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威張りやがって!

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こんなものが、首都のど真ん中にあることを屈辱と思えない日本人!
by masagata2004 | 2010-07-31 15:12 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(3)

占領地

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ここは首都のど真ん中の米軍基地。まさに属国!
by masagata2004 | 2010-07-31 14:57 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

「ルポ 戦場出稼ぎ労働者」と映画「イン・トゥー・ザ・ブルー2」

「ルポ 戦場出稼ぎ労働者」は、2004年のイラク人質事件の時、有名になったジャーナリストの安田純平氏が、自らイラクに基地内の食堂調理員として潜入取材した手記である。安田氏の本は、イラクで武装勢力に拘束された時のイラク訪問記「誰が私を人質にしたのか」を読んだのだが、その時は、帰国後、他の人質になった人々と同様に激しいバッシングの標的になったが、そんなことにもめげず、再度のイラク入りをして、それも潜入取材をしたというのが凄すぎる。

さてさて、もう一つ映画の「イン・トゥー・ザ・ブルー2」であるが、いわゆるハリウッドが得意とするリゾート娯楽ものと思いきや、内容は意外に重い。テロリストがハワイ沖で落とした核弾頭の捜索を彼らに脅され手伝う羽目になったダイバー達。彼らの悪巧みから逃れようとするが、アメリカに復讐心を持つ彼ら相手に歯がゆい戦いを強いられる。

本と映画には思わぬ共通点があったのだ。どちらも、イラク戦争というアメリカの蛮行に傷つけられた人々が出てくることだ。安田氏には、是非とも映画を観ていただきたい。

安田氏の本では、一緒に働いていたイラク人が、基地内の外国人労働者や英軍や米軍の人々に信用されていないと述べられていた。それもそのはず、金目的の上、米軍を恨んでいるから、彼ら自身がテロをするために潜入したのではと疑われてもやも得ないのだ。そして、実際に基地は攻撃対象となり安田氏の寝るところのすぐ近くで迫撃砲が着地することがしばしばあったという。

自分たちに敵対する人々を勝手に「テロリスト」呼ばわりして平気で殺戮する。それが「米軍」というものになってしまった。日中戦争時に日本軍が、中国の民間人を「便衣兵」と決めつけ殺したのと同じである。

そんな状況が続く今、さすがにアメリカでさえ、自軍の行為を戒めざる得ない動きがみられる。その意味で映画「イン・トゥー・ザ・ブルー2」は好例である。密輸団の一味に、恋人を殺された主人公の友人が「彼女は何にも悪いことをしていないのに」と泣き叫ぶ場面は、自分たちがイラクやアフガニスタンの人々に対してしてきたことが跳ね返った場合の心情を表しているような感じがする。

映画といえばスパイク・リー監督の「セントアナの奇跡」でも、自軍への戒め場面と思われる場面がみられた。イタリアを舞台にナチスと対戦する黒人部隊の活動を描いたものだが、その中でナチスの将校が黒人部隊と共に抵抗闘争をするイタリア反政府勢力のパルチザンを「テロリストだから国際法の保護の対象にならない」と虐殺を命ずる場面は、まさに現在の米軍のポリシーと符合する。

だが、もう限界にきていることは確かだ。アメリカの世論もそうだが、軍隊内にも厭世ムードが広がり、最近ではアフガニスタンの戦闘に関する機密文書がネットのサイトにリークされるという事態が起こった。リークされたことも問題だが、その内容の中には、味方のはずのパキスタンがタリバンを支援していたという情報局の見解も含まれていた。実に、ぞっとする話しである。このままでは、イラクに続き、アメリカは敗北である。

もう、アメリカと関わりを持つのはやめるべきだと思わされる。最近、あの国は呪われていないか。イラク戦争の石油利権に絡む原油流出事故も、ある種の跳ね返りの呪いではないかと思われる。

でもって、今の現政権は対米自立を実行しようとしたものの、米国はもとより、国内の傀儡勢力により、自民党と変わらない対米追従に引き込まれている。全く情けない。

そんな国の国民であることにますます閉塞感を感じる今日この頃。何かできないか、何かすることで、この閉塞感を打破したいと思っているのだが。

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by masagata2004 | 2010-07-29 19:17 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

自作小説「ヨーソロ、三笠」 第3章 蛍の光

平和運動家の青年が、戦艦三笠に乗り込み、真の平和主義に目覚める。

まずは序章第2章をお読み下さい。

 まずは、甲板に上がった。ここは、船尾にある甲板で、これから行われる式典の会場となる場所だ。三笠は重量1万3千トン、全長130メートル、幅23メートルほどの大きさと入り口の表示板に書かれていた。
 ここで、スピーチと楽団による演奏会を行うそうだ。 それは、この戦艦三笠が、海戦に向かうため港を離れた時の様子を再現することだ。
 すぐに目に付くのは、高さが二メートルはある大きな砲台がどんと構えている姿だ。砲身が二本つけられている。多神の説明によると、これは三十センチ主砲であり、前後・左右に方向を変えることができるもので、砲弾の飛距離は一万メートルだという。
 そして、船尾甲板の先端には、旧日本海軍を象徴するかのような旭日旗をなびかせたポールが立っている。  
 この甲板の上は、「上甲板」という。式典の準備のためか、何人かの自衛官と楽隊員が、甲板に上がってきた。
 源太と多神は、上甲板を船首に向かって歩いていった。木目の甲板の床を歩いて、周囲を見渡す。これは蒸気船だったのか、大きな煙突が二本立っている。煙突を挟むように、煙突より高いティー字のマストが立っている。
 横を向くと、肩の高さほどの砲台がずらりと並んでいる。これは6インチ砲と呼ばれ水兵が直接操作して、船の横側から撃つものだという。
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 ところで、これはいつの時代の船なのだろうか、と源太は思った。
 丁度、煙突の真下に休憩室があった。多神に案内され、源太は入った。多神は、自動販売機からジュースを買って、源太に缶を渡した。
 源太は「どうも」と言って、缶の蓋を開け飲んだ。
「ま、まずはこの艦の歴史を要約したビデオを見て貰おう」
と目の前にあったテレビ画面のスイッチを押す。
 画面から「記念艦、三笠とは」というタイトルが表れ、解説番組が始まった。
 この船が建造されたのは、一九〇二年というから明治時代だ。当時の日本海軍が、その後起こる日露戦争に備えるためにイギリスに発注したものだ。
 日露戦争は、中国が遼東半島の旅順にロシアが要塞を建設し始めたことがきっかけだった。そこは、一八九四年の日清戦争の勝利で、日本が清国から割譲した土地だったが、それをロシア・フランス・ドイツの三国による干渉にあい、領土権を放棄させられ、その後、ロシアが清から租借した場所だった。そこから、ロシアの朝鮮半島への南下が考えられ、容認すれば、朝鮮半島にロシアの勢力が伸びる恐れがあった。
 日本は、旅順の要塞化を再三、やめるように通告したが、聞き入れられず、一九〇四年二月このことをきっかけに、日本はロシアに宣戦布告をする。
 日本軍が目指したのは、旅順港の閉塞であった。陸と海で総力上げてその年の末、多大な犠牲者を出した後、旅順を奪還させる。三笠は、その旅順閉塞作戦の中の大きな海戦であった黄海戦で活躍したという。
 旅順を封鎖された後、ロシアは、三十余隻からなるバルチック艦隊を西のはるか彼方のリバウから極東のウラジオストックへ向け出航させる。ウラジオストックにあるウラジオ艦隊と合流して、反撃に出ようというからだ。
 ならば、バルチック艦隊がウラジオストックに着くのを阻止しなければならない。そこで、三笠を旗艦とする連合艦隊は、待ち伏せ攻撃を行うこととした。
 
 一九〇五年二月二十日、三笠は長崎県佐世保港を出航。待ち伏せにおいては、敵がウラジオストックに向け、日本海側を通るか、太平洋側を通るかは不明であった。誤ると一大事になる。しかし、最短距離となる日本海側を通ると確信した連合艦隊司令長官、東堂平七郎大将は、日本海側での待ち伏せを決行する。
 その後、朝鮮半島沖の鎮海湾に停泊するが、その年の五月二十七日、対馬海峡にてバルチック艦隊とみられる艦隊が発見されたという通信を受けると対馬海峡に向かい、バルチック艦隊に接近。そこで、両艦隊は砲撃戦に突入する。
 最初に砲弾を撃ったのはロシア側であった。特に旗艦の三笠への砲撃は凄まじかったが、強靱にも耐え、そして、東堂司令長官の冷静な判断により、攻撃の態勢が整うまで反撃には出なかった。それは、丁字形戦法というフォーメーションを整えるためで、敵艦隊が縦列に攻めてくるのに対し、連合艦隊が横一列に対峙すれば、艦の前後にある主砲と右舷もしくは左舷側に備え付けれた砲台を使い攻撃ができる。敵側は、前方の主砲しか使えない形となる。
 午後二時、連合艦隊の砲撃が始まり、そのわずか三十分後に、敵艦は多大な打撃を受け、バルチック艦隊の旗艦であったスオロフを炎上せしめ、司令長官であったロジェストウェンスキー中将は負傷し指揮系統が乱れることとなった。
 その後、二日間に及び海戦は続き、旗艦スオロフを含め敵艦六隻を撃沈するに至り、見事にバルチック艦隊のウラジオストック行きを阻止できたのであった。連合艦隊側は船体への損傷と七百名近い死傷者を出したものの沈没した艦船はなく、圧倒的な勝利を挙げる結果となった。
 この勝利により、ロシア側には日本との交戦の意志が薄れ、結果、アメリカとの仲介によりポーツマス講和条約を結び日露戦争は終結する。
 日露戦争後、三笠は、一九二三年退役することとなったが、国民の多くから親しまれていたため、一九二五年記念艦として、この三笠公園に地面に完全に固定する形で展示物として残されることになったとのこと。
 
 ビデオは十分ほどであらましを、さらっと流したものだった。源太も中学や高校で習った歴史科目で日露戦争ぐらいは知っていたが、ロシアのバルチック艦隊、この三笠が率いた連合艦隊が日本海で交戦をしたことは初めて知ったという感じだ。もっとも、はるか昔のこと。こんな時代の武勇伝を取り上げ、今更何なんだと思った。
 休憩室を出ると、多神は、船首側の艦橋に案内した。階段を上って、艦橋を二つ上がっていく。
 一番、高い艦橋だ。真下が操縦室であったという。思わずそこからの風景に圧倒された。海が一望できる。ここは横須賀、東京湾の入り口だ。
 ふと、目の前の景色に目をやった。東京湾の入り口が一望できるのはいいが、艦の目の前には数百メートル先に海面を隔て建物の並ぶ埠頭のような施設がある。
「多神さん、あれは?」
と源太は指差して訊いた。ふと、気になった。
「ああ、あれは米海軍基地だよ。元は旧海軍の基地のあったところだ。海上自衛隊の基地は、あっち側だ」
と米海軍基地のはるか左側を指差して答えた。
 そうか、ここは米海軍基地の間近にあるのか。そして、その海軍基地には、近々、危険な原子力空母が配備される。
「この場所に東堂大将は立って司令を下したんだ。砲弾降り注ぐ危険な状態でありながら、微動だせずにな」
と多神がきりっとした表情になり言った。
「ふうん」
と源太はそっけなく言った。ま、日露戦争に勝利したのはいいが、日本は、その後、第二次大戦で負け、軍隊を持たない国になった。憲法でもそう定められたのだ。今になってはるか昔の功績、それも、帝国主義時代の覇権争いに加わって勝利したことを自慢して何が得だっていうんだ。
「今は、この艦は固定されているが、昔は、ここから出航の司令を出したんだ。ヨーソロって!」
「ヨーソロ?」と源太、聞き慣れない言葉だ。
「ヨーソロっていうのは、旧海軍用語で、出航せよっていう意味だ。水兵の間では了解という意味でも使われていた。今でも、隊員の間では冗談で使われてるけどな」
という多神が説明。
 次に、艦橋から階段を降り、上甲板より下の「中甲板」と呼ばれるところへ行く。

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by masagata2004 | 2010-07-27 23:34 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)

米映画「トッツィー」 すでにフェミニズムの時代は終わっているが

ダスティン・ホフマン主演の売れない役者が、高額のギャラを取ろうと、女装して昼メロのキャリア・ウーマンの役をゲットする。

この映画を高校時代、社会の教師に授業の一貫として見せられたことを覚えている。何でも、ジェンダーについて考えようというのがテーマだったが、生徒からはオカマが引き起こす騒動コメディとしてしか捉えられていなかった。

制作者にそんな狙いがあったとは、なかなか思えない作品である。結局はただのコメディではなかったのか。

ただ、当時、フェミニズムに、それなりに関心のあった私は、真剣にそのテーマに挑むべく観賞した。でも、今、見返してみると、単なるコメディに過ぎないのではないかと思える。

同じようなストーリー展開で、黒人に化けて奨学金を得てハーバード大学に入学する白人青年を主人公とした映画「ソウル・マン」ならば、コメディながらも、テーマ性がしっかりしていたように思える。違う立場の人間になることで、思わぬ気づきをするというネタ。

どちらの映画も、最後には、主人公の正体がばれるのだが、変身していた自分を本物と思っていた人と新たな付き合いを始め、それによって、性とか人種などの垣根を超えて人と人は理解し合えるものだというメッセージを伝えたかったように思える。

「トッツィー」では、フェミニズムがテーマだったとして、フェミニストが好むキャリアウーマンとしての強い女を演じる男から、男でも女の立場や気持ちは理解できるのだと訴えたかったのだろう。

だけど、もうフェミニズムなんて関心のない今日この頃。いくつか理由を挙げると、

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by masagata2004 | 2010-07-25 17:56 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

ドイツ映画「ベルリン陥落 1945」 ソ連軍による性暴力

ナチスや戦争関連のドイツ映画を、また観てしまった。数年前から、そのジャンルの映画が公開されると必ず映画館に行くなり、レンタルで観ることにしている。例をあげれば、ヒトラーが誕生から独裁体制を築くまでを描いた「ヒットラー」、そのヒットラーが戦争末期、自殺するまでの日々を描いた「ヒトラー 最期の12日間」、ナチス時代に抵抗運動をしたため処刑された若い女性の物語「白バラの祈り」、ナチスの独裁を高校の授業で実験する「ザ・ウェーブ」などなど。詳しくは、このブログのタグ「ドイツ」で評論を読んでいただきたい。

実際にその影響で2年前にベルリンとアウシュビッツを訪問して、その歴史の足跡を追ったこともある。
以下は、その旅の総集ビデオ映像




だが、そのドイツも被害者の面が大いにある。そのことを描いたのが、映画「ベルリン陥落 1945」である。

つづき・・・
by masagata2004 | 2010-07-19 00:22 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

翻訳者小説「風と共に去らないでくれ」 第3章 女性の視点

映画で国家の危機を救えるか。

まずは、第1章第2章をお読み下さい。

字幕翻訳作業をする上で、達朗には助手がいた。名は律子といい、二十歳を過ぎたばかりの女性だ。器量は、とても上品である。それもそのはず、彼女は良家の子女だったからだ。しかし、訳があり一家とは絶縁状態にある。そして、達朗は、その律子と婚約している。

律子は、達朗が、字幕の仕事をする前から、字幕制作の助手として働いていた。彼女は女学校で英語を学んでおり、ある程度の英語力があり、字幕制作をする意味では助けになった。フィルムを観ながら、会話の一区切りがついたところで、台本のスクリプトと照らし合わせながら、訳を作り内容を確認する。時に台本がない時もあるし、台本と映画での俳優の会話が違っていることも多々ある。その度に、フィルムを巻き戻し確認しないといけない。実に面倒な作業だ。だからこそ、訳者は、さっとその場で思いついた訳文を読み上げ、それを助手にノートに書き取って貰うのだ。自分が読み上げた訳が、不自然だと助言をもらうこともある。速攻なので、きれいな訳にはならないので、その点を正して貰うのだ。

また、字幕には、尺合わせのルールを採り入れている。1秒あたり4文字程度で、画面上で多くても1行16文字、2行以内。句読点は入れない。字幕をフィルムにプリントする前に、その尺に合わせた台詞に直す。その作業も助手の律子がして、最終の確認を達朗が行うことにしている。実際のところ、会話の言葉をかなり削ったり変えたりすることになっていく。動く画像の中で、文字を読むことを観客に強いるので、それはやむ得ないことなのだ。

翻訳を行う前に、映画を全編通して一緒に観賞した。そうでないと、一コマ一コマの会話もつながりのあるものに仕上がれない。ただ、律子は、どの会話も理解できるほどの英語力は持っていない。早口なところはそうだが、この映画の英語は南部訛りが主流だ。なので、聞き取りが難しい。なので、達朗が、ところところで、分からないところをフォローするという形で観賞を続けた。また、事前に翻訳版の原作小説も読んでもらった。なので、見終わった後には、映画のだいたいの内容とイメージは、つかめた状態だ。その後で一つ一つの会話を訳していく作業に入る。

最初に時代背景の解説文がロールとして流れる。観客にストーリーの前提となる南北戦争の時代がどんなものであったかを伝える。1分間ほど解説テキストが上に巻き上がっていくのが、農場で奴隷が働く姿の映像を背景に流れる。これは文字だけを訳す翻訳なので、さっと仕上がった。

舞台となるアメリカ南部だが、原語ではthe Confederacy となっているのを、単に「南部」とした。忠実に訳すと「連合体」という意味だ。それは、南部の奴隷州の連合体という意味である。つまりのところ、南北戦争というのは、その南部の州連合がアメリカ合衆国から離脱したことがきっかけで始まり、それに対し、リンカーン大統領を筆頭とする合衆国政府が「奴隷解放宣言」をして、その離脱を認めないことから火蓋が切られたのだ。南北戦争という呼び方も作られた言葉だ。原語では「the Civil War」と称されている。Civilとは市民だから、市民戦争。つまり、北部と南部の市民間の戦争ということだ。

さてスカーレットが、客人の双子兄弟と会話する場面から物語は始まる。
スカーレットが最初に発する言葉「Fiddle-dee-dee」だが、これは、女性、それも南部地方の女性が、発する感嘆詞である。意味としては「ばかばかしい」という感覚だ。映画の中でスカーレットが何度か言う言葉だ。英語には、男言葉や女言葉は、そんなにないのだが、この感嘆詞に関しては、女性しか使われないものだ。

スカーレットは社交的な女性で多くの男を一目惚れにする魅力を持つ。だが、彼女には、すでに心を寄せる男性がいた。同じく農場主一家で、跡取り息子であるアシュレーだ。そのアシュレーが、従妹のメラニーと婚約したという知らせを双子の兄弟から聞き、激しいショックを受ける。そして、スカーレットは決心する。ならば、自ら彼に自分の気持ちを告白して、婚約を撤回させ、アシュレーと結婚するのだ。
スカーレットは二人きりになるチャンスをアシュレーの邸宅で開かれる園遊会の日につかもうとする。そのチャンスは、当時のレディ達のたしなみとされたお昼寝の時間に訪れた。
スカーレットは「お昼寝をどうしてしなければいけないのか、私は疲れてなんかいない」という。活発な彼女にとってお昼寝は、退屈な行為でしかない。なので、お昼寝部屋を抜けだし、アシュレーを図書室に誘い込み、「I love you. I love you, I do.」という激しく迫る愛の告白をする。
「さすが、婦人参政権の認められた国、アメリカね。これほど積極的に振る舞う女性を映画の主人公にそえるなんて」
と律子が感激しながら言った。
律子は、保守的な家庭に育ったのだが、そのせいもあってか、婦人運動に関心があり、女学校にいた時は、婦人参政権運動の団体の活動に加わったため、そのことで卒業間近に退学処分を受けた苦い体験がある。なので、婦人参政権が認められているアメリカの女性達には強い憧れがあるのだ。
このスカーレットは、男性に大モテだが、およそレディというタイプの女性ではない。日本で言う「大和撫子」とは正反対だ。

しかし、スカーレットが告白して迫ったもののアシュレーはメラニーと結婚する意志を変えるつもりがない。ふられたことで、アシュレーを罵り、アシュレーが図書室を出ていった後に、むしゃくしゃした気分を晴らそうとスカーレットは花瓶を暖炉に向かって投げつけた。すると、暖炉のそばのソファから男が現れた。社交界で悪評高い男、レット・バトラーだ。
驚いたスカーレットはこう言う。
「You shall have made your presence known.」
こんな台詞が翻訳者を悩ます。直訳すると 「あなたの存在を知らしめておくべきだったはず」だが、そんな言葉では、日本語の会話では不自然だ。
すると、律子は「いながらなぜ黙ってらしたの」という台詞に変えた。
正確ではないが、いわんとすることは同じだ。これが映画の翻訳では必要となる技術だ。紙の文書の翻訳と違い、ストーリーの流れと登場人物が伝えようとするメッセージを限られた時間の尺の中で提供しなければいけない。

さて、後半に移る。

続き
by masagata2004 | 2010-07-11 17:49 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

デモが始まる!

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by masagata2004 | 2010-07-04 14:50 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)


人生は常に進歩していかなければならない


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