映画「ブロークバック・マウンテン」3 謎を紐解く
前回に続いて、この映画のテーマは何なのかの謎解きをしていきたいと思う。
まず、同性愛がテーマではないと私は思っているが、その理由は、そういうことをテーマにしているわりには、ストーリーが単調で説明不足だからである。原作も数十ページの短編で、それを元にしているため、非常に単純な話しの流れだ。もし、そういうことをテーマにするなら、もっとストーリー展開が起伏に富んでいるはず、また、監督をアン・リーのようなタイプの人に任せないはずである。
数々の映画評論で、この視点にとらわれすぎて、この映画を過小評価している例がいくつか見られる。例えば、ビデオニュース・ドット・コムのコメンテーター、宮台真司氏は、「ゲイも恋愛する」ということを訴えたかったわりには説明不足で「出来の悪い少女漫画のようだ」と評論していた。私も、最初に書いた評論ではそんな感覚を覚えたが、何度か見直して考えていくにつれ、そういうことはテーマでないと気付いた。映画評論家でもある宮台氏が、こういう視点に捉えてしか評論できないのは、この番組の限界なのだろうと思う。
同じ種類の映画としてイギリスのパブリック・スクールを舞台にした「モーリス」という映画があり、それはテーマ性に富んでいるという。しかし、私は、この映画はつまらないと思った。まさに少女漫画のボーイズラブ系でしかないと言える。
また、同性愛を嫌悪する保守的な社会を批判しているということでもないと思う。そのわりには、彼らが、直接的に攻撃を受けるという場面が少なすぎるからだ。彼らの逢い引きを目撃したイ二スの妻が、多少感情的になる場面があるが、そのわりには物語での存在感が薄い気がした。
ところで、この映画はカウボーイと同性愛を関連づけているという意味で批判を受けているみたいだが、意外にも、それがテーマの一部であったりすると思う。というのも、カウボーイの生活は、この映画のようなことが起こりやすいからだと思う。これは、遠洋に出る船乗りでも起こりがちのこと。男しかいない隔絶された環境、食事もまずい、長きに渡って、他に楽しむこともなく、過酷な労働で癒しといえば仲間と交流すること。そうなると、男同士でも自然とそういう現象がおこるのではと推測される。遠洋漁業であれば小説「蟹工船」の一節に、船乗りの同性愛が描かれている。
映画の前編は、美しくのどかな牧場と山岳地帯の景色と共に、そういう孤独で過酷な生活を強いられる二人だけの世界が描かれている。人間は、自然とそうなっていくものだと表現しているようだ。面白いのは彼らを雇うアギーレという牧場長が、彼らの逢い引きをこっそり目撃していながら、咎めることなく、仕事を続けさせたことだ。つまりは、カウボーイの世界では、昔からこういうことは起こりがちだったので、黙認することがあったのだろうと暗示しているのだ。ジャックが翌年に牧場に戻ってきて仕事を断られるのも、逢い引きのことではなく、そういうことにかまけて言われた仕事を満足にしなかったことが問題だったような感じだった。
純愛を描いた小説という考え方もある。男女の純愛小説で言えば「ノルウェイの森」や「世界の中心で愛を叫ぶ」などがあるが、これもストーリー展開がよく似ている。最後に愛する人が死んで自分が一人悲しく残されるところも同じ。それを、そのまま同性愛に当てはめたのではないかと考えられるが、しかし、どうもそのわりには、ストーリー展開が単調すぎるような気がする。また、二人の愛の営みの描写が後編では少ない。また、ジャックが別の男とつながっていく展開からして、純愛に焦点を当てている気はしなかった。
ただ、純愛だとしたら「ノルウェイの森」や「セカチュウ」よりは出来がいいと思う。男女の純愛では、ありきたりすぎ、同性愛ほど切迫していないため、スリルに乏しい。世間的に言えばよくあるお話だ。その意味で、いいネタを拾ったとは言える。
結局のところ思うのは、人間の感情の葛藤を表現したかったのではないかと。それに尽きると思う。イニスが4年ぶりの再会でジャックに突然キスをするところも、そんな感情の表れだ。単純で怒りっぽいカウボーイの青年なら感情をコントロールしにくいものだからうってつけなのだ。最後に亡きジャックとの思い出を胸に秘める切ない場面も感情の込み上げを表現している。
また、二人の許されざる愛から来る絶望感から、人生のどうにもならない悲哀を表現していると感じた。つまり人生とは何だというテーマを投げかけられた気がした。イニスのこの言葉は印象的だ。「どうにもならないのだから、耐えるしかない」と。これはジャックが一緒に暮らそうと提案してきた時に世間の風当たりがあるし家庭も捨てられないので、このまま時々会うだけにしようと返した時に言った台詞だ。無学で貧しい俺達にとって人生でやれることなど限られているという意味にもとれた。しかし、どんな人にでも共通する感覚であると思う。
恋愛に限らず、あらゆる人生の岐路に立つと誰もがそうなる。最近、仕事や将来に不安を強く感じ始めた私は、その「絶望感」に共感してしまった。
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まず、同性愛がテーマではないと私は思っているが、その理由は、そういうことをテーマにしているわりには、ストーリーが単調で説明不足だからである。原作も数十ページの短編で、それを元にしているため、非常に単純な話しの流れだ。もし、そういうことをテーマにするなら、もっとストーリー展開が起伏に富んでいるはず、また、監督をアン・リーのようなタイプの人に任せないはずである。
数々の映画評論で、この視点にとらわれすぎて、この映画を過小評価している例がいくつか見られる。例えば、ビデオニュース・ドット・コムのコメンテーター、宮台真司氏は、「ゲイも恋愛する」ということを訴えたかったわりには説明不足で「出来の悪い少女漫画のようだ」と評論していた。私も、最初に書いた評論ではそんな感覚を覚えたが、何度か見直して考えていくにつれ、そういうことはテーマでないと気付いた。映画評論家でもある宮台氏が、こういう視点に捉えてしか評論できないのは、この番組の限界なのだろうと思う。
同じ種類の映画としてイギリスのパブリック・スクールを舞台にした「モーリス」という映画があり、それはテーマ性に富んでいるという。しかし、私は、この映画はつまらないと思った。まさに少女漫画のボーイズラブ系でしかないと言える。
また、同性愛を嫌悪する保守的な社会を批判しているということでもないと思う。そのわりには、彼らが、直接的に攻撃を受けるという場面が少なすぎるからだ。彼らの逢い引きを目撃したイ二スの妻が、多少感情的になる場面があるが、そのわりには物語での存在感が薄い気がした。
ところで、この映画はカウボーイと同性愛を関連づけているという意味で批判を受けているみたいだが、意外にも、それがテーマの一部であったりすると思う。というのも、カウボーイの生活は、この映画のようなことが起こりやすいからだと思う。これは、遠洋に出る船乗りでも起こりがちのこと。男しかいない隔絶された環境、食事もまずい、長きに渡って、他に楽しむこともなく、過酷な労働で癒しといえば仲間と交流すること。そうなると、男同士でも自然とそういう現象がおこるのではと推測される。遠洋漁業であれば小説「蟹工船」の一節に、船乗りの同性愛が描かれている。
映画の前編は、美しくのどかな牧場と山岳地帯の景色と共に、そういう孤独で過酷な生活を強いられる二人だけの世界が描かれている。人間は、自然とそうなっていくものだと表現しているようだ。面白いのは彼らを雇うアギーレという牧場長が、彼らの逢い引きをこっそり目撃していながら、咎めることなく、仕事を続けさせたことだ。つまりは、カウボーイの世界では、昔からこういうことは起こりがちだったので、黙認することがあったのだろうと暗示しているのだ。ジャックが翌年に牧場に戻ってきて仕事を断られるのも、逢い引きのことではなく、そういうことにかまけて言われた仕事を満足にしなかったことが問題だったような感じだった。
純愛を描いた小説という考え方もある。男女の純愛小説で言えば「ノルウェイの森」や「世界の中心で愛を叫ぶ」などがあるが、これもストーリー展開がよく似ている。最後に愛する人が死んで自分が一人悲しく残されるところも同じ。それを、そのまま同性愛に当てはめたのではないかと考えられるが、しかし、どうもそのわりには、ストーリー展開が単調すぎるような気がする。また、二人の愛の営みの描写が後編では少ない。また、ジャックが別の男とつながっていく展開からして、純愛に焦点を当てている気はしなかった。
ただ、純愛だとしたら「ノルウェイの森」や「セカチュウ」よりは出来がいいと思う。男女の純愛では、ありきたりすぎ、同性愛ほど切迫していないため、スリルに乏しい。世間的に言えばよくあるお話だ。その意味で、いいネタを拾ったとは言える。
結局のところ思うのは、人間の感情の葛藤を表現したかったのではないかと。それに尽きると思う。イニスが4年ぶりの再会でジャックに突然キスをするところも、そんな感情の表れだ。単純で怒りっぽいカウボーイの青年なら感情をコントロールしにくいものだからうってつけなのだ。最後に亡きジャックとの思い出を胸に秘める切ない場面も感情の込み上げを表現している。
また、二人の許されざる愛から来る絶望感から、人生のどうにもならない悲哀を表現していると感じた。つまり人生とは何だというテーマを投げかけられた気がした。イニスのこの言葉は印象的だ。「どうにもならないのだから、耐えるしかない」と。これはジャックが一緒に暮らそうと提案してきた時に世間の風当たりがあるし家庭も捨てられないので、このまま時々会うだけにしようと返した時に言った台詞だ。無学で貧しい俺達にとって人生でやれることなど限られているという意味にもとれた。しかし、どんな人にでも共通する感覚であると思う。
恋愛に限らず、あらゆる人生の岐路に立つと誰もがそうなる。最近、仕事や将来に不安を強く感じ始めた私は、その「絶望感」に共感してしまった。
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by masagata2004
| 2006-09-30 12:40
| 映画ドラマ評論
|
Trackback
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Comments(1)
Commented
by
holly-short at 2006-10-01 01:21
はじめまして! one two thereeと引き込まれるように読んでしまいました。Masagataさんの心境が変わっていく様子がとても面白かったです。後からじわじわっと心に響くような作品に出会えるなんてとても羨ましい。いい文学作品や芸術は上質な疑問符を投げかけてくれるんだなーと面白く評論を読ませて頂きました。実は私はこの映画をまだ見ていません。しかし、他のブログや雑誌などで感想やインタビューなどはよく目にしていて、見に行かなければ!と思っていたのですが、、つい見逃してしまいました。そして、ぜひぜひ短編集も読んでみたい!!!!と思いました。「どうにもならないのだから、耐えるしかない」んんんんーなんだかとっても息苦しい台詞ですね。そしてとても現実的すぎて、、、つらい。
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