カテゴリ:書籍評論( 23 )

遠藤周作作「沈黙」 クリスマスに考えるべきこと

クリスマスが近いということで、たまたまブックオフで105円で売られていたこの本を買った。なんでも、ハリウッドでの映画化も予定されているとか聞いた。

ストーリーは、キリスト教に禁制の令が出て、キリシタン狩りが猛威を振るう江戸時代の日本が舞台。師として尊敬するある司祭が拷問され棄教したという報告を受けたポルトガル人の司祭二人が密航船に乗り込み、長崎の地に入る。そこで隠れキリシタンたちに対し信仰を施す。だが、彼らの存在が権力側に明らかとなり過酷な運命にさらされることに。

実に巧妙に書き込まれているのが驚き。遠藤周作はキリスト教をテーマにした作品が多いというから、まさにその集大成ともいえる内容であった。この作品は実在の人物がモデルだというのだからさらに驚き。

キリシタン狩りといえば踏み絵だが、踏み絵だけではごまかされると唾を吐くことまでされる場面を読み、当時の幕府がいかにキリスト教を排除しようとしていたかが刻銘に表されている。

江戸幕府のキリスト教弾圧は、鎖国と同様に西洋帝国支配から逃れるためであったとされる。植民地支配は宣教師を使い、現地人を洗脳させ、抵抗意欲を失わせるのが方策だ。それを当時の幕府は恐れていたのである。

題名の「沈黙」とは、過酷な運命にさらされている人々にどんなに祈りを捧げても、何の救いもないことから言い表された言葉。

さて、ネタバレをすると、



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by masagata2004 | 2013-12-23 20:44 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

書籍「終戦のエンペラー 陛下をお救いなさいまし」 天皇は象徴でしかなかった

現在公開の映画「終戦のエンペラー」を観た後、この本を買ってみた。というのは、映画はこの本を原作としてつくられたフィクションを織り交ぜた歴史サスペンスものであった。

本に書かれているのは、占領軍司令長官マッカサーの右腕であった陸軍准将ボナー・フェラーズと、フェラーズと親睦の深かった日本人女性、河合道の交流と最終的に天皇を訴追しない決定が下されるまでの経緯である。河合道は、当時、恵泉女学園の校長をしていた。

フェラーズと河合は、戦前から知り合い、フェラーズは日本に興味を持ち、ラッカディオ・ハーンの書籍を全て読んだという日本通であったという。

河合はクリスチャンであったが、天皇には強い敬愛を持ち、もし天皇が裁判にかけられ処刑されることがあれば、自分は死ぬつもりで、日本国民も同様の想いを持っており、それにより日本の国内には米軍に対する反乱が頻発して占領政策を難しくさせるだろうとフェラーズに述べ、フェラーズもかねてからの日本研究により、そういう結論を持ち、それをマッカサーに報告。それにより天皇は戦争責任に関する訴追から逃れるようになったという。

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by masagata2004 | 2013-08-04 15:00 | 書籍評論 | Trackback(1) | Comments(0)

105円で買って読んだ「田母神国軍」

たまたま、古本屋にあったので、105円なら読んでみようと思い買った代物。

内容については、元航空自衛隊幕僚長の日本防衛論についての論述。出版されたのは2年前だ。

以前にも、この人の本は読んだことがある。「座して平和は守れず」である。

その時と重なる内容も書かれているが、それに追加で書き加えられたところもある。

ここでまとめるのは、私が賛同できる箇所と出来ない箇所だ。

賛同できる箇所

(1) 米軍は同盟国軍だが、だからといって依存すべきではない。

その通りである。むしろ、日本を自国益のため利用している面が大きい。中国からの脅威の抑止としての機能があるかもしれないが、同時に米国債を買って貰ったりと経済で大変お世話になっている関係上、日本と中国が紛争状態になっても手を貸してくれるとは思えない。日米安保は自動的に発動されるものではない。米大統領と米国議会の承認が必要になる。いずれにせよ、それはアメリカの国益にかなうかかなわないかにかかっている。

(2) 憲法9条は改正して、自衛隊を軍隊にすべきである。

現状の自衛隊は「していいこと」を定めた諸外国の軍隊とは正反対の機能。有事が起こるたびにお伺いをたてなければいけない。それでは対処不能。通常の軍隊のように「してはいけないこと」を定め、有事の時に迅速にあらゆる事態に対して対処できるようにならなければいけない。

(3) 兵力だけでなく、情報力を強化しなければいけない。

スパイであるとか、そういう情報網を張り巡らせる必要がある。それは敵国に対してだけでなく、同盟国のアメリカに対してもだ。相手がどれだけ信頼できる国であるかということをきちんとチェックする必要がある。

さて、逆に賛同できないところとは。

つづき
by masagata2004 | 2012-08-08 21:54 | 書籍評論 | Trackback | Comments(2)

「ワシントンハイツ」に思いを馳せて

皆さんは、ワシントン・ハイツという場所をご存知だろうか。

それは代々木公園のあった場所にあった第2次世界大戦後、敗戦国日本に駐留した米軍将校のための住宅地である。

これについては、同名の書籍が出ているので、読んでみると詳しい。終戦後、急ピッチで建設され、東京のど真ん中に、ぽっかりとアメリカが移転した形となった。戦前は、ここは陸軍の占有地だったと。元陸軍の基地で、明治神宮に隣接する立地という点からして戦勝国による威嚇の意味もあったと考えられるが、同時に、それにより戦後、日本に多くのアメリカ文化が伝承されたという事実もある。

例えば、森英恵のようなデザイナーが生まれたのも、この住宅地に住む将校の夫人たちを相手にした洋裁店を開業したことからというし、米軍向けのエンターテイメントを提供する芸能プロダクションとしてジャーニーズ事務所が発足したともいう。日本人が生野菜のサラダを食べるようになったのも、彼らからの要請で衛生の問題を克服した農法でサラダに合う野菜を生産し始めたからだと。

東京オリンピックの開催が決まり、その地は全面返還となった。オリンピックでは家屋は、選手が滞在するための選手村として利用され、今も、その1軒が記念として残されている。

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だが、選手村の前に、そこは戦後日本におけるアメリカ文化発祥の地だったのだ。そんな思いを馳せながら、代々木公園を歩いていると、ジャズを奏でるバンドに出くわした。おそらく、この地で、日本に赴任した米軍将校とその家族たちを退屈させないため、こんなバンドグループが、やって来て彼らの前で演奏をしたことだろう。


by masagata2004 | 2012-05-30 19:43 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

広河隆一著「暴走する原発」と2度目の福島除染ボランティア

あの3.11が起こり大原発事故が発生。その直後、ネットでジャーナリストの広河隆一氏がガイガーカウンターが入手できないので、貸してくれる人を探していると知らせていたので、私が持っているガイガーカウンターを提供した。広河氏が求めていたのは、1000マイクロシーベルト(1ミリシーベルト)まで計測できるというもので、たまたま私がそれを持っていた。氏は100マイクロシーベルトまでのものしか持っていなかったという。

そのガイガーカウンターは3年前、私が横須賀に配備された米海軍原子力空母見学のため買ったものだった。詳しくはこの記事を。しかし、皮肉にも、それは、自国の原発の事故のために役立つことになってしまった。

広河氏にそれを貸してから4ヶ月が経った7月、私が福島に除染ボランティアに参加することになったので、その際に必要なので返して貰えないかとたずねると、氏はすでに新しいのが購入できたので、是非とも、返したいと互いに丁度よいタイミングで再会した。氏は、とても役に立ったと礼を言い、そのお礼としてサイン入りの氏の近著を渡してくれた。
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最近になって、それを読み終えた。そして、それは、福島で2度目の除染ボランティアに参加した直後である。ボランティア参加に関しては後述する。

さて、本の内容だが、今年5月時点の福島原発事故による被害の状況と25年前のチェルノブイリ原発事故との比較から今後を予想したものだ。広河氏は、チェルノブイリの時は原発問題にはさほどの関心はなかったものの、それ以来、何度もウクライナやベラルーシを訪ね、事故の被害をつぶさに追っていったという。

福島では年間20ミリシーベルトを被ばくの許容基準としているが、チェルノブイリでは5ミリシーベルトまでにしているという。また、チェルノブイリから100キロほど離れたキエフでは、事故があった年の5月から9月の間、子供を疎開させていたそうだ。

事故による放射能は、旧ソ連圏のみならず、欧州全体に広がり、北はスウェーデン、南ではイタリアやトルコまで広がり、家畜や農産物に深刻な被害を与えた。

特に被害がひどかったのは、ベラルーシで、事故後、通常では滅多にみられない子供の甲状腺癌が急増して、以前の数百倍にもなったという。農産物や牛乳の安全基準も、やも得ず引き揚げられ、また、汚染した牛肉などは、汚染されていないものと混ぜて流通させるようなことをしたという。

現地の専門家は、除染のために土壌の表面を削ることはあまり効果がないという。それは、ある箇所を削っても、別の場所から風に乗って放射性物質が飛び移り再び汚染することになるのでいたちごっこだからだ。唯一の方法は、汚染された地区から住民を避難させることであると。

その箇所を読んで、11月12日に参加した福島での除染ボランティアのことが気掛かりになった。
福島県の伊達市の伊達市役所が集合場所であった。市役所の入り口には、放射線の計測表示板が置かれ、近くでは農産物のモニタリング受付がされていた。
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1回目の7月では小学校だったか、今回は民家の庭の除染であった。小学校の時と同様にショベルカーでは削るのが難しい法面を鍬などを使い削り取っていく作業である。作業のため、口を完全に覆う作業マスクが全員に提供された。季節も秋が深まり、作業には大変適した環境で、実にはかどった。ボランティアも十分な数だけ集まり、かなり除染ボランティアが認知されたことがうかがい知れた。

一緒に参加した人の中には、栃木県の那須からの人がいて、そこも同様に汚染地帯ができていると言った。なんでも3月16日には放射線量が3マイクロシーベルトを記録したという。

民家は農家で、周囲には田畑や柿農園が広がっていた。
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子供が住んでいて、その子供たちの住む家の裏手では、7マイクロシーベルトを記録するような場所があり、ぞっとしてしまった。本来ならレントゲン室のような環境に子供が住んで食事をしたり、土の上を走り回ったりしているのだ。除染は大事だが、まずは、疎開をさせるべきだと思った。

なんにせよ、チェルノブイリのような健康被害に遭わないで欲しいと思う。今すぐには発生しないものの、数年後は分からない。

作業が終わった後、除線により線量が1マイクロシーベルトほど下がったことが報告され、その日の私を含めたボランティア参加者の積算被ばく量が7マイクロシーベルトだったと伝えられた。また、翌日の朝に原発担当相の細野大臣が作業に参加するという告知がされた。細野大臣は、7月のボランティアで顔を見た。詳しくはこの記事で。
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うまいタイミングで、今回も同じボランティアに参加することになったのだが、私は翌日の参加は見送った。参加することができたなら、是非とも子供たちの疎開と原発の是非を国民投票にかける法案を通してくれと訴えたかった。ちなみに、私は今年の12月、東京都で実施される予定の原発の是非に関する住民投票条例請求の署名受認者になった。これを皮切りに国民投票実現へと取り組みたい。活動について詳しくお知りになりたいならば、このサイトを。

原発の今後について、国民が直接決めるようにしなければならない時期に来ている。

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by masagata2004 | 2011-11-13 20:59 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

上野千鶴子著「おひとりさまの老後」 幸せの定義はそれぞれ

社会学者の上野千鶴子という人が書いた独り身女性の生き方の正当性を綴ったもの。

内容は、分かりやすく、ごく一般的なことでさらりとしていた。これまでの独り身は「さびしいでしょう」という決めつけに異議を唱える意見を延々と述べている感じだ。特に女性にとっては、結婚とは男尊女卑に基づいた家制度に従属するということを意味するので、お一人様は賢い生き方なのかもしれないと思える。

また、遺産相続問題を含めた家族との関わり合いについての考察も機微に富んでいた。必ずしも、遺産を血のつながった家族に渡さなくてもいいんだと説いている。いい例が、老後、たまたま世話になった他人に遺産を託すとなると、家族が文句をいう場合があるが、しかし、その家族にとっては自業自得ということ。なぜなら、他人に遺産を奪われてしまう程度の絆しか作ってこなかったから、そうなったのだろうから、と。

家族に無理して残さなくても、自分で使い切るとか、またはNPOなどに寄付するとかが賢いんじゃないのかと。

つまりとのところ、「誰かと一緒にいれば寂しくなく幸せね」というほど世の中も人間個々も単純ではないということか。

ある意味、一人で生きていくことが、人間の基本なのかもしれないと思える。
by masagata2004 | 2011-09-25 15:55 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

関岡英之著「拒否できない日本」 グローバル・スタンダードとは

ちょっと前にブームになったものを今更ながら読んだ。105円で買ったもの。

アメリカが、日本に要求する改革が、日本社会にどんな悪影響を及ぼしているかを考察したものだ。

「年次改革要望書」などで、建築基準や司法改革がアメリカに合わせた形で進行する実態などを告発している。

アメリカが自国の利益追求のため、日本や諸外国に様々な要求を突きつける。受け入れる側の日本は無防備過ぎるなどと指摘している。

アメリカがグローバル・スタンダードを決めるという横暴ぶりを知り、それに呑まれるなと警告したいのだろう。

この本を読んで思ったのは、グローバル・スタンダードって、もしかしたら必要ないのかも。

不便でも、それぞれの国独自のシステムで何とかいけるというのなら、無理して合わせなくてもいいんだということだ。もっと内向きでいろっていうことかな。明治以来の西洋かぶれや敗戦コンプレックスやめようなってことか。

読んでいて関心はしたが、内容的には筆者の主観に、ちと偏りすぎていないかと思われる箇所があった。

例えば、法科大学院制度の改革なのだが、これってアメリカからの要求だったというのは事実なんだろうけど、以前の試験のみの資格制度だと、競争率50倍で、合格するのに7年もかかり試験にパスするのにすごい労力が割かれるという問題があった。ある意味、法科大学院より長い時間がかかる。費用だってね。だから、改革が悪かったとか一概にいえない面もあるような。

つまりのところ、日本からアメリカ化を歓迎していた面があったのも事実だ。ただ、採り入れるのはいいとしても、それを一つ一つ吟味して選ぶことにして、何でもアメリカだから歓迎というのはやめなければいけないのだろう。

ただ、この本や堤未果著の「貧困大国アメリカ」が売れたことが象徴しているように、もう「アメリカいいね」の時代は終わったのだなと痛感させられる。

アメリカ留学経験者としては、気まずい気分だが。
by masagata2004 | 2010-11-19 16:53 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

「ルポ 戦場出稼ぎ労働者」と映画「イン・トゥー・ザ・ブルー2」

「ルポ 戦場出稼ぎ労働者」は、2004年のイラク人質事件の時、有名になったジャーナリストの安田純平氏が、自らイラクに基地内の食堂調理員として潜入取材した手記である。安田氏の本は、イラクで武装勢力に拘束された時のイラク訪問記「誰が私を人質にしたのか」を読んだのだが、その時は、帰国後、他の人質になった人々と同様に激しいバッシングの標的になったが、そんなことにもめげず、再度のイラク入りをして、それも潜入取材をしたというのが凄すぎる。

さてさて、もう一つ映画の「イン・トゥー・ザ・ブルー2」であるが、いわゆるハリウッドが得意とするリゾート娯楽ものと思いきや、内容は意外に重い。テロリストがハワイ沖で落とした核弾頭の捜索を彼らに脅され手伝う羽目になったダイバー達。彼らの悪巧みから逃れようとするが、アメリカに復讐心を持つ彼ら相手に歯がゆい戦いを強いられる。

本と映画には思わぬ共通点があったのだ。どちらも、イラク戦争というアメリカの蛮行に傷つけられた人々が出てくることだ。安田氏には、是非とも映画を観ていただきたい。

安田氏の本では、一緒に働いていたイラク人が、基地内の外国人労働者や英軍や米軍の人々に信用されていないと述べられていた。それもそのはず、金目的の上、米軍を恨んでいるから、彼ら自身がテロをするために潜入したのではと疑われてもやも得ないのだ。そして、実際に基地は攻撃対象となり安田氏の寝るところのすぐ近くで迫撃砲が着地することがしばしばあったという。

自分たちに敵対する人々を勝手に「テロリスト」呼ばわりして平気で殺戮する。それが「米軍」というものになってしまった。日中戦争時に日本軍が、中国の民間人を「便衣兵」と決めつけ殺したのと同じである。

そんな状況が続く今、さすがにアメリカでさえ、自軍の行為を戒めざる得ない動きがみられる。その意味で映画「イン・トゥー・ザ・ブルー2」は好例である。密輸団の一味に、恋人を殺された主人公の友人が「彼女は何にも悪いことをしていないのに」と泣き叫ぶ場面は、自分たちがイラクやアフガニスタンの人々に対してしてきたことが跳ね返った場合の心情を表しているような感じがする。

映画といえばスパイク・リー監督の「セントアナの奇跡」でも、自軍への戒め場面と思われる場面がみられた。イタリアを舞台にナチスと対戦する黒人部隊の活動を描いたものだが、その中でナチスの将校が黒人部隊と共に抵抗闘争をするイタリア反政府勢力のパルチザンを「テロリストだから国際法の保護の対象にならない」と虐殺を命ずる場面は、まさに現在の米軍のポリシーと符合する。

だが、もう限界にきていることは確かだ。アメリカの世論もそうだが、軍隊内にも厭世ムードが広がり、最近ではアフガニスタンの戦闘に関する機密文書がネットのサイトにリークされるという事態が起こった。リークされたことも問題だが、その内容の中には、味方のはずのパキスタンがタリバンを支援していたという情報局の見解も含まれていた。実に、ぞっとする話しである。このままでは、イラクに続き、アメリカは敗北である。

もう、アメリカと関わりを持つのはやめるべきだと思わされる。最近、あの国は呪われていないか。イラク戦争の石油利権に絡む原油流出事故も、ある種の跳ね返りの呪いではないかと思われる。

でもって、今の現政権は対米自立を実行しようとしたものの、米国はもとより、国内の傀儡勢力により、自民党と変わらない対米追従に引き込まれている。全く情けない。

そんな国の国民であることにますます閉塞感を感じる今日この頃。何かできないか、何かすることで、この閉塞感を打破したいと思っているのだが。

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by masagata2004 | 2010-07-29 19:17 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

岩崎峰子著「祇園の教訓」 とっても高尚な世界

15歳から29歳まで、京都の祇園芸者をしてきた岩崎峰子さんの体験を綴った本。

この本のテーマとなるのは、多くの人々が花柳界の持っている誤解を解こうということ。

ハリウッド映画「SAYURI」をはじめ、映画で描かれる芸者の世界は、接客を主として、場合によってはパトロンを持ち、その情婦となっていきるなまめかしいものだが、実際、岩崎さんの立場としては、いわゆる芸術家であり、芸のプロであるという意識らしい。

この本の中では、花街の習慣、お客となる関西の財界人とのお付き合いを通しての様々な体験などが綴られており、さすがという話しが数々。花街の習慣として「一見さんお断り」というのは格式の高さ示すもの。財界人との交流話の中で印象に残ったのは、「苦境に入ったら、まずはあきらめず、すべきことをすること」というのが心にしみた。またアメリカのフォード大統領とキッシンジャー国務長官との交流話には恐れ入った。そういう強者を相手にするんだな、芸者さんとは。

この本で「イケズ」という言葉が印象に残った。意地悪という意味だが、京都では、それをユーモアと解する文化があるそうな。そして、それを趣向をこらした方法で交わし、気持ちのいい付き合いへ発展させるところも、京都らしい。

でもって、芸者は、家族連れのお客様と付き合うこともあるという話しにも驚いた。芸者とは、実をいうと、そんなソフトな接客もするのだなって。

本の最後には、花柳界の改革を訴える著者の想いが綴られていた。芸者は引退をすると、他に生計を立てる手段がなくなってしまうとのことだ。芸者をもっとプロフェッショナルとして扱って欲しいと訴えている。

峰子さんが芸者をしていた時代は700人も祇園には芸者がいたのだが、今では100人程度、どうも、こんな状態が衰退に拍車をかけているとしたら、改革して、日本の古き良き伝統をなんとしても保全すべきだろう。
by masagata2004 | 2010-01-07 18:56 | 書籍評論 | Trackback | Comments(3)

元NYT記者上杉隆著「ジャーナリズム崩壊」 ちょっとアメリカ礼賛しすぎてない?

テレビでは、すっかり有名になった元鳩山邦男衆議院議員秘書であり、元NHK記者、元ニューヨーク・タイムズ記者などの経歴を持つ上杉隆氏の著書である。記者クラブ制度をはじめとする日本のメディアの問題点を列挙して、NYタイムズでの経験を踏まえ、日米のジャーナリズムの比較をしながら、批判を繰り広げている。

すでに筆者も知っていたが、改めて詳しい説明を聞き、聞きしにまさるその現状には驚嘆する。記者クラブ制度では、新聞、テレビなどの大手メディアが、記者クラブという親睦団体を組織して、国会や官邸の記者会見の出席権や質問権を独占して、外国報道機関、雑誌やフリーランス、最近、登場したネットメディアの記者を締め出している。これは、政権交代後、外務省が記者会見をオープンにしたことで、改善の兆しが見られるものの、未だ大手メディア側からの反発で全面的な開放には至っていない。

こんな制度があるため、日本のメディア界には、アメリカと比較して実に奇妙な現象が起きている。

*本来、事実のみのストレートニュースを配信する通信社と事件の背後にある深みある事実を追究して記事にまとめあげ世にしらしめるジャーナリズムとは性質が異なる。日本の新聞社は、通信社と同じ役割を担っていて、事実をたんたんと発表するのみで、とてもジャーナリズムとはいえない。

*これも、公権力とのアクセス権を独占しているがために成り立っている。つまりは権力側ともちつもたれつだから、中立的な立場で権力を監視する報道ができない。政治部記者は政府公報とほぼ同じ役割。

*アメリカでは、記事はどんなに短いものでも署名入り、それも本名をいれたものでなければ認められない。記者が書くだけの責任を負うのが常識。日本では、それが成り立ってなく、平気で匿名による記事で他者を誹謗中傷したりする。

その他、いろいろと挙げられるが、ただ、この本を読んでいると、ちと気になる点がある。著者がNYタイムズにお世話になったためであろうが、この一社を取り上げて、アメリカのジャーナリズムがいかに健全なもので、日本のジャーナリズムが駄目なものであるかを繰り返し説明するスタイルが、ちと鼻につく。

確かにアメリカには記者クラブ制度のようなものはないが、けっして健全な報道が為されているとは言い難い現状がある。国境なき記者団の報道の自由度ランキングでも、日本と順位が、あまり差がないことがある。イラク戦争報道なんて、捏造をうのみにしたことや、保守的なFOXなどのインチキ扇動報道など枚挙をあげたらきりがない。

それから、具体的に著者が調べたというNHKの番組改変問題報道で朝日新聞を批判する下りで、あれっと思う点を見つけた。

それは、番組改変に関してNHKに圧力をかけたといわれる故中川氏と安倍元総理(当時の副官房長官)が、事前に番組スタッフに会ったかどうかという点について、安部氏は会ったと確認できたが、中川氏は会ってないと著者は調べた上、結論を出し、したがって、朝日の記者は誤報を出したと糾弾しているところだ。

だが、筆者も、その当時、この事件が気になり、事件の関連当事者であった団体の会見やイベントに参加して、中川氏は記録がないものの、事前に会っているとみていいことが確認できている。それもかなり堂々とした証拠を中川氏自らが示しているのだ。このことに関しては、この記事を参考にしていただきたい。

この上杉氏、情熱は分かるが、ちと、思い込みが強すぎ、そのまま走りきるような性格の人では、という気がしてならない。

いずれにせよ、著者が指摘するように日本のメディア界は健全な民主主義を実現するため、改革が必要とされていることは明らかだ。
by masagata2004 | 2009-11-30 19:10 | 書籍評論 | Trackback | Comments(1)


人生は常に進歩していかなければならない


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