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自作小説「白虹、日を貫けり」 第22章 後ろ姿

テーマは、ジャーナリズム、民主主義に愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第21章までお読みください。

 ほぼ十年ぶりとに大阪朝夕新聞社に戻ってきた。東京とは雰囲気ががらりと変わる大阪の街に戻ってきた。龍一は実際のところ東京の方が好きであった。だが、大阪に戻って国際部のそれも部長という職をあてがわれる。これまでの部長職への栄転の中では最年少ということもあり、龍一は実に輝かしい栄誉を手にしたのである。
 何でも、この栄誉は、大阪朝夕新聞社の社長、三木谷昌義氏の強い推薦があり、決まったと聞かされた。龍一のこれまでの特派員報告を三木谷社長が、たいそう気に入ってくれたとのことだ。
 大阪朝夕新聞社は、この十年に大きな変化を遂げた。創始者の山村宗太郎氏は白虹事件で社長職を辞任してから数年後、心臓病を患い生涯を閉じた。
 その後、山村一族は、受け継いだ大阪朝夕新聞社の株式と一部保有する姉妹社の東京朝夕新聞社の株式を売却してしまった。
 それを現在保有し、社主となっているのが、三木谷氏である。三木谷氏は、社長をする年齢の中では若く五十にも満たない。だが、なかなかのやり手であると聞く。アメリカに留学して経営学を学び、大正時代は関西地方で三十万部程度の売り上げ規模であった大阪朝夕を株式会社化して多額の資金を集めた上で、販売拠点を北九州まで伸ばした。その結果、大阪朝夕を今や売上部数、百万部を超す西日本きっての大新聞へと成長させたのである。
 龍一は、新たな新聞人としての出発に際して、以前から、気になっていたことを解決しようと考えた。それは人生の伴侶を見つけだすことだ。龍一は部長職としては若いと言われど独身男性の中では年配の方だ。立派な管理職に就き、それなりの安定した収入も得ている。周囲から「三十を過ぎたのだからいい加減、妻をめとれよ」と余計なお世話のようなアドバイスをしばしば受ける。
 だが、周囲に言われるからではない。龍一は、自分自身がそれを強く求めていることに気付いていた。そして、それを実現するための相手も決めていた。
 彼女に会って結婚を申し込むつもりだ。

 大阪朝夕の社屋に入った。十年以上ぶりに戻った社屋。壁が塗り替えられていたが、雰囲気はほとんど変わっていない。龍一は、朝倉環に会いに社会部室へと向かった。
 社会部の女性記者である朝倉環とは、東京朝夕に移って以来、顔を合わしていない。お互い手紙のやり取りを何度としたことがある。東京にいた時も、ニューヨーク支局、満州にいた時も手紙のやり取りをしていた。
 手紙では、彼女の取り組む婦人運動に関する情報のやり取りだけではなく、個人的な話もした。あまり深入りするような内容は避けたが、お互いを懐かしむような想いを何度となく綴ったことがある。
 十年以上も離れたお互いが、突然、再会して結婚をするまでになるとはおよそ思えない。特に婦人運動活動家である彼女なら尚のことだ。
 龍一は、結婚をした後でも、朝倉環に記者としての仕事を続けて貰うつもりであった。女性が結婚をしながら、また子育てをしながら職業を持つことに異論は持っていない。彼女に限らず、全ての女性がその権利を有していると考える。そのことをはっきり伝え、結婚を前提とした付き合いをすることを申し込むつもりだ。しっかりと顔を合わせる付き合いをして、お互い夫婦となりうるか確かめた上で結婚にこぎつければいいと思っていた。場合によっては、環の尊敬する平塚雷鳥女史のように事実婚という形で籍を入れない形でも構わないと思っている。夫として彼女の女性の地位向上の活動を支援していくつもりだ。
 先月、東京に戻ってから大阪朝夕の環へ電話したのだが、その時は休暇を取っていると聞かされた。何でも家庭の事情があり、ここ最近休みがちだと聞かされた。
 そのことが気掛かりであった。どういう事情があるのだろうかと。
 社会部室の扉を開けた。今日は来てるのかな、と、懐かしの部室を見渡した。朝倉環記者といえば、龍一がいた頃は紅一点で、部室を入れば、長い髪の毛を垂らした洋装のモダン・ガールが必ず一番最初に目に入ったものだ。
 だが、洋装の女性は見当たらない。今日も休みなのかと落胆したところに、すぐ近くに和服を着た女性の後ろ姿があるのに気付いた。黒色の羽織と紺色の着物をまとった後ろ姿、髪の毛は着物姿に合わせてびっしりと首が見えるように上へ結っている。
 しばらくして、それが朝倉環であることに気付いた。背の高さからしてそうだ。洋装の時とはずいぶん印象が変わるが、彼女に間違いない。
「朝倉さん、朝倉環さん、お久しぶりです」
と言いながら、龍一は環の肩をそっと叩いた。 環が振り返る。だが、驚いた様子は見せない。
「あら、白川さん、お久しぶりね。元気だった?」
 年相応になっているものの十年前と変わらず美しい顔だった。ちょとやつれている感じがした。
「ええ、おかげさまで、十年ぶりに大阪に戻ってきました。それも、国際部の部長になってですよ。信じられます?」
 龍一は、自慢するようにいった。自分を少し大きく見せてかっこつけたい気分だった。
「そうなの。それはおめでとう」
「どうです、昔を懐かしんであんみつでも一緒に食べましょう。積もる話もありますし。そうだ、婦人参政権の法案通らなかったのは残念ですよね。もう少しでしたのに、ただ、次の国会では必ず通るようにしましょうよ」
 すると環は、
「ごめんなさい。実をいうと、私、大阪朝夕を辞めることになったの」
 龍一は再会の喜びから一挙に興醒めした。
「え、そんなどうして?」
「私、結婚することになったの」
 龍一は、一挙に奈落の底に落とされた気分になった。
「もう、記者として仕事はできないし。婦人運動などに関与することもできなくなったわ」
 目の前にいるのは別人かと、龍一は仰天し、発狂するように言った。
「一体どういうことなんだ。事情を説明してくれ。環さん、あなたはずっと男女が平等でなければいけないと説いてきてたじゃないか。結婚するから仕事を辞めるなんてあなたらしくない。相手はどんな男なんです? あなたが仕事を続けることを認めないのですか」
「私、先月から実家に帰っていたの。実家がね、とんでもないことになっていて。父がやっていた金融業が大破産してしまって、持っていた土地なんかも売り払わなければならないくらい負債を抱えてるの。跡を継ぐ弟にものしかかるぐらい重い負債なの。で、縁談の話を持ちかけられて、その人の一家が負債を肩代わりしてくれるって、私が結婚すれば」
 環は、淡々と述べた。表情は無表情だ。相手の男が、どんな男であるのかも、すぐに想像がついた。
「それって、身売りじゃないか。あなたが一番嫌がっていたことじゃないか。どうしちゃったんだ。女性の地位向上、男女の対等な関係、それはどうなったんだ」
 龍一は、激怒する口調で言った。部室内に二人の会話は響き渡った。数人の記者が注目してみている。だが、龍一には周囲のことなど気にならなかった。
「もうそんな時代じゃないのよ。そんなことを語れるような時代じゃないの。家族のためにも、理想を捨てなければいけないの。ごめんなさい。もう会えないわ。さようなら」
 環の目から涙が溢れていた。家族のために自分を捨てなければいけなくなった自分の境遇を悔しがるかのようだった。
 手に私物を入れた袋を持ちながら、その場を去っていった。和服を着た後ろ姿は、その悲しさを象徴するかのようだった。洋服を着て自由に動き回っていた新しい女性が、いやがうえに保守的な世界に導かれていくような姿ともいえた。
 龍一は、心がうち砕かれた気分となり、その場でずっと呆然とした。

第23章へつづく。
by masagata2004 | 2006-01-29 18:58 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)


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