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いじめの真の解決法 学校は勉学のみの場所とする

Excite エキサイト : 社会ニュース

このことは、社会学者の内藤朝雄氏が語っていたこと。

これって私が、子供の頃から思っていたことだ。制服をなくし、学級もなくして、担任もなくす。学科は単位制で、それぞれ個人個人によって時間割が変わる。そんな状態を小学校の頃から当たり前にすればいい。修学旅行、運動会、学芸会も自由参加かなし。

同じ教室に朝から晩まで赤の他人が押し込められているから、余計なトラブルが起こる。

人間関係は、あっさりドライに。先生は数学とか国語とか学科さえ教えてさえいればいい。

課外活動は、完全にプライベート。学校を聖域化しない。村社会の共同体としない。

いじめる子がいれば簡単に無視できる。別に同じ教室にいつもいるわけじゃないんだから。

また、しつこいようだったら、警察を呼べばいい。校内に警備員を入れる。学校組織だけで解決しようとしない。学校が、きちんと対応しないのなら、民事の賠償請求をすればいい。また、いじめっ子の親には弁護士を通して警告状を出せばいい。裁判所に接近禁止命令を出させる方法だってある。

学校ではいじめを受けるので勉強できないというのならば自宅学習という方法もある。または、民間の塾が変わりになればいい。

世の中には、いろいろな人間づきあい法がある。苦しくても特定のところでしか生きられないという状況が、自殺をしたくなるほど自らを追い詰める元となる。嫌なら簡単に抜け出せればいい。

「なるほど」と思う人は、クリックしてください。ランキングへ。
by masagata2004 | 2007-11-30 23:57 | 時事トピック | Comments(0)

人間の傲慢さの境地としか言いようがない

ヒョウに似せたハイブリッド猫、米バイオ企業が販売 | Excite エキサイト

そりゃ、この地球は人間様が支配していることに変わりないが、だからって、命ある生物を、それも愛玩用、食べるわけでも、新薬の実験に使うわけでもない猫を、人間の好みで造り変えるなんて度を超している。

そりゃ、ペットショップで売られている猫は、所詮は商品だけど、命ある生物であることを尊重しないと。多少のかけ合わせはあってもいいけど、ここまでするのは度を超している。それも、240万円で売るとか。バカみたいな値段。

そんなお金があったら、路地裏の野良猫の救済費用に使ったら?と思う。

猫は雑種でも十分可愛い。要は、なついて慰めてくれれば、それで十分。

猫を飼っていた時期を今でも思い出す。人間と同居するよりも、はるかに楽しい。心休まる。
以前、飼っていた猫は、生まれつきの障害があったけど、それでも一緒にいて良かったと思う。もうあれほど楽しい日々は過ごせないだろうと思うくらいに。

その意味で人間は猫とできるだけ対等に付き合っていくべし。やましい気持ちでいじくっちゃ駄目だ!
by masagata2004 | 2007-11-30 19:57 | ライフ・スタイル | Trackback | Comments(1)

自作小説「インペリアル・ホテル」 第4章 曾祖父を訪ねる

タイムスリップ・ファンタジー、真実の愛を求めて現代から大正時代へ。

まずは序章から第3章をお読み下さい。

 敬介を乗せた人力車は、走った。お濠沿いの道を本郷に向けてひた走った。目的地がはっきりしているとあってか、勢いのついた走りだ。人力車に乗ると、馬に乗っている時の気分を思い出す。敬介が十年前から始めたスポーツだ。たまたま友人の誘いで始め、手綱を操るテクニックを習得するうちに病みつきになっていったスポーツだ。
 人力車は、馬ではなく人間が引く。だが、座っているところの高さは、同じくらいに見える。実際、馬の背の方が高いが、気分的には同じ高さから見下ろしている気分になる。そういえば、大正時代日本を訪れた物理学者アルベルト・アインシュタインは、人力車を見て奴隷的な乗り物だと批判したと言われている。確かにそうだ。人間を馬のように扱っているのだから。
 しかし、これから会おうとしているのは、アインシュタインと同様、物理学者だ。アインシュタインほど世界的に有名だったかは知れないが、日本国内では、当時、大変有名で敬介の生きていた時代では歴史上の学者である。
 何だか、「バック・ツゥー・ザ・フューチャー」という映画を思い出す。テレビでたまたま暇つぶしに見た映画だ。一九八五年のアメリカ中西部の町に住む主人公の高校生が、知人の科学者が発明したタイムマシーンに乗り三十年前の一九五五年の同じ町にタイムスリップして、当時若かった彼の両親と出くわす物語だった。主人公が、一九五五年に来た時、最初に会いに行ったのはタイムマシーンを発明した当時の若かかりし科学者だった。
 敬介は、当時は”生きていた”博士に会いに行くのだ。敬介にとっては、歴史上の人物である。だが、会ったところでどうすればいいのか。博士は、自分のことを知らない。説明したとしても信じて貰えるはずがない。敬介にとっても自分の曾祖父といっても、初対面である。外見は古い白黒の顔写真でしか知らない。どんな声をしていたかは分からないし、背格好も分からない。
 気が付くと、人力車は坂道を上っていた。この地形は馴染みが深い。「本郷通り」だと気が付いた。そうだ。本郷に向かっているのだ。このまま行けば、ニコライ堂という大きなキリスト教のドームと塔の建物が見えてくるはずだ。丁度、その聖堂のある角を曲がって、本郷に入っていけるのだ。
 そう思った瞬間、聖堂の建物が見えた。白い建物がどんとそびえ立つ。そうか、確かニコライ聖堂が建てられたのは、一八九一年だ。大正時代には存在していた。そうである。聖堂はそのままだが、周囲はまるで違う。高層ビルなどなく、聖堂が、普段見る以上に際だっている。
 車夫は、聖堂の角をさっと曲がり、本郷の中へと入っていく。敬介は、聖堂を間近に眺める。聖堂の真正面に来る。はっと、気付いた。普段、目にする聖堂の姿とは違うところがあった。塔の高さだ。正面から左側が、ドームで、右側が鐘楼の塔になっているのだが、その塔の高さが普段見ているものより高い。明らかに高い。その上、丸い形ではなく、とんがり帽子だ。
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 敬介は、建築の勉強で習った歴史を思い出した。それは、このニコライ堂は、大正時代の関東大震災を受けて、一部損壊を受け、その後の改修で耐震性を向上させるため塔の高さを低くしたのだ。となると、この時代は、関東大震災が起こる前の大正時代ということか。関東大震災が起こったのは、確か一九二三年、大正十二年、月日は、防災の日の九月一日、時刻は正午直前だった。祖父の日記にもそのことが書いてあった。その震災以前の大正時代に来ていることになる。
 ニコライ堂を過ぎてしばらくすると、住宅街だった。何だか見覚えのある道なりと区画に来た。立ち並ぶ家々は、明らかに違うが、建ち並び方、区画の幅、道の幅は、自分の住まい周辺とよく似ている。かつてはこんな感じだったのかと思わせる。松原家は、道の行き止まりに位置している。家につながる道を入ると、やや勾配のある緩やかな坂があり、その先に家の玄関が見えるのだ。袋小路上で、行き止まりの玄関の両側に分岐する道はない。だから、家を離れる時は、玄関までの同じ道一本を戻るしかない区画だ。
 そして、そのままの袋小路の区画を人力車は進んでいく。人力車は止まった。
「ほい、ここが博士様の家ですよ」
と車夫。敬介は、車を降り、家を眺めた。今、新築中の前の家を思い出したが、それとは違う。間取りはよく似ているのだが、確か新築のため取り壊した古い家は、敬介が生まれる少し前に父が、新婚を期に設計して建てた家だ。その前の家はというと、父から聞いたところによると空襲で焼けた後に、祖父が設計して建てたものだったのだ。空襲で焼ける前の家は、確か関東大震災で焼けた家の後に建てられたと聞いた。つまり、今、目にしている松原家は、新築中の家からすると四代前の家だということになる。新築中の家と大きさは変わらないし、玄関の位置と基本的な間取りも大差ないように見える。
 これが大正時代の松原家だったのか。しかし、何度も自問するが、本当に自分はタイムスリップして大正時代に来てしまったのか。
「お客さん、二円五〇銭です」
と車夫が呆然と家を眺める敬介に話しかける。
「はっ?」
と敬介は返す。
「はっ、てお客さん、お代を払って貰わないと困りますよ。ここまで二円五十銭だと言っているでしょう」
 敬介は、この車夫と帝国ホテルの前で出会った時から今までのことをふと思い返していた。ここまで来るのに三十分ほどかかったようだ。車なら十分か十五分の時間がかかる。普通に歩けば一時間はかかる。走って進む人力車の速度を考慮に入れると距離的には帝国ホテルから自宅まで、ほぼ自分の知っている距離を進んだことになる。車から見た風景は、皇居、ニコライ堂を除いては、かなり違ったものだったが、大正時代の東京にいるんだという言説に説得力がないこともない。
 しかし、未だに信じられない。「バック・ツゥー・ザ・フューチャー」のようにタイムスリップしたというのか、確かに明治村ではないことは確かだが、だからといって、SF映画のような奇想天外なことが起こってたまるかと主張したくなる。
 敬介は、財布から小銭を三枚取り出した。アルミの一円玉三枚だ。
「お釣りはいいから」
と車夫の手に渡す。これで、変な夢からお互い覚めるだろうと敬介は考えたが、
「おい、何だこりゃ」
と車夫が、つっかかる。
「三円だよ。一円玉三枚。分かるだろう」
 車夫が、普通に受け取ってくれることを敬介は願っていた。今までの大正時代の振りは冗談だったと思えるように。
「おい、ふざけんじゃねえ。一円というのはお札だ。お札を出しな」
と車夫が形相を変えて、敬介に突っかかる。
 敬介は勢いに押された。お札を出せば何とかなるのか。財布から、札を一枚取り出し、車夫の手に渡す。車夫は札を見た。
「おいおい、こりゃ何だ」
「とりあえず、千円札だよ。これじゃあ足りないのかい」
「足りないも何も、こんなお札見たことねえよ。これはインチキだ。こんなの使えねえ」
「使えない? そんなはずないさ。これは立派な日本銀行券だ」
と敬介は、急に気分が変わり、勢いをそのまま返すような口調で車夫につかかった。言われ放しも悔しい。
「君たち、いったい何を騒いでいるんだ。わしの家の目の前で」
と別の声がした。中高年の男性の貫禄ある声だ。家の玄関から出てきた。着物を着ている。
 敬介は、その男と顔を見つめ合わせるとはっとした。見覚えのある白黒写真の顔とそっくりだ。身長は、自分より少し低い。
「博士様、実を言いますと、このあんさんを帝国ホテルからここまでお連れしたんですが、お代を払わないんですよ。こんなインチキな紙切れを金だなんて言って。さっきから狂っているんですよ」
「狂っているだと失礼な」
と敬介は車夫を睨む。博士は、車夫が見せたお札を見つめ、車夫の手からお札を取り出し言った。
「おお、これは野口君ではないかね。私は彼と帝大で会ったことがあるが、そっくりじゃないか。何で、この札に、ん、千円札、そんなものに印刷されているのかね」
と博士が言った。博士は、じろじろと物珍しそうに千円札を眺める。
「千円札で足りないようなら、これはどうだ」
敬介は、博士の様子など気にせず、けんか相手の車夫に向かって五千円札を見せつけた。
「おお、これは樋口一葉さんじゃないか。「たけくらべ」を書いた女流作家の写真だ。こんなにきめ細かに印刷されているのか」
と博士は言いながら、敬介の手から五千円札を奪い見つめる。
「どうやら、博士様の方が、お札の価値をお分かりのようだ」
と車夫は札をじろじろ見つめる博士に皮肉っぽく言った。
「そんなに珍しいものなんですか」
と敬介は、博士に話しかける。
「ああ、こんなもの今まで見たことないよ。どこの国のお札なんだ。日本銀行券と書かれているが、これは日本では流通されていないお札だ。千円とか五千円とかとてつもない額のお札を発行できるはずがない」
「一万円札だってありますよ」
と敬介は、財布から取りだし、博士に見せた。
「おおお、これは福沢諭吉先生ではないか。ずいぶん前に亡くなられたが、若い頃にお会いしたことがある。それがどうしてこのお札の顔に」
「何でもいいけど、お客さん、ここまで運んできたお代あっしに払ってくださいよ。そんなとてつもない大金でなくていいんで」
と車夫は苛々しながら皮肉を込めて言った。
「お代とはいくらなんだ。何ならわしが払うよ」
「二円五十銭ですが」
と車夫が言うと、博士は、着物の袖から財布を取りだし、そこから三枚の札束を取り出した。一円札三枚だ。
「お釣りはいいからとっておきなさい」
と博士が言うと、車夫は急に機嫌のいい表情になった。
「ありがとうっす」
と言い、車を引っ張り、袋小路の道を逆方向に向かって走らせてその場を去っていった。
「さあ、ところで、君は誰だね。わしのところに訪ねてきたみたいだが、どういう目的を持ってのことかね。もしかして、このお札を見せたくてか。実に面白いものを持っている。どうだね、わしの家に入って、どうやってこのお札を手に入れたか話してくれないか」

第5章へつづく。
by masagata2004 | 2007-11-25 14:50 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)

上野公園の風景 消えた高層ビル

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一年半前に来た時はあった高層ビルが姿を消した。なんとなく恐ろしい気分になる。
by masagata2004 | 2007-11-25 10:26 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

なんと豊かな国なのか!

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この写真は、出勤中に目にした風景。犬の美容師専門学校の実習みたいです。なんと豊かな国なのか! たかがベットの毛の世話人養成のため専門の学校ができるとは。ある国では動物園の虎が餌を与えられず共食いしているというのに。

しかしながら、そんな豊かな日本だが、生活保護を受けられず餓死をする人が続出している昨今。世の中、こんなんでいいのか?
by masagata2004 | 2007-11-22 09:58 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(2)

小説で地球環境問題を考える Part 19

地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 18を読んでください。


 数十分後、健次は、由美子に今まで自分の身に起こったことをすべて話した。あの日、夜遅く見知らぬ男達に森に連れ去られ、そこで、コブラに噛まれたが、森の原住民に助けられ、解毒作用のある薬草を飲まされ命を取り留めたこと。その効果からその草の研究を始めたこと。そして、びっくりすることに草の成分に癌を治療する効用が見られたということ。だが、そんな折に研究所に火炎瓶が投げ込まれ、銃撃まで受け、一緒にいた親友の堀田が重傷を負ってしまう目に遭ったこと。
「信じられない。健次と堀田さんがそんな目に遭ってたなんて! それで堀田さんは大丈夫なの?」
「ああ、危険な状態は脱している。あとは回復に向かうだけだ。彼の奥さんと家族も駆けつけている。命を狙われた銃撃事件ということもあって現地の警察もあいつに厳重な警備をつけている」
 由美子は、自分と関わる人間がやたらと災難に巻き込まれていることにショックを受けた。誰も彼もだ。しかし、落ち込む暇もなく立て続けにことは起こっていく。それが、腹立たしくやるせない。
「そんなことより、由美子。この薬草を試してみたいんだ。親父さんを人体実験に使うようだが一か八かの勝負だ。これを飲ませるだけでいいんだ。薬理学者の俺が保障する。何だかの効果があるはずだ。この草には、そんな魔力が存在すると思う」
 由美子は、言った。
「いいわ。健次、お父さんに話してみるわ」

 由美子は、ベッドに横たわる清太郎に話しかけた。父親は苦しそうな表情をしている。病状が悪化の一途をたどっていることを物語っている。
「お父さん、私の友人の健次さんが、薬を作ったの。とっても不思議な薬なの。薬理学者の彼がいい効果を保障出来るっていうくらいよ。実際はどうなるか分からないけど、希望にかけてみたいの。もしかして、お父さんの命がほんの少しでも伸びることにでもなれば、それだけでも素晴しいことと思うわ。ねえ、試してみて」
 清太郎は、かすかに微笑み、うんっと首を縦に振った。

 主治医である野村院長は、あくまで患者との同意で行う民間療法としてなら、何が起こったとしても主治医と病院側が一切責任を負うことはないので許可するということだった。飲み薬ならば、注射と違い、厚生省の認定を受けた薬以外でも、投与しても違法行為とはみなされないのだ。
 健次は、草をまぶし水に溶かした液を清太郎の口に運び、ゆっくりと流しこんだ。清太郎は、精一杯の力を出して飲み込んだ。そして、しばらくすると眠りに入った。
 健次は言った。
「由美子、これから先おまえの親父のことは、俺に任せろ。今日初めて会った人なのに、任してくれっていうのはずうずうしいけどな。俺が薬を渡した以上、責任がある。それに今診ているのは俺にとっても、おまえと同様大事な人だ。だから、これからスワレシアに戻るんだ」
「え、そんな、お父さんをおいて行けっていうの?」
「由美子、スワレシアでは、おまえにとっての大事な戦いが始まっているんだろう。さっきテレビを見ていたおまえの姿で、そう分かったんだ。おまえは行くべきだ。戦いに参加すべきだ。おまえがリーダーになり、敵を圧倒させるべきだ。今行かなければ、他に行けるチャンスはないはずだろ。君の親父のことは俺が責任を持って面倒を見る! 俺たちは一心同体だ。だから俺がここにいればいいんだ」
 由美子と健次は、見つめ合った。そして、二人は強く抱き締めあった。
 由美子は、思った。確かに今しかチャンスはない。発電所建設工事は、あと二週間もすれば始まってしまう。由美子は、時計を見た。急いで成田に行けば、今日中にスワレシアに戻れる。
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Part 20へ続く。
by masagata2004 | 2007-11-19 22:42 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(0)

こんなんだから商店街は衰退するんだよ

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開催地に選ばれる確率は低く、開催されても好景気は一時的でしかない。開催のため築地はなくなり商店で売る食べ物は汚染される。
by masagata2004 | 2007-11-18 11:29 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

「マイ・ファーザー 死の天使」 善悪の境目とは何か?

ヤフーのDVDレンタル会員となり、郵便で届けて貰ったディスクで映画を観賞した。

物語は、ナチス時代、アウシュビッツでユダヤ人の子供の生体実験をした医師、ヨゼフ・メンゲレの息子が、ブラジルで隠れながら生活する父親を訪ね、犯した罪について問いただす話しだ。

実話に基づく話しと言うから身の毛がよだつ。メンゲレの役は、チャールズ・ヘストンが演じているからやけにリアルだった。この人って、全米ライフル協会の会長だった人で、銃に対する信仰がとても厚いのだ。いびつなイデオロギーをごく自然に語り尽くす姿が、銃規制に反対する語り口と妙に重なり合う。

印象に残った台詞は「自然に善悪などない。ただ生き延びることだけを考えている」と。

ナチズムをただ批判するだけでなく、なぜこんなことが起こるのかということをじっくり冷静に見つめないといけないと考えさせられる。

というか、最近の世界情勢がナチズムに近くなっているような、911後のアメリカ、そして、バブル崩壊後の日本もそうだ。

こういう時代は、精神論が先行する。日本の自由主義史観なんかも、ナチズムのアーリア民族優越主義と共通する。そして、そのことに歯止めがかからなくなる社会情況。この辺に関しては、「ヒトラー」というドラマを見て知った。また、自分自身も、自国の歴史に関してこういう小説を書いた。

この医師によって犠牲となったユダヤ人の方々には心より哀悼の意を捧げたいと思う。来年にでもアウシュビッツを訪ねてみたいと考えている。人間なら誰しもが訪ねるべき場所だと思う。日本人の我々も731部隊などやってきたのだから無縁ではない。というか、日本はナチスと同盟を結んでいたのだから。ヒトラーは、日本が真珠湾攻撃をした時、「強い味方が出来た」と喜んでいたのだから、「我が闘争」では、二等民族だと蔑視していたくせに。

だが、もっと残念なこともある。それは、迫害を受けたユダヤ人達が、イスラエルへ逃れ、パレスチナの人々に対してやっている仕打ち。自らの苦難の体験を、正当化の口実に使ってるのが残念でならない。そのことに関しては、この評論を。

人間とは果てしなく永遠に争いあう生物なのか。

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by masagata2004 | 2007-11-16 22:47 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

ディズニーは人種差別主義者だった。

Excite エキサイト : 国際ニュース

この事件とは直接関係あるかしれないが、この散骨をした人は、亡くなった人のディズニーランドに対する思い入れから、そんなことをしたのではと推測する。

ディズニーに対してファンタジーなイメージ持つ人が多いけど、アメリカで黒人の大学講師から聞いた話しでは、ウォルト・ディズニーは周囲の人の証言によるとかなりの人種差別主義者だったらしい。ディズニー映画にも、その思想はかなり反映されていると考えた方がいい。

何というか、ディズニーとドイツのナチズムって同じ時代に発生した文化だよね。

以前、ディズニーシーに行った体験を思い出す。きれいで幻想的な世界が完璧なまでに演出されていたが、その完璧さに不気味さを感じざる得なかった。1930年代大不況の絶望に生きていた人々をまやかしの世界に誘った魔法の原理が見てとれた気がした。

その魔法は、アメリカ発のグローバル化を成功させた。マクドナルド、スターバックス、ヒルトンホテルと続く。そして、その画一的なグローバル化にのまれ、真理を見失う人々が葬られるのには最適な場所なのかもしれない。

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by masagata2004 | 2007-11-15 23:28 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

ホームレス支援NPO「もやい」を訪ねて

Excite エキサイト : 社会ニュース

このニュースを読んで、先月、訪ねた「もやい」というNPOを思い出した。

このNPOを運営する湯浅さんは、「貧困襲来」という本を書いており、日本の貧困層が拡大している実態を伝えている。

最近、注目されている「ネットカフェ難民」とやらは、路上生活者であるホームレスとは区別されているらしい。だから、支援の手が届きにくかった。でも実質上は、定住する住まいがないホームレスなのである。電車を住まいにしたり、マクドナルド、サウナを住まいにすることも同じである。月数万円の収入しかなければそうするしかない。また、レオパレスやスマイルサービスといった敷金礼金なしの安アパートも実を言うと、居住権を保証してない意味でいえば、その居住者は公的にホームレスといっていい。

このような貧困層が出るきっかけは、経済のグローバル化による企業の人件費削減と市場の自由化による商店街倒産などのコミュニティ崩壊が原因しているということだ。

日本はもはや正社員や終身雇用が当たり前の時代ではない。労働者の3分の1が非正規雇用待遇だ。

税金の無駄遣いと思っている方々も、明日は我が身と思い、この問題を真剣に考えるべきであると思うのだが。

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by masagata2004 | 2007-11-07 20:43 | 時事トピック | Trackback | Comments(2)


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

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