自作小説「白虹、日を貫けり」 第44章 反逆罪

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第43章までをお読みください。

 一九四一年(昭和十六年)九月
 皇居において、天皇と近衛首相や陸海軍大臣を含めた閣僚が国策を話し合う「御前会議」が開かれた。
 その結果、十月までに米国との交渉で、いい道筋が示されなければ、開戦に踏み切るという結論が出た。
 近衛総理は、必死に事態の打開を探った。ルーズベルト大統領と直接の首脳会談を行う申し出を米政府に打電した。
 だが、アメリカからの回答はノーであった。会談をするのであれば、日本軍がベトナム及び中国から撤兵すると確約をすることが最低条件だと打診した。当然、無理な要求で、そんなことが無理であることを百も承知での打診であった。
 南進を推し進めた補佐官として龍一は、罪悪感を感じていた。しかし、近衛総理には謝罪の言葉は一切言わなかった。それは、総理大臣に対して失礼だと思ったからだ。最高責任者としての誇りを傷つけることになる。自らの責任で決定したことなのだから、助言を与えたに過ぎない補佐官が責任を感じ謝罪してはならないのだ。
 長年に渡って近衛首相を見てきた龍一には辛かった。それはこういう結果になったからだけでない。近衛氏が、以前から思っていたほどの貴公子ではないことに気付かされたからだ。彼は、意志の弱い男だ。確かに斬新な考えを持っているところがあるが、非常に時流に流されやすい。大正時代、貴族院副議長として普通選挙の実現に寄与したが、それはそういう時代の流れがあったからこそなのだろう。しかし、中国との戦争が始まる直前に首相になってからは、ひたすら軍部と世論に押されてばかりであった。軍部に倒閣させられる脅しを受けていたが、しかし、あまりにも抵抗力がなさ過ぎた。
 貴族ならば、威厳のある態度を示し、国益を守るため身を砕く。それが、ノーブル・オブリージェ(貴族としての義務)だと思うが。そこまで踏み込んで軍部を説得させるほどの熱意があったのかというと、それほどではなかった。結局は、育ちが良すぎた苦労知らずの軟弱男に過ぎなかったと言うことか。

 一九四一年(昭和十六年)十月、近衛内閣は総辞職となり、新内閣は、それまで陸軍大臣であった東條英機を総理大臣とするものであった。
 龍一は、総理補佐官の任務を解かれた。総理官邸で最後の日、近衛総理と執務室で顔を合わせた。これまでの感謝の意を述べたかったからだ。感謝の言葉を述べると、近衛氏は言った。
「私も君に感謝するよ。これまでいろいろと力になってくれた」
 龍一は、気になることがあり、近衛氏に問うた。
「開戦となったらどうします?」
「ふふ、それよりも、その後に敗戦となったらどうなるかと訊くべきじゃないのかね」
 近衛氏は、苦笑いを浮かべながら言った。
「そうですね」
と龍一が言うと、近衛氏は、机の引き出しから小瓶を取り出した。手の平に乗せられるほどの大きさの小瓶だ。
「この中には、青酸カリが入っている。これから肌身離さずこれを持っているよ。いずれ必要になるからね」
と近衛氏は、まるで自らの最期を予告するかのように言った。
 龍一は、何も言わず、執務室を出た。

 一九四一年(昭和十六年)十一月
 龍一は、身の回りの様子の変化を徐々に感じ始めた。総理補佐官を辞めた後、知人の紹介で大学などの依頼による文献翻訳の仕事を自宅でするようになったが、外に出ると日々、自分がつけ回されているような気がしてならない。総理の補佐官であった時も、職業柄、多少は感じることもあったが、辞職してからは、もっと強く感じるようになった。
 単なる気のせいかとも思っていたが、ある日、それは確信の持てるものということがはっきりとした。
 ある日の晩、大学に翻訳した文献を収め代官山の自宅へと戻ると、誰もいないはずの自宅の窓から明かりが灯っていた。部屋の電灯をつけっぱなしにした覚えはなかった。もしかして間違って、つけ放しにしていたのかと思ったが、人影が動くのが見え即座に、身の引き締まる思いがした。ついにはっきりした。自分は狙われている。おそらく中にいる奴は、泥棒なんかではない。このまま自宅に戻って対決するつもりはない。即座、歩く方向を変え、自宅から離れようとすると、目の前に煙草を吸っている男が、電柱の影から自分を眺めている。見事に目があった。相手は、龍一をしっかりと認識しているような目つきだ。
 龍一は、後ずさった。だが、背後からも誰かが近付いてくるのを感じた。それも一人や二人ではない。さっと、別の向きに体を動かした。そして、飛び込むように走った。路地の一本道をひたすら走った。すぐにその後を駆け足で追う数人の足音が響いた。
 夢中で走り続ける。坂道の下り坂になった。そして、目の前は行き止まりとなり、左右に分かれている。どっちの方向に走ろうかと考えた。行き止まりの角まであと三歩というところで、目の前に自動車が止まった。
 お終いだ。龍一は、さっと足を止めた。ぎりぎり車にぶつからずにすんだ。
 そして、車の扉が開く。男が叫ぶ。
「乗れ、急げ」
と英語で言う。チャーリーだ。
 考える間もなく龍一は乗り込んだ。そして、ドアを閉めた。車がそれと同時に急発進する。
 数分後、呼吸を戻した龍一は、チャーリーに言った。
「何のつもりだ。もう私に用はないはずだぞ」
「君は反逆罪で逮捕されるところだったんだ。これから大使館に行く。そこで君を匿う」
とチャーリーは、葉巻を吸いながら言った。

第45章へつづく。
by masagata2004 | 2006-12-24 21:57 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)
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