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自作小説「白虹、日を貫けり」 第17章 ニューヨークへ

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第16章までお読みください。

 一九二五年秋、龍一は、朝夕新聞ニューヨーク支局の特派員となっていた。太平洋をまたがる船旅と大陸を横断する列車の旅と合わせて二ヶ月をかけて辿り着いたニューヨークであった。途中下車をして、アメリカの都市を観察することも職務の一環だった。西海岸のサンフランシスコ港に着いた後、一九世紀半ばのゴールド・ラッシュから発展した坂の街を観察し、その後、中西部、南部と渡り、最後にアメリカ最大の都市、ニューヨークに辿り着いた。龍一は、髪の毛を茶色に染め、名前は「リッチー」と名乗った。白人に見えることが都合はいいのは言うまでもない。数年間の海外特派員として任務をこなすため身を引き締めた。
 ニューヨークはアメリカ最大だけでなく、世界最大の都市といってもよかった。街には、「摩天楼」と呼ばれる何十階もの高さのビルがそびえ立つ。龍一が訪れた日本、中国、欧州の都市では見られない光景であった。強大な資本力と技術力の差をまざまざと見せつけられる。こんな国には、かなわないという印象を与えられた。
 滞在から数ヶ月が経った頃、日本から電報で思わぬニュースを知らされた。それは、明宮嘉仁親王、大正天皇崩御のニュースであった。死因は心臓麻痺であった。四七歳の短命での崩御であった。そもそもから病弱であったことは知られていたが、そのニュースは衝撃的で伝統ある日本皇室の逝去のニュースだけあり遠い米国の地でも大きなニュースとなっていた。
 天皇の崩御により、年号は「大正」から「昭和」に変わった。「昭和」という言葉の由来は、中国儒教の経典の中にある「百姓昭明、万邦協和」から取った字であるということだ。それは、国民の平和と世界の共存繁栄を願う意味が込められている。希望を与える言葉であるが、最近の日本は景気が悪くなっていくばかりというニュースも伝えられた。
 アメリカは、対称的に繁栄を謳歌していた。街中に高級車が走り、貴金属品が売れ、株式投資がブームとなっていた。
 人々は、繁栄と自由を思いのままに楽しんでいる感じがした。すでに女性の参政権が認められ、女性たちは髪の毛を短く切り、スカートの丈を短くして自立心旺盛であった。この光景を朝倉環に見せたいと思った程だ。
 だが、自由で繁栄を謳歌しているアメリカでありながら、それらしくないものがアメリカにはあった。「禁酒法」である。一九二〇年に連邦議会を可決して全国的な法律とまでなったが、この法律は酒の販売・輸送を禁じていながら、飲酒そのものは禁じてはないという矛盾に満ちた法律でもあった。
 法律が守られ道徳が保たれるという期待があったが、実際は、その逆であった。合法的な酒は禁じられたがために、非合法な酒の密造や輸送が横行した。それは、裏社会の稼業を肥やす結果となり、その裏社会での権力争いによりギャング同士の抗争が絶えず、かえって治安の悪化を招いた。龍一は記者として、その様子を取材し、格好なニュースとして日本に配信した。繁栄するアメリカの矛盾する姿として興味深いものであった。
 アメリカの繁栄は、電報を伝わってくる日本の不況のニュースとは対照をなしていた。日本では不良債権を抱えた銀行の取りつけ騒ぎが起こり急遽、銀行の営業停止命令が発せられ政府は急場をしのぐため、裏面を印刷していない紙幣を大量に発行した程だ。
 だが、アメリカの好景気も、けっして楽観視できるものではないといわれた。というのは、株価の高騰などが実体経済にそぐわないという批判が経済の専門家などから聞こえる。投資家の方からも過熱気味だという批判があり、そろそろ冷めていくのではという危惧が囁かれた。
 そして、その予想は、見事なまでに的中した。一九二九年十月二十四日木曜日、自動車の大手ゼネラル・モーターズの株価が暴落したのに始まり、株価が売り一色となり軒並み大暴落した。ついに実体経済が姿を現したのだ。それは、誰も想像したことのない恐るべき実体であった。
 龍一は不安に駆られた。これからどうなるのだろう。今まで好景気を期待してモノを大量に生産をしてきた企業は莫大な在庫と負債を抱えることになる。企業が負債を抱え倒産すると失業者が増え、それがさらに経済を疲弊させる。世界最大の経済であるアメリカがこんな状態に陥れば、他国にも多大な影響を与える。日本の不況にも拍車をかけることになる。欧州も不況に入っている。不況がどんどん拡大していき、世界中が「恐慌」状態になるのではと。
 そんな不安を抱えている最中、日本の朝夕本社から帰国の通達が配信された。龍一は、すでに不況が深刻化しているといわれる日本をじっくり見ようと考えた。
 
 一九三〇年一月、東京に戻り帰国した龍一に待っていたのは、本社勤務の辞令ではなかった。新たな特派員任務であった。
 派遣先は、中国大陸の東北部、満州であった。

第18章に続く
自作小説「白虹、日を貫けり」 第17章 ニューヨークへ_b0017892_0314925.jpg

by masagata2004 | 2005-10-30 18:19 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)


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