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小説で地球環境問題を考える Part 23

 石田英明が逃走の末、高速道路から車ごと身投げし死亡してから数週間が経った。
 世間は、スキャンダル騒ぎで盛り上がっていた。スワレシアの通産大臣と日本の大商社が、賄賂で癒着していたこと。その通産大臣が、次期大統領の座をもくろもうと、現大統領の暗殺を企てていたこと。癒着に絡む、ダム建設などの公共事業は延期された。明智物産は、スワレシアと日本の検察庁による家宅捜索がとり行われた。

 由美子は、ホテルの一室で寝そべりながら、ハワイ大学で受けた環境学の講義を思い出していた。

 人間は、なぜ尊い自然を破壊するようになったのだろうか?
 かつて、人間は皆、森の中に住んでいた。人々は、森の恵みを一身に受け、森の動物を狩り植物を取り、暮らしていた。森には、食べられる動物や植物が溢れていたのだ。
 人類は、そもそも狩猟採集で生活を維持していた。狩猟採集だけで、すべてが済んだのだった。原始時代、地球の全人口は、二千万人程度だったと推定される。それだけの少ない人口に広大な大地と膨大な動植物資源に恵まれていたため、どんなに獲っても獲り過ぎるということはあり得なかった。
 人々は、自然を神のように崇拝していた。自然が、自分達にあらゆるものを提供してくれる。森の木々や動物たちと友情さえ分かち合っていた。だが、そんな生活にも変化が起こった。地球の寒冷化と人口の増加により、それまでの狩猟採集では、生活の維持が困難になってきたのである。
 そして、今から約一万年前、農耕革命が起こった。森の資源が少なくなった上に、多くの人間の生命を維持しなければならなくなったからだ。人々は叡智を絞り生き延びる方法を考えた。土地を平らにし、そこに種を植え、食物を育てる畑を作った。そのためには、森を切り開かなければならなくなった。森の木々は、邪魔者でしかならなくなった。生活形態も大きく変化した。これまで数十人ほどの部族単位で行動していた人々も、数百人以上に及ぶ集落を作り、農耕を行うことになったのである。狩猟採集生活では、部族は各地を点々と移動して行動を共にしていたが、農耕生活になると一つの集落が同じ土地の定住を余儀なくされた。一つ一つの集落に農耕の指揮を取るシャーマンと呼ばれるリーダーが出現する。生活には、数々の規則が設けられる。狩猟採集生活と違い、労働時間は格段に増えた。そのうえ、たくさんの労働力を必要とするため、大勢の人間を規則正しく使っていかなければならなくなったからだ。
 種を植え、田畑を刈ることばかりに精神を使い、快楽は悪とされ、勤勉な労働が美徳とされるようになった。自らの植えた種が実ることが、最大の幸福であり、限られた量の収穫物は、一人一人に分け与えられるため個人個人の取り分としての所有という概念が生まれた。狩猟採集の時代には、人々には、ものを所有するという概念が存在しなかったが、農耕革命から所有が始まったのである。もう一つ農耕革命は、新しい概念を作った。それは、人間が自然に対し常に挑戦し、優越した力を持ち、制していくことを生きる糧とする概念である。
 数百の集落は、拡大してゆき、数千、そして、数万という規模になり、いつしか一つの国家というものが築き上げられた。国家の中で、人民を統括する者は、王となり君臨した。人々は、その王のもとに仕え、暮らしていくこととなる。封建社会の始まりである。農耕社会から生まれた封建制度は、人間の間の身分の違いを生み、ある者は力を持ち他の者を支配し、ある者は、奴隷となり支配される立場となった。
 そんな封建社会が長きに渡り続いた後、十八世紀後半、ヨーロッパで産業革命が起こった。それは、これまでの封建制度によって低い身分におかれた庶民、特に商人を中心とした人々が力を持ち起こしたものだ。これまでの農耕生活と違い、食料だけでなく、それ以外の様々な品々を作るようになり、人々の生活は飛躍的に豊かになっていった。
 人間の知恵を結集して、次から次へと新しいものが生まれた。遠く離れたところでも自由に行き来できる蒸気機関車や、少ない人員で多くの繊維などの製品を作り出せる機械化された工場、自然を超越した神のなせる業を人間は手に入れた。人間の価値観は、物の豊かさへと移った。商人達は、効率よくたくさん売れるものを作ろうとする概念を持つようになった。資本主義の始まりである。多くの物を持つこと、また、それらの物の交換手段となる金も多く持つことが美徳とされた。多くの物や金を持てることは、権威を持つことにもなるのだ。人々は、競って金と権力を求めるようになった。
 より多くの物を低いコストで効率よく生産する。これは現代まで続く資本主義の必要概念である。企業は、利益重視で動く。利益を上げるためなら、環境破壊もいとわない。環境が、破壊されようとも企業の利益が上がるならば、それは善とみなされる。いわゆる公害が、その企業の考え方によって始った。
 二十世紀前半までは、その公害は、ある一地域までに限られていたことだった。それが、最近では、地球全域にまで広がる規模となった。企業は、利益利益と開発に走る。その企業に経済を頼る国家や人民は、それを支援する。国家は、経済成長のため企業の開発を支援するのだ。各々の国家は、国民生活を豊かにするためと、また、他国からの干渉を恐れ、自国の主権維持のために経済力の増強を図る。それが世界各国の目標となった。
 だが、一見ものが溢れ収入も増え、生活が豊かになっていく反面、身近にあった自然環境はどんどんと変わっていく。木々などの緑が失われていくばかりじゃない。ごく普通の生活さえままならなくなる変化が襲ってくる。地球の温暖化により北極・南極の氷が溶け海面が上昇しより広い陸地が水に埋まってしまう。フロンガスの放出によるオゾン層の破壊により、日光に含まれる有害な物質、紫外線が人間の眼や皮膚を直撃する。そうなると、うかうか外には出られなくなる。
 そんな破壊された環境の中で生活することが、人間にとって果たして豊かな生活といえるのだろうか。悪化する生活環境の対策に追われ、通常の経済活動もままならなくなる。企業や国家は目先の利益を追い過ぎるのだ。実際に恐怖の時は迫っている。二酸化炭素の増加による地球の温度上昇は毎年観測されている。オゾン層の破壊により、地理的にもっとも影響を受ける極地地方では、皮膚癌の発生が深刻な社会問題となっている。二十一世紀中に人類は、滅亡してしまうかもしれないという観測がある程だ。
 人間は、今まで自然を自分達の手で支配できるものと考えていた。自然を軽んじ、自然を自らの利益のため破壊尽くしてきた。だが、そのようなことをすれば、おのずとしっぺ返しが来ることを忘れている。自然の力は壮大なものであるが、仮にも、破壊し尽くせば人間に与える影響力も壮大である。自然が、人間の生活を支えているのである。自然を侵せば、それに支えられてきた人間の生活も侵すことになろう。
 人間は、長いあいだ、大事なことを忘れていた。人間も自然の一部であること。他の自然と共生していかなければ、けっして生きていけないことを。今、人類は大きなターニング・ポイント(転換点)に来ている。自然を破壊し、自らも破壊するか。自然と共生し、自らを生かすか。

 由美子は、これまで自分の身の回りで起きたことを、一つ一つ振り返った。大学を卒業し、日本に帰省したつもりのものが、東南アジアのスワレシアに飛ぶこととなった。そこで、自分の父親の会社が熱帯雨林を破壊してダム建設をするという事実を知った。それに反対するため様々な行動に出たが、すべてが逆目に出てしまう結果となる。あまりにも、自分が世間知らずだったことを思い知らされたのだ。
 一口に環境保護だと言っても、様々な事情が絡んでくる。国家、企業、政治、経済、また一般市民の生活も絡む複雑な事情だ。大学時代、そのことは、講義でさんざん習ってきたつもりであったが、実のところ、今回の体験を通して身を持って知った。


 ピンポーンとドアのインターホンが鳴った。ベッドから起きあがり、ドアを開けた。すると、そこには、意外な訪問者たちが立っていた。

Last Partへつづく。
by masagata2004 | 2008-02-19 11:00 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

六カ所核再処理施設、稼働反対!

Excite エキサイト : 社会ニュース

6カ所関連で市民ネットメディアJANJANにこんな記事を投稿しました。以下に、多少、文句や写真・動画を加えて転載します。

六ヶ所核再処理施設・反対集会&デモに参加して

2008年1月27日
寒かったが、澄んだ空でとても天気のいい日だった。日比谷公園は、いつにもまして穏やかで美しかった。噴水のしぶきから虹が見えたほどである。
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 しかし、もし、そんな美しい公園が放射能で汚染され危険地帯になったらと想像してみたらどうだろうか。

 日比谷公園の野外音楽堂の大・小2つを借り切って、青森県六ヶ所村にある核廃棄物再処理施設の本格稼働を止めるため反対集会が1月27日開かれ、その後に公園から、銀座のど真ん中までのデモ行進を行った。
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 反対集会では、歌手の「さんプラザ中野くん」さんが有名な爆風スランプ「RUNNER」を歌い、再処理施設反対の熱い想いを露わにした。こちらの記事にその動画あり。

 デモ行進の前には、六ヶ所村に近い三陸海岸の漁協の人々、サーファーの方たちが一同に集まり、団結力を見せつけた。
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その後、みんなでデモ行進に。参加者数は2千人ほど。以下は、その模様を収めた動画です。
3分半にまとめました。日比谷公園から銀座数寄屋橋交差点まで。

 街を歩きながら、デモ隊を撮影しながら思った。はたして、こうもエネルギーを原発に依存していいものだろうか。それも、核廃棄物を再処理しなければならないほど。

 確かに資源の乏しい上、工業で経済が成り立っている日本にとっては、安定なエネルギー源の確保は切実な問題だ。石油だけでは、政情が不安定な中東に依存してしまって問題だ。それに石油は40年内に枯渇すると言われている。最近の価格高騰は、その情勢を反映したものだが、ウランとて日本では採掘できない輸入物で、チェルノブイリのあったウクライナのように自国で採掘できるわけでもない。その上、60年内に、これも枯渇すると言われている。

 鉱物資源は、いずれなくなる。石油とウランは今世紀中に地球で採れなくなるといわれているのだ。

 せっかく輸入したウランを有効利用しようと再処理を考えているようだが、技術が確立しておらず何度も延期されているようなおぼつかない状態で、排水には放射能が含まれ、それは周囲の海産物や農産物を汚染させる。食料自給率が4割を切った日本にとっては、そんなリスクを負う価値があるのか疑問だ。

 その上、柏崎刈羽で見せつけられたように地震も多い国だ。事故だけでなく、地震という自然災害に対する防御も必要で、今ある原発は老巧化が進み、維持管理にはコストがかかるばかりだ。

 だからといって、代替エネルギーが現在、量的に確立しているわけではないので、しばらくは使えるものは稼働し続けるしかないだろう。しかし、いずれは方向転換しなければならない。なのに現在の日本の政策は「原発推進」である。風力や太陽熱のような再生可能エネルギーの割合を上げる目標値も1.6%という低さ。こういうのを開発しようとなぜ意欲を見せないのか。

 これには、既存の電力利権の抵抗があり、政策を変えられないという話を聞く。電力会社の影響力が強い与党とその労組の影響力の強い野党とあっては、政治家が及び腰になるのも無理はない。

 そうなったら、方法は、我々市民一人一人が声を上げ、出来るだけ多くの人々に現状の厳しさを伝え、市民の力で、政治を動かし、新しい未来に向けた政策転換をさせていくしかないだろう。

 イギリスの政治哲学者、エドムンド・バークのこんな言葉を思い出す。「悪がはびこる唯一の要因は、善人がなにもしないことだ」と。

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by masagata2004 | 2008-02-14 20:58 | 環境問題を考える | Trackback(1) | Comments(0)

小説で地球環境問題を考える。 Part 22

地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 21を読んでください。

 その夜のパーティーは盛大なものだった。
 パーティーとは、マラティール大統領の六十歳の誕生日を祝う催しである。政財界のトップ達が招待されており、来月の大統領選の運動も兼ねた催しとなっていた。
 マラティール氏は、黒いイブニングタキシードを着て主役として出席した。その他の招待客の男性も同じ格好をしていた。女性客は、化粧をし、艶やかなドレスをまとっている。
 英明は、ワイングラスを片手に一人の女性を探していた。由美子だ。由美子もこのパーティーに招待されているのだ。パーティが始まって、もう三十分も経つというのに、まだ姿を現していない。今夜のパーティーで、自分と由美子との婚約を発表するつもりである。婚姻届には、すでに署名が済まされ、明日にでも帰国し役所へ届け出れば結婚が成立することを、この群衆に伝えるつもりだ。
 できるだけ早くしなければならない。なんでも、誕生祝いの特大ケーキが出され、招待客でハッピー・バースデーを歌い上げるときに、首相に銃弾が飛ぶという予定になっている。その時に、そばに立っている通産大臣が、銃弾で倒れる大統領の体を支え、その場で号泣するというシナリオだ。何ともドラマチックなシーン、それによってライ通産大臣は大統領のもっとも近くにいた人物という印象を大衆に与え、大事なボスを失い悲しみにくれる腹心という印象を与え同情を引き、大統領選で後継として選ばれるにふさわしい男と認められる。見事にでき上がったシナリオだ。
 だからこそ、その大事件が起こる前に、婚約発表をすまさないと、チャンスがなくなってしまう。英明は、特大ケーキがパーティー会場に運びこまれるのを目にした。そろそろ始まるのだ。大統領のそばには、タキシードを着たライが、不格好に突っ立ている。いつもの光景だがライ氏は、まるで大統領の執事のように見える。
 パーティ会場にとても大きなケーキが運ばれて来た。物珍しさに辺りがざわめいた。
 司会が、マイクに口を近づけると言った。人々は皆、耳を傾ける。
「只今、大統領六十歳の誕生祝いを記念して作られました特大ケーキが到着しました。このケーキは、大統領が長い間、守ってこられました我がスワレシアの国土を型取ったものであります。皆さん、これより一斉にハッピー・バースデーを歌いましょう」
とそのとき、英明は、由美子が会場に入って来るのを見た。
 英明は、考えた。今だ。ここで無理を言って割り込むのだ。由美子を引っぱって、大統領のところまで行くのだ。マラティール氏も友人である明智社長の娘の婚約発表なら失礼を許してくれるだろう。英明は由美子に近づいた。
 だが、おかしなことに気付いた。由美子は、この会場には相応しくないティーシャツとジーパンというスタイルだ。全くの普段着だ。なぜ、こんな格好でパーティー会場に? それに由美子の後ろには、数人の黒い制服を着た警察官と刑事らしき格好をした男達がついている。
 そして、パーティー会場の群衆の注目は、特大ケーキから会場を悠々と入って来る由美子と警官の集団に移った。人々は、静まりかえった。英明も、じっと様子を見守るしかなかった。由美子は、英明には目もくれず通り過ぎていく。そして、大統領の方へ向かっていく。
「何事だ!」
と大統領が、驚きのあまり大声で叫んだ。
「大統領、私共は、あなた様を緊急に警護しなければならなくなりました。すぐにこのパーティーも中止してください。このパーティー会場であなたの暗殺が実行されるという情報を入手したのです。」
 背広を着たスワレシア人の刑事が、まじまじと大統領を見つめ言った。由美子は、申し訳なさそうに大統領を見つめた。
「誰が、そんなことを?」
 マラティール氏は、仰天顔だ。今度は、数人の警察官が通産大臣を取り囲んだ。
「ライ・グーシング。おまえを公共事業入札で不正入札に便宜を計った収賄容疑の門で逮捕する!」
 会場が、一挙にざわめいた。総理は、目を丸くしている。ライ大臣の表情は硬直状態になった。
「ライが、収賄容疑だと。バカなことを言うな。彼はそんなことをする男じゃない。何かの間違いだ」
 大統領は、激怒して言った。
「大統領、この会場にいるもう一人の男が、組んでやったことなのです」
と由美子は、マラティール氏に真剣な眼差しで見つめ言った。
「何だと! それは一体誰だ?」
「石田英明です」
と由美子は、英明の方を指差して言った。
 警官が数人、英明のほうへ向かって歩いていく。英明は、手に持っていたワイングラスを投げ捨てると背を向け走り出した。
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 その時、バーン、バーンという銃声が辺りに鳴り響いた。稲妻のような炸裂音が鳴り、会場にいた人々は本能的に身を伏せた。女性客は悲鳴を上げた。由美子も身を伏せ、床の上にうずくまった。
「うわあ」
と男の悲痛の叫び声が聞こえた。
 バーン、バーンと銃声がまた響く。今度は、警官の反撃による発砲だ。天井にぶら下がっていたシャンデリアが割れる音も同時に聞こえた。
 すると、天井から、一人の人間が落ちてきた。バターン、と体が、床に打ちつけられる音が響いた。それは、ライフル銃を手に持った男の肉体だった。腹を撃たれ、血を流して死んでいる。
「待て!」
と警官が一人の男を追いかける。英明が混乱のどさくさに紛れ、会場を逃げ出したのだ。
 由美子は、静まりかえった会場を眺めた。会場の様子は一変してしまった。客の何人かは気絶している。床には見るに耐えない暗殺者の死体が転がっている。撃ち放たれた銃弾によって割れたシャンデリアの破片は、テーブルや床の上に散乱していた。特大の誕生ケーキは、暗殺者が放った銃弾でぐしゃぐしゃになっている。そして、そのケーキのそばでタキシードを着た男が倒れこんでいた。体中から血を流し、表情は見るからに死んでしまったことを伝えている。
「ライ、ライ、しっかりしろ!」
と叫び、目から涙を流すマラティール大統領の姿があった。

 英明は、メルセデスベンツを猛スピードで走らせていた。後ろから数台のパトカーが、追ってくる。英明は、アクセルを一杯に踏み込んでいる。パーティー会場から駐車場に逃げ込んだ後、パーティーに来るのに使った自分の車に乗り込んで逃走しているのだ。
 夜の街を、猛スピードで走るベンツとサイレンを鳴らしながら後を追うパトカーの集団という光景に道を歩く人々は唖然とした。
 英明は思った。絶対に捕まってはならない。逃げて、逃げ切るつもりだ。地の果てまでも逃げ切ってみせる。すべてが終わりだ。今までのすべてが崩壊したのだ。築き上げた地位や名声が、そして、それらをさらに高める策略も。何もかもうまくいくはずだったのだ。
 明智物産を乗っ取り自分の帝国を築くこと。
 捕まるくらいならば、いっそのこと!
 数十メートル先で渋滞が始まっていた。このまま突っ走れない。英明は、左側に都市高速道路への入り口があるのを見つけた。急カーブで左折をし、高速道路へ入った。パトカーも後を続く。
 ベンツは、料金所に立ち止まることなく突っ走る。夜の高速道路を行くあてもなく猛スピードで走る。
 英明には、後ろから鳴り響くサイレンの音など耳に入らなくなっていた。すると、目の前に二つの分かれ道と各々を示す二つの標識が見えた。一つは、高速道路の出口だ。「この高速道路はここで終わり。一般道へ続く道」と書かれてある。もう一つは、「道路延長工事のため立ち入り禁止」と書かれ、フェンスの門が侵入を塞いでいる。
 せっかく高速道路に入ったのに、もう終わりである。クアランコクは、発展途上国の未完成な都市であることを英明は思い出した。
 そして、この高速道路は来月に道路延長のための工事入札対象となっている場所であることも思い出した。今ある高速道路は、クアランコク市内だけを結ぶものだ。いずれは、首都を中心に北へ南、東へ西へと高速道路網をスワレシア国土全体に拡張するプロジェクトがあるのだ。
 英明は、急な選択を迫られた。このまま高速道路を出れば、市街の混雑した道に戻り足止めをくわされてしまう。そうなれば間違いなく捕まってしまう。もう一つは、工事中の道なき道だ。つまりどちらも行き止まりだ。
 ベンツは、フェンスを突っ切った。フェンスは壊れ、左右に吹っ飛び門は開いた。英明は、スピードを緩めずベンツを走らせた。道は、整備がまだされてないためがたがたで車体が弾む。
 英明は、一瞬、ふわっと体が浮く感じを覚えた。地面に足がついていないような感覚だ。英明は、戦慄を体全体で感じ取った。

 ベンツは、途切れた高速道路から宙へ放たれた。十メートル以上の高さから飛び降り、地面に車体が叩きつけられた。ボンネットから火花が上がった。すぐさま、火は車体全体を包み込んだ。
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 ボーンと大爆発が起こる。空高く破片と火の粉が飛び上がった。
 何もかもが、粉々に焼き砕かれた瞬間であった。

Part 23へつづく。
by masagata2004 | 2008-01-10 21:54 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

小説で地球環境問題を考える Part 21

地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 20を読んでください。


 真理子が、驚いて叫んだ。だが、由美子は、真理子の姿など目もくれず、英明に話しかけた。
「由美子さん、これは、これは。あなたも明智物産の一員として開発の現場をきちんと見届けに来たのですね」
 薄気味悪い微笑みを浮かべながら、英明は由美子を見つめ言った。
「開発なんかさせないわ。社長の娘の私が命令するわ。直ちにこの工事をストップさせて」
 由美子は、怒鳴り声で言った。
 バターン、とまた大木が切り倒され地面に叩きつけられる音が響いた。由美子は、まじまじとその光景を眺めた。目から涙が溢れ出そうだ。
「お父様が、そうなさるよう、あなたに伝えたのですか?」
 石田にそうきかれ由美子は黙っていた。
「ほほう、娘であっても、あなたには何の権限もないことを分かっらっしゃるようですね」
 英明は、あざ笑い、リムジンに乗り込もうとする。
「待って、前に言った条件なら、この場で工事を止められるの?」
と自分でも思わぬことを由美子は、言ってしまった。
 英明は、サングラスを外し、まじまじと由美子の方を見つめる。
「条件を飲むのであれば、話しは実に早い。でも、あとで気が変わったは、なしですよ。いつだって工事は再開できるのですからね」
 英明は、現場監督をするスワレシア人に近付き、話しかけた。
 それから数分後、当たりは静まり返った。鋸の音もしない。ブルドーザーもクレーン車もトラックもその場で休停止した。
 由美子は、英明とリムジンに乗り込んだ。リムジンは、エンジンを点火させると、クアランコクに向け発車した。
 真理子は、親友に話しかけることもできず、呆然と由美子と英明がやり取りをするのを眺めていた。二人の間に何だかの取り決めが交わされ、そのことが事態を治めたらしいが、真理子には、それが何であるのか皆目、見当がつかなかった。


 クアランコク・パレス。ホテルの最上階スイートルーム、英明の滞在している部屋に由美子は、英明と二人っきりでいた。由実子は、実に不愉快な気分であった。だが、これも、いかしかたない成り行きであることは十分承知していた。
 英明は、言った。
「私たちが、結婚するとなれば、お父様がまずお喜びになるでしょう」
「今、父は生死をさまよう重病なのよ。娘の結婚を祝福する元気なんてないわ」
 由美子は、苦々しい口調で言った。英明に伝えたくないことを言ったのだ。
「そのことは知っていますよ」
 由美子は驚いた。このことは健次や家族と一部の病院関係者しか知らないことのはずだったのだ。どこから漏れたのだろうかと考える前に、
「じゃあ、すぐにでも見舞いに行ったら。あなたにとっては、とても大切な人なんでしょう。明智物産の社長で、わたしの父親よ」
「ええ、行こうと思ってますよ。私たちの結婚が成立したあとに二人で。その方がいいでしょう。きっとお父様も元気を出します」
 由美子は言い返す言葉がなかった。 
「さあ、さっそくですが。結婚するという証が欲しいですね」
「何が欲しいの?」
と由美子が言った瞬間、英明が由美子の肩を抱き寄せた。お互いの顔を接近させる。キスをするつもりだと由美子は思った。
「やめて!」
と言ったとたん、英明は、由美子の肩をさっと突き放した。
「キスなんて、珍気なもの要りませんよ」
そう言いながら、薄笑いを浮かべる。そして、立っているそばの机の引き出しから一枚の薄い紙切れを取り出した。
「これですよ。これに署名をしてください。これで私たちは、正式な夫婦です」
と出されたのは、日本から持ってきた婚姻届の書面だ。すでに「石田英明」の署名はされ、印鑑も押されている。
 由美子は思った。自分は、何とも愚かしいことをしている。英明は、この時のためすべての準備を整えていたのだ。英明が、ただ自分を利用しようとしていることは分かっている。結婚をさせ、獲得した夫の地位を利用して明智物産を乗っ取ろうとしているのだ。従うだけ損だ。だが、このままでは、あの森は破壊されなくなってしまう。地球から美しい森がまた一つ消され、森の先住民ペタン達は住む場所を奪われる。
「分かったわ。署名をするわ」
 英明は、さっとペンを差し出した。由美子は、殴り書きで署名をした。自分がいかに愚かなことをしているかというのは、はなはだ分かっていた。だが、これは今、現在においての非常手段なのだ。
 英明は、すぐさま婚姻届を取ると、背広のポケットから印鑑を取り出した。「明智由美子」と彫られた印鑑だ。それをさっと婚姻届の由美子の署名の横に押した。
「どこでそんな印鑑を作ったの」
と由美子は、驚いてきいた。
「夫が妻の印鑑を持っいてはいけませんか」
 澄ました顔で英明は答える。そして、英明は、婚姻届を壁にとり付けてある金庫へと持っていった。プッシュボタンのついた金庫の暗唱番号をとんとんと押す。由美子は、その様子を観察した。
「さあ、これからどうしますかな。さっそくハネムーンにでも向かいますか。この辺はまさにハネムーンにはもってこいのところですよね。南国のパラダイスと呼ばれるところでリゾートもたくさんあります。実にいいところに仕事に来たものですよ。そう思いませんか?」
「あなたの下らない会話には付き合ってられないわ。お父さんが心配だから日本にさっそく帰らしてもらうわ」
「日本に帰るのは、明日にして下さい。私たちは今夜、大事なパーティーに招待されているのですよ。明智物産の代表者が出席しないと、これからのビジネスに響きます。お父さまのためにも・・・」
 英明の話しなど聞かないふりをして由美子は、スイートルームの玄関ドアに向かった。廊下へ出ようとした。はっと、ある人物と顔を合わせてしまった。それは、背の低いスワレシア人の老人だった。どこかで見たようなことのある顔だった。男は、由美子に挨拶などすることもなく知らん顔で、さっさとスイートルームに入った。由美子は、さっと廊下へ出た。
 由美子は、男が誰であるのか、とっさに思い出した。通産大臣のライ・グーシングだ。大統領のマラティールと会ったときに初めて見たのを思い出した。
 ふと、思った。なぜ、こんなところに。なぜわざわざ英明の泊まるホテルの一室を訪ねてきたりしたのか。なにも会うのなら、オフィスでいいのではないか。相手は大臣だ。そんな大物が、英明に会うのに、わざわざホテルの一室を訪ねるてくるのであろうか。それにあの大臣が、一人で来たようだし、普段なら、警備の者が付き添って来るはずだが。実に妙だと思った。
 由美子は、スイートルームの玄関ドアが、完全に閉まっていないのに気付いた。あの大臣、自分を見て慌てていた様子だった。それで、ドアをきちんと閉められなかったのでは。きっと誰にもここに来ることを知られたくなかったのだ。と由美子に思索がよぎった。
 由美子は、おそるおそるドアを少しずつ開けた。中から二人の男達の会話が小さい響きだが漏れて聞こえてくる。何を言っているのかはっきり分からないが二人とも英語を使って話し合っているのは確かだ。二人は、玄関ドアから離れた別室にいるようだ。由美子は、足を忍ばせ、そっとスイートルームに音を立てずに入っていった。
 ふと目の前にある机の上に何気なく置かれているものに目が留まった。それは、手で持てるサイズのICレコーダーだった。英明のようなビジネスマンが、秘書に用事を伝えるために録音するものだ。
 由美子は、それをとっさに手に取り、録音のスイッチを入れた。ゆっくりと音を立てないようにライ通産大臣と英明のいる部屋のドアに近づいた。そして、ゆっくりと音を立てないようにノブを回し、わずかに開けた。ICレコーダーをその隙間に差し込んだ。
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「今回は、こちらの急な頼みを呑んでいただきましてありがとうございます。まあ、とりあえずは延期ということになりましたが、来月の末までには建設を再開いたします。しかし、あなたが予定を早めて工事をする許可をくれたおかげで愚かな環境保護の連中を圧巻させることが出来ましたよ」
「いえ、いえ、いつものことですよ。そちらからは、それ相応の報酬を受け取っているのですから、私としては当然の行為と言うものでしょう」
 英明とライ大臣は、テーブルで向かい合って座っている。英明の席の前には、アタッシュケースが置かれていた。
「ところで、これが今回の報酬です。この中には、来月行われる高速道路拡張工事の入札における、明智物産の落札手続きの分も含まれております」
 英明は、得意気に言い、アタッシュケースを開けた。その中には、何本もの札束が敷き詰められていた。
「さっそく目を付けられましたな」
 ライは、にったりと薄笑いを浮かべ言った。
「ええ、まともなやり方で競って、最初の高速道路建設をアメリカの業者にやられましたからね。やはりあなたに頼むべきでした。今回のダムといい、あの世界一の超高層ビルといい、通産大臣のあなたに頼めば何だってうまくいく。こんなにしていただいて感謝したくてもしきれないくらいですよ」
「私は、資金が欲しいだけです。何としてでも、私が、来月に行われる選挙で勝ち、次期大統領の椅子に座るのです。あの男は、ずうずうしくも、またあと五年も大統領の座に居座りたいのです。さんざんいままで私を使っておきながら。私だって、あの男と同じように大統領の座を目指していました。それをあの男、でしゃばりおって、自分に任せればこの国は治まるんだと。私は、閣僚の座で満足すべきだと言いくるめ続けて、あの男とは若い頃からの付き合いでしたが、昔はこの国を変える共通の意志を持った同志だと捲し立てておきながら、死ぬまで自分がトップの座にいたいと考えているんだ」
 ライの顔は、みるみると紅潮していた。英明は、紅潮したライの顔をじっと眺め言った。
「資金というのは、選挙支援のためと、私に紹介してくれたあの組織の連中に支払うやつですよね。選挙の勝利を確実にするために」
 英明は知っていた。マラティールの人気は、絶大だ。政治手腕は見事なもので、この国を発展へと導いたのは、マラティールの力があってのことだったのは誰もが認めることだ。国民から絶対的な人気を勝ち取っている。マラティールが続投する限り、まともな対抗馬などあり得ない。となると、ライ・グーシングが大統領の座を手にするには、ライバルのいない選挙に出馬するしか手はない。マラティールが出馬しないのであれば、大統領の右腕として長年通産大臣を務めてきた彼しか後継は務められないと国民の多くは思うだろう。
 ある組織、この国の影の世界を支配する組織が力になる。彼らにライバルを消すことを頼むのである。英明もその組織に頼みごとをした。結果は期待通りにはならなかったが。
「あんたには、関係ないことだ」
 ライは、「図星だ」といわんとする口調でそう応えた。英明は、思った。こんな背が低く、不細工な老いぼれ男が、一国の大統領になるだと、実に滑稽だ。だが、なってくれるとありがたい。そうなると今まで以上に、大規模プロジェクトの落札が自由になる。
「大統領に昇格された暁には、私どもで盛大の祝杯を挙げさせていただきますよ。多分、その時には、私の結婚祝いと明智物産社長就任祝いも合わせてのことになりますけどね」
 英明は、満悦の笑みを浮かべ言った。通産大臣は、領収書にサインをしているところだ。これは、お決まりの手続きだ。賄賂を受け取ったという証拠を相手に作らせるのだ。それにより、相手が決して自分を裏切ったりできないようにするためだ。
 ライは、英明に署名入りの領収書をさっと手渡した。
「ミスター・イシダ、これで取り引き成立です」
「今夜、パーティー会場でまたお会いしましょう、ミスター・ライ」
 ライと英明は、椅子から立ち上がった。部屋から出ようとする。
 由美子は、急いでリビング・ソファの影に身を縮め隠れた。
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こっそりと隙間から様子を伺う。
 まず、ライが部屋から出て来た。そして、英明が出てきた。ライは、そのまま歩き玄関ドアまで行きドアを開け黙って出ていった。
 英明は、壁にとり付けてあった金庫の前で立ち止まった。暗唱番号を押し、金庫を開ける。ライから受け取った領収書を中に入れると金庫を閉じた。
 由美子は、立ち上がろうとした。英明と対決するのだ。手に持っている収賄場面を録音したこのICレコーダが武器だ。
 プルルル、プルルル、と電話の発信音が鳴った。英明は、受話器を取る。
「ハロー、ああ、君か」
 英明は、しばらく相手の話しに聞き入っている。
「ほう、なるほど。やはり、あんたたちに大統領暗殺を頼んだか。それも、今夜のパーティーで実行するとは大胆だな。もっとも私には関係ないが、前に頼んだ安藤という男の件のように失敗するんじゃないぞ。確実に仕留めることを祈るよ」
 英明は、受話器を電話に置いた。さっと自分の腕時計を見る。何か用事を思い出した様子でスイートルームを出ていく。
 由美子は、部屋に一人っきりになった。立ち上がり、気を静めた。自分は、今まで知らなかった恐ろしいことを知ってしまった。あの英明が、人殺しにまで手を染めていたとは。冷血漢であることは分かっていたが、そこまでするとは思わなかった。恋人の健次に狙いをつけていたことには、唖然としていた。
 そして、賄賂だ。これには父、清太郎も関わっていたのだろうか。父が命令を送り英明にさせていたのでは。父も強欲な実業家だ。賄賂ぐらいのことはしても不思議ではない。
 父は、かわいそうな人だ。それがはっきりした。もっとも信頼していた部下に裏切られ、自分の築き上げた会社さえも奪われようとしている。自分の娘は、そのために利用されているのだ。
 英明は、父の死後、社長に就任するつもりなのだ。結婚の暁に株式の贈与も約束されているはずだ。ダム建設は、もちろんのこと再開する。もしかして、会社を完全に乗っ取るため、自分の相続財産を配偶者として受け継ぐため、自分を殺すかも。由美子は、背筋のひやっとする恐怖を感じた。
 しかし、同時に自分と父を利用して自らの欲望を満たそうとする英明に対し激しい憎悪を覚えた。
 由美子は、金庫に向かった。暗唱番号は、英明が押すのを見ながら記憶した。プッシュボタンを押し、金庫を開けた。中には、札束が幾本かと二つの紙切れが入っている。一つは、英明が入れたライ通産大臣署名の領収書だ。由美子は、それをまず取り出した。そして、もう一つは、英明と自分の結婚を法的に立証した婚姻届たる書面だ。
 由美子は、婚姻届を取り出すと、両手で激しく破った。細かい紙片は床に散った。そして、次なる行動に出た。
 由美子は、電話の受話器を取り上げた。
「ハロー、オペレーターですが」
「クアランコク検察庁につないでください」
と由美子は力強く言った。

Part 22へつづく。
by masagata2004 | 2007-12-25 23:38 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

小説で地球環境問題を考える Part 20

地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 19を読んでください。

次の日の朝

 ダム建設予定地前では、デモが続いていた。昨晩からテントを張り、立て篭っていた人々が起き上がり、デモを再開した。アジア人、白人、黒人と肌の色は様々。国籍もスワレシア、日本、アメリカ、イギリス、フランスからなどと同じく様々であった。そのデモ隊の前には、警官隊が睨みつけながらずらりと並んで立っていた。
 彼らの掲げるプラカードには、「自然破壊反対」、「熱帯雨林は地球の資源だ」、「先住民を追い出すな」などと書かれていた。
 デモには、近くに住む村民も参加していた。彼らは、「我らの住みかと農地を奪うな」というプラカードを掲げ、自らの生活に密着した切実な思いを訴えていた。
 人々は、叫んだ。
「我々は、計画が中止になるまで決して屈しない!」
 昨日からすでに警官隊も来ていた。デモ隊と警官隊は、お互いにずっとにらみあいを続けている。
 デモ隊の中に一人の日本人女性がいた。この事件を世界中に伝えた雑誌記者、塚原真理子である。ニューズマンツリーのおかげで、事件は世界中に広まり、各国の環境保護団体の関心を引くことになった。
 真理子は、沸き上がる興奮を抑え切れない状態だった。自分が伝えた記事によって世界中の人々が反応している。もしかしてダム建設も中止にできるかもしれない。自分の振るった筆の力によって、世の中を変えることになるかもしれない。自分は、立派なジャーナリストの使命を果たしている。今までにない満足感を感じていた。
 ふと、ガタガタという大きな雑音が、遠くから聞こえてきた。真理子は、音の聞こえる方向を向いた。何台ものトラック、クレーン車、ブルドーザーが向かってくるのが見える。何事だろうか。真理子は、怖くなった。戦場で戦車の大群を見ているような気分だ。
 トラックとクレーン車とブルドーザーの大群は、デモ隊ぎりぎりまで迫ると、すっと止った。停まって静まり返ったと思うと、辺りに砂埃が舞った。
 人々は、圧倒され数歩ぐらい体を後ろに引いた。何事だと、皆そわそわしだした。クレーン車とトラックとブルドーザーのずらりと並んだ姿は、なんとも異様であった。砂埃がおさまり、よく見るとこれらの大型車の集団と共に、黒いリムジンが止まっていた。リムジンは、クレーン車などを背にして、この不気味な集団を引っぱる先頭を担っているみたいだ。
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 リムジンの運転席から、制服を着た運転手が出ると、後部座席のドアを開ける。
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サングラスをかけ、ネクタイと背広をまとった背の高い紳士が姿を現した。
 真理子は、この男を見たことがあった。写真で知っているのだ。新聞の経済欄に、よく載っていた顔だ。明智物産の若くやり手の副社長である。親友の由美子が話していたことも思い出した。
 英明は、車を出たかと思うと、すぐ横に止まっていたトラックの荷台に上がった。そして、スーツ姿をまとったスワレシア人の部下が続いて上がった。部下は、手にメガホンと金属製の大きなケースを持って、重そうな足取りだ。
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 荷台に上がった英明と部下は、デモ隊を見下ろした。デモ隊は、二種類の集団が合わせもってできている。一つは、自然保護を唱える環境保護団体。もう一つは、生活を守ろうとする村民達。なぜか二つの集団は、どちらも同じスローガン、ダム建設反対を唱えているはずなのに右と左で分かれて立ち並んでいる。
 無理もないのかもしれない、と英明は思った。二つの集団は、コミュニケーションに使う言葉もデモを行う目的も違う。右にいる環境保護団体の輩は主に英語を使い、目的は美しく尊い熱帯雨林を守ろうという人類理想の実現だ。片一方の左の集団は、自らの生活を守って行こうという切実なもの。全くの好対照だ。森を守ろうという熱意は同じなのだが、その熱意の湧いてくる源が異なる。
 英明は、部下からメガホンを取り、英語で叫んだ。
「皆様、私は、ヒデアキ・イシダと申しまして今回のダム建設事業を執り行う明智物産を代表する者です。皆様に私どもの事業内容に対する理解を求めにやって参りました」
 そばにいたスワレシア人の部下は英明から手渡されたメガホンを取ると、村人にも分かるスワレシア語に訳して英明の言ったことをそのまま伝えた。
 人々は、静まりかえって聞いている。だが、目だけは、トラックの荷台に立つ二人をにらみつけている。
 相変わらずの企業お得意の弁解が始まったと、真理子は思っていた。
「今回の事業は、この国スワレシアの産業発展のためであり、スワレシア政府から奨励を受けたものであります。これは皆様のためでもあるんです」
「何がみんなのためですって! 地球にとって貴重な熱帯雨林を破壊して、そのうえ、この近くに住む村の人達の生活を危険にさらすことまでして、何が皆のためですって」
 真理子は怒りに口を震えさせながら言った。
 英明は、真理子を見下ろしながら、話し続けた。
「村民の方々には、それ相応の保障をいたします。また、この発電所が完成しました折には、優先的に村民の方々をこちらで雇わさせていただきます」
 スワレシア人部下が通訳したこの言葉が、放たれたとたん、村人側の集団がざわめき始めた。
「今ここに保障金を用意しています。直ちに受け取れます。一人当りこれだけを差し上げます」
 そう言いながら、英明は、金属のケースを開け、そこから分厚い札束を手につかみ、天高らかと挙げた。
 わあっと、どよめきが村人の集団から起こった。人々が、トラックの荷台にかけ寄ってくる。真理子は、不安になってその光景を見つめた。
「保障金をいただこう。それから、あんた達の所で働くよ。きちんとした給料がもらえるんだろう」
 真理子の不安は、当たった。ここの村の人々の生活は、決して豊かとは言えない。農業でなんとか、日々最低限の生活を切り盛りしている人達ばかりだ。天候不良など、自然の気紛れに振り回され、安定した収入が常に望めるとは限らない。そこに、ダムの発電所という一定の給料が保障される職が得られるのであれば、願ってもない話しだ。今までの生活を脅かされる被害者としての憤りは消え去り、今は、この朗報に飛びつくことで頭が一杯になったようだ。
「やめて、お願いだからプライドを売ることなんてしないで!」
とスワレシア人の少女が、トラックの荷台に群がる村人に現地語で呼びかける。その少女は、スワレシア語で話しかけている。身なりがよく裕福な育ちらしく、村民の娘ではないらしい。環境保護団体の集団から出てきた少女だ。
 少女は、必死に呼びかける。少女は、トラックに向かって歩く村の若い男の行く手を遮った。すると、若い男は、少女に言った。
「あんたのようなお嬢様育ちに、俺たちの気持ちが分かってたまるか!」
 若い男は、さっと少女の体を押し倒して前に進んだ。真理子は、彼女に近づいた。
「ねえ、大丈夫。さっきの人ひどいわね」
と真理子は言いながら、彼女に手を差し伸べた。
 だが、少女は、真理子の手を振り払いにらんだ。
「あなたたちのせいよ。外国から来たあなたたちが、この国の自然を荒し回ることをしたりするから! あなたたちが来る前は、この国には、たくさん自然があった。きれいな森がたくさんあったのに、どんどん壊されていった」
 少女は、涙を流しながら英語で話す。真理子は、何も言い返せなかった。
 真理子は、トラックの荷台の上で次から次へと村人に保障金を渡す英明をにらんだ。英明は、金を渡しながら薄笑いを浮かべている。真理子は、英明に向かって叫んだ。
「あんたって人は、卑怯者だわ。貧しい人達の弱みにつけ込んで。今、こんなふうに保障金やってるけど。ダムができれば一切面倒など見ずほったらかしにする企みでしょう」
 英明は、聞こえない振りをした。そして、次なる行動へと移った。メガホンを手に取り、口に当てると叫んだ。
「作業開始!」
 そのかけ声と共に、ブルドーザーが動き出した。クレーン車とトラックも動きだした。森の木のそばまで近づくと止まった。トラックから何人もの作業員が降りてきた。手には、電気鋸を持っている。ギーっと、モーターを回す音が鳴った。
「何をするつもりなの! 建設開始日は、まだじゃない」
と真理子は、叫んだ。
「予定を急遽早めました。通産大臣から認可も取っています」
「何ですって! 計画を直前になって発表すると思ったら、予定を早めるなんて。それも地元の人達の承諾なんか一切取らないで。汚いわ!」
 真理子は、頭の中が煮えくりかえっていた。この場でこの男を殺してやろうとさえ思った。
 環境保護団体の中から、何人かが、鋸を持った作業員にぶつかっていった。警察官がすぐさま押さえつける。だが、また続いて何人かが無謀な行動に出る。警官は、またすぐに彼らを取り押さえる。そんないたちごっこのような格闘が続いた。
 しばらくすると、ガリガリっと、いう木の裂ける音と共に、一本の木がずどんと地面に叩き落とされた。フタバガキの巨木だ。作業員が、縄を大木にくくりつけ、縄のつながったクレーン車が、その木柱を持ち上げトラックの荷台に運びこむ。
 皆、悲痛の想いで、その光景を眺めた。警察官が、メガホンを持って叫ぶ。
「皆さん、工事の邪魔になりますので、直ちに立ち退いてください。これは、命令です」
「そんな命令、屈するものか!」
とヒッピーのような出立ちをした長髪の白人男性が叫んだ。「GREEN PEACE(グリーンピース)」という文字のプリントがされたTシャツを着ている。
 パーンという銃声が当たりに響き渡った。銃は、上空に向かって撃ち放たれた。グリーンピースの長髪男は、その場で腰を抜かし倒れこんだ。仲間が、彼の肩を持ち上げ立ち上がらせようとする。
 ついに銃声まで鳴ったかと、人々は事態の変化と自らの心境の変化を感じ取ったのか、硬直状態に陥り、叫び声を止めた。
 しばらくすると、環境保護団体の集団がぞろぞろと、その場を引き上げ始めた。人々は、深刻な事態に陥ったことを悟り、同時に興醒め感も感じ始めていた。情熱が恐怖によって打ち消されたことを痛感させられたのだ。
 どんどん、人の数が減っていく。村人達の方は、金を貰いほとんどが、消え去ってしまっていた。
 真理子は、この光景を呆然と眺めていた。所詮は、これが現実である。どうにもならないのだ。金と武器で攻める国家権力の前には、一般市民は無力な羊でしかない。何の抵抗力も持ち合わせていないのだ。結局は力に屈し、いずれここに計画通りの発電所が建てられることになる。似たようなことが世界各地で起こっているのだ。これが悲しい現実というものなのだ。
「英明さん、やめて。すぐにこの工事を中止させて!」
と一人の若い女性が現われ言った。そばにタクシーが止まっており、そこから降り立ったところだった。リムジンに乗り込みその場を去ろうとする英明に話しかけたのだ。
「由美子!」

Part 21へ続く。
by masagata2004 | 2007-12-14 21:38 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

小説で地球環境問題を考える Part 19

地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 18を読んでください。


 数十分後、健次は、由美子に今まで自分の身に起こったことをすべて話した。あの日、夜遅く見知らぬ男達に森に連れ去られ、そこで、コブラに噛まれたが、森の原住民に助けられ、解毒作用のある薬草を飲まされ命を取り留めたこと。その効果からその草の研究を始めたこと。そして、びっくりすることに草の成分に癌を治療する効用が見られたということ。だが、そんな折に研究所に火炎瓶が投げ込まれ、銃撃まで受け、一緒にいた親友の堀田が重傷を負ってしまう目に遭ったこと。
「信じられない。健次と堀田さんがそんな目に遭ってたなんて! それで堀田さんは大丈夫なの?」
「ああ、危険な状態は脱している。あとは回復に向かうだけだ。彼の奥さんと家族も駆けつけている。命を狙われた銃撃事件ということもあって現地の警察もあいつに厳重な警備をつけている」
 由美子は、自分と関わる人間がやたらと災難に巻き込まれていることにショックを受けた。誰も彼もだ。しかし、落ち込む暇もなく立て続けにことは起こっていく。それが、腹立たしくやるせない。
「そんなことより、由美子。この薬草を試してみたいんだ。親父さんを人体実験に使うようだが一か八かの勝負だ。これを飲ませるだけでいいんだ。薬理学者の俺が保障する。何だかの効果があるはずだ。この草には、そんな魔力が存在すると思う」
 由美子は、言った。
「いいわ。健次、お父さんに話してみるわ」

 由美子は、ベッドに横たわる清太郎に話しかけた。父親は苦しそうな表情をしている。病状が悪化の一途をたどっていることを物語っている。
「お父さん、私の友人の健次さんが、薬を作ったの。とっても不思議な薬なの。薬理学者の彼がいい効果を保障出来るっていうくらいよ。実際はどうなるか分からないけど、希望にかけてみたいの。もしかして、お父さんの命がほんの少しでも伸びることにでもなれば、それだけでも素晴しいことと思うわ。ねえ、試してみて」
 清太郎は、かすかに微笑み、うんっと首を縦に振った。

 主治医である野村院長は、あくまで患者との同意で行う民間療法としてなら、何が起こったとしても主治医と病院側が一切責任を負うことはないので許可するということだった。飲み薬ならば、注射と違い、厚生省の認定を受けた薬以外でも、投与しても違法行為とはみなされないのだ。
 健次は、草をまぶし水に溶かした液を清太郎の口に運び、ゆっくりと流しこんだ。清太郎は、精一杯の力を出して飲み込んだ。そして、しばらくすると眠りに入った。
 健次は言った。
「由美子、これから先おまえの親父のことは、俺に任せろ。今日初めて会った人なのに、任してくれっていうのはずうずうしいけどな。俺が薬を渡した以上、責任がある。それに今診ているのは俺にとっても、おまえと同様大事な人だ。だから、これからスワレシアに戻るんだ」
「え、そんな、お父さんをおいて行けっていうの?」
「由美子、スワレシアでは、おまえにとっての大事な戦いが始まっているんだろう。さっきテレビを見ていたおまえの姿で、そう分かったんだ。おまえは行くべきだ。戦いに参加すべきだ。おまえがリーダーになり、敵を圧倒させるべきだ。今行かなければ、他に行けるチャンスはないはずだろ。君の親父のことは俺が責任を持って面倒を見る! 俺たちは一心同体だ。だから俺がここにいればいいんだ」
 由美子と健次は、見つめ合った。そして、二人は強く抱き締めあった。
 由美子は、思った。確かに今しかチャンスはない。発電所建設工事は、あと二週間もすれば始まってしまう。由美子は、時計を見た。急いで成田に行けば、今日中にスワレシアに戻れる。
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Part 20へ続く。
by masagata2004 | 2007-11-19 22:42 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

小説で地球環境問題を考える Part 18

「ミスター・イシダ、大変です」
と秘書がドアを開け、書類を読んでいた英明に駆け足で近寄ってきた。手には雑誌を持っている。
「どうしたんだ。突然、ノックもせず入って来て、何事だ」
「この記事を読んでください」
 秘書は、雑誌を手渡した。ニューズマンツリーという有名なイギリスの雑誌だ。この雑誌は世界中で読まれている。英明は、不安を覚えながら、さっとページを開き、その英文の記事を読んだ。記事のあるページには、見覚えのある場所の写真が載っていた。
 英明は青ざめ、仰天した。
 記事の見出しは、『スワレシア政府と日本企業の企む環境破壊と人権侵害』だった。
 その日本企業の名前は、アケチと実名で記されている。ダム水力発電所建設計画に関係して起こった様々な出来事がこと細かく記述かれていた。
 そもそもが計画の発表が建設予定日の二ヵ月前という突拍子もない時期であったこと。周辺に住む地元住民の反対集会を政府が力で抑え込み中止させたこと。周辺住民や森の中に住む原住民を無理矢理立ち退かせようとしていること。また、膨大な面積の熱帯雨林が伐採される運命にあり地球にとってはかけがえのない自然の宝庫が失われていくことなどが事細かに記されていた。
 記事の内容は、明智物産にとっては、とんでもないイメージダウンとなるものだった。国際的批判を受け、これからの業務に支障をきたすことは間違いない。
 だが、まさかダム建設が中止にはなったりするまいと英明は思った。
 反対など、最初から予想されていた。だからこそ、ぎりぎりになって計画を公表したのだ。莫大な金がすでに動いている。明智物産は、スワレシア政府から、巨額の建設費用を受け取っている。そして、、明智物産は、あの通産大臣に、自分を通して莫大な賄賂を渡したのだ。
 日本国内の事業では慣例としてきたことだ。役人に賄賂を渡し、自分達の企業に便宜を図ってもらうこと。公開入札などと称しながらも、落札できる相手は事前に決まっている。日本企業は、外国に出ても、同じことをやるのだ。今度のダム建設入札も、そのいつものありきたりのやり方で仕上げたことだ。
 とんでもない事態が起こるようであれば、あの通産大臣にまた頼もう。あの男は、金を渡せばどんなことでもやってくれる。この事業は、何としてでも成功させなければ。これらすべて会社のためだ。いずれ自分のものとなるあの会社のためなのだ。
 ドンっと、男が入って来た。スワレシア人の部下である。
「ミスター・イシダ、大変です。建設予定地の周りで地元住民と環境保護団体のデモが行われています」
 英明は、体が震えた。怒りで体が震えたのだ。環境保護団体とは、英明が、この世でもっとも軽蔑視する集団だ。彼らは、無知で妄想に取り憑かれた理想主義者たちだ。自然保護などという文句を使って、会社の事業の邪魔を徹底してしたがる。そして、利益追及で生きている資本家を悪魔呼ばわりする。自分達が、この世で唯一の正義漢とでもいいたげな顔をする。もっとも一番の悪魔は、奴らだ。
 自分達の毎日の生活が、どれだけ環境破壊に基づいて支えられているのかまともに知ろうともしない。集会に行くのに乗る車、それが出す排気ガスが、どれだけ大気を汚染しているか。熱帯雨林の伐採反対だと、その伐採された木で作られた家具のある家で普段は優雅にくつろいでいるくせに。
 どの道、奴らはただの愚か者でしかない。一つの建設事業が波及する経済効果というものは、多大なものだ。周辺の住民には職を提供出来る。スワレシアの産業は、膨大な水と巨大な発電源を手に入れることによって、さらなる発展を遂げることになる。周辺の住民には、優先的にダムでの職と当面の保障金を提供する。貧しい農村暮しより、ずっと割りのいい給料がもらえるのだ。反対する気などすぐに失せてしまう。環境保護団体は、祭りで騒いでるように「反対、反対」を唱えるだけ。いずれは飽きて立ち去るだろう。
 英明は、スワレシア人の部下の方を向いて言った。
「君、すぐにブルドーザーとその他、伐採のための準備を指示してくれ」
「しかしまだ、建設開始日には、間がありますが」
「待ってなんかいられないさ。愚か者どもにさっさと現実を教え込ましてやりたいんだ」
 英明は思った。これはいい機会だ。どうせなら派手にやろう。派手にやって世間の注目をこれまで以上に集めるのだ。そうすればあの女、由美子は正義感に苛まれ、解決策として自分と結婚するしかないことを思い知るだろう。

東京 野村総合病院の特別室
 丸二日間、父に寄り添い、さすがの由美子も疲労困憊であった。
 由美子は、弱りきった父、清太郎の姿を見て、これまでになく胸が詰まる思いだった。守ってやれるのは娘である自分一人しかいない。こんな頼りない自分しかいないのだ。
 バンっと、病室のドアの開く音がした。由美子は、仰天した。
「健次、あなたどうしてここに?」
「大事な彼女が苦しんでいるんだ、すっ飛んで来たくなるさ」
 健次は、由美子を真剣な眼差しで見つめ言った。
 由美子は、涙がこぼれ出た。そして、さっと健次に抱きついた。
「健次、わたし、辛いわ。今まで自分は世間のこと何にも知らず、お父さんに頼りきりになって生きていたの。そして、今は、お父さんに何にもしてやれない。何をすればいいのかさえ分からないのよ」
「由美子、安心しろ。俺がついている」
 健次は、涙で顔の濡れる由美子を抱き寄せた。
「う、う、、由美子、由美子」
と清太郎の弱々しい声が聞こえた。毛布から手を伸ばしている。
「お父さん、どうしたの、私よ」
 由美子は、さっと清太郎の手を取り握った。
「由美子、すまない。もう駄目だ。おまえには、あの会社を残す。英明君と助け合ってやってくれ。」
「お父さん、私のことや会社のことなんて心配しないで。自分の体のことだけ気遣って。きっと良くなるわ。元気を出して」
「由美子、もういいんだ。わしは、十分生きた。おまえのような娘がいて、すばらしい人生を送れたよ。もう何も悔いはない」
「やめて! そんなこと言わないで。お父さんは死んだりしないわ」
 由美子は、必死に叫んで言った。
「由美子、この人は?」
と清太郎が、健次の方を見つめ言った。
「あ、僕は、由美子さんの友人です。健次といいます。はじめまして。突然の御訪問で大変申し訳ございません」
 健次は行儀よく挨拶をした。
 バタン、とドアが開いた。看護婦と警備員が入ってきた。
「この人です。勝手に私たちを振り切って病室に入ったのは!」
と看護婦が、健次の方を指差して言った。
 警備員が、健次に近づき、腕をつかんで引きずった。健次は、警備員の引きづるまま素直に廊下へ出た。由美子も、引きずられる健次の後をついて行った。
「待って、この人はいいのよ」
と由美子は声をかけ、看護婦と警備員に健次が自分の友人であることを説明し、健次を解き放させた。
「全くもう、大胆なことをするんだから」
 由美子は、怒った表情を見せた。健次と由美子は、病院の廊下の片隅にある小さな待合室に二人きりとなった。
「あいつらには、何度も説明したさ。由美子にとって俺が一番大切な男だって。だが、全然信じてくれなかったんだ」
 由美子は、思わずクスっと笑ってしまった。ここ最近は、笑う気分など全然なれなかったせいか、何とも不思議な気分だった。
「由美子、日本に帰ってきたのは、おまえに会いたいがためだけじゃない。おまえの親父を助けることが出来るかもしれないと思ったからだ」
 由美子は、健次の言っていることが信じられなかった。
「うそ、そんなことができるの? 言っておくけど父は末期癌なのよ」
「そんな大病人さえ治せるかもしれない薬を持ってきたんだ!」
 健次は、着ていたジャケットの内ポケットからビニル袋を取り出した。ビニルの中には、水に浸した数本の草が入っていた。
「これが?」
 由美子は、不可思議な表情でそのビニルの中の草を見つめた。由美子には、ただの雑草としか見えなかった。
「由美子さん」
と野村院長が現われた。
「野村さん、どうしたんです?」
 野村は、何かを由美子に訴えかけるような表情をしている。野村にとって初めて会う健次のことが気になっているのかと思い、紹介しようとしたが、野村は、目の前の安藤のことは気にも留めず、待合室に置いてあるテレビのスイッチを入れた。
「見てください。お父様の会社のことをやっています」
 つけたチャンネルでは、ニュース番組の生中継が放送されていた。マイクを手に持ちながら話すリポーターが、ある場所のデモの様子を背景にして立っている。見覚えのある場所だった。
「私は現在、スワレシアは首都クアランコクから車で二時間のところにあるダム建設予定地に来ています。ご覧の通り、この一帯は熱帯雨の森で、建設に当たっては当然のこと、木々は伐採されます。農業を営む周辺住民や森の中で暮らすペタンと呼ばれる先住民の人々は立ち退きと移住を強制されています。スワレシア政府は、建設計画を実行のほんの二か月前まで隠していたため、突然の発表に住民から怒りの声が上がりました。そして、今その怒りが爆発し、村の住民やスワレシアと日本と欧米の環境保護団体が、反対デモを繰り広げている模様です」
 由美子は、自分が不思議な心の感触を受けているのに気付いた。父の会社が建てるダム建設予定地が、反対デモを受けている。それが、テレビのニュースとして報道されているのだ。こんな素晴しいことはないと、感激しているのだ。戦いの芽がやっと出たことを知った喜びだ。
「由美子さん、大丈夫ですか。立て続けにとんでもないことばかり」
 野村は、心配そうに由美子を見る。由美子は、にっこりと笑い言った。
「私は平気よ。全然、平気だわ!」

Part 19へつづく。
by masagata2004 | 2007-10-26 10:57 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

小説で地球環境問題を考える Part 17

地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 16を読んでください。

 英明は、ホテルに戻り野村院長に電話を入れ、事情を確かめた。  
 しかし、今問題なのは、社長が倒れた原因である癌だ。とても危険な状態であと一ヵ月もてば幸いという。今すぐ死亡ということになれば、ちょっと面倒なことになる。まだ、由美子と結婚していないのだ。あの女と結婚しなければ、明智物産乗っ取りは不可能だ。あの女の夫となり、明智物産の正式な後継者と明智清太郎が生きている内に認めさせるのだ。
 英明は思った。ダム建設をさっそく開始するのだ。あの森に手を加えるのだ。伐採を始めなければ! そのことで由美子に結婚を迫らせるのだ。
 開始予定日までには、あと二週間ある、しかし、こんな事態だ。予定を早めよう。これであの女にプレッシャーを与えることになる。
 あともう一つあった。あの健次という男だ。あの男が邪魔だ! あの男がいるかぎり、由美子は自分と結婚したがらない。健次を直ちに消すのだ。そして、あの男のやっている研究にも何だかの手を加えなければ。何でも癌細胞を殺す薬草を見つけただと、信じ難い話だが、ほっておけることではない。一度殺すチャンスを逃した悔しさも拭いたい。
 英明は、電話の受話器を取った。プッシュホンを押した。この手の問題を解決する現地の組織につながる番号である。
[あんたか。もう一度、あの男をやってくれ。今度は失敗するなよ。手のこんだ真似は必要ない。思いっ切りやってくれればいい」

東京
 由美子は夕食を清太郎のいる特別病室に運んでいた。由美子は、ある決意を胸に秘めていた。もうここまで来たんだ、包み隠さず、何もかもを話そう。父はそれを嫌がるかもしれない。だが、このままでいるのは辛過ぎる。
 由美子は、病室に入った。
「お父さん、夕食よ」
 清太郎は、目を開け体を起こした。由美子は、父のベッドに備え付けてあったテーブルに食事を置いた。
「ありがとう、由美子」
 清太郎は、昨日に比べて、さらにやつれている。箸を取り、黙々と皿の上の食物を取り口に運んだ。由美子は、その姿をじっと見守るように眺めた。
 清太郎は、十分ほどして箸を置いた。出された食べ物の半分も食べてない。
 由美子は、食事をすぐに片付けた。清太郎は、再び目をつぶろうとする。
「お父さん、とても大事な話があるの」
と由美子が言った。
「後にしてくれ、今疲れているんだ」
 清太郎は嫌そうに言った。
「野村先生から聞いたわ。末期癌なんでしょ」          
 清太郎の目がぱちっと開いた。
「どういうつもりだ、そんなこと聞き出して」
と怒鳴るように言った。
「どういうつもりもないわ。わたしはお父さんの娘よ。お父さんのことがいつでも心配なのよ」
 清太郎は、ぐっと押し黙った。父と娘は 、真剣に見つめ合い、沈黙が流れた。 
「全くしょうがないな、おまえは・・」
 清太郎が、溜め息をつきながら言った。
「なら、これでよく分かっただろう。わしがおまえに、急いで我が社の一員となって頑張ってもらいたいことが。将来的には、おまえに明智物産を継いでもらいたい。その助けとして、英明くんとの結婚を勧めていることも。もう、わしの命も長くない。死ねば会社はおまえのものになる。今はまだ、おまえがあの会社を運営するのは無理だ。だから、英明くんの助けを借りて、あの会社を守ってもらいたいんだ。今までおまえのためを思ってあの会社を大きくしてきた。おまえにあの会社をいずれ譲るつもりでだ」
 由美子は、言った。
「お父さんは、私のこと何にも分かっていない」

スワレシア、クアランコク
 研究室の中で、健次は、堀田と一緒にいた 今は、コンピューター画面に目を通している。あの草の成分の分析結果を見ていた。驚くことに、コンピューターでさえ解析不能な未知の成分が数多く含まれていることが分かった。これまでの研究生活の中でこれほどまでに興奮したことはない。
 時計は、午前十二時を指していた。健次は、二日間、飲まず食わずの上、十分な睡眠も取ってない。だが、それが全然苦痛ではないのだ。目の前の新発見にしがみつかずにはいられず、研究室を離れられないのだ。体に疲れなど感じない。むしろ時間が経つごとに、気分が高揚してくるのを感じがする。
「健次、張り切る気分も分かるが、少しは休みを取れよ」
「何言ってんだ。一刻の猶予もないんだぜ。この草は、癌で苦しむ何千万という患者の命を救える。それにあの森をもだ。休んでなんかいられるか。疲れているのなら、おまえは帰っていい。俺一人でここにいる」
 今、この研究室には、堀田と健次の二人しかいない。そして、この研究所の建物の中で、こんな夜遅くまで残っている学者は、この二人だけである。
 堀田は疲れていた。自分は健次ほど体力のある方じゃないと分かっていた。
「じゃ、俺は帰るぜ」
と堀田が言った瞬間、ガッシャーンという窓ガラスの割れる大きな音がした。
 はっ、と驚いた瞬間、部屋の中は火に包まれた。火炎瓶が投げ込またのだ。
b0017892_22374444.jpg

「逃げるぞ!」
と堀田は叫んだ。
 健次は、立ち去ろうとしたが、
「待ってくれ、大事なサンプルとデータが!」 コンピューターのデータをまだ保存していなかった。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう」
「ちくしょう、せめてサンプルだけでも」
 健次は、草の入ったビニル袋を手に取った。さっとドアを開け、実験室を出る。
 二人は、大急ぎで廊下を走った。研究所の火災報知器が鳴り響いた。
 研究所の表玄関にまでたどり着いた。ドアを、さっと開け外に出る。むっとする夜の熱気が二人を包みこんだ。二人が、ふと立ち止まると。
 その瞬間、パン、パン、と何かが炸裂する音が聞こえた。銃声だ。自分達目がけて撃ち放たれたているのだ。
 二人は、また走る。
 パン、パン、銃声はまた続く。銃を持った男達が、暗い夜道から追いかけてくるのが見えた。
 二人は、ひた走る。
 パン、パン、パン、恐怖の音は追いかけてくる。
「うわあ」
と堀田が叫び声を上げ、どてんと倒れた。
「堀田!」
と健次が、はっと振り向くと多量の血を流す堀田の姿があった。銃の弾が当たったのだ。背中から腹部を貫通し、重傷だ。
 健次は立ち止まり、応急処置を施そうとした。だが、銃を持った男達は、容赦なく追いかけてくる。このままそばにいれば自分もやられてしまう。
 ウイーン、ウイーンと、消防車のサイレン音が聞こえた。
 銃を持った男達は、突然現れた消防車を見ると、立ち止まり、もと来た道を折り返すように走り去った。

 一時間後、健次は、国立クアランコク病院の手術室の前にいた。堀田が、救急車で運ばれた直後から、緊急手術が施されていた。
 健次は、恐怖に震えていた。自分も一つ間違えれば、同じ目に遭っていた。そのうえ、命を狙われるのはこれで二度目だ。一体誰が? いったい誰が自分の命を狙っているのか。その上、研究所を火事にまでして、せっかくの実験データを焼失させた。自分達の研究を台無しにさせたのだ。いったい誰がそんなことを? 何の目的で? 健次には皆目、見当がつかなかった。
 そんなことを考えながらも、健次は堀田のことが心配でならなかった。自分のせいでとんでもない目に遭わせてしまったみたいだ。そのことが、胸にどっと、のしかかってくる。気が付いてみると、恐ろしいまでに体が疲れていた。張りつめた緊張感のせいだ。突然、眠気が健次を襲った。
 
 起きると、そこはベッドの上だった。手術室前の廊下の長椅子でなく、朝陽の差し込む病室の中だった。
 いったいどうなったんだと、頭を混乱させていると、一人の看護婦が入ってきた。
「こんにちは、日本の人。昨日は大変だったわね。とっても疲れていたのね。ぐっすり眠っていたわよ。目覚めにはこれを飲むといいわ」 
 看護婦は、にこにこと健次に英語で話しかけた。右手にはコーヒーの香りが漂うカップを持っている。
「いや、どうもありがとう。なんとか、回復したような気がする。ところで、ぼくの友人はどうなりました?」
「ああ、あの人なら大丈夫ですよ。撃たれたところは急所を外れてましたし、手術は成功して、何とか危険な状態は脱しました。まだ、あなたの何倍も休息が必要な身ですけどね。とにかく、命は取り留めたんだから安心してください」
 看護婦は、にこにこしながら言った。健次はコーヒーを受け取ると、ぐいっと飲み込み目をぱっちりと開けベッドから飛び出した。。
 健次は、堀田のいる病室に向かった。病室の前には、警察官が一人立っていた。それは、護衛のためだった。健次が、警官に自分のことを話すと、すぐに病室に入れてもらえた。
 堀田は、青ざめた顔で、じっとベッドに横たわり体には点滴用の管を何本か注射させられていた。だが、健次を見ると、目をぱちりとさせた。
 健次は言った。
「すまない、堀田、こんなことになってしまって。よく分からないが、どうやら俺が原因みたいなんだ。おまえは、運悪く巻き込まれてしまったみたいでな」
 堀田が口を開けた。小さく枯れた声を出す。
「大丈夫さ。俺のことより、それよりもおまえは大丈夫なのか。ここにいてはかえって危険じゃないのか。日本に戻った方が安全だ」
「何言ってんだ、堀田! 今、おまえのことをほっておけるわけないだろう」
「お、俺は大丈夫と言ってるだろう。どうだ、彼女に会いに行ったらどうなんだ。彼女のことが心配だろう。お父さんが大変なことになっているのならなおさらのことだ。何か役に立つかも知れない」
 堀田は、そう言いながら真剣な眼差しを健次に送る。
 健次は、片手に薬草のサンプルを入れたビニル袋を握り締めていた。

Part 18へ続く。
by masagata2004 | 2007-10-25 22:38 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

超短編小説 グローバル・ストーリー

これは、グローバル化に蝕まれる地球の現状を表した小説です。

主な登場人物は、グローバル企業の社長、シングル・マザーとその息子、ある貧しい国の地主、その地主の小作人で工場で働く労働者たち。

世界で最も豊かな国のグローバル企業の社長、年収500億円。最近、買収した歯磨き粉の会社の工場を賃金の安い海外に移転させ、元々働いていた従業員を解雇しました。

従業員の中には、失業のため再就職先が見つからず、家族もろとも路頭に迷い、ついには一家の大黒柱であった父親が精神病にかかり離婚した者も。その妻で母親である女性は、シングル・マザーとして自分と10歳の息子を養うためお金持ちの立ち寄るレストランでウェイトレスとして働き始めます。

グローバル企業の社長は、自家用機で海外に飛び、貧しい国の地主と工場建設及び生産委託の契約を結びます。その土地は元は農地でしたが、より金になる歯磨き粉工場を建てることになり、農地で働いていた小作人は、工場で働くことになりました。グローバル企業社長にとっては、安い賃金と勤勉な労働力が魅力でした。彼らは、1日12時間働かせられます。

ある日、その超過労働がたたって、従業員が間違って、歯磨き粉原料に塗料の劇薬を混入してしまいます。それはそのまま、グローバル企業社長の国に出荷され販売されます。

シングル・マザーは、安月給でも買える安価な商品の並ぶ日用品店で息子のために歯磨き粉を買いました。偶然にもそれは、元夫が勤めていた会社の歯磨き粉でした。息子には寝る前には、必ず歯を磨くように言い聞かせています。そして、息子はある夜、歯磨きをして寝た後、けっして起きることはありませんでした。

ニュースで、同じ歯磨き粉を買った消費者が数多く死亡したことが報道されました。グローバル企業に責任が問われました。社長は、工場との契約を即解除。地主は、工場を閉鎖させられた上、損害賠償を求められ、ショックの余り自殺してしまいました。元小作人だった工場労働者達は、皆、失業です。農地を失い、生活基盤のない彼らの中には、物乞いをしなければいけない者も発生しました。

シングル・マザーは、レストランでグローバル企業社長を見かけました。歯磨き粉の毒混入事件で大きな損害を受けたものの、世界中に数多くの企業を持ち、事業収入が豊富にあるため、相変わらず悠々自適な生活を送っています。ウェイトレスの彼女は、社長にコーヒーを注文されました。そして、注文されたコーヒーに息子が歯磨きに使った歯磨き粉を混ぜました。

社長は、心を落ち着かすため、そのコーヒーを飲み、事業拡大に明け暮れるストレスの多い日々から永遠に解放されたのです。

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by masagata2004 | 2007-10-18 00:37 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

小説で地球環境問題を考える Part 16

地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 15を読んでください。


 到着ターミナルを出てタクシーに飛び乗った。タクシーは、清太郎のいる野村総合病院に向かう。
 一時間後、タクシーは、都心にある野村総合病院に着いた。
 ここには、この病院の院長であり、父の主治医である野村医師がいる。タクシーから飛び出た。受け付けに行き、清太郎の病室をきいた。
 エレベーターに飛び乗り、病室へ向かった。エレベーターがその階に着くと、由美子は走った。
 本当は、体ががたがたに疲れていることを知っている。五時間以上に及ぶ飛行時間に空港についてからは走ることばかりだ。身も心も焦りで一杯だった。
 病室に着いた。さっと扉を開けた。この病院の最上階にある広い特別室である。
「お父さん!」
 由美子は、大声で叫んだ。 
 中には、主治医の野村とベッドに横たわる父、清太郎がいた。
「由美子、どうしたんだ・・」
と清太郎が息の詰まったような声で言った。清太郎は、毛布から首を出した状態だった。顔色はとても青白い。
「お父さん、わたし心配で、倒れたって聞いたものだから」
 由美子は、涙を流した。
「何を大袈裟な。単なる疲れが溜まって起こった失神だ」
 清太郎は、言った。
「でも、こんなに顔色が悪くて」
 由美子は、父の顔に近付いた。
「由美子さん、大丈夫です。主治医の私が保障します。ただの貧血です。一週間もすれば回復なさいますよ」
「その通りだ、由美子、先生を信じるんだ。だから、こんなところでほっつかないで、スワレシアに戻るんだ。おまえは明智物産の跡取りなんだぞ」
 全く、こんな時まで、会社のことを持ち出すとは父らしい。
「でも、わたしはお父さんの娘よ。お父さんのことが心配なの。わたし、今はずっとついていてあげたいの」
 由美子は、必死で叫んだ。
「全く、体が疲れて休んでいるときに、大声出すな」
 清太郎は、小声でめんどくさそうに言った。
「由美子さん、その通りですよ。お父さまを休ませてあげましょう」
と野村は微笑みながら言い、由美子の肩に手を置き、
「外に出ましょう」
と体を押した。
 野村と由美子は、病室を出た。
「先生、わたし何だか信じられません。父がただの貧血だなんて。父は、今までどんなことがあっても倒れたりする人ではなかったのですから」
 野村医師の顔は、さっきまでとはうって変わり、堅く重苦しそうになった。その表情は、由美子にとてつもない不安感を与えた。 

 それから一時間後、病院の診察室に、由美子と野村はいた。
 野村は、蛍光板に照らされたレントゲン写真を見ながら言った。
「そうですね。話すべきでしょう。あなたが明智さんにとって、唯一の肉親であるかぎり」
 由美子は、一時間の間、野村を説得し続けたのであった。最初は、何もない、ただの貧血ですよと言い通した野村も、由美子のしつこいまでの熱意に負けてしまったのか、事実を語る決心をしたのだ。
「お父さまは、ガンです。それもかなり末期です。胃を中心として体中に転移しています。はっきり言って、ここまでくると手のほどこしようがありません」
 ぐいっと、由美子の胸に剣を指すような衝撃が走った。まさかと思っていたが、こんなことだったとは。
「それでは、父は、もう・・」
 由美子は、声を出すのでさえ、苦痛になった。
「残念ながら、あと一ヵ月もてばいいところでしょう。病状の悪化が予想以上に進行しています」
「そんな」
 由美子の目から涙がぼろぼろと湯水のようにこぼれ落ちた。
 
 健次は、由美子が突然クワランコクを発った理由を真理子から聞いた。健次は訳も分からず動揺していた。
 安藤は、由美子の父、明智清太郎には一度も会ったことはない。写真は何度か見たことはある。由美子の持ってる写真と新聞や雑誌に財界の著名人として載る写真だ。
 健次はただのサラリーマンの家の出、由美子に比べるとはるかに貧しい家庭で育った。由美子と二人でいるときは、そんな違いなど感じずにいた。健次にとって由美子は一人の女性でしかなかったのだ。健次は、その由美子という女性に引かれ、二人の世界だけを考え付き合ってきた。
 健次は国立大学の薬学部を出た薬理学者だが、所詮は製薬会社に雇われているしがない研究員にすぎない。
 だからといって、そのことで由美子への気持ちが変わるわけではない。ただ、由美子が心配だ。そして、もちろんのこと由美子の父、明智清太郎もだ。
 明智清太郎が、死んでしまうようなことはあってはならないと思った。まだ一度も明智清太郎とは会ってないのだ。会って自分の気持ちを伝えたい。自分、健次が由美子を心から愛していることを、そして、彼女を妻にしたいとさえ思っていることを。
 今すぐにでも、由美子と病床の明智清太郎のそばに行きたかった。だが、今手を付けている研究もほっておけない。あともう少しなのだ。今とても大事な時なのだ。すぐにでも、研究結果を出せれば自分は、日本に戻り、由美子と明智清太郎のもとへ向かう。
 健次は、その決意を心に刻んだ。そして、その気持ちを紙に書き、ファックスで由美子の東京の実家へ送った。

 東京では、そのファックスを家政婦が受け取り、病院で父親に付き添う由美子に渡した。由美子は、涙を流しながら、健次の手紙を読んだ。

 次の日、昨晩から徹夜で過ごした健次は、腹が減り、大学近くのレストランに出向いた。実際、そんな外へ出る時間も惜しいくらいだったが、腹の中はからからで、そのため神経を集中することが、ままならない状態だったのだ。決してそんな状態で、顕微鏡に目を通しても、確かな情報を得ることはできない。自分の情熱から来る無理が、裏目に出ることを恐れた。
 来たレストランは、東南アジア風のファーストフードを出す店といったところだろうか、米と卵と鶏肉を混ぜたような軽い食事が渡される。b0017892_20371246.jpg店は出勤前の現地の人々で溢れかえっていた。
 健次は、ほっと一息をついて、店の外の路上に置かれた、テーブルの席に着いた。
 健次は、ゲンパから知らされた木の上の方に寄生して生える草のことを思い返していた。
 調査隊は、これまで思わぬ場所を見逃していたように思う。たいてい熱帯雨林で動植物を探すというと地面からだ。しかし、意外に地面では熱帯雨林の多種性を見るのは難しい。というのは、熱帯雨林ではフタバガキのような大木が支配力を持つ。土の栄養分は雨でほとんど溶け出されてしまうためあまり多くが残らない。残ったわずかな栄養分は、どっしりと根を下ろした大木の根によって吸い取られてしまう。そうなると、他の植物が生き延びる方法は大木に寄生し大木の栄養分をもらい分けすることだ。草花などの小さな植物は大木の周りか枝などに根付いている。外からは鬱蒼としているようで熱帯雨林の木と木の間の地面は、意外にもすっきりしているのはそのためだ。
b0017892_20541496.jpg

 ゲンパから渡された草は木の上方、樹冠と呼ばれる幹のてっぺんで何本もの枝が花が開くように広がっている場所だ。高さは六十メートル以上もある。そこには風や鳥によって運ばれる様々な植物の種が着生している。
 健次の調査隊の医薬品原料探索は、主に大木の周りの地面に生える植物や、それに群がる昆虫や菌類などをサンプル対象としていた。最も、いか仕方ないことである。六十メートル以上の高さの場所を探索することは非常に難しいのだ。

 健次は鶏肉を口に入れようとした瞬間、思わぬ人物に出会った。
「おはよう、健次くん」
 人を小バカにしたような口調、蒸し暑い外でもビジネスマンらしく背広とネクタイのスーツをまとう男、石田英明だ。
「おはようございます」
と健次はわざとらしく丁寧に言い返し、英明と目を向け合った。英明の人を見下すような目つきに対抗するためだ。英明は今サングラスをしているが、隠れたそのいびつな目線は何となく感じ取られる。
「ゆったりと朝食かね。いい薬草でも見つけて熱帯雨林を救うんだなんて言い切ったわりには、のんびりしてるね」
「何か用かい? あんたもここに食事をしに来たのか」
 健次は、かっとなって言った。
「こんなところで食事はしないね。ここの食い物は全然、僕の口に合わなくてね」
「だろうな。じゃ、何なんだい、俺に何か用事があってわざわざ来たんだろう。この辺にはあんたのオフィスはないからな」
「そうさ、君に用事があって来たんだ。由美子さんに会いたいんでね。君とずっと一緒にいるんだろう。大事な話がある。彼女は、ずっと仕事をすっぽかしている。彼女は、君にたぶらかされて、明智物産の重要な人材であることをすっかり忘れてしまっている」
「何だと、無茶苦茶なこと言いやがって! 俺は由美子をたぶらかしてなどいない。森を守りたいのは、由美子自身が決めたことだ。ハワイで環境学を学んで、熱帯雨林の大切さをよく知ってるんだ。だから俺と一緒にいるんだ。それのどこが悪い!」
「悪いが健次くん、由美子さんは僕と婚約してるんだ。君とではない。彼女は、明智物産の跡継ぎなんだ。僕のような男の支えを必要としている」
「そんなバカな。何言ってやがんだ。由美子がおまえのような男と」
「これは決まったことなんだよ」
「ふん、そうか」
 健次は、本気にしてなかった。どうせ、英明が勝手に決めたことと確信しているからだ。由美子が、英明を嫌っていること、会社を継ぎたくないことなど、恋人である自分が一番よく知っている。
「由美子さんに会いたい。今どこにいる。研究所の中か?」
 英明が健次をにらみながらきく。
「日本へ帰ったよ。親父さんが倒れたんだ」
「何、社長が?」
 英明が驚きの表情を見せた。
「知らなかったのか? あんた婚約者じゃなかったのか、そんな大事なことを由美子が婚約者のあんたに知らせなかったとは驚きだな」
 沈黙が流れた。英明が黙って突っ立っている。健次は、何となく勝利した気分になった。くだらないことだが、さっきまでのかっとした気分が急に吹っ飛んだ。
 さてと、英明など無視して食事に手を付けるか、と思った瞬間、堀井が走って自分のところに向かってくるのが見えた。
「健次、やったぞ。ついに発見したぞ。あの草にガン細胞を破壊する効果があることが分かったんだ。実験の結果、間違いなくガン細胞はあの草から抽出した成分によって消滅している。この発見はノーベル賞ものだぞ」
 健次は、立ち上がった。
「本当か? 間違いないんだな」
「当たり前さ。すぐに実験室に来て確かめてみろよ」
「分かった、すぐ行く!」
 健次は、ぼおっと突っ立っている英明を無視して横切り、研究所に向かった。
 健次は、思った。これで、英明どもの企みは潰される。

Part 17へつづく。
by masagata2004 | 2007-10-13 20:10 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)


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