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Masagata in Beijing (Peking)

Ni Hao!
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at Last Emperror's Palace
by masagata2004 | 2005-03-28 18:14 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

中国旅行へ行くため、しばらく休刊します

いつもご閲覧、ありがとうございます。

本ブログの管理者であるマサガタが、中国に旅立つため、日刊マサガタは、しばらくの間、休刊させていただきます。

次の更新は、4月中旬ぐらいになると思います。

もしかして、中国からか、または私のルームメートか友人を通して、それより早く更新することもありえます。

帰ってきましたら、旅行のご報告をいたします。
by masagata2004 | 2005-03-20 14:13 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

今どき女子大生の就活 こんなものか!

先日、女子大生数人とカジュアルにおしゃべりをする機会があった。

彼女達は、現在、大学3年生で、就職活動中だということだったが、彼女達の話を聞いて私は唖然としてしまった。

就職先を選ぶのに、イメージや会社の大きさを基準に選んでいるのだ。そして、業種は関係ない。マスコミ、銀行、化粧品会社などと極端である。おもちゃ会社に応募したら、新入社員研修は、おもちゃで遊び回れるからいいとか言っていた。

中小企業は得たいが知れないから行きたくないとのことだった。

最も、私は彼女達を責めるつもりはない。実のところ、男子も同じだし、日本の学生の就職活動なんてこんなものなのだ。というか、高度成長時代からの終身雇用制度では、目的意識などなくとも、入っちゃえば、生活が保障されるから、適当にという時代だったのである。

ちなみに私はアメリカに留学体験があるから、その時の就活経験から行くと、日本のように一括新規採用というのはめったにない。ブースで説明会をすることはあるのだが、アメリカは中途採用が主だ。そして、だからこそ、即戦力重視。入社試験も、実務に関係のある技能をテストする。面接の質問も、専攻をどう仕事に活かすかなどとダイレクトなことをきいてくる。

ただ、アメリカには日本と違い、インターン制度というのがあり、学生が企業でアルバイトをしながら大学で学んだことを活かす仕事に就く制度が一般化している。だから、会社が自分に合わないと分かれば、すぐにやめることが出来るし、いろいろな職場を経験しながら、自分に合う職場を探せる。また、大学は生涯学習の場、大学の中には様々な年代の人が集っている。昼間働き、夜間大学で勉強している人も多くいる。会社を経営している人もいる。卒業したら就職という人生の通過プロセスではなく、教養をみにつけたり、職業訓練の場としているのだ。

日本も、そういう風にすればいいのに。そもそも就職先をイメージで選ぶと言うのは、子供ぽく過ぎないか、日本的な表面的なことで良し悪しを判断して本質論でものを見ない元凶をつくっている感じがする。仕事なんてやってみないと、好き嫌い、向き不向きなどわからない。

会社が一手に引き受け、家族のように面倒見るからといっても、仕事が自分に合わなければ、つまんないものはつまんないし。その生活保障の変わりに、ロボットのように働かされ、社内の醜い人間づきあいを強要されるのはどうかと思うが?

若い人、いや若者に限らず、あせらせず、自分のしたいこと、自分に合うことをきちんと探せる制度にしていくべきではないのか?
by masagata2004 | 2005-03-19 23:14 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(1)

神保さん、TBありがとうございます マサガタより

神保さんのような方にトラックバックをいただいて大変光栄です。

いつも、ビデオニュース・ドット・コムを見てますよ。

ところで、ジャーナリストの神保さんにご紹介したいイベントがあります。中野区の中野駅前近くの中野ゼロホールでパネル展と集会を開催しており、集会は、20日午後6時、小ホールにて行われ、NHKの番組改変問題で注目を浴びた女性法廷で証言をした元兵士の男性が出席されます。カットされた貴重な証言が聞けます。

それから、パネル展は、ギャラリーで行われており、南京大虐殺の解説と当時の日米の記事を展示しています。ジャーナリズムの恐さを思い知らされますね。かつての日本も、今のアメリカと変わらなかったのですね。ちと、左翼的なイベントですが、私は宮台さんが嫌うような左翼ではありませんよ。なんせ憲法9条改正派ですし。

ところで、私のブログの他の記事など読まれましたか?

「自作小説」というコーナーでは、神保さんにとってはライフワークと言えるジャーナリズムをテーマにした連載小説を書いています。タイトルは、「白虹、日を貫けり」です。私のなりの意見を添えた「まえがき」から始まりますのでお読みください。只今のところ、第7章までできています。全体では、30章以上いく長編です。

物語の登場人物の一人は、神保さんをモデルに創り上げてみました。誰なのかは読めばすぐに分かります。

先週の土曜日には、元鎌倉市長の竹内さんとお話しする機会がありました。竹内さんは、神保さんのことをよくご存知でしたよ。竹内さんのJANJANには、これまで3つ記事を掲載しました。

最新の記事が、「国を想うなら学ぼう、自虐的な?歴史」です。

今後とも、よろしくお願いします。

マサガタ

追伸:私は、神保さんもよく制作協力されるTBSのNEWS23にちょっとだけ出演したことがあるんですよ。昨年の1月でしたかね、イラク自衛隊派遣の反対デモで、誰のためにデモをするのかときかれ「愛する国のため」と答えたデモ参加者です。マリナーズの野球帽にマスクをしていました。
by masagata2004 | 2005-03-19 17:19 | メディア問題 | Trackback | Comments(0)

映画「スクール・ウォーズHERO」とラグビー

DVDで、この映画を見た。

この映画は、荒廃した高校を体育教師がラグビーを通して、生徒達を変え、立て直した実話を元にした話だ。

すでに80年代にテレビ番組にもなって有名な話しで、数年前にはNHKのプロジェクトXでドキュメンタリーとして紹介され、この物語自体はよく知っていた。

映画版は、テレビドラマと違い、実話にかなり近付けた感じで、舞台も京都で、言葉も関西弁を使い、荒々しさが強調された感じだ。

感想を言うと、まあまあというところだろう。主役の照英の演技は、関西弁も自然な感じでとても良かった。体格もラグビーコーチらしくがちっとして、はまり役だったように思う。生徒達の演技も、見事な不良になりきっていて上出来だった。こんなことが、実際にあったと思うと確かに感動ものだ。こんな出会いが出来た生徒達を、私はとてもうらやましく思う。

もっとも、いらないキャラクターもあった。実話に近づけたかったのだろうが、2時間と言う時間制限を考えると、最初に卒業していく不良たちと、部のマネージャーをするフーローは、なんとなく紛らわしい。慎吾の役割を考えると、もっと最初の方に登場させた方が良かったように思う。

それから、このラグビーに関して言いたいことがある。
日本では、ラグビーはとかく、荒くれ男の野蛮なスポーツと言う認識がなされているようで映画の中でも、「ルールのあるけんか」と表されているようだが、発祥の地イギリスでは、もともと貴族の子弟が通う学校で最初に行われたスポーツなのだ。だから、紳士の国の紳士のスポーツと考えた方がいいのでは。

それから、日本ではラグビーは、土のグラウンドでどろんこになってするスポーツと考えられているが、イギリス、ニュージーランドでは、サッカー同様、緑の芝生で行うスポーツなのだ。日本では、気候のせいもあるが、芝生の上でスポーツをするものだという考えが一般的でない。それが、問題だと指摘する声がある。

芝生のグラウンドだと怪我も少なく、選手も怪我を恐れず思い切ったプレイが出来る。見るほうも豪快なフレイが見れていいのだ。これは、ラグビー、サッカーに限らず野球にもいえる。世界第2の経済大国なのだから、いくらでも金をかけられるはずだが、その辺がどうも遅れているらしい。また、芝生のグラウンドは、環境にもやさしく、植物による温暖化防止効果が注目されている。

ところで、この映画のテーマともいえる青年の育成についてだが、この物語を参考に提言したいのが、社会人をもっと教育現場に入れることだ。現状では、高校までの教師は、年齢制限があり、社会経験を経た人が教師になるのは難しい。若者を育成するのは、年齢の近い若い先生の方がいいように思えるが、実際は違う。むしろ、人生経験を経て、精神力と知恵を養い、若者の心理を読める人の方がいいのだ。

私のアメリカ人の友人で、教師資格を30代後半で取り、美術の高校教師となり、年間最優秀教師賞を受けた人がいる。アメリカでは、就職における年齢制限は禁じられている。

気まぐれな若者と付き合うには、その気まぐれさに付き合ってあげるだけの精神力と知恵を備えた人がのぞましい。特に高校時代というのは、人生にとって最も重要な時期だ。その時の人との出会いで人生は大きく変わる。「自分にもこんな時代があったな。若い時代は、不安定なものだ。大人が根気強く適切なアドバイスを与え続けないと」と考えられるようになった中高年の人々の力こそものをいうのでは。

映画の中で、生徒達を殴るシーンがあった。試合にぼろ負けして、生徒達が「先生、殴って俺達を鍛えなおしてくれ」と言ったため、それに答えるために殴るシーンだが。

これって、よく誤解する人がいるので言っておきたい。この場合、生徒と教師の間にしっかりとした信頼関係が出来上がっていることが前提だ。よく殴って叱り飛ばし、信頼関係を築こうという人がいるが、実際は逆である。信頼関係があるからこそ、殴ったり叱ったりできるのだ。この物語の場合も、そうだったのだと思う。
by masagata2004 | 2005-03-17 23:03 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(0)

ホリエモンと映画「マトリックス」のネオ

Excite エキサイト : 経済ニュース

ホリエモンは、99年の大ヒット・ハリウッド映画「マトリックス」のキアヌ・リーブス演じた主人公、ネオを思い出させる。「マトリックス」という映画は、コンピューターによって作られた仮想現実で人間たちが生きている近未来、ある日、目覚めた男ネオが、仮想現実の支配者マトリックスと闘うというストーリーの娯楽映画である。

このマトリックスが作り出す仮想現実で生きている人間たちと支配者マトリックスとの関係は、実は、日々、新聞を読んだりテレビを見たりしている我々日本人と、公共機関の記者会見を独占する記者クラブ加盟メディアとの関係によく似ている。
彼らは、記者クラブというマスコミ市場を独占する既得権構造を維持しながら権力と迎合し、権力側に都合のいい情報のみを受け手である我々に流し、我々を一種の仮想現実の中で踊らせ、自らの支配権を温存させているといわれる。

この既得権構造に挑んだのがホリエモンことライブドアの堀江貴文社長である。彼は、コンピューターでいえばバグに当たる法律の穴を突いて、このマトリックスに入り込んだ。そして、既得権構造の問題点をことごとく白日のもとにさらし、仮想現実から我々の目を覚まさせているのである。
既得権側が、抵抗をすればするほど、その矛盾点があらわになってくる。メディアが公共性を謳いながら、大株主に大損をさせる新株購入予約権の発行を保身のために強行しようとする姿は、その象徴だ。

もちろん、堀江氏が、我々のために今回の騒動を起こしたとはいえない。だが、ホリエモンの戦略が吉と出ようが凶と出ようが、大事なのは、我々が、“マトリックス”から目を覚まし、世の中の真実に目を向けることなのである。
by masagata2004 | 2005-03-16 16:28 | メディア問題 | Trackback | Comments(0)

改変番組でカットされた加害兵士の証言会を開催

Excite エキサイト : 主要ニュース

3月19日から21日の間、南京大虐殺に関するパネル展と集会(20日午後6時)が、中野区の中野ゼロ小ホールにて開かれる。この集会では、NHK番組改変問題の女性法廷で加害兵士として証言をした方が、参加する予定となっている。カットされた貴重な証言を聞くチャンスとなるでしょう。

詳細は以下の通り。

「いま歴史を問う かつてと今の戦場の実相から」
場所:中野ゼロホール
日時:3月20日(日)18時~
講演:斎藤貴男(ジャーナリスト)
証言:金子安次(元陸軍59師団伍長、撫順戦犯管理所で教育され不起訴)、この方が、女性法廷で加害兵士として証言をされた方です
ちなみに、女性法廷主催団体の記者会見を私が取材した模様を以下の記事にしていますのでお読みください。
女性法廷主催団体の記者会見を取材しました

松岡環(『南京戦 閉ざされた記憶』編著者)
報告:相澤恭行(PEACE ON代表)
トーク:海南友子(映画監督)、中原大弍(ピースボート事務局長)
参加費:1000円

パネル展「南京閉ざされた記憶」
絵画展「戦場の記憶:元戦犯・桧山高雄展」
場所:中野ゼロギャラリー
期間:3月19日(土)~3月21日(月)
入場料:300円(20日の集会参加者は無料)

また、主催者のノーモア南京の会のホームページもご覧ください。

以下は、この集会を開催する意義についての私なりの論説です。

愛国者なら学ぼう、自虐的な歴史

東西冷戦の終結からか、バブル経済崩壊による自信喪失の余波か、はたまた憲法9条改正への世論作りのためなのか、近年、歴史教育を見直す運動が盛んになっている。だが、その見直し方は、実に奇妙である。

小林ヨシノリ漫画の「ゴーマニズム宣言」、扶桑社の「新しい教科書をつくる会」に始まった、いわゆる自虐的な歴史観を教育現場や世論から排除しようという動きが、その象徴である。最近では、中山文部科学大臣が、「歴史教科書から従軍慰安婦や強制連行という言葉が減ってよかった」という発言をしたことが物議をかもし、NHK番組改変問題で取材対象となった女性国際法廷は、慰安婦問題を扱っていたため、読売や産経、その他、保守系のマスコミから批難の砲火を浴びた。

従軍慰安婦、強制連行と共に、常にこの歴史修正論者のスケープゴートとなっているのが、1937年、当時の中国の首都であった南京で起こったいわゆる「南京大虐殺」事件である。実を言うと、筆者は、以前、市民メディアのJANJANに、南京大虐殺をテーマにした記事を投稿したことがあり、その際に、予想通り否定派から反論の意見を数多くいただいた。
昨年11月に投稿したファルージャと南京、イラク戦争と日中戦争を読んでいただければ分かると思う。

南京大虐殺とは、日中戦争の最中、南京にて日本軍により一般市民を含む30万人もの人々が虐殺されたという事件である。その数の多さから、この虐殺自体、ありえなかったという説が、保守系の雑誌や書籍を中心に広まっているが、南京大虐殺は歴史的な事実として起こったことであり、日本の政府も裁判所も、権威ある歴史学者も、事実をすでに認定していることなのである。

ただ、事実誤認をしている人達もいると思うので、よく聞かれる否定説の反証をしておこうと思う。

(1) 当時、南京の人口は、20万人程度なので、30万人もの人を虐殺することなどありえない。また、短期間に大量の人間を殺せるだけの兵器は日本軍にはなかった。

その20万人という数字は、南京市のごく一部、当時、難民避難のために設定された国際安全区内の人口であり、約4平方キロメートルの地域の人口を、南京全体の人口とすり替えた数字である。事件前年の南京市の人口は、約100万人と記録されており、事件当時は避難していた人が数多くいたため約60万人と推定される。中国の兵士は、約11万いたと推定される。
南京大虐殺は、1937年12月から2ヶ月に渡り30万人もの人々が虐殺されたと中国側は主張しているが、これはあくまで事件後、処理した死体から割り出した推定値である。正確に数えたとは言えず、実際の数より多過ぎるということも考えられるが、2ヶ月で30万人という数はあり得ないわけではない。当時、南京には約20万人の日本兵が駐留しており、大量破壊兵器がなくとも、機関銃、手榴弾、銃剣、サーベルを使用すれば不可能ではなく、加害兵士の証言からも、これらの武器を使用して殺戮を行ったことが裏付けられる。虐殺が起こった現場も、南京市のみならず、南京市郊外を含む広範囲であったといわれる。
大量破壊兵器を使用せず行われた大量の虐殺は、近年では1994年アフリカのルワンダで起こっており、民族浄化により10ヶ月間で100万人もの人々が虐殺されたといわれている。


(2) 事件当時、南京大虐殺は、一般には全く知られず、戦後、東京裁判によって知られた事件。事件そのものがでっち上げられた可能性がある。

南京虐殺があった当時、南京には日本軍の従軍記者の他、アメリカなどの海外の記者も滞在していた。日本では軍部の検閲があり、ほとんど報じられることはなかったが、アメリカの大手新聞ニューヨーク・タイムズ、シカゴ・デイリーなどは、世界に向け事件を報じていた。
(例)シカゴ・デイリー・ニュース 1937年12月15日より一部抜粋より
「南京の包囲と攻撃を最もふさわしい言葉で表現するならば、地獄の4日間ということになろう。首都攻撃が始まってから南京を離れる外国人の第一陣として、私は米艦オアフ号に乗船したところである。南京を離れるとき、我々一行が最後に目撃したものは、河岸近くの城壁を背にして300人の中国人の一群を整然と処刑している光景であった。そこには、すでに膝がうずくまるほど死体が積まれていた。」

また、このようなエピソードもある。当時の首相であった近衛文麿氏の長男である近衛文隆氏は、米国のプリンストン大学に留学中だったが、事件のことが大きく報じられたため、友人からひどく責められ、いたたまれない思いをしていると手紙に書き、何も知らない日本の家族は手紙を受け取り大変驚いたという。(NHK BSハイビジョン「真珠湾への道」2002年8月15日放送より)

しかしながら、以上の事柄を説明すると、必ずこのような返答がかえってくる。それは、我々にとって耳障りが悪く、日本人のイメージを下げる歴史を声高に叫ぶのは反愛国的ではないかと。

南京虐殺など当時の日本軍の行った不名誉な行為の数々はすでに歴史的な既成事実として記録されており、今更、我々が声高に叫ぼうと日本人のイメージを悪くすることには、あえてならないだろう。むしろ、恣意的に否定することの方が、イメージの悪化につながると考えるべきだ。

2001年2月にハワイ沖で日本人の乗った船員訓練船「えひめ丸」が潜水艦の浮上事故で沈没した事件があったが、この時に米有力紙のワシントン・ポストにこのような社説が載った。「日本人は、我々に事件に対する謝罪を求めているが、日本は南京大虐殺に対して謝罪してないばかりか、事実そのものさえ認めようとしてないではないか」と。決して、説得力のある論説とはいえないが、このような揚げ足をとられかねない印象を与えていることを知らなければならない。

また、憲法9条改正を考えている人たちにとっても、南京大虐殺の事実を知ることは重要ではないか。軍隊を持つと言うことは、正しい軍隊の運用をきちんと知る責任が伴うことだ。南京で起こったことは、昨今のイラクのアブグレイブ刑務所で起こったことと同様に大きな失敗例といえる。その失敗を繰り返さないようにするためにも、過去の失敗からは大いに学ぶべきなのである。

南京虐殺事件による傷は歴史に深く残り、被害を受けた国民は世代を超えて我々日本人を恨み続けることになった。そればかりでなく、加害者となった日本人の兵士達も、自らの行為を一生涯に渡って悔やみ続けなければならなくなったのだ。

国を想い、国を憂う者ならば、この国の辿った軌跡をしっかり知るべきであろう。たとえ、それが自虐的で耳障りなことであっても。




ちなみに、南京大虐殺は、現在このブログで連載中の小説「白虹、日を貫けり」にも出てくる事件です。
by masagata2004 | 2005-03-15 15:01 | イベント告知板 | Trackback(1) | Comments(0)

また自己責任論が起きそうで心配です。

Excite エキサイト : 社会ニュース

イラク人質事件でも、危険なところにわざわざ言ったお前らが悪いんだと、政治家が政権防衛のために責任転嫁をしていましたが、今回もそれが起こりそうです。

マラッカ海峡は、海賊が多いことで悪名高い地域です。でも、事件が起きた責任は、誘拐犯にあるのは明白。これはイラクでも同様でした。なんと言っても人災ですからね。

ま、世界からは、職務放棄した政治家と、それに文句を言わない、うぶな民の国と嘲笑されるだけですけどね。

何はともあれ、拉致された方々の無事な救出を願います。


パフォーマンスだけかな。解決が長引いたら、きっと自己責任論持ち出すぞ。

最も、自己責任論をイラクの時に言っていたのは、野党の議員も同じだけどね。
by masagata2004 | 2005-03-15 14:36 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

100円ショップで買ったCDはいける!

只今、昨日、100円ショップで買った音楽CDを聴いているところ。

これがまんざら悪くない。今聴いているのは、イギリス民謡集。ロンドン・デリー、埴生の我が家、ピクニック、故郷の空、アーニー・ローリーとか、意外に馴染みの曲の数々。

アーニー・ローリーは、情感を誘っていい。

この前は、アメリカ民謡を買った。先月は、ビバルティ、ショパンなどのクラシックの名曲集を買った。

考えてみれば、100円だから買う気になったのかもしれない。

しかし、これが100円ショップのいいところなのだろう。普段は、買いたいと思っても、値段が手頃でないため買う気にならないものも、たかが100円かと思うと買ってみたくなる。

クラシックや民謡は、嫌いではないが1000円以上も出して買いたいとも思わない代物だ。

そんな私のような人々にも、そんな音楽に触れる機会を与えてくれる。意外に普段聴くが手に入らない曲に触れることがある。

次は、ジャズを買ってみようと思う。ドイツ民謡もいいな、いやロッシーニも。ま、100円だから、いつでも好きな時に買えてしまう。
by masagata2004 | 2005-03-15 09:42 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

愛国者なら自虐的な歴史を学ぼう 南京虐殺について

Excite エキサイト : 国際ニュース

東西冷戦の終結からか、バブル経済崩壊による自信喪失の余波か、はたまた憲法9条改正への世論作りのためなのか、近年、歴史教育を見直す運動が盛んになっている。だが、その見直し方は、実に奇妙である。

小林ヨシノリ漫画の「ゴーマニズム宣言」、扶桑社の「新しい教科書をつくる会」に始まった、いわゆる自虐的な歴史観を教育現場や世論から排除しようという動きが、その象徴である。最近では、中山文部科学大臣が、「歴史教科書から従軍慰安婦や強制連行という言葉が減ってよかった」という発言をしたことが物議をかもし、NHK番組改変問題で取材対象となった女性国際法廷は、慰安婦問題を扱っていたため、読売や産経、その他、保守系のマスコミから批難の砲火を浴びた。

従軍慰安婦、強制連行と共に、常にこの歴史修正論者のスケープゴートとなっているのが、1937年、当時の中国の首都であった南京で起こったいわゆる「南京大虐殺」事件である。実を言うと、筆者は、以前、市民メディアのJANJANに、南京大虐殺をテーマにした記事を投稿したことがあり、その際に、予想通り否定派から反論の意見を数多くいただいた。
昨年11月に投稿したファルージャと南京、イラク戦争と日中戦争を読んでいただければ分かると思う。

南京大虐殺とは、日中戦争の最中、南京にて日本軍により一般市民を含む30万人もの人々が虐殺されたという事件である。その数の多さから、この虐殺自体、ありえなかったという説が、保守系の雑誌や書籍を中心に広まっているが、南京大虐殺は歴史的な事実として起こったことであり、日本の政府も裁判所も、権威ある歴史学者も、事実をすでに認定していることなのである。

ただ、事実誤認をしている人達もいると思うので、よく聞かれる否定説の反証をしておこうと思う。

(1) 当時、南京の人口は、20万人程度なので、30万人もの人を虐殺することなどありえない。また、短期間に大量の人間を殺せるだけの兵器は日本軍にはなかった。

その20万人という数字は、南京市のごく一部、当時、難民避難のために設定された国際安全区内の人口であり、約4平方キロメートルの地域の人口を、南京全体の人口とすり替えた数字である。事件前年の南京市の人口は、約100万人と記録されており、事件当時は避難していた人が数多くいたため約60万人と推定される。中国の兵士は、約11万いたと推定される。
南京大虐殺は、1937年12月から2ヶ月に渡り30万人もの人々が虐殺されたと中国側は主張しているが、これはあくまで事件後、処理した死体から割り出した推定値である。正確に数えたとは言えず、実際の数より多過ぎるということも考えられるが、2ヶ月で30万人という数はあり得ないわけではない。当時、南京には約20万人の日本兵が駐留しており、大量破壊兵器がなくとも、機関銃、手榴弾、銃剣、サーベルを使用すれば不可能ではなく、加害兵士の証言からも、これらの武器を使用して殺戮を行ったことが裏付けられる。虐殺が起こった現場も、南京市のみならず、南京市郊外を含む広範囲であったといわれる。
大量破壊兵器を使用せず行われた大量の虐殺は、近年では1994年アフリカのルワンダで起こっており、民族浄化により10ヶ月間で100万人もの人々が虐殺されたといわれている。


(2) 事件当時、南京大虐殺は、一般には全く知られず、戦後、東京裁判によって知られた事件。事件そのものがでっち上げられた可能性がある。

南京虐殺があった当時、南京には日本軍の従軍記者の他、アメリカなどの海外の記者も滞在していた。日本では軍部の検閲があり、ほとんど報じられることはなかったが、アメリカの大手新聞ニューヨーク・タイムズ、シカゴ・デイリーなどは、世界に向け事件を報じていた。
(例)シカゴ・デイリー 1937年12月15日より一部抜粋より
「南京の包囲と攻撃を最もふさわしい言葉で表現するならば、地獄の4日間ということになろう。首都攻撃が始まってから南京を離れる外国人の第一陣として、私は米艦オアフ号に乗船したところである。南京を離れるとき、我々一行が最後に目撃したものは、河岸近くの城壁を背にして300人の中国人の一群を整然と処刑している光景であった。そこには、すでに膝がうずくまるほど死体が積まれていた。」

また、このようなエピソードもある。当時の首相であった近衛文麿氏の長男である近衛文隆氏は、米国のプリンストン大学に留学中だったが、事件のことが大きく報じられたため、友人からひどく責められ、いたたまれない思いをしていると手紙に書き、何も知らない日本の家族は手紙を受け取り大変驚いたという。(NHK BSハイビジョン「真珠湾への道」2002年8月15日放送より)

しかしながら、以上の事柄を説明すると、必ずこのような返答がかえってくる。それは、我々にとって耳障りが悪く、日本人のイメージを下げる歴史を声高に叫ぶのは反愛国的ではないかと。

南京虐殺など当時の日本軍の行った不名誉な行為の数々はすでに歴史的な既成事実として記録されており、今更、我々が声高に叫ぼうと日本人のイメージを悪くすることには、あえてならないだろう。むしろ、恣意的に否定することの方が、イメージの悪化につながると考えるべきだ。

2001年2月にハワイ沖で日本人の乗った船員訓練船「えひめ丸」が潜水艦の浮上事故で沈没した事件があったが、この時に米有力紙のワシントン・ポストにこのような社説が載った。「日本人は、我々に事件に対する謝罪を求めているが、日本は南京大虐殺に対して謝罪してないばかりか、事実そのものさえ認めようとしてないではないか」と。決して、説得力のある論説とはいえないが、このような揚げ足をとられかねない印象を与えていることを知らなければならない。

また、否定説を説くことは、外交にも悪い影響を与えかねないと考えるべきだろう。日本と中国の間には、領土や資源などの国益を大きく左右する問題がある。お互いの主張は平行線なままで、最終的には第三者的な立場の国際機関に判断を委ねなければならなくなるかもしれない。その時に、このような意見が出されたらどうなるか?
「南京大虐殺のような重大な歴史的事実を自らの主観で平気で否定する日本の言うことに信憑性はあるのだろうか?」と。その時に、我々の側に、きちんと対応できるだけの態勢は整っているか考えるべきだ。

また、憲法9条改正を考えている人たちにとっても、南京大虐殺の事実を知ることは重要ではないか。軍隊を持つと言うことは、正しい軍隊の運用をきちんと知る責任が伴うことだ。南京で起こったことは、昨今のイラクのアブグレイブ刑務所で起こったことと同様に大きな失敗例といえる。その失敗を繰り返さないようにするためにも、過去の失敗からは大いに学ぶべきなのである。

南京虐殺事件による傷は歴史に深く残り、被害を受けた国民は世代を超えて我々日本人を恨み続けることになった。そればかりでなく、加害者となった日本人の兵士達も、自らの行為を一生涯に渡って悔やみ続けなければならなくなったのだ。

3月19日から21日の間、この南京大虐殺に関するパネル展と集会(20日午後6時)が、中野区の中野ゼロ小ホールにて開かれる。この集会では、NHK番組改変問題の女性法廷で加害兵士として証言をした方が、参加する予定となっている。カットされた貴重な証言を聞くチャンスとなるでしょう。国を想い、国を憂う者ならば、この国の辿った軌跡をしっかり知るべきであろう。たとえ、それが自虐的で耳障りの悪いことであっても。

詳細は以下の通り。

「いま歴史を問う かつてと今の戦場の実相から」
場所:中野ゼロホール
日時:3月20日(日)18時~
講演:斎藤貴男(ジャーナリスト)
証言:金子安次(元陸軍59師団伍長、撫順戦犯管理所で教育され不起訴)、この方が、女性法廷で加害兵士として証言をされた方です
松岡環(『南京戦 閉ざされた記憶』編著者)
報告:相澤恭行(PEACE ON代表)
トーク:海南友子(映画監督)、中原大弍(ピースボート事務局長)
参加費:1000円

パネル展「南京閉ざされた記憶」
絵画展「戦場の記憶:元戦犯・桧山高雄展」
場所:中野ゼロギャラリー
期間:3月19日(土)~3月21日(月)
入場料:300円(20日の集会参加者は無料)

また、ノーモア南京の会のホームページもご覧ください。


ちなみに、南京大虐殺は、現在このブログで連載中の小説「白虹、日を貫けり」にも出てくる事件です。
by masagata2004 | 2005-03-14 19:37 | 時事トピック | Trackback(2) | Comments(0)


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