自作小説「白虹、日を貫けり」 第49章 炎

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第48章までをお読みください。


 ベネット博士との対話は、まず、基本的な日本の歴史についてからだ。天テラスなどの寓話から、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、戦国、江戸、そして、明治に入り近代に至るまで事細かにお互い語り合った。博士のこれまで目を通した文献に加え、リッチーがこれまで培ってきた知識を合わせ話し合った。もっともリッチーが日本の学校で学習してきたことは、必ずしも正しい知識であったとは言い難い。それは、日本が明治以来、明治政府を中心とする中央集権国家を目指すがため国策的にねじ曲げられたところがあるからだ。
 日本という国が統一された国民国家であった歴史は実をいうとけっして長くない。戦国時代までは島国の中に数多くの勢力があったのを内戦に勝利した徳川家が統治する江戸幕府により日本という国の形が出来たが、それも二世紀半後、力を失い分裂の危機を迎える。危機は国内のみに留まらなかった。アメリカ海軍のペリー提督率いる黒船来航により欧米列強勢力の脅威にさらされることになる。
 その危機を救ったのが各地方にいた武士階級のエリートたちだ。分裂する日本をまとめ上げるため、近代国家日本を江戸幕府にとって替わるものとして築き上げた。危機に対し真正面に立ち向かう武士道の教えにより成し遂げられたものである。それにより、各地方を統治していた藩は廃止され、中央集権政府に任命される県の知事が統治することになる。封建的な制度は廃され、西欧の近代文明をどんどん吸収していくこととなった。そして、アジアで初の憲法も制定された。
 国家を統合する役割は、これまで表にはなかなか出てこなかった「天皇」が担うことになった。天皇を中心とする立憲君主制国家となったのだ。しかしながら、緊急時を除き実質的に天皇は象徴的な役割しか担わず、法律立案や行政は議会と政府が執り行うことになった。西欧に似た議会民主制を目指したのだ。また、「富国強兵」の号令の元、軍備も強化されていくことになる。
 日本は欧米の帝国主義勢力に対抗するためアジアにおける領土拡大を目論む。朝鮮半島を攻め植民地化して、その後、中国大陸での権益拡大を目指す。その過程でロシア帝国と争うことになる。日本は、その戦いに勝利する。それは小国が大国を破るという前例のない偉業であった。
 第一次世界大戦後、デモクラシー運動が盛んになった。リッチーも、その運動に加わった自らの歴史を振り返った。新聞記者となり普通選挙運動、婦人参政権運動、米騒動などの民衆運動を取材した。だが、自らの書いた記事により新聞社が政府から言論弾圧を受けた。帝国憲法では、言論の自由は「法律の範囲内」という曖昧な定義により制約され、統治権力が介入することもしばしばあった。だが、そんな中でもデモクラシーを求める運動は絶えず、ついには男性の普通選挙法が実現する。
 しかし、状況は世界恐慌の到来で一変する。世の中が不況にあえぐ中、政府は有効な対策を打てないがため、軍部が台頭してしまったのだ。本来なら、軍部は政府の方針に反することはしないものなのだが、帝国憲法の欠陥ともいうべき軍の統帥権が中央政府から分離していたことが悪用されてしまった。
 しかし、この軍部の異常なまでの台頭は、制度的な欠陥にだけ起因するものではなかった。それは、世論の後押しのせいでもあった。中国やロシアとの戦争に勝利し、帝国主義勢力の仲間入りをした国民は侵略戦争に異論を持たず、また、不況から抜け出す手立てとして軍の行動に期待を寄せたのであった。新聞もそんな世論に同調した。リッチーは、そんな変わりゆく日本に絶望し、新聞記者を辞めることになった。
 南京での惨劇を思い出し、涙を流しながら、婦人に体験を語った。歯止めが効かなくなるほどに暴走していく日本をただ見守るだけでは済まなくなり、日本に戻り首相補佐官となったこと。だが、政府も軍部の暴走に何ら歯止めをかけられず、チャーリーの誘いにより反逆行為に乗り出す。日本は、母なる祖国ポーランドを占領したナチスドイツと同盟関係を強化、ついには首相の座も軍部に牛耳られることに。ナチスや日本のファシズム勢力の台頭を容認できないアメリカは、これまでの孤立主義を捨て日本へ様々な制裁を課す。それは、日本を戦争に駆り立て、それによりファシズム勢力を排除し、世界に新たな秩序を築く目論見を実現するためであった。
 ワシントンに在住しながら、月に数回の割合でペンタゴンを訪ね、ベネット博士との対話に応じてきた。ただひたすらいろいろなことを話した。日本の歴史、これまでの自らの経緯に限らず、日本人の思想、信条、宗教観、家族観、趣味などなど。ベネット博士は、矢継ぎ早に様々な質問をしてくる。その度にリッチーは悩みを隠せなかった。どう答えていいのか分からなくなることが多かったのだ。しかし、その度にベネット博士は、こう言ってリッチーに塾考させ答えを引き出さそうとする。
「問題なのは答えがないことじゃないの。答えがあり過ぎることなのよ」

一九四五年三月 大阪
 深夜の大阪市、中之島にある朝夕新聞ビルの一室で一人の男が筆を取っていた。宮台真司編集局長だ。かつては、国際部の記者であったが、満州事変以後、軍部礼賛の記事を書き続けることにより売上部数の向上に寄与したことが認められ、編集局長に出世するまでに至った。
 三日前、帝都東京が空襲を受けたことに関する記事を推敲しまとめていた。多数の死者が出たことには触れず、敵機が低空で侵入したが、それを十数機撃墜させたことが主題になっている大本営発表を元にしたものだ。「鬼畜米英」には負けていないという戦意高揚を目的とした記事だ。しかし、そんな記事が何の役に立つのかと、日に日に戦況がひどくなるにつれ思う。そして、誰もが口にしないが分かっていることがある。それは日本が戦争に負けるだろうということ。軍が力を失い、外地で惨敗を喫しているのは分かっている。撤退を「転進」という言葉を使って誤魔化し続けているのも分かっている。
毎日のように日本中のあちこちが空襲に遭っている。敵が日本の制空権を握っているのは誰の目にも明らかだ。
 ブー、と空襲警報が鳴った。宮台は筆を止めた。爆撃機の轟音も聞こえて来る。一瞬思った、東京の次はここか。急いで避難をしないと。その途端、激しい閃光が窓の外に映った。耳の鼓膜が破れるほどの爆音と同時に窓のガラスが窓枠ごと吹き飛び辺り一面が火に包まれた。
b0017892_20273272.jpg

 宮台は自らの体が炎を上げていることに気付いた。頭が錯乱した。熱さを感じるほどの余裕さえなかった。そして、目に映ったのは、天井が自らに落ちてくる光景であった。


 ベネット博士とリッチーが対話を始めて一年近い歳月が流れた。そして、日本に関してある結論に達した。日本がなぜ、こんな状況にまで追い詰められたのか。それと日本人の精神文化とにどんな関連があるのか。

第50章につづく。
by masagata2004 | 2007-02-12 16:12 | 自作小説 | Trackback
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