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軍民共用ではなく、返還できるだろう

Excite エキサイト : 社会ニュース

思いやり予算を払うのやめれば。あれって、そもそも日米地位協定違反だろ。

そもそも、冷戦終わって、ソ連が崩壊したのに米軍なんて要られねえだろう。

中国は、世界最大の米国債保有国だし。日本軍をもってすれば、中国が襲ってきても数時間で倒せるというほどだし。

米議会で軍部も言っている。思いやり予算を日本が出すから安くつくんだって。駐留費の7割も出してるんだもんね。そりゃ、居座るわ。税金も払わずに済むし。おもろいことに、防衛省から払われる地代と駐留経費で食っている日本人もいるからね。

簡単だ。米軍にどうとか言うより、アメリカ追従の政府自民党と外務省に考えを変えさせればいいんだよ。とは言っても無理、彼らアメリカ恐怖症がしみついているから。

2年前、参院で思いやり予算を否決した民主党が政権取ればできるかもしれん。

何たって、アメリカは2つの敗戦と金融危機で国力が激減して、経済においてもお付き合いするにふさわしくない国。どうせもの売っても買う力無いし、ドルで払って貰っても、価値は下がるばかりだから、気にかける必要はなし。オバマが気勢を上げても、覇権の座から降りるしか道はない。

それよりも、敗戦後遺症から抜け出して、占領軍には出ていってもらえばカタはつく。横田もそうだけど、横須賀もそうだよ。原子力空母を母港として貸すとは。こっちが金払って、治外法権認めて、自衛隊が隅っこに追いやられているんだよ。

フィリピンなんて、地代を値上げして米軍追い払ったんだぞ。

「思いやり予算」が友好の印だなんて、バカにすんな。というか、そんなことしているから、バカにされるんだよ。

ま、9条を変える時期に来ているんじゃない。

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by masagata2004 | 2009-01-31 16:13 | 時事トピック

以前、住んでいましたよ

Excite エキサイト : 経済ニュース

ほぼ、10年前まで。それも、多摩川の土手の近く。近くには大きな公園がありました。自転車で10分ほどいけば、市街地があり、生活も不便ではなかったです。

時々、そんな思い出に浸りたくて、訪ねたりすることがあります。
by masagata2004 | 2009-01-29 22:52 | マサガタな日々

プレカリアートで稼ぐ人々

最近、格差社会、派遣切り、貧困の増大などで、いわゆるプレカリアート(非正規雇用者)の人々の生活や、彼らの不満を代弁する内容のネタをメディア上で繰り広げる言論人がすごい注目を浴びている。

その代表格は、女性では雨宮処凛で、男性では赤木智弘だ。

雨宮処凛は、日比谷公園の派遣村で、ちらりと目にしたことがある。

でもって、最近、彼女のネットラジオ番組オールニートニッポンにはまっている。

内容は、若者の貧困問題で、壮絶な現実の告発とそれに対する白熱した議論が繰り広げられている。
いやあ、ネットはいいメディアだと思う。彼女の話もうまい、ゲストの専門家のトークを見事に盛り上げさせてくれている。

赤木智弘は、今日、阿佐ヶ谷で出会った。カフェ内のステージでトークショーに出演。貧困と恋愛に関する議論を画家で雑誌ロスジェネの編集委員、増山麗奈と繰り広げていた。彼もトークがうまい。

何でも、田舎で自らの貧困生活から来る不満を綴った本を執筆し、その結果、本が売れに売れて、今や東京に引っ越しができるようになるまでなったとか。

彼らと自分は、ほぼ同世代で、いわゆる「ロスジェネ」とかいわれている。貧困にぶち当たる経験はまだないものの、同世代として共感があり、今後の活躍を見守っていきたい。
by masagata2004 | 2009-01-29 22:41 | 時事トピック

皆さん、オバマさんを買いかぶり過ぎていない?

Excite エキサイト : 国際ニュース

黒人で貧しい家の出身だからって、いい人とは限らない。

彼がこの地位に登りつめるためには、そうとうな荒行をやってこなければならなかったんだから。

実のところ、黒人に限らず、白人の大統領、例えばクリントン氏のように貧困層出身は、いわば、特権階級に仕えるプロフェッショナル階級のような立場にある。封建社会であれば騎士のような人。グッドウィルの折口、竹中平蔵も、似たようなところがある。特権階級の顔色をうかがいながら、のし上がってきたのだから、考え方も彼らに自ずと似る。属性に期待し過ぎてはいけない。

仮にオバマ氏がいい人であったとしたら、彼はもちろんのこと、マキャベリストなのだろうから、当然、自分を押し上げてくれた有力者の顔色をうかがいながら、政策を実行しようとする。真っ正面にいいことをしようとすれば、必ず潰される。

要は、民主政治の場合、世論が求めれば、それに呼応した指導者が現れるということ。アメリカも、いくところまで、行ったということか。

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by masagata2004 | 2009-01-27 20:16 | 時事トピック

行ってきました

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上野、国立博物館にて。
by masagata2004 | 2009-01-25 14:08 | アート

胃カメラで我が胃を探求

生まれて初めてそんなことをした。

昨夜から、夕食の後、御茶と水しか飲まず、翌朝、病院へ。

診察室で変な液体を飲んだ後、鼻の穴に変なものを吹きかけられ、ゼリー状の麻酔を流し込まれた。鼻から喉へ。口にゼリーの感触と味が広がった。すげーまずいゼリー。ゼリーなのにすごく苦い。

その後、その鼻の穴にミミズのような内視鏡の管が入り込む。

不気味な気分で、目をつぶりながら、頭の中でサイボーグ番組のテーマ曲を奏でて、自分は機械人間になったのだと管が体のなかに入り込んでいく違和感を難なく受け入れようとした。
麻酔のせいか思ったほど痛みはなかったが、でも、異物が入っていく違和感はしっかり感じた。

そして、数十分、カメラが内部を撮影。途中でポリープが発見され、それを切り取ることに。

その後、ドクターが、写真と共に状況を説明。

ポリープが一つ発見されたこと以外は異常なしと。

次は、下から管を通すことになる。これは、もっと苦痛になりそう。
by masagata2004 | 2009-01-20 21:40 | マサガタな日々

只今、会議中

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参加者6名

新宿御苑にて。
by masagata2004 | 2009-01-20 10:18 | 風景写真&動画集

テカムセの呪いは起こらなかった

Excite エキサイト : 国際ニュース

第9代大統領から、アメリカ先住民の呪いとして20年ごとに起こる大統領の在任中の不慮の死。リンカーン、ルーズベルト、ケネディを含め、順次起こっていたのだが、81年に就任したレーガンは、胸を撃たれたものの、助かった。

さて、ブッシュ・ジュニア氏はと危惧されたが、結局、あと1日で任期が終わり、無事生きながられている。8年間やったことといえば、一番、呪いにさらされそうなのに、まあ、実に運がいい。

もしかしたら、これはアメリカという国自体が終わりということを示唆する意味があるのかもしれない。

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by masagata2004 | 2009-01-18 17:15 | 時事トピック

自作小説「インペリアル・ホテル」 最終章 帝国ホテルに行く

タイム・スリップ・ファンタジー、真実の愛を求めて、現代から大正時代へ

まずは序章から第14章をお読み下さい。


 敬介は反射的に携帯電話を取り出して、画面が見えるように開いた。画面には「奈緒美」が発信者として表示されている。奈緒美からだ。なぜだと思い、通話ボタンを押す。
「もしもし、敬介さんなの。何よ、突然、切ったりして」
 奈緒美の声だ。携帯電話が通じているということは、ここは二〇〇八年の元の世界か。
 ロビーの方を見下ろすと、地震の後のようでごった返している。だが、ここが明治村なのか、日比谷なのかは見分けがつかない。
 敬介は、後ろを振り向いた。さっきまで客室棟の廊下が続いていた場所だ。
 目の前にあるのは赤いカーテンだ。明治村で地震が起こった時、思わずつかまった赤いカーテン。このカーテンは客室棟と切り離され移築された玄関ホールの行き止まりをふさぐためにつけられた白い壁を隠す役割となっている。赤いカーテンは少し開かれ、白い壁がのぞけて見えた。この辺りに敬介は、明治村で地震が発生した時と、大正時代の日比谷で地震が発生した時にいた。敬介は、カーテンをさっと開いてみた。白い壁が現れたが、大きなひびが縦に入っている。地震のせいなのだろうか、床にひびから落ちた壁の細かい破片が散乱している。ここに時空の扉があったかのようだ。
 これではっきりした。自分は、大正時代から二〇〇八年の元の自分がいた時代に戻ったのだ。
「ねえ、敬介さん、聞こえているの」
と電話から奈緒美の大声が
「ああ、いるさ。さっき大きな地震があって電話が切れたんだ。それから、よりは戻すつもりはないぞ」
と言って電話を切った。
 気になるのは、奈緒美より小夜子嬢だ。あの地震の後、どうなったのか。辺りを見回す。彼女は見当たらない。二階から階段を降りる。ロビーにはレトロな時代の服装を着た人々が右往左往していて、まだ昔のままのような錯覚を受けるが、敬介と同様に彼らはレトロな衣装を着たエキストラだ。すると、Tシャツにジーンズを身につけた撮影スタッフを目にした。床に撮影機材が散乱しているのも見えた。照明のランプが床に倒れている。
「皆さん、大きな地震が発生しました。外に出てください」
と撮影スタッフは叫ぶ。しかし、敬介は小夜子のことが気になって仕方なかった。しかし、あの時、彼女は手を離し、敬介から遠ざかっていったのを覚えている。結局、彼女を連れ出すことはできなかったのか。
 敬介は、館内を見回しながらも、外へと出ていった。

 外に出ると、そこは高原のど真ん中であった。玄関の目の前の噴水池の先は、森と湖が広がる。日比谷公園ではない。周囲を見回す。明治村の展示建物が点在して見えるが、中にはさっきの地震で損傷を受けた建物がある。
 ここは明らかに愛知県犬山市の博物館明治村だ。敬介の感覚では四日前にいた場所だ。

 すったもんだの末、一時間後、敬介は駐車場の自分の車に戻っていた。運転席に着いて、ラジオをかけた。
「先程、中部から東海地方にかけて震度五強の地震が発生しました。建物の倒壊や土砂崩れが報告されています。静岡県御前崎市の浜岡原発では原子炉が急停止いたしました。東名高速の一部で橋脚が崩れる被害があり、通行止めになっている箇所があります。死者、怪我人も出ているもようで・・」
 そうか、一時間前に起こったのは、かねてから予想されていた東海地震というものだ。関東大震災を経験した帝国ホテルのライト館が、移築後、東海地震に見舞われて時空をつなぐタイムマシンになったわけだ。敬介は不運にも、その時空の渦に巻き込まれてしまったということか。おかしな体験をしたものだ。いや、もしかしたら、幻だったのかもしれない。いや、幻ならば、と思い、携帯電話を取り出した。携帯で撮した写真と動画を見て確認しようと思った。
 すると、携帯電話が鳴り出した。発信者表示は「非通知」だ。誰からだろうと思い、通話ボタンを押した。
「もしもし、松原です」と応えると
「あのう、敬介さんですか」と女性の声が、それも聞き覚えのある声だ。
「小夜子さん、小夜子さんですね」
とはっとしてきいた。間違いなく彼女の声だ。
「はい、小夜子ですけど、あなたが敬介さんならお話ししたいことがあるのですけど」
と答えた。
「はい、敬介です。よかった。ご無事で、今、どこにいるんです?」
 敬介は嬉しくてたまらなかった。
「私、今、東京にいます。敬介さんは、愛知の明治村にいるんですよね。すぐに東京に戻られるのは大変でしょうから、どうです? 来週の月曜日に帝国ホテルに来てくださいますか。そこでお会いしましょう」
「え、帝国ホテルに?」
「そうです? 日比谷公園前の帝国ホテルです。月曜日の午後一時にフロントに来て、小夜子と会いたいと言ってください。それで私に会えます」
 どういうことなのか。彼女は、この世界に来て、一時間くらいで東京に移動できたというのか。それに敬介の携帯に電話をかけてきた。どうして、そんなことが、と疑問に思ったが、そのとたん、携帯の通話が切れてしまった。電波の状態が急に悪くなったようだ。その上、携帯電話の電池が切れてしまった。 敬介は、次から次へと起こる事態に、ただ呆然とするばかりであった。

 それから、四日後、敬介は、日比谷公園にいた。公園の芝生から帝国ホテルの建物を眺めていた。かつてとは違い、高層になっていてる建物だ。
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 すったもんだの末、前日に敬介は東京に戻ることが出来た。地震のため、交通は混雑を極め、途中何度も渋滞に出くわした。車の中で泊まったり、途中の町の民宿に泊まったりして、三日をかけ何とか東京の自宅に辿り着くことが出来た。
 東京に着いて、敬介は、気になっていたことを調べようと霞ヶ関ビル内の華族に関する資料を保存している霞会館を訪ねた。そこで、小夜子と小夜子の婚約者である西園寺文隆について調べた。
 記録によると、二人は大震災の後、行方不明の死亡扱いとなっている。小夜子の朝倉子爵家は、地震で家屋が焼失、その時に嫡男である小夜子の弟が焼け死んだ。当主であった父の朝倉子爵と母の子爵夫人は生き残ったものの、跡取りを失い、また、営んでいた事業が昭和恐慌により破産、子爵家は没落して絶えてしまう。
 西園寺の公爵家は、長男の文隆という跡取りを失いながらも、次男が爵位を継いだ。しかし、戦後、西園寺家は華族制度廃止に伴う民主化政策により資産の多くを失い没落。末裔の人々は今や全くの庶民として生きているといわれる。
 小夜子嬢は、行方不明ということは遺体が発見されたわけではない。何にせよ、無事だったということか。そして、この世界で生きているということなのか。だが、どうも腑に落ちない面もある。
 そのことを今からはっきりさせるのだ。敬介は、帝国ホテルへ向かった。これまで何度も通り過ぎたことがあるが、中に入ったことはなぜか一度もなかった場所だ。有名なホテルではあるが、たまたま入る都合がなかった。
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 かつてのライト館は一九六〇年代、老巧化により取り壊され、玄関ホール部分だけが移築された。かつて玄関の前にあった広い噴水池は消え、建物が前に乗り出し歩道からすぐに玄関口が続く。建物も三階ではなく、一七階建ての鉄筋近代建築となり、全く様変わりしている。
 中に入っていく。さっとロビーの広々とした空間が広がる。さすがは都内きっての一流ホテルだ。ビジネスマン、外国人が歩き回る姿が見られる。
 敬介はフロントを目指して進んだ。紺色の制服を着たフロントクラークがカウンター越しに立っている姿を見つめる。さっそく一人の女性クラークに声をかけた。
「すいません。小夜子さんに会いに来たので・・」と言いながら、女性クラークを見つめ、はっとして言葉を失った。
「ごきげんよう、あなたが敬介さんですね」
と長い髪の毛をした小夜子嬢らしき女性が、目の前に、だが、大正時代に会った小夜子とは少し違う。髪型もそうだが、背が高めだ。あの時の小夜子嬢は、目の前の女性より小柄であった。どういうことなのか?
「敬介さん、何はともあれお会いできて光栄です。よろしれば、上のバーでお話をしません。私は今から上がりですから」
と言った。敬介は、呆気に取られた。
 二階の「オールド・インペリアル」というバーの中に二人はいた。ここは現代の帝国ホテル内で唯一、かつての姿を残した空間だ。壁は煉瓦張りになっていて、幾何学模様の彫刻がところどころにほどこされている。フロントの制服を着た小夜子にそっくりの女性は、名刺を取りだして敬介に渡した。
「帝国ホテル フロント・マネージャー 西倉小夜子」
 年齢は二〇代後半ぐらいといったところか。小夜子にそっくりでも、小夜子嬢ではない、しかし、名前は「小夜子」という。どういうことだ。おまけに帝国ホテルのフロント・マネージャーをしているという。
 敬介が名刺をまじまじと見つめていると、
「あなたの名刺は要りません。こちらに持っていますから」と西倉小夜子は、ビニール袋に入ったかなり染みが入り、よれよれとなった古い名刺を見せた。
「二級建築士 松原敬介」と書かれ、電話番号と事務所の住所が印刷されている。かなり時間が経ったことを思わせるぼろぼろの状態だ。敬介は思いだした。あの時、帝国ホテルで小夜子嬢に渡した名刺だ。それそのものだ。八五年の時を経てここにあるということか。
「いったい、どういうことで? あなたは小夜子と名乗りながら、僕の知っている小夜子さんではない。一体全体どうなっているのか教えてください」
と敬介がきくと、小夜子は
「私は朝倉小夜子のひい孫にあたるものなのです」
「え?」
と敬介が言うと、
「詳しくは、この手紙をお読み下さい。曾祖母が亡くなる直前に書いたもので、それ以来、ずっと私の一家で受け継がれてきたものです」
 手紙は便箋の上にボールペンで書かれたもので、これもかなり経っている。敬介の名刺ほどではないが、三十年以上前のものだと見てとれる。
「敬介さん もしあなたが、これをお読みになっているということは、あなたが無事に時空の扉をくぐり二十一世紀に戻られたということですね。お分かりのように、私はあの大地震の後も、その場にいたままでした。あなたは地震の後、忽然と姿を消してしまった。その場で何かが光ったことを記憶しています。地震の後、ホテルは大騒ぎでした。私は西園寺に引かれ、とりあえず外に避難しました。あなたのお祖父様に当たる敬太郎さんがロビーで私を探す声が聞こえましたが、私は混乱して西園寺に引かれていったので、お互い顔を合わせることはなくホテルを出ていってしまいました。そのまま日比谷公園に避難したものの、多くの群衆に押され、都内を右往左往とする状態になりました。そんな中、私は西園寺様に惹かれていることに気が付きました。お互いが実をいうと出会った時から惹かれていたことに気付いたのです。考えてみると、敬太郎さんとは、私が自らの境遇から逃れたいがためのダシに使って考えた駆け落ち計画だったのかもしれません。敬太郎さんはいい人でしたが、私は実をいうと本気ではなかったのです。ずっと迷いがありました。本当に申し訳ないことをしてしまいました。
 西園寺と私は、震災の中、とんでもない決意をしました。それは、二人とも、行方不明となり駆け落ちをしようということです。そもそも婚姻を両家で約束された仲だったのですから、敢えて駆け落ちなどしなくとも、とお思いでしょうが、私たちは封建的な華族制度の中の夫婦ではいたくありませんでした。だから、思ったのです。それならば、二人は全くの別人になって新しい人生を歩もうと。そのことを考え、私たちは行方不明になったまま日本を離れました。もちろん、未練はございました。家族を裏切ることになりましたし、悲しませることになりました。家が焼け、弟が死んだことを後に知り、私は何度も日本に戻り両親に会いたいと思いましたが、一度踏んだ道、日本を離れてしまい二度と戻ることなどできなくなりました。上海に移り、名前を西倉良二と律子と変え、平民の夫婦に姿を変えました。自らを偽りながらも、何の縛りのない自由な生活を送ることになり、二人の間には娘ができました。
 敬介さんが仰っていたように戦争が起こり日本は多大な被害を受け敗戦。戦後、私たちは一人娘と一緒に日本に戻りました。私の父と母はすでに他界しており、西園寺は帰国後、すぐに病に倒れてしまいました。苦労しながらも、娘と共に西倉としてこれまで生きていきました。娘は結婚し、たまたま相手が婿養子に入ってくれて、新しい人生の象徴である西倉の姓を孫娘が継ぐことができました。孫娘も近々、結婚です。その相手も婿養子を承諾してくださいました。ですが、孫の結婚式の前までに私は生きながらえることはできそうにございません。ですので、私は孫にこれから申し上げますことを託しました。
 二十一世紀に松原敬介という建築士の男性に会って欲しいと。その人は、有名な物理学者の松原影清博士のひい孫に当たる方で、建築家の松原敬太郎様の孫に当たる方だと。敬太郎様の一人息子であられる敬吾様が、結婚され奥様が身籠もられたと風の便りでお聞きました。きっとその方が敬介さん、あなたではないかと思います。あなたが仰る通り、あの帝国ホテルは、解体され玄関部分だけ愛知県の明治村に移築されると聞きました。そこで思いました。あなたの仰った時空の扉は、もしかして地震によって開かれるものではないかと。あなたは大地震の直後に帝国ホテルから消えた。あの時、私に見せた写真は愛知県に移築された後の帝国ホテルの玄関部分でございました。ということは、もしかして、あなたは二十一世紀にそこに現れるのではないかと、それも、大きな地震がそこで起こった時に。
 私は、一縷の望みにかけ、二十一世紀、孫に明治村で大きな地震が起こったら、敬介さんに連絡を取ってこの手紙を渡して欲しいと伝えました。あなたが私に渡してくれた名刺の連絡先を頼りにあなたに会いにいって欲しいと。あなたはきっと私がどうなったか心配されていることでしょうから。
 西倉律子となった朝倉小夜子より
 一九七一年七月三〇日」
 敬介は読み切った後に、唖然とした。そうか、結局、小夜子嬢は、時空の扉をくぐることはできなかったのだ。だが、彼女は、生き続け、その上、望み通り、真に愛する男と共に駆け落ちをして別の人生を歩むことができたのだ。全く、意外な展開だ。
「敬介さん、この手紙の内容をどう思われます?」
と小夜子は怪訝そうな顔で聞く。どうやら、彼女にとっては奇想天外な話しで、それを確かめたくて自分を呼んだからなのだろう。
 敬介は携帯電話を取り出した。まずは、画面の写真を見せる。松原博士の写真、動画、その後に小夜子嬢の写真と、朝倉邸で撮った動画を見せた。
 西倉小夜子は、ぎょっとして見ていた。
「信じられません。私とそっくり、というか、曾祖母の上海時代の時の写真も同じようなものでしたわ。当時ので白黒しかなかったけど、これはカラーだわ。その上、音声付きの動画まで。では、この携帯は大正時代にタイムスリップしたということですのね。あなたと一緒に」
「ええ、そうなります」
と敬介は言った。すると小夜子は、微笑みの表情に変わり言った。
「あなたが大正時代に会った小夜子の孫にあたるのが私の母です。母は、母にとっての祖母に当たるこの小夜子から手紙を託された時は、全く手紙の話しを信じていませんでした。ただ、小夜子という名前は印象に残ったらしく、その後、生まれた私につけたんです。そのまま、何となく手紙と名刺は受け継がれていったのですが、特に気に留めることもありませんでした。受け継がれた私は、ただ作り話かもしれないと思っても、とっても印象に残って、その縁もあってか、この帝国ホテルに就職することになりました。
 ですが、先週、地震が起こったニュースを聞いてびっくり、もしかしてと思って名刺に書かれた携帯電話の番号にかけてみたのです。すると、敬介と名乗るあなたが出て。調べてみると、松原敬太郎も、その息子の敬吾、そして、孫の敬介という建築家は実在して、名刺の住所に事務所があることも分かりました。名刺は本物だったのですね。また、朝倉子爵家はかつて存在し、曾祖母の記録も見つかりました。曾祖母が上海の出ではなく、華族の令嬢だったということも知り驚きました。
 だがら、あなたに会ってみたかった。私が生まれる前に亡くなった曾祖母の私より若い姿を目にしたというあなたに」
 敬介は小夜子に微笑みを返した。奇想天外なタイムスリップ騒動は、ここで結末を見た。 二人とも、互いが持っていたもやもやが晴れ安堵する気分を感じ始めた。
 一体全体何だったのか。どうして、こんな目にあったのか。何という神の悪戯か。
「敬介さん、あのう、考えたんですけど、もしかして、これって神の巡り合わせだったのじゃないかしら」
と小夜子が言う。
「巡り合わせ?」と敬介。
「ええ、きっとそうですわ。お互いが、出会う前にお互いを知るためのイベントだったのかもしれません」
「ほう、そう考えると辻褄が合うね」
「私、もう三十になりまして、ずっと伴侶を探していたところなんですの。一緒に仕事を続け、互いを尊重し合える人を、もしかしたら、そういう人に巡り会いたいと最近思っていました。これが神様がした悪戯だった、というよりも、すでに神様が作りあげたストーリーだったとしたらどう思います?」
 小夜子がうっとりした表情を見せた。目を輝かせ敬介を見つめる。
 敬介は心が躍った。ああ、そうか。そういうことだったのか。
「実を言うと、僕も同じことを考えていたところなのです」
 二人は互いに見つめ合い、微笑み合った。

終わり

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次作は、「私を「スキーに連れてって」の時代に連れてって」です。

この作品の著作権はブログの管理者マサガタ(海形将志)に帰属します。許可なく転載することや盗作はかたくお断りします。紙での製本版入手に興味がおありであれば、筆者のメールアドレス、masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp までご連絡下さい。
by masagata2004 | 2009-01-11 18:35 | 自作小説

映画「告発のとき」 みんな加害者

トミー・リー・ジョーンズ主演の戦争とは何かを問う告発映画ってところ。

南京、ベトナム、イラクと続く戦争の愚かしさの告発。

イラクから休暇で帰国後、行方不明となった息子の消息を追った父親は、息子の無惨な殺害死体と出くわし、息子のイラクでの過酷な日々の真実を知ることになる。

戦場で精神が破壊されていくことは、何度も語られている。兵士を責めるのは勝手だが、兵士を送り出したみんなにも責任があるのだというメッセージが込められている。

やっぱり戦争ってしちゃいけないね。

ちなみに、私は憲法9条改正派。

この映画も、また、この映画も、あの田母神さんに観て欲しい。
by masagata2004 | 2009-01-08 00:03 | 映画ドラマ評論


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

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