、
masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp まで。

当ブログへのリンクはフリーです。

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

東京
旅行家・冒険家

画像一覧