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今年最大のイベント ビフォアフターした我が住まい

今年も今日で最期。

そういうことで、今年最大のイベント、つまり私にとっての出来事を紹介したいと思います。

それは、以前の記事でも予告したリフォームの結果です。11月中にリフォームをして、水道管の配管を取り替えるのと同時に行った壁紙と天井クロスの張り替え、今や見違えるように変わりました。ビフォアフター方式でどう変わったか紹介いたしましょう。

1.まずは天井。真っ白から青空へ。以前より高く見えます。

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2.次に壁紙、一般的な白い壁紙から、目にやさしい薄緑と白が交じったデザインのに張り替えました。もうポスターやカレンダーは貼りません。イチローポスター欲しい人メール下さい。あげます。

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部屋全体で見るとこんな感じです。

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それでは、皆さん、よいお年を!

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by masagata2004 | 2006-12-31 14:04 | ライフ・スタイル

これは正しいことなのか?

Excite エキサイト : 国際ニュース

フセイン大統領の死刑がついに執行された。フセインに抑圧を受けた人々にとっては朗報だが、それで良かったのかと考えてしまう。

アルジャジーラが、「内戦の恐れがさらに拡大」とサブタイトルを出しているように、イラクのためになるとは思えない。

何よりも世界にとって良かったのかを考えるとそれが大きな疑問だ。

何ともしっくりいかない。強者のやりたいように成り行きでことが進んで、力のある者は何をやってもいい。武力があるものがルールを作れるというような誤ったメッセージを後世に残してしまうようで危険な予感がする。

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by masagata2004 | 2006-12-30 15:14 | 時事トピック

自作小説「白虹、日を貫けり」 第44章 反逆罪

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第43章までをお読みください。

 一九四一年(昭和十六年)九月
 皇居において、天皇と近衛首相や陸海軍大臣を含めた閣僚が国策を話し合う「御前会議」が開かれた。
 その結果、十月までに米国との交渉で、いい道筋が示されなければ、開戦に踏み切るという結論が出た。
 近衛総理は、必死に事態の打開を探った。ルーズベルト大統領と直接の首脳会談を行う申し出を米政府に打電した。
 だが、アメリカからの回答はノーであった。会談をするのであれば、日本軍がベトナム及び中国から撤兵すると確約をすることが最低条件だと打診した。当然、無理な要求で、そんなことが無理であることを百も承知での打診であった。
 南進を推し進めた補佐官として龍一は、罪悪感を感じていた。しかし、近衛総理には謝罪の言葉は一切言わなかった。それは、総理大臣に対して失礼だと思ったからだ。最高責任者としての誇りを傷つけることになる。自らの責任で決定したことなのだから、助言を与えたに過ぎない補佐官が責任を感じ謝罪してはならないのだ。
 長年に渡って近衛首相を見てきた龍一には辛かった。それはこういう結果になったからだけでない。近衛氏が、以前から思っていたほどの貴公子ではないことに気付かされたからだ。彼は、意志の弱い男だ。確かに斬新な考えを持っているところがあるが、非常に時流に流されやすい。大正時代、貴族院副議長として普通選挙の実現に寄与したが、それはそういう時代の流れがあったからこそなのだろう。しかし、中国との戦争が始まる直前に首相になってからは、ひたすら軍部と世論に押されてばかりであった。軍部に倒閣させられる脅しを受けていたが、しかし、あまりにも抵抗力がなさ過ぎた。
 貴族ならば、威厳のある態度を示し、国益を守るため身を砕く。それが、ノーブル・オブリージェ(貴族としての義務)だと思うが。そこまで踏み込んで軍部を説得させるほどの熱意があったのかというと、それほどではなかった。結局は、育ちが良すぎた苦労知らずの軟弱男に過ぎなかったと言うことか。

 一九四一年(昭和十六年)十月、近衛内閣は総辞職となり、新内閣は、それまで陸軍大臣であった東條英機を総理大臣とするものであった。
 龍一は、総理補佐官の任務を解かれた。総理官邸で最後の日、近衛総理と執務室で顔を合わせた。これまでの感謝の意を述べたかったからだ。感謝の言葉を述べると、近衛氏は言った。
「私も君に感謝するよ。これまでいろいろと力になってくれた」
 龍一は、気になることがあり、近衛氏に問うた。
「開戦となったらどうします?」
「ふふ、それよりも、その後に敗戦となったらどうなるかと訊くべきじゃないのかね」
 近衛氏は、苦笑いを浮かべながら言った。
「そうですね」
と龍一が言うと、近衛氏は、机の引き出しから小瓶を取り出した。手の平に乗せられるほどの大きさの小瓶だ。
「この中には、青酸カリが入っている。これから肌身離さずこれを持っているよ。いずれ必要になるからね」
と近衛氏は、まるで自らの最期を予告するかのように言った。
 龍一は、何も言わず、執務室を出た。

 一九四一年(昭和十六年)十一月
 龍一は、身の回りの様子の変化を徐々に感じ始めた。総理補佐官を辞めた後、知人の紹介で大学などの依頼による文献翻訳の仕事を自宅でするようになったが、外に出ると日々、自分がつけ回されているような気がしてならない。総理の補佐官であった時も、職業柄、多少は感じることもあったが、辞職してからは、もっと強く感じるようになった。
 単なる気のせいかとも思っていたが、ある日、それは確信の持てるものということがはっきりとした。
 ある日の晩、大学に翻訳した文献を収め代官山の自宅へと戻ると、誰もいないはずの自宅の窓から明かりが灯っていた。部屋の電灯をつけっぱなしにした覚えはなかった。もしかして間違って、つけ放しにしていたのかと思ったが、人影が動くのが見え即座に、身の引き締まる思いがした。ついにはっきりした。自分は狙われている。おそらく中にいる奴は、泥棒なんかではない。このまま自宅に戻って対決するつもりはない。即座、歩く方向を変え、自宅から離れようとすると、目の前に煙草を吸っている男が、電柱の影から自分を眺めている。見事に目があった。相手は、龍一をしっかりと認識しているような目つきだ。
 龍一は、後ずさった。だが、背後からも誰かが近付いてくるのを感じた。それも一人や二人ではない。さっと、別の向きに体を動かした。そして、飛び込むように走った。路地の一本道をひたすら走った。すぐにその後を駆け足で追う数人の足音が響いた。
 夢中で走り続ける。坂道の下り坂になった。そして、目の前は行き止まりとなり、左右に分かれている。どっちの方向に走ろうかと考えた。行き止まりの角まであと三歩というところで、目の前に自動車が止まった。
 お終いだ。龍一は、さっと足を止めた。ぎりぎり車にぶつからずにすんだ。
 そして、車の扉が開く。男が叫ぶ。
「乗れ、急げ」
と英語で言う。チャーリーだ。
 考える間もなく龍一は乗り込んだ。そして、ドアを閉めた。車がそれと同時に急発進する。
 数分後、呼吸を戻した龍一は、チャーリーに言った。
「何のつもりだ。もう私に用はないはずだぞ」
「君は反逆罪で逮捕されるところだったんだ。これから大使館に行く。そこで君を匿う」
とチャーリーは、葉巻を吸いながら言った。

第45章へつづく。
by masagata2004 | 2006-12-24 21:57 | 自作小説

映画「マイアミ・バイス」 コン・リーがセクシー

80年代、ドン・ジョンソン主演で大ヒットしたアメリカ東部の有名リゾート都市、マイアミを舞台にした特捜刑事ドラマのリメイク版。

私個人としては、リメイク版は好みではない。リメイク版は、どうもがっかりさせられることが多い。特にオリジナルをよく知っているとだ。いい例が、チャーリーズ・エンジェルだった。オリジナルのイメージと重なり合ってしまう。

だけど、このマイアミ・バイスは良かった。というか、テレビ版があまり好きじゃなかったので、この映画版の方が、別物として魅力的に思えた。テレビ版よりもアクションに重きをおいたから、すっきりと楽しめた。もちろん、テレビ版でも売り物にしていたマイアミというかフロリダやカリブならではの風俗もふんだんに見せ、楽しませてくれる。
また、100インチ画面の我がホームシアターだと、海を高速艇で走るシーンは臨場感抜群。
それだけでもレンタルして正解だった。

映画では、麻薬組織に潜入する捜査官ソニーをコリン・ファレルが演じていたが、ソニーが恋する麻薬組織のボスの愛人をコン・リーが演じていた。それが、見事に味を添えていた。コン・リーは、映画「SAYURI」でも、いやゆる悪役として登場したが、その悪役的な美が、この映画でも活かされていた。

ちなみに私はマイアミを含めフロリダに10年前行ったことがある。楽しかった。美しかったが、ハワイと比べると日本人向きではない。カリブ的でアクが強く、さらにアメリカ東部の気風があってちとお堅い。

でも、機会があったら、もう一度行きたい。

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by masagata2004 | 2006-12-23 14:49 | 映画ドラマ評論

さすが元総理のいた町

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タカ派らしい風景を目の当たりにする。
by masagata2004 | 2006-12-21 11:26 | 風景写真&動画集

映画「海猿 LIMIT OF LOVE」 邦画のLIMITが見えた

DVDで、この映画を借りた。公開中、大ヒットを記録して、ヤフーの映画評論でも高得点と好評を得ていたので、DVDがレンタルされたら是非とも観ようと意気込んで借りた。

何でもアメリカでも公開されリメイク版の話しが出ているというニュースも聞いた。

ストーリーは海難救助の保安官の主人公が沈没するフェリーで、命からがら逃げ遅れた乗客を救うというもの。そして、手詰まり感のあった婚約者と仲直り。
ハリウッドスケールという話題だったが、つまりのところ、ハリウッドの「ポセイドン・アドベンチャー」をまねたようなもの。

だが、所詮は邦画。日本映画はつまらん、いつもがっかりさせられる。私の独断と偏見なのだろうけど。

ネタがありきたりすぎる。俳優の演技は主演の伊藤英明を含め頑張っていたが、脚本に努力が足りなかったような気がする。助けるのが、乗客たった2人だけではね。台詞も使い古されたものばかりで聞いてて吹き出しそうだった。20年前のメロドラマからパクッたんじゃねえのか。

それに山場が少ない。もっといろいろとあればいいのになと思った。特に沈没してから、海底で救われるまでに船内でもう一悶着あっても。婚約者も逃げ遅れ巻き込まれていれば、もっとスリリングになったのになとも思う。

どうせなら、こんな風にしてみてはと思ったぞ。観た人なら分かるパロディ版。

主人公の仙崎太輔は、彼女との結婚に踏み切れないでいた。それは3ヶ月前に海中に墜落した飛行機の乗客を救えなかった無念さから立ち直れなかったからではない。それは、彼女より好きな人が実はいたからだ。

でもって、海難救助、船内で妊婦とけがしたおっさんが逃げ遅れ、援護に来た同僚の吉岡と共に船室に閉じこめられる。何とか逃げ出そうとするが、船がどんどん傾く。そして、同僚が崩れたものに挟まれ身動きが取れなくなる。時間もないなか、吉岡に酸素ボンベを置いて置き去りに、やもえず乗客と共に脱出へ。「必ず戻ってお前を助けに来る」と告げ涙を流し去る。

その時、太輔はあることにはっきりと気付く。元恋愛研究部員の妊婦が太輔に言う。「恋愛にはいろいろな種類があるの。こだわらず正直にならないと」
煙突室に着く。そこで携帯電話を見つけ、婚約者に電話。
「悪いが婚約は解消してくれ。君を愛していない。君は、準主役のわりには美人じゃない。使い古したレースカーテンで作ったようなウェディングドレスを着ることを夢見、それを守るためなら海難救助の妨げになっても構わないというバカでずうずうしい女には用はない。結婚して子供を作りたいとは思わない。子育てには金がかかるし、出生率も下がっている。サービス残業が増え日曜も仕事で忙しいから子供と遊べない。だから、結婚に夢は持てない。それに、俺は俺は、元々お前より好きな奴がいたんだ」
そこで携帯の電源がダウン。そして大水が。船が沈没。

だが、海底で何とか生き延びて、そこで他の保安隊により救助される。そして、挟まって身動きの取れない吉岡も助ける。

地上に上がり、救急車へ。彼女は当然、会いに来ない。だが、それでも太輔は構わなかった。救急車の中で、真の愛を見つけたのだから。
「吉岡、もう俺は迷わない」
と言いながら、二人は口づけを交わす。

ハッピーエンド。ブロークバックマウンテンの水中版というべきかな。

そういう感じにした方がおもろかったと思うのだが、そう考えたくなるほど、ストーリーがありきたりでつまらんかった。

ただ、邦画はそもそも私好みでないことが改めて認識できた。「硫黄島からの手紙」で邦画をたまには観てもいいかと思ったが、日本人が作る邦画だと物足りないんだよな。
以下に箇条書きで邦画が嫌いな理由を挙げる。

1.映像が暗い。
2.立体感がなくフラット。
3.ストーリーがワンパターン、未だに男らしい、女らしい古典的なキャラにこだわっている。
4.所詮は日本が舞台。非日常が感じられない。私は映画に非日常を求めている。

外国映画は、舞台が外国なんだから、観ているだけで外国旅行ができる。当然、国内旅行より普段感じれないものがあり楽しい。日本映画の場合、ひどいのは旅行さえしている気分にさせてくれない。近くの公園で遊ばされているつまらなさしか感じさせてくれない。

ハリウッドなら日本を舞台にしていたとしても面白い。「硫黄島からの手紙」と「SAYURI」で描かれた日本の方が、リアルで魅力的に思えた。日本人にはない独特の視点。日本をエキゾチックかつドラマチックに描ける視点がハリウッドならあるんだな。私の自作小説もハリウッドに作ってもらいたい。

というか、娯楽性の追求という意味ではハリウッドの方が優れているんだ。ストーリーが単純でも、場面場面のつなぎはしっかりしているもんな。緊迫感を損なわせないし。

そうだ、ハリウッドリメイク版に期待しよう。それなら、楽しめるかも。

ただ、日本映画全てが悪いわけではない。今でも印象に残っているのは、「私をスキーに連れて行って」と「Shall We ダンス」だ。この両方は、逆に日本的な魅力があるんじゃないかなと思ったりする。

でも、ほとんどはがっかりさせられるから、できるだけ観ないしレンタルもしないことにしとるわ。

さて、今夜は何を借りようかな。

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by masagata2004 | 2006-12-20 19:51 | 映画ドラマ評論

映画「硫黄島からの手紙」 ぞっとする日本軍と日本の姿

先週の土曜日にクリント・イーストウッドが監督をしたというハリウッド製の日本映画「硫黄島からの手紙」を観に行った。この映画を観たいと思ったそもそものきっかけは、映画の中で重要な登場人物として描かれている西竹一中佐ことバロン西に関心があったからだ。

かつて乗馬に夢中になっていた頃、1932年のロサンゼルス・オリンピックで金メダルを獲ったバロン西の話しを乗馬仲間から聞いた。日本で唯一、馬術競技でメダルを獲った人だと。イタリアで買ったウラヌス号との出会い、血統では劣っていたのにもかかわらず番狂わせの優勝をしてアメリカで大絶賛を受けたこと。

その後、硫黄島の戦いで玉砕したとか。米軍は、金メダリストの西中佐を失いたくないあまり必死で投降を呼びかけたとか。しかし、投降呼びかけの話しは創作であったらしい。映画にも全く出てこなかった。

この映画での西中佐は、伊原剛志が演じていたがちょっとミスキャストだった。貴族軍人という感じがしなかった。乗馬のシーンは当然吹き替えだし。それに残念だったのは、その西中佐がアメリカで金メダルを獲った時の回想場面が出てこなかったことだ。栗林中将のアメリカ滞在の回想シーンは何度か出て、それが硫黄島との場面としていい対比になっていたが、バロン西のそれも是非ともハリウッドらしく作って欲しかった。

映画では、バロン西と栗林中将は重要な登場人物として出てくるが、主人公ではなかった。主人公は二宮和也が演ずる徴兵されて嫌々ながら従軍する若い兵士。戦時体制によりパン屋の職を失い、身重の妻を残し硫黄島での従軍生活。意外にこれって当時の日本国民の本音だったと思う。「靖国」「お国のために」「愛国」が、映画のなかで随所に出てきて、当時の日本のいびつな状況を色濃く出している。
また、主人公と知り合う元憲兵の兵士の回想シーンも恐ろしく印象的で現代の右傾化する日本を彷彿とさせた。憲兵隊が、日の丸を掲げていない家を「非国民の家だ」と注意するシーン、まさに最近の情勢を彷彿とさせる。

こんなものをクリント・イーストウッドが?と思うと驚嘆ものだ。それほど日本のことに造詣が深いのだろうか。

どうやって監督をしたのだろうか。言葉の抑揚の違いをどう見分けたのだろうかと疑問に思うが、ハリウッドの凄さを身にしみて味あわされたように思う。栗原中将役の渡辺謙が出演した「SAYURI」でも同じようなものを感じた。その点はこの記事を。

日本人以上に日本を外国人の方が知っているのではと思えてきてしまう。ジャーナリストの安田純平さんは、そういうところを素直に認めていないが、そんな彼でも「硫黄島からの手紙」を観れば、納得するだろう。江戸時代の日本にお歯黒、橙色の灯り、男色があったことを表現できるのは日本人以外の客観的な視点でものを見られる人々ではないのか。

是非ともハリウッドに私の自作小説「白虹、日を貫けり」を映画化して貰いたいものだ。SAYURIのように全編英語版でも構わないので。時代やテーマも、硫黄島やSAYURIとマッチングする。その上、ハリウッドなら日本ならではのタブーを気にせず遠慮なく描ける。

ちなみにこの映画は、大反戦映画だ。日本映画では無理だろう。どうも遠慮がちになって、我が軍を美化してしまう。映画では日本軍のおぞましさを兵士に玉砕を強要するシーンで見事に表している。栗原中将は玉砕に反対で生きて最後まで戦うよう指令を出していたが、その指揮官の指令を無視してまで兵士は玉砕を選ばされる。怒りを最も覚えたシーンだった。

映画のメッセージは、「自ら死を選ぶのは美徳ではない。卑怯者になっても生き延びろ」ということだった。まさにその通りだと思う。特に自殺を安易に選択する日本人の思想は西洋人からすると納得のいかないものなのだろう。ある意味、日本人の精神のもろさを象徴するものだともいえる。そういう視点もあるのだなと納得がいった。


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by masagata2004 | 2006-12-18 23:27 | 映画ドラマ評論

有名人と会った

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サンコンさんでした。
by masagata2004 | 2006-12-16 15:17 | 風景写真&動画集

パーティの夜、コンタクトしたまま寝てしまった

みんなを招いて、スシとピザをほおばり、ワインを飲みながら、我がプレースの100インチ壁スクリーンで映画鑑賞。ジョージ・クルーニーの「オーシャン12」。つまんない映画だったが、仲間に自分はクルーニーに似ていると勘違いしているクルーニーファンの外人がいたので上映した。

楽しい夜だった。ワインに酔ったせいか、とはいっても意識ははっきりしていたが、風呂に入っている時も、その後に、茶を飲んだ時も、コンタクトをつけっぱなしであったことに気付かなかった。

いつもの眼鏡やコンタクトを外した視界と比べ、明らかにはっきりしていたのだが、そんなことに気付かず、裸眼のままだという錯覚に陥っていた。無意識に酔っていたと言える。

朝起きて、それに気付いて慌てた。

目に何かが付いていると気付いた。視界も一部がはれ上がってぼやけている感じに。

そして、それが何であるか、昨夜の自分の行動を振り返り、慌てて目薬をつけ、コンタクトを外す。

今日は、眼鏡をつけて一日を過ごした。目を休めてやらないといけないと思った。
by masagata2004 | 2006-12-04 20:36 | マサガタな日々


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

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