自作小説「インペリアル・ホテル」 第2章 明治村を訪ねる

歴史長編「白虹、日を貫けり」、恋愛短編「北京の恋」に続くマサガタの自作小説第3弾、タイムスリップ・ファンタジー、短編です。真実の愛を求めて現代から大正時代へ。

まずは序章からお読み下さい。

 翌日、敬介は愛知県犬山市の「博物館明治村」にいた。東京から自家用車で六時間ほどのドライブをして辿り着いた。
 犬山市の山林に囲まれた辺鄙なところにあるテーマパークだ。主に明治時代の西洋風建築物を保存する目的で一九六五年(昭和四十年)に開村された。村内には、数十の全国から移築された当時を偲ぶ建物が見られる。明治時代の教会、学校校舎、鉄道駅、文豪などの住居である。
 だが、敬介の目当ては、唯一、旧帝国ホテル「ライト館」であった。ちなみにこのライト館は明治時代ではなく大正十二年(一九二三)に完成した建物である。
 すでに午後三時となり、閉村まであと二時間しかなかった。入場門を入ったら、すぐさまライト館へと急行した。村内地図の表示板を見て、方向を確かめまっしぐらに走った。要は、ライト館にさえ行ければいい。そして、できるだけ長い時間をそこで過ごせればと考えた。途中目にする建物は通過するだけであった。
 ライト館のある場所に辿り着いた。何となく祖父に再会するような気分であった。建物は、赤茶色の煉瓦造りで荘厳な佇まいを醸し出す。目の前には、玄関部分として広い噴水がある。当時からあったらしく、現在の帝国ホテルには存在しない。
b0017892_17435174.jpg

 敬介は、外からの眺めにしばらく浸ったが、すぐに中に入ろうとした。だが、玄関付近で思わぬ看板に阻まれた。
「撮影のため入館できません」
 看板近くに、映画撮影をするクルーらしき集団がたむろしていた。カメラなどの機材も置かれている。
 畜生、せっかくはるばるやって来たのに。入館できない。仕方ないと思い、敬介は、改めて外観をじっくりと眺めることにした。周囲をとぼとぼと歩く、ちょうど玄関と噴水の裏側に来た。
 ここは、建物が玄関部分だけ移築されたことを露わにする光景が見られた。玄関の裏の客室につながる場所が白い壁面になっており、本来ならば、ここから長い客室がつながっていたという痕跡が見られるのだ。面白い光景だと思い、携帯カメラで写真におさめた。
b0017892_17443153.jpg

 そう、あくまで残っているのは、玄関のロビー部分だけである。建物の裏側には山林が生い茂っている。かつては大都会東京のど真ん中、日比谷公園と皇居の近くに建っていたこのホテルも、今では高原の小ホテルになったかのように姿を変えている。
 敬介は、また正面の方に戻った。携帯を取り出し記念にと正面の姿も写真におさめた。すると、どうしても中に入れないことに不満を感じた。そもそも入場料は通常と同じ額を払っているのだ。
 撮影隊のスタッフらしき若い女性に声をかけた。
「すみません。どうしても入れませんか。撮影といっても、僕は普段と同じ入場料を払っているんだし、入って中を見学する権利はあるでしょう」
と言うと、女性は、
「ああ、でも丁度今、撮影のための準備を始めばかりなのですよ。閉村まであと二時間もないくらいなのですから、それまでは見学できたのですし」
と言い返した。敬介は、ちとむかついた。
「じゃあ、遅くに来た人は損して当然だと。ここに来るまで、ここでこんな撮影をしていたなんて全然知らなかったんですよ」
と敬介は詰め寄った。女性は、ちょっと脅えた感じになり、少し離れたところにいたクルーのリーダーらしき年老いた男性のところに行き、数分ほど話し合いをした。
 すると、年老いたリーダーらしき男性が、敬介に近付いて来て言った。
「いや、すいませんね。私たちの撮影のせいで、ご迷惑をおかけしているようで。それで何ですが、どうです、エキストラをしてみては? それならば中に入れます。一人ぐらいエキストラが増えてもかまいませんので。服はあそこで着替えて」
 男性が指差す方向にトレイラーがあった。敬介は、館内に入れ映画のエキストラになれるのは面白そうだと思い、薦める通りにした。
 トレイラーの中で着替える服を差し出された。白い背広の上下である。襟の幅などを見ると現代のものとは違う。何でも、撮影されている映画は、大正末期の帝国ホテル内が舞台設定となっているらしい。敬介は来ていたTシャツとジーンズ、そして、スニーカーシューズを脱ぎ、彼の時代の紳士服に着替えた。ただ、財布と携帯電話、車と家のキーは着替えた服のポケットに入れた。
 靴は丁度いいサイズだったが、服は敬介のサイズよりやや大きめであった。だが、撮影ではどうせ遠目にしか写らないので、気にすることもないのは分かっている。せいぜい二時間ほど着ていればいいのだ。
 外はとても暑い。とくに背広を着ていては尚のことだ。まあ、仕事でそんな体験はよくするので慣れっこだ。これから、彼の時代の帝国ホテルに、その帝国ホテルに出入りするぐらいの上流の紳士をエキストラながら演じることとなる。
 中に入る。すでに撮影直前という準備万端さである。主演女優らしき女性が艶やかな着物をまとってロビーホールで撮影クルーと談笑している。どんな映画になるのだろうかと思ったが、敬介はあまり映画を観ないたちなので、撮影そのものに関心はなかった。
 帝国ホテルの内装をしかと見たかった。外観同様に赤茶けた煉瓦が特徴で、まるで煉瓦で神殿を作ったかのようにきらびやかな空間演出がほどこされている。煉瓦と共に白い大谷石と呼ばれる石材もはめ込まれアクセントとして機能している。
b0017892_17472211.jpg

 現代でも、このデザインは通じると敬介は思った。住宅設計専門の敬介だが、今後の設計の参考にさせて貰おうとしかと眺めた。
「そちらのエキストラさん、二階に上がってください」
b0017892_17453371.jpg

 撮影クルーが敬介に話しかけた。敬介は言われる通りに二階へ上がった。二階部分は、応接室や喫茶室がある。だが、ロビーは三階の天井まで吹き抜けになっており、撮影はロビー階のソファで女優が数人の人々と談笑する場面を撮るのが目的で、ロビーから三階までの吹き抜けが背景となる。だから、一階と二階に客の振りをしたエキストラをまばらに歩かせるのだ。
 二階の通路をロビーを見下ろしながら回る。すると赤いカーテンのかかった壁を見つけた。ちょうど玄関と対峙する位置にあり、ここはかつて客室の廊下があった場所である。赤いカーテンを少しめくると白い壁が見え、ここで終わりであることを示している。さっき外から見た白い壁面の裏側に位置しているのだ。かつては、数百もの客室とつながっていたのだ。何となく虚しい気分にさせられた。
 帝国ホテル、確か、かいつまんだ知識では、一八九〇年、外国人の客を呼び寄せ宿泊させるため建造させられ、最初の建物は当時の迎賓館である鹿鳴館の横にあったということだ。その後、別館としてこのライト館が建てられることになった。大正十二年八月末に完成、そして、九月一日には開業となり落成式典が開かれようとしていた。だが、その日正午、関東を大震災が襲った。マグニチュード七.九、震度六という規模であった。歴史に残る大災害となり、首都東京は家屋の倒壊と大火事に見舞われたが、ライト館は被害を受けず、緊急避難場所として解放された。震災報道の拠点としても使われ震災後、大きな貢献をしたと言い伝えられている。
 撮影が、もうすぐ始まりそうだ。それぞれが位置についている。それなりに演技をしようかと考えた。大正時代の男はどんな風に生きていたのかな。どんな風に振る舞っていたのかな。祖父の時代だ。祖父のことを想った。
 その時、プルルン、プルルンと携帯の着信音が鳴った。敬介はしまったと思った。撮影中に携帯、それも大正末期を舞台にした映画の撮影中に。当時、そんなものなかっただろうに。急いで電源を切らないとと思い、携帯を背広のポケットから取り出した。
 だが、着信画面を見ると「奈緒美」と出ている。なぜ彼女が? 気になり携帯を受信した。
「もしもし? 奈緒美か」
「ええ、そうよ、敬介さん」
「どうして電話を。何の用なんだ?」
 敬介は、少し苛立った口調になった。撮影が始まろうとしている時に、その上、自分を振った女の電話に付き合わされるとは。
「あなたとまた会いたいの?」
「なぜだ? もう俺と会う用などないだろう。医者と結婚するんだろう」
「信じられる。彼、ゲイだったのよ。それで何不自由させないから私に良き妻を演じてくれって言うの。そんなの嫌だから、あなたにまた会いたくなったの」
 奈緒美の声は泣き出しそうだった。確かにひどい話しだが、
「だからといって、今更、俺にどうしようというんだ」
 敬介は、さらに苛立った。
「もう一度会ってお互いのこと話し合いたいの? 駄目? まだ私はあなたのこと愛しているのよ」
 奈緒美が言った。その「愛している」という言葉は真剣そのものに聞こえた。敬介は、考えた。どう反応しよう。今更、婚約を破棄した女性に。だが、敬介の心も動いた。敬介もまだ、彼女のことを愛している。
 その時だった。地面がぐらつく感覚を受けた。は、と敬介は思った。地震だ。それもかなり大きい。建物全体がぐらぐらと揺れているのが見て分かった。どうしよう。こんなことはしていられない。逃げないと。どこへ。と、ふと赤いカーテンの方に目をやった。揺れが大きく敬介は、立っているのがやっとだ。倒れそうになったためカーテンを掴む。
 だが、揺れによりカーテンに吸い込まれるように敬介の体は倒れ込んだ。

 気が付くと、揺れは収まっていた。一分ほど続いた地震のようだが、敬介は床にひれ伏していた。手にはさっきまで持っていた携帯電話を掴んでいた。敬介は立ち上がりながら、それを背広のポケットにしまいこんだ。
 とにかく落ち着かないと。そして、ここから避難しないとと思った。目の前を見ると、廊下のようだった。長い廊下が続く。両側にドアがずらりと並んでいる。
b0017892_181694.jpg

 敬介は、ここはどこなのかと思った。ライト館にいるはずなのだが。こんな長い廊下なんてなかったはずだが。
「大丈夫ですか。お客様」
と背後から男の声が聞こえた。
 敬介は振り向き、男の方を見た。男は、蝶ネクタイとスーツを着込んだ中年の口髭を生やした男性だった。
「ああ、何とか。地震が収まったようで良かった。すぐに避難しないといけませんね」
と敬介は蝶ネクタイの男を見つめる。
「地震、ああ、確かに小さいのがございましたね。じっとしないと感じない程度のが。でも、帝都ですと一月に一回は起こる軽いものですよ。お客様は、関東の方ではありませんね。どこの記者の方です?」
 敬介は男の言っている意味がよく分からなかった。
「何を言っているんです? さっきとても大きな地震があったでしょう? そんな軽いものじゃありませんでしたよ」
「はは、大袈裟ですね。やはり関東の方ではない。関西か九州当たりの記者さんですね。あちらの方々は地震には慣れてないと聞きますからね」
 蝶ネクタイは、微笑みながら話す。敬介は、この男の言う「お客様」とか「記者さん」という言葉が気になった。
「一体、記者さんとはどういう意味ですか。僕は記者ではありませんよ」
と敬介が言うと
「そうですか。今日ここにいらっしゃるのは、とりあえず記者の方ばかりのはずですが。開業間近の新館を新聞や雑誌の記者様に公開しているのですよ」
「え、あなた何を言っているんです? 今、ここは映画撮影に使っているんでしょう?」
と敬介は返した。
「映画撮影、そうですか。あなたは活動の方なのですね。ほお、この記念すべき新館を撮影にね。そうでしょうね。ここは、フランク・ロイド・ライト様が設計された由緒ある建物です。開業当時の姿をフィルムで残すと言うことは重要でございますよね」
 敬介は、呆気に取られた。言っていることの意味が掴めない。こいつは狂っているのか。何者だ? そうか、エキストラで、当時のホテルマンになりきっている男なのか。不気味だ。とにかく、ここを出ようと思った。
 当たりを見渡す。さっきまで見たライト館のロビーだった。だが、やけに落ち着いている。ロビーを見下ろすが、平然とした様子だ。数人ほどまばらに人がいる。だが、さっきまで撮影をしていたクルーや女優がいない。きっと地震で避難したのだろうと思った。
 階段を下りる。バシッと音と共に強い光が辺りを一瞬照らした。敬介が、その方向を見ると、男がカメラを持っているの目にした。古い時代の背広にカメラもかなり旧式だ。ああ、これがかの時代の記者の姿か。これもエキストラなのだな。だが、あんな地震が起こってまで記者の振りをし続けているとは。撮影はまだ続いているのか。
 このカメラを持つ男以外にも、ロビーには数人の人がいた。しかし、皆、相変わらず平然としている。ということは、さっきの地震は大したことはなかったということだったのか。
 敬介は生まれも育ちも地震の多い東京なので地震には慣れっこである。小さな地震を大袈裟に感じることなど自分にはあり得ないと思うのだが、まあ、時にパニックになることもある。そうだ、奈緒美からあんな電話を受けた後だっただけに心理的に動揺していたせいなのかもしれない。
 そうだ。奈緒美との電話が途切れてしまったのだ。もう一度、電話をしようと考え、敬介は携帯を取り出し、彼女へかけ直してみた。だが、何も聞こえない。何の信号音も。携帯が壊れてしまったのかと思い、待ち受け画面を見ると「圏外」という表示が出ていた。
 変だな。さっきはかかってきたのに。まあ、仕方ない。ここは山間の施設だ。電波状況は不安定だ。とりあえず、この明治村から外に出よう。そう思い、敬介は玄関を出た。とりあえず、辺りを見回す。撮影クルーがいてもいいのだが、見当たらない。さっきまで近くに停まっていたはずのトレイラーカーもない。エキストラをほったらかしにして彼らはどこに行ってしまったのか。信じられない。それも、地震があったわずか一分ほどの間に。
 大して大きな地震ではなかったのだから、そんな煙に巻いて逃げ出すことでもなかったろうに。
 敬介は、噴水の近くを歩いた。さて、それならそうと、この明治村を出て、さっさと車で東京に帰ろうかと思った。奈緒美のいる東京に。何であれ、彼女と直に話す必要がある。
 さて、どうやって帰ろうかと思った。辺りを見渡す。元来た道に戻ればいいと思うのだが、何だか、さっきまでと様子が違う。というか、こんな感じだったのだろうかと思った。
 目の前を車が通った。あ、クラシックカーだ。まあ、この施設なら珍しくない。多分、アトラクションとして走っているのだろう。しかし、それでも、どうもライト館に入る前とは様子が違っている。何だかにぎやかになったような。人通りが多くなっている。そして、敬介同様に皆、古い時代の服を着ている。あれ、もしかして、ライト館の中だけでなく、周辺も撮影範囲になっているのか。急な展開だな。それとも、明治村独自のエキストラか。
 敬介は頭が混乱した。まあ、どうでもいいやと敬介は思った。それよりも一刻も早く奈緒美に会いたい。その一心だ。エキストラとして借りた服はいずれ返そう。財布と携帯電話、キーがあるので問題はない。撮影クルーに預けたTシャツとジーパンはどうでもいいものだ。
 どうやって戻ろうかと思った。入場門から、駆け足で十分かそれ以上かかった。ただ、表示のある方向に向かって周囲をよく見ず来た。そもそも広い上、初めての場所だ。戻るのは一苦労に違いない。
 ふと、目の前に人力車と黒い服を着た車夫がいるのが目に留まった。
 きっと明治村のスタッフだろう。ガイド用に客を案内する。浅草や鎌倉で目にする人達だ。この人なら分かるだろう。そうだ。この人力車で入場門まで連れていって貰おう。数千円ぐらいかかるかもしれないが、迷って余計な時間を潰すよりましだ。
「すいません。入場門まで連れて行ってくれますか」
 車夫は、がっちとした体格の中年男性でキセルを手に持っている。古い時代の細長い葉巻パイプだ。観光用とはいえ凝っているなと思った。
「入場門? それどこのことだ?」
 車夫は怪訝な顔をして言う。
「決まっているじゃないですか。ここ、明治村のですよ」
「明治? 村?」
 車夫の顔はますます引きつった。
「とにかくお金はいくらでも払うんで連れて行ってください。迷ってどう戻っていいのか分からなくなったのですよ」
「あんさん、わしはあんたの言っていることが分からないですな。ここは、明治村というところではないですよ。そんなところ聞いたこともないすし。何と言っても、ここは帝都東京ですさ。それに明治とか言っていますが、今はもう大正ですがな。一体どこにあるんですかい、明治村とは?」

第3章へつづく。

この小説の著作権は、このブログの管理者マサガタこと海形将志にあります。
by masagata2004 | 2007-09-09 17:42 | 自作小説


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

カテゴリ

全体
プロフィール
自作小説
映画ドラマ評論
環境問題を考える
時事トピック
音楽
スポーツ
ライフ・スタイル
米留学体験談
イベント告知板
メディア問題
旅行
中国
風景写真&動画集
書籍評論
演劇評論
アート
マサガタな日々
JANJAN
スキー
沖縄

タグ

最新のトラックバック

映画「終戦のエンペラー」..
from soramove
【映画】バーダー・マイン..
from しづのをだまき
インサイダー
from 映鍵(ei_ken)

フォロー中のブログ

高遠菜穂子のイラク・ホー...
ジャーナリスト・志葉玲の...
増山麗奈の革命鍋!
*華の宴* ~ Life...
poziomkaとポーラ...
広島瀬戸内新聞ニュース(...
楽なログ
美ら海・沖縄に基地はいらない!

その他のお薦めリンク

ノーモア南京の会
Peaceful Tomorrows
Our Planet
環境エネルギー政策研究所


私へのメールは、
masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp まで。

当ブログへのリンクはフリーです。

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

東京
旅行家・冒険家

画像一覧