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自作小説「白虹、日を貫けり」 第48章 菊と刀

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第47章までをお読みください。

 一九四四年七月 ワシントン
 リッチーは、日本語教官の任務を解かれた。そして、チャーリーと共に、ハワイからワシントンへと飛行機で飛ぶことになった。教官の任務を解かれたのは、通信室で涙を流したことが報告され忠誠心を疑われたからだという。やはり元日本人ということでは、信頼たるに足りないと思われたのか。
 リッチーにとっても限界だと思った。日本語を日本兵を殺す米軍兵士に教える。教室の中にいたとしても戦闘に加担していることには変わりない。もちろん、最初から、そんなこと分かっていたが、通信室で聞いた戦場の兵士たちの言葉を聞き、理屈では割り切れない感情の込み上がりを感じ始め、それが制御できなくなるほど自らを締め付ける。
 ワシントンに来た理由は、チャーリーが知っていた。何でも、元日本人のリッチー、まだかつての祖国に未練のあるリッチーだからこそできる任務だと。そして、その任務を果たす場所は、ワシントンの国防総省、通称ペンタゴンと呼ばれる場所だ。
 軍部はリッチーを信頼していないと聞いていたが、そんなリッチーを中枢部であるペンタゴンに連れてくる。内心、どんなことをされるのか不安でならなかった。
 ポトマック川沿いのとても大きな建物に二人を乗せた車が着いた。階数は四階建てだが、横にとても広く延びている面積の大きなビルだ。そして新しい。建てられて一年半ほどだという。
 ここが、米軍の最高指令部なのだ。軍からの信頼を失い、軍部を遂行する者として不適格だとされた自分にできる仕事があるというのか。そもそもは軍務を解いて、悠々自適な生活でも送らせてくれれば十分だとチャーリーに伝えたが、「今の君だからこそできる仕事がある」とワシントン行きを強く勧めた。
 だが、よりによってペンタゴンに。ハワイの海軍司令部よりもはるかに接近したところではないか。
 ペンタゴンに入ると、待っていた黒い制服の海兵隊員にさっそく案内された。エレベーターに乗り、上の階に行くと、その後、海兵隊員に連れられひたすら長い廊下を歩く。非常に長い廊下だ。かなり歩き疲れたかと思った時に目的の部屋に着いた。
チャーリーとリッチーの前で海兵隊員は、ドアをノックする。
「どうぞ、入ってください」
と女性の声が、年配の感じがする。
 海兵隊員はドアを開ける。初老の婦人が書類や本の束を置いたテーブルを前に椅子に座っていた。
「リッチー、後は、マダムが君の任務について話してくれる。私は他に用があるもんで、ここでお別れだ」
 チャーリーは海兵隊員とその場を去っていく。リッチーは、おそるおそる中に入る。マダムは、にこにこしながら椅子に座ったままリッチーを見つめる。
「初めまして、マダム。私はリチャード・ホワイトリバーと言います」
「こちらこそ、お会いできて嬉しいわ。私の名はルース・べネット博士よ」
「博士ですか」
とリッチーは驚きを隠せなかった。何の分野の博士なのか。まさかこんなご婦人が兵器の博士だとでもいうのか。
「そうよ。私は文化人類学の博士よ。そして、私の任務は日本についてなの」
とさらりとベネット博士は言った。
「ねえ、どうぞ座ってくれないかしら」
と博士は手を差しのべ、対面する椅子に座るように促した。
 リッチーは、椅子に座った。目の前の老女を改めてみるととても上品で美しいことが分かった。自作小説「白虹、日を貫けり」 第48章 菊と刀_b0017892_21534924.gif軍が、こんなご婦人に与える任務というのがあるのか、まだ不思議でならなかった。
「あなたを何と呼んだらいいのかしら、そもそもは日本人だと聞いていたけど」
 婦人がそう言うと
「リッチーと呼んでください。今はリチャード・ホワイトリバーという名前になりましたが、元はリュウイチ・シラカワという日本人の名前でした」
とやや微笑んでリッチーは答えた。
「リュウイチね。あなたのプロフィールについてはいろいろと知らされたわ。父親が日本人、母親は亡命ポーランド人だったのですって。生まれは横浜で、その後、上海で十六歳まで過ごす。その後に神戸に移住して、そこの高校を卒業後、大阪で新聞記者となる。その新聞記者を辞めた後に中国で貿易商となって、しかし、日本と中国との戦争が始まってからは日本に戻り、首相の補佐官になったのよね」
と老眼鏡をかけ婦人は書類を読みながら話した。
「いったい私が何の役に立つというのでしょう。そもそもあなたの任務とは何ですか。文化人類学とかいいましたよね。それが、国防総省から求められる任務なのでしょうか」
とリッチーは真剣な眼差しで婦人に訊く。
「そうよ。とても重要だわ。暗号解読と同じくらいね。私は、あなたから日本、つまりは日本の文化、日本人の民族性について調査を委託されたの」
 リッチーは、ますます分からなくなった。
「何をおっしゃっているんですか。そんなことを軍が調査しているですって。驚きですね。今更日本についてですか。だって、日本とアメリカは九十年近い外交関係があるのですよ。日本を訪れたアメリカ人は数知れずです。日本についての資料もたくさんあるし、それだけで十分ではないですか」
「それだけでは十分といえないのよ。特に戦後の占領政策をうまくいかせるには」
「戦後のことですか?」
「そうよ。分かっているように、戦況はどう見てもアメリカが勝利するわ。いずれ日本は降参するでしょう。その後に大事なことは、日本をどう統治していくかということなの。仮にも戦闘をし合った敵同士だったのですもの、私たちは相手のことをよく知らないと、どんな抵抗を受けるか分からないからよ。その意味でもしっかりと日本人のことを研究しておかないといけないのよ」
「ですが、それでも私を呼ぶほどのことでは」
「私の学問ではね、フィールドワークというものが大事なの。資料だけでは十分ではないのよ。どうしても生の日本人の言葉を聞きたいの。だからといって、私のような年寄りが敵国に乗り込んで調査なんてできないのは分かっているでしょう」
 やや冗談めいた口調にベネット博士はなったが、リッチーは真剣な眼差しで見つめる。
「日本人について何が知りたいのですか」
「私たち西洋人には分からないことがたくさんあるわ。特に戦場からの日本人捕虜についてのこと。国民国家一丸となり私たちを敵として憎んでいるかのように思えたのだけど、でも捕まった兵士たちは食事を与えると、すぐに味方の情報を提供して、中には米兵と戦闘機に一緒に乗って攻撃目標を教える者もいる程よ。この落差が理解できないの。そもそも、どうしてあんな戦争を起こしてしまったのか。それと日本人の民族性とどう関連するのかを研究したいの」
 婦人の言葉は、とても活力があった。リッチーは、
「分かりました。協力しましょう」
と答えた。何となく自分に向いている仕事のように思えた。
「それでは、さっそくとりかかることにしましょう。そうだわ、あそこのサイドボードに置いてある二つのものを見てくれないかしら。このプロジェクトのタイトルとしたいの」
 そう言われ、リッチーはサイドボードの置物に目を向ける。花瓶にそえられた菊と、武士道を象徴する刀の置物だ。
「どういうことなんです。菊と刀なんて」
菊と刀、それこそまさに日本を象徴するものだと見ているの。優美で美しく繊細に手入れされた菊の花、でも、戦争となると恐ろしく凶暴になる性格のコントラスト、それこそが研究課題だわ」

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自作小説「白虹、日を貫けり」 第48章 菊と刀_b0017892_2235794.jpg


第49章へつづく。
by masagata2004 | 2007-02-10 21:38 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)


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