カテゴリ:マサガタな日々( 74 )

あれから半年 「東京からの手紙」を綴る

ジャーナリストの山本知佳子という人が、25年前のチェルノブイリ事故の時、ドイツにいた体験を綴った「ベルリンからの手紙」を買って読んだ。手紙形式でチェルノブイリ事故が起こった後の3年間のドイツで見聞きしたことを刻銘に記している。

それに習って、私も、東日本大震災と福島第1原発事故が起こってから、これまでの半年間を手紙形式で綴ってみたいと思う。題して「東京からの手紙」

3月11日の午後3時ちょっと前、オフィスで仕事をしていたら、今までに体験したことのない大きな揺れが襲い、机の下に潜ったが、パソコンのモニタが倒れ、本棚も倒れたりと、荒れ放題でした。そして、とても長い時間、揺れが起こりました。5分ぐらいはかかったと思います。

仕事はとりあえず中断。帰宅することに。だけど、電車が停まり歩いて家に帰ることになりました。ニュースを聞くと、大規模な地震が東北地方を襲ったと。そして、大きな津波も来たのだと。だが、そんな地震の被害の報道を知りながら、心配になったことがありました。原発は大丈夫なのかなって。

その心配は的中でした。翌日、1号機が爆発。頭の中が空洞になりました。一気に別世界に引き込まれたような感覚でした。その2日後、3号機が爆発。当時の枝野官房長官は、「格納容器は壊れていないので大丈夫です」と述べました。情けないながら、反原発運動をしていながら、格納容器という言葉を初めて知った瞬間でした。あのチェルノブイリには格納容器はなかったそうです。

ですが、その後、福島県内はもとより、関東各地、東京も放射線量が高まりました。そして、放射線物質の飛散は、水、野菜など体に入れるものに次々と影響を与え、不安は一気に広がりました。スーパーやコンビニでは、ミネラルウォーターや食料が売り切れる騒ぎとなりました。

そして、日本を離れる外国人が次々と。街で当たり前のように見かけた外国人が、めっきり減ってしまいました。

毎日、それも毎時、ニュースにかじりつきました。聞こえてくるのは悪いニュースばかり。まるでホラー映画を観ているような気分でした。そして、余震が毎日のように襲ってきます。揺れるたびに心配なのは、福島の原発はどうかなっていないかということ。夜も眠れず、ベッドの横にラジオ付き懐中電灯を添えました。朝起きたら、必ずラジオからニュースを聞いて原発の状況に耳を傾ける日々でした。

そんなおり、自分に何かできないかと考え、1ミリシーベルトまで探知できる線量計を探しているとネットで告知していた広河隆一氏に、連絡して私のガイガーカウンターを貸しました。

また、都内で開かれる反原発デモに参加するようにいたしました。でも、不安はたまる一方、原子炉メルトダウン、溢れそうな汚染水と、いいニュースなんて、なかなか聞きません。自分の腹がメルトダウンしそうなほど、苦しい気分にさせられました。自分がどうかなるからというよりも、この世がどうかなるのではないかという恐怖からです。

私が不安がる姿を周りで見ている人々は、大袈裟じゃないのかと、言ったりしましたが、しかし、不安で不安で、仕事をするのにも支障が出るほどです。だからって気分転換をしようにも、気分が全く乗らないのです。

事故から2ヶ月が経った頃には、テレビではお笑い番組などが流れるようになりましたが、そんな番組を観て笑える人達の神経が信じられませんでした。とかいいながら、私は舞台劇を観に行きました。帝国劇場で「風と共に去りぬ」を上演していたので観に行きました。気分転換というより、劇のストーリーとテーマが、御時世にマッチしていたので観に行ったのです。映画を何度も観たことがあるので、今更、劇の内容に評価をすることはないのでしたが、演技を見事にこなした俳優人に感銘を受けました。よくも、こんな不安と恐怖の中、舞台の上で演技をこなせたなと。お笑い番組にしても劇にしても、観る立場よりも、演じる立場の方がはるかに大変なはずなのです。

夏が近付き、暑くなると原発事故による電力不足の懸念が囁かれました。そのため、日本は一気に節電モードになりました。不夜城の繁華街が一気に暗くなりました。実に驚きの光景でした。日々使う電気が、もう当たり前のものではないのだと実感させられました。

時が経つにつれ、原発が落ち着いてきたというニュースも流れてきましたが、同時に食品の汚染は相変わらず、そこら中で発見され、深刻な事態は変わっていません。原発そのものも、収束には、まだまだ時間がかかりそうで、汚染された土地を追われた人々が元の生活に戻ることは、ほぼ絶望的だとみていいと思えます。仮に実質的な汚染が取り除けても、汚染されたというレッテルは、そう簡単に外せやしません。福島県では、この半年間で人口が減り続けているということです。

福島に除染のボランティアに参加したりしました。現地の人々は不安定な中、何とか平静を保とうとしている様子がうかがわれました。

ですが、チェルノブイリ同様に、今後が心配です。5年後、10年後はどうなるのでしょうか。どれだけの健康被害が表面化していくのでしょうか。私を含め東北と関東に住む人々も同様です。これほどまでに広範囲に被害が広がるとは思ってもいませんでした。

半年が経ちましたが、相変わらずニュースを確かめ一日が終わるのに安堵しながら、疲れがたまっていくという毎日です。いつ、何が起こるか分からない。広範囲に被害が広がり、収束に大変長い時間がかかるというのが、原発事故の恐ろしさです。事故が起こる確率がどんなに低くても、起こってしまったら、こんなに甚大な被害をもたらし、それもおそろしく長い付き合いをさせられる。原状回復が非常に難しい。世の中で起こる他の事象との大きな違いはそこです。なので、どんなに原発が効率的だ、安い(それは嘘だったのが発覚)といっても、根本的に受け入れられるものではありません。選択肢として存在してはならないものなのです。

そういう認識が広がったためか、国会は「再生可能エネルギー促進法」を成立させました。それは、なんともいえない成り行きでした。こんな大事故が起こったからこそ、通せたのだとしたら素直に喜べるものではありません。

でも、起こってしまったこの事故、今後付き合っていくしかありません。気が付くと、最近は予断の許さない状況に慣れきってしまったようです。慣れてはいけないのでしょうけど。でも、恐ろしいことに、それが人間の適応力というものなのです。

ですけど、ひたすらウォッチしていきます。そして、自分の出来る限りのことをしていきたいと思います。もうこれ以上の悲劇を繰り返さないためにも。

また、半年後、震災と事故から1年後に、お手紙を書きたいと思います。お元気で。
by masagata2004 | 2011-09-11 14:58 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

江ノ島で「日本男児」を体験する

 7月10日、神奈川県の江ノ島で、人生で最も刺激的な体験をした。それは、江ノ島神社の天王祭での海中渡御に参加できたことだ。江ノ島の天王祭とは、江戸時代、対岸の腰越神社の御神体が台風で流されたのを江ノ島の漁師が拾い上げたというのが起源の夏に行われる祭事。

 その日の天気は晴れで高温多湿、江ノ島の対岸の湘南海岸には海水浴客が詰めかけていた。

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 まずは、江ノ島神社にて祭事の式典が執り行われた。そして、その後に、神社から御神輿を階段を下りながら、担いで降りていき、ついには浜辺近くまで持ってきたところで、一旦、据え置く。そして、男衆による海中渡御の準備をする。そこから、皆、白褌一丁の姿にならなければいけない。周囲は、好奇の目で一杯になる。

 それもそのはず、白褌とは、六尺褌で、お尻は丸出し、前は大事なところのみを隠した状態になるのだ。かつての日本では、漁師にとっては当たり前の姿だったのだろうが、今では男性が公衆でそのような格好をするのは、実に珍しい。お祭りぐらいだと思えるが、その祭事でさえ、昨今は褌の習慣が廃れているという。江ノ島の天王祭のように白の六尺褌一丁というのは全国的にも珍しいほどだ。

 海中渡御では、褌一丁の男衆数十人が御神輿を担ぎながら、海へと入水する。それを数百人もの客が見つめる。そして、海上では、御輿を取り囲むように船に乗った神社の神官が清めの儀式を執り行う。

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 わたしは、御輿を担ぎながら、海の中で最高の海水浴をした。それは褌だからこそできたことだ。現代の水着では、腰の側面と尻の部分は、ほぼ覆ってしまうことになるが、褌だと直接水に触れることができる。下半身が直に海水に触れることになるのだ。これこそ、海水浴というものである。膝近くまで覆う現代のボクサー水着では、海水浴とはいえない。

 体と褌がどっぷり海水に浸った後、御輿は海から浜辺へと出る。そこから、また、多くの観客が見つめる中を御輿を担ぎながら路上行進していくわけだが、白褌は水に濡れ泥も混じっているためか、一同の前の部分は形がくっきりと浮かんだ状態になる。さすがに恥ずかしいと思い、おもわず前を隠しそうになるが、これは厳粛な儀式でもあるため堂々としていなければと考え、御輿を担ぎながら進むことにした。御輿はただ前に進むだけでなく、時折、掛け声を上げながら、上下にジャンプする行為も行った。

 端から見れば、裸の男衆のそんな姿を観るのは一興だろう。自分が、その一部に加われたことに最上の悦びを感じた。

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 そんな祭りが終わり、考えたことがあった。果たして、この日本の中で伝統主義者と豪語する頭の固そうな男たちの中でどれだけが六尺褌を自分で絞められるのだろうか。2メートル近くの長さがある布きれをねじったりして体に巻くちょっと複雑な着物だ。また、身につけられたとしても、人前で堂々と歩けるのだろうか。それがお祭りだったとしてもだ。

 世にいう頭の固そうな伝統主義者とか保守とか呼ばれる方々は、ネクタイの締め方は知っていても、褌の締め方は、知らないのではないか。人前で、あんな格好をすること自体をはばかるのではないか。

 だからこそ、そんな彼らは外国軍の基地が自国の土地や空を占拠している状態を容認できるし、日本では、ほとんど採れないウランを原料に使った発電施設を、頻繁に地面が大揺れして、大波が襲うこの島国に建てることをよしとする。一度、壊れてしまえば甚大な被害が出るということは、かねてから予想されていたのにもかかわらずにだ。

 発電なら、日の丸に象徴される太陽、富士山に象徴される火山国ならではの地熱を使うことの方が日本ならではと思えるはずではないのか。
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 そんなことを考えると、褌文化の廃れは、日本が今、直面している諸問題と無関係とはいえないのだと思えた。

 日本男児よ、褌を締めて真の伝統に目覚めよ、もちろん、大和撫子もね。伝統の全てがいいことばかりとはいわないけどさ。
by masagata2004 | 2011-07-11 23:50 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(2)

仲良しこよし!

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by masagata2004 | 2011-02-02 09:12 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

メリークリスマス

というわけで、クリスマス気分を味わうため、クリスマス・ケーキを買いました。

どうでしょう、きれいなものですね。
信仰心が深くなくても、クリスマスはとってもいいですよね。一応、私、クリスチャン。

コンビニで買ったケーキですが。

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by masagata2004 | 2010-12-25 21:43 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

男は結婚していないとゲイだと思われる

「結婚しないの?」の質問になんて答える?(エキニュー恋愛総研) - エキサイトニュース

そんな風に思われたくなくて結婚しようと思ったことがある。別にゲイに偏見はないが、私はゲイではない。そう思われることが時にあるので、一応否定しておく。ちなみに女性はレズビアンだと思われるわけではない面、「売れ残り」と揶揄される。

でも、結婚というのは、したいと思った時にしたい相手に出会った時にすればよくて、何歳までにするというものではないのは確かだ。封建時代は、個人の意志より社会の風習やお家の事情で結婚相手を決められたので、ある意味、楽な面があったのだと思う。

考え方を変えると、結婚したくないわけではないが、一生独身でもいいと考えてもいる。結婚したからといって、すぐに離婚してしまえば、最初からするんじゃなかったと思うし。自分を含め計算高い人間には結婚は向かない。

よくいわれる出生率の低下問題でいえば、結婚する気のない人に「産めよ、増やせよ」とせっつくよりも、結婚したいんだけど、また結婚はしなくても子供は欲しい、だけど、金がない、面倒みてくれる人がいない、から諦めている人を支援する政策を提供すればいいのではないか。

民主党の子供手当よりも、託児所無料、15歳までは医療費無料、大学までの教育費無料(給食費を含めて)を実行に移せばいい。つまりのところ、貧しいシングルマザーでも、子供を育てられるシステムを構築するとかすれば、解決に向かうはず。その効果は、諸外国でも証明済み。

そんなわけで、結婚はしません。
by masagata2004 | 2010-06-27 14:15 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

もやいにてクリスマス・パーティ

昨日は、意外にも楽しい時間を過ごした。

というのは、ホームレス支援の団体「もやい」を訪ねたら、クリスマス・パーティーをやっていたのだ。

ついでだから参加。すると、料理がいろいろ出てきて、ハーモニカの演奏、ケニア人歌手がクリスマス・ソングを歌い大盛況。最後にはケーキも出てきた。

たまたま、本を寄付して、適当に交流しようかなと思って行ったのだけど、なぜか、面白いイベントに参加できちゃった。だから、本は、私からもやいへのパーティー参加料とクリスマス・プレゼントということで渡すことになった。

メディアでおなじみの湯浅さんも来ていて、超訳「資本論」を渡した。もっとも、湯浅さんは、この本、というか、資本論の原本(もちろん和訳だと思うけど)をすでに読んでいる方だった。

もっとも、私こそ、最近は、もやいのお世話になりかねない状況に陥りつつある。

来年は、今年にまして経済状況が悪くなりそうだからな。

失業保険、年金、生活保護なんて廃止して、毎月誰にでも7万円ぐらいの金を無条件に支払うベーシック・インカムという制度にしたらいいのにと思う。生活保護は、必要だがある種の不信感を世間にばらまくことになってしまう。

はっきりしているのは、経済成長を実現して、その増えた分で雇用を産み出して富を再分配するという方式は、もう通じないということ。その点は、マルクスの資本論でも説明済み。

もう「メリークリスマス!」なんていえない状況だ。
by masagata2004 | 2009-12-20 15:37 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

座禅は痛かった

まあまあ、近くにある座禅寺の座禅会に参加。

何となく合宿気分で期待したものの、この座禅、思いの外、痛い。

最初に座禅をする前に、お寺の係りの方から、座禅のことと作法について説明があり、仏教で座禅をするのは、一休さんで有名な臨済宗、それと曹洞宗と黄檗宗であり、私が参加したのは曹洞宗である。全ての寺が禅をしてくれるわけではないということ。

さっそく、実践と思いきや、禅とはあぐらをかけばいいのではない。基本的には、ヨガのように足のつま先を反対側の太股に両足とも置かなければいけないのだ。これはきつい。体のかたいものはできない。だから、許されるのは、左足を右太股に置く半座という姿勢。これでもつらい。クッションのようなものに座って足を組むので、その辺を調整できないこともないが、それでも痛い。その痛さに耐えながらだから、ある意味、静寂というよりは、拷問。体の柔らかい人にお勧め。

ちなみに、悩みを解決したくて禅には来るな。何にも考えないようにするために来なさいとのことだった。
ただ、痛みに耐えながらの座禅では、余計なことは考えずに済んだ。

悟りを開くためには、痛みに耐えよ、さもなければ柔軟になれということか。
by masagata2004 | 2009-09-25 23:44 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

8.30総選挙徹底総括 「遂に政権交代!日本はCHANGEできるか?」

阿佐ケ谷のロフトAで、9月3日、新進気鋭のフリーライター赤木智弘、元日刊ゲンダイ編集部長、二木啓孝、政治哲学者、萱野稔、素人の乱という貧乏人反乱運動を立ち上げた松本 哉などが出演するトークイベントが開催され、ついつい面白半分で出席。

赤ワインとパインジュースを飲みながら、彼らのお喋りを聞いた。いろいろと話していた中で私が覚えている限りで印象に残ったものを記す。

さて、民主党政権になって日本はどう変わるかということで、選挙の争点の一つになった年金に関しては、赤木氏は年金は廃止すべき、生活保護だけにしてしまえばいいと。

二木氏は、自分たちの世代がみんな全共闘でゲバ棒振り回していたと思われるのは偏見だ。実際、当時の大学進学率は16%程度。ほとんどは中卒か高卒の時代。あんな過激なことをしていたのは全体の1%に過ぎない。ヒッピーなんかになって社会からの関わり合いを切ろうとする人々がいるが、実際のところ、そんなことは不可能。ならば、今の社会をよりよいものにしていこうと務めるべき。民主党は完璧とはいえないが、ベターな選択だったと考える。

観客からの質問の時間になって、私は、「鳩山政権には期待してる。その鳩山政権のアメリカから距離をおく方針にならって、我々も生活スタイルからアメリカを遠ざけるべきではないか。米軍基地反対をいいながら、スタバやマクドナルドに行くのはおかしい。褌を海水浴場で着ると苦情が出るから着ることができない日本の現状はおかしい」と発言すると。

パネリストと観客から、反論が飛び交った。私は、いわゆるフランスなどで実施されている文化の安全保障の論を唱えたかった。徳川時代のキリスト教禁止と同じような目的で、自国の主権を守るためだ。

すると、二木氏は、「そんなことをすべきでない。誰もが、社会との関わり合いが切れないように、米軍基地反対とアメリカ文化を混同すべきではない。反対しながら、アメリカ文化を楽しむのは両立することだ。」

赤木氏は「そんなに反米をいうならアメリカ発のインターネットも使えないじゃないか。マクドナルドが侵略のために日本に進出したわけではない」と。

観客席から「文化と安全保障はべつもの」と、そんなことしたいなら「素人の乱に入れ」という言葉が飛び交った。

ま、その場では、圧倒されたが、彼らの考えには汲みしない。日本は、政権交代を期に国の行き先を主体的に考える時期に来たのではないかと思う。敗戦後、一辺倒にアメリカを受け入れてきたこれまでの態度を改める時に来たのだと思う。たかが、食べ物とか、着るものとか、いうけど、それが大事で、日本人の多くが着物を着られない、食べ物は和食より洋食が多かったりする。そういうことをしていると、外部勢力に依存し過ぎ、それが習慣化され、元来からの特性を奪われ、気が付いたら精神も肉体も奴隷化され、ついには滅びてしまう結果になりかねない。

これからは、多極化の時代である。それは、各々の個性を最大限に活かし勝負していかなければいけないことを意味する。外国のものまねばかりしてはならない。善い悪い、好き嫌いは別にして、これから日本で日本人として生きていくためには、自国の文化の保全というものを真剣に考えなければいけないときに来ていると思う。

だからこそ、私は褌を愛する。下着も褌、水着も褌の日本男児。食事は米を中心にしている。下着用の越中褌に関しては、この記事を。水着や祭り用の六尺褌の締め方が分からない人は、以下の動画を。


でもって、以下は褌で海水浴をしようとした私の姿。三浦海岸にて。赤木さんにも試して貰いたい。同じロスジェネとして。失われたものが戻ってくるかもよ。実際、私はそんな気分。

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ところでだが、貧困、格差などのテーマに挑む赤木氏には、私が市民メディアJANJANに投稿した以下の3つの記事に目を通して貰いたい。

「スキーに連れてって」のバブル時代と今との違いを考えた

桜咲く旧岩崎邸で考えた 今以上の格差社会だった「古き良き」時代

映画「ワルキューレ」を観て田母神・赤木現象を考える

頑張れ、赤木智弘!
by masagata2004 | 2009-09-05 14:39 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

三浦海岸行ってきました!

ふんどしで泳いできたよ!

ちと、恥ずかしかった!

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by masagata2004 | 2009-08-26 21:15 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(1)

暴漢に襲われる

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買ったばかりのシャツだったが、喧嘩を目撃したばかりに。新宿は危ない。

一応、交番に届けておいたけどね。
by masagata2004 | 2009-07-08 13:05 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

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