人気ブログランキング | 話題のタグを見る

自作小説「白虹、日を貫けり」 第11章 弾圧

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第10章までお読みください。

 翌朝、龍一は朝刊をみて驚きを隠せなかった。自分が書いたはずの記事の記者名が「大西哲夫」になっていたからだ。
 龍一は愕然としてしまった。どういうことなのだろうかと勘ぐった。まさか、大西が自分の手柄にでもしようと名前を直前で変えたのではと思った。記事の言葉は、一言一句たりとも変更はない。
 大西を問い詰めようと思ったものの大西は朝早くから取材らしく下宿屋にも社内にもいなかった。
 龍一はやきもきして仕事に集中できなかった。大西ではなく、岸井部長が変えたのかとも思ったが、ひとまず大西に確認してからと思った。正午が過ぎ、昼食を取ったが、それでも大西は帰社してなかった。
 だが、思わぬ知らせが部室に飛び込んできた。内務省が、米騒動の報道規制を撤回する決定をしたとのことだ。どうやら、前日の記者大会のことが響いたらしい。また、国会内には、寺内内閣を糾弾する動きも始まったとのことだ。
 部内は、一斉にどよめいた。龍一もつられて、喜びを表したが、素直な気持ちにはなれなかった。自分の書いた記事が政治を動かすほどの影響を与えたかもしれないのに、それを自分の名で出せず、その栄誉を先輩の大西に持っていかれたことに対する怒りのほうが湧き起こった。
 岸井部長は言った。
「大西くんがまたやってくれたな。ちょっとあの記事は過激すぎると思ったが、そのおかげで言論の自由が守れたんだ。彼が来たら拍手で迎えよう」
 龍一は、岸井部長のデスクに近づき、この記事が自分が書いたものであることを伝えようとした。大西が自分に書くように勧めたのだが、その時は二人だけの話し合いで、今の今まで二人以外は誰も知らないことなのだ。書き上げたゲラは、大西が部長に提出した。大西が多少の推敲を加えると思われたが、そのままの形で記事として発刊されている。
「おお、大西くん」
 部室内は一斉に拍手が巻き起こった。大西が部室に入ってきたのだ。大西は反応するように笑顔をつくった。さっと龍一と目が合った。龍一は、にらみをきらした。でも、大西は無視するようににこにこ顔を周囲に振りまいた。
 岸井部長のデスクのそばにいた龍一は、方向を変え大西の方に近付いた。思いっきり、怒鳴ってやろうと思った。
 とその時、部室に男が三人ほど入ってきた。いかめしい表情をした男たちだ。何だろうと皆は、その三人に注目した。見るからに私服警官の風貌がある。
 男の一人が、書面を携え言った。
「ここに大西哲夫という者はおるか?」
 刑事風の口ぶりで言う。
「ああ、俺やが」
 大西は、きょとんとした表情で応えた。
「お前を新聞紙法違反容疑で逮捕する」
 部内の空気が一瞬にして凍った。
「待ってください。いったいどういうことです?」
 岸井部長が、刑事に詰め寄った。
「あんたはここの部長さんですかい。でしたら、後で事情聴取をじっくり受けてもらわなあきまへんな。他の人たちもな」
 刑事たちは記者たちを一人一人にらみつけた。龍一は目が合うとどっきりとした。背筋が凍った。さすがの大西も深刻な表情をして黙っている。刑事は、大西に手錠をかけた。

 それから、一週間が経った。龍一は、自分が書いた記事が、とんでもない事態を引き起こしたことを知った。あの日付の新聞は発売及び頒布の禁止を言い渡された。
あの記事でも指摘した新聞紙法の四十一条に違反する行為として大阪地検に起訴されたということである。四十一条は、「安定秩序を乱し、風俗を害する事項を新聞紙に掲載した場合は、発行人、編集人を六ヵ月以下の禁固又は二百円以下の罰金に処す」というものだ。
 新聞記者なら誰でも知っていて、誰もが気を使っている事柄だ。問題だったのは、記事の下りの「誇り高き大日本帝国は今や恐ろしい最後の裁判の日に近づいているのではなかろうか。白虹、日を貫けり、と古代の人が呟いた不吉な兆しが、雷鳴のようにとどろいている。」という部分だったらしい。この表現が、安定秩序を乱し、風俗を害する事項として検事局に解釈されたというのだ。何でも、「日を貫けり」の日は、「日本国、及びその元首の天皇」を差しているのではないかとも解釈できると。
 龍一には、理解できなかった。確かに、穏やかな表現ではない。だが、国の安定秩序を乱す意図などなかった。最後の審判の日という言葉も単なる比喩表現に過ぎない。国の終わりを望んでいるわけではないのだ。「白虹、日を貫けり」も然りだ。この表現にいたっては、中国の古典文学を知っているものでないと理解できず、一般読者に対しては難解なものだ。
 龍一は、他の記者や社会部長、編集局長らと共に事情聴取を受けた。龍一は、なぜかこの記事が自分が書いたものであることを言わなかった。少なくとも、大西が自分が書いたものであることを検察側に話すまでは言わずにおこうと思った。自己防衛のためではなかった。これ以上の混乱を避けたかった。そして、この起訴が、もしかして大西が名前を変えた理由だったのではと思った。大西は、起訴される可能性を踏まえて、自分の名を伏せたのではとなんとなく悟ってきた。
 しかし事態は、さらに深刻であった。検察側は、同じく新聞紙法の四十三条の起訴も準備しているというのだ。それは「第四十一条を処罰するに於いて、裁判所はその新聞紙の発行を禁止することを得」というもので、安定秩序を乱し、風俗を害した記事を掲載した際は、編集人、発行人に対する処罰とは別に新聞紙を発効禁止にすることができるというものである。発効禁止とは、特定の号をの発売を禁止するのは全く異なり、将来に向かって同一新聞紙の発行を永久に禁止する処分で、新聞社にとっては死刑宣告と同然である。

第12章に続く。
by masagata2004 | 2005-07-24 22:29 | 自作小説 | Comments(0)


私の体験記、意見、評論、人生観などについて書きます


by マサガタ

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ

全体
プロフィール
自作小説
映画ドラマ評論
環境問題を考える
時事トピック
音楽
スポーツ
ライフ・スタイル
米留学体験談
イベント告知板
メディア問題
旅行
中国
風景写真&動画集
書籍評論
演劇評論
アート
マサガタな日々
JANJAN
スキー
沖縄

タグ

最新のトラックバック

フォロー中のブログ

高遠菜穂子のイラク・ホー...
ジャーナリスト・志葉玲の...
地球を楽園にする芸術家・...
*華の宴* ~ Life...
poziomkaとポーラ...
広島瀬戸内新聞ニュース(...
井上靜 網誌
美ら海・沖縄に基地はいらない!
辺野古の海を土砂で埋める...

その他のお薦めリンク

ノーモア南京の会
Peaceful Tomorrows
Our Planet
環境エネルギー政策研究所
STAND WITH OKINAWA

私へのメールは、
masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp まで。

当ブログへのリンクはフリーです。

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

東京
旅行家・冒険家

画像一覧