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「ありのまま」はカミングアウトの歌ではないのか?

今年の流行語にもなった「ありのまま」。ディズニーの大ヒット・ミュージカル映画「アナと雪の女王」の中で使われた。

オリジナルの英語のタイトルは「LET IT GO」で、手に触れたものを凍らす魔力を持っていることが知られたため王国から離れることとなった女王が雪山にこもり、これからは一人で自由に生きていくと想いを歌い上げる場面だ。それまでは抑えていた魔力を自由に表に出すことができるようになったという意味での「ありのままに放出する」ということだけど、日本語の歌詞は、その歌自身が映画とは離れて、独立したメッセージを放っている。

そして、それはカミングアウトをする人々にはぴったりの歌である。自分の多くの人とは違う特性に悩む人々が思い切って、そのことを他の人々に知らせ、それで非難を受けても、自分は自分らしく生きていくという意味となっている。歌詞を読みながら聴いてみればいい。


私自身、この映画は好きではないのだが、歌だけは気に入っている。

そもそも、ディズニーには批判的。この映画は、いかにもディズニーが金儲けのために作り上げた典型で、それをやや現代の社会状況に合わせてアレンジしたようなドラマに仕立てた感じ。巷に流れる高い評価は与えたくない。

でも、歌だけは違う。松たか子のすばらしい歌声によって、抑圧されている人々の気持ちを、ずばりと言い当てた歌詞となっている。

これを聴けば、ありのままで生きる勇気を与えられる。悩んでいたことなんて嘘のように思えるほど気が晴れ、自分を好きになって、自分を信じて生きていける。
by masagata2004 | 2014-12-14 22:19 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

3D映画「ドラえもん STAND BY ME」 Back to 1970's

CGによる立体映画というこれまでのドラえもんとは一味違った作品。むしろ大人向けだったといえよう。それゆえに私なんかは、ドラえもんをテレビで見始めた子供時代を思い出す。

そして、ドラマは、その1970年代を舞台にしている。のび太の机にはパソコンはなく畳敷き。のび太の家のテレビは、手で回す木の枠のボックス。お父さんは家では和服を着ている。車も古い。金持ち気取りの同級生、スネ夫は、まだ経済格差が大きくなかった時代の世相を反映している。なんだか懐かしくしんみりしてしまった。

驚くのは、のび太が大人になる21世紀が、当時イメージされた21世紀になっていることだ。それが変だ。空飛ぶ車なんて発明されっこないのに、そんなものがある21世紀になっている。

だが、ドラえもんは22世紀から来たロボット。のび太の子孫がのび太の世話をさせるためにタイムマシンで送ったロボットなのだ。

考えてみれば、この物語は突込みだらけだ。そもそも未来から過去へのタイムトラベルなんて理論的にあり得ない。なのにドラえもんでは繰り返しそんな展開が起こる。また、ドラえもんが差し出すグッズの数々は、未来のテクノロジーによってではなく、むしろ魔術によって成し遂げる技といっていい。

映画の中でも出てきた「言ったことがすべてウソになる薬」とか「開いた後に最初に見た者に惚れ込む卵カプセル」とかは、そうでないと成り立たない。子供向けアニメだから、そんなところはごまかされるのだろうが、ドラえもんを魔界から来た魔術師にしてしまうと、楽しいアニメがホラーに変わってしまうので、未来から来た猫型ロボットに仕立てたのだと思われる。

しかし、現在までドラえもんが子供だけでなく大人にまでも支持を得ている理由は、登場人物の人間臭さなのだということが実感できた。準主役であるのび太は、気弱で間抜けなようで、実をいうといざというときには勇気を奮って困難に挑む根性があり、また、意外にも賢い。のび太が嫁にする静ちゃんのお父さんは、のび太のそんな良さを理解し、父親を気遣い結婚をしぶる娘に最大の愛を伝える。観客の若い女性が、そのセリフに涙したと言っていた。

そして、なんといっても、ドラえもんは、ロボットだけど温かみがあり友情深いのだ。いつものび太のことを想い、のび太を気遣ってくれている。子供時代、誰もが、そんな友人がそばにいてくれたらと考えたことがあるのではないか。

ドラえもんが猫型ロボットだったことで、飼っていた猫のことを思い出した。子供の頃、実家で飼っていた猫もそうだが、大人になって自分の住まいで飼った猫のことも、ドラえもんのように、どんな相談相手にでもなってくれるルームメイト。それこそが、ドラえもんの素晴らしさの本質なのだろう。

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by masagata2004 | 2014-10-13 21:53 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

ソ連映画「ベルリン陥落」 プロパガンダだけどいい作品

第二次大戦が終わって4年後に上映されたソ連映画。それだけに、独ソ戦の実態が刻銘に描かれていたような気がする。いい例が、ヒットラーと握手するナチスドイツの味方側に日本とバチカン王国がいたというところだ。当時であるからこそ明確に表現できた箇所が見受けられる。

ストーリーは、若い女性教師と製鉄工員の恋物語を中心に繰り広げられる。二人は麦畑で婚約をするのだが、その時にドイツ軍が二人の村を襲撃。二人は負傷し、女性は捕虜となり離れ離れに、怒った男はドイツ軍への復讐を誓い兵士となる。

最終的には、ソ連軍がベルリンを占領。議事堂を支配下に置き、最後、男は捕虜となっていた女性と再会。そこに、スターリンが参上。スターリンのおかげで解放されたと東欧諸国の人々が感謝の意を叫ぶ。スターリンは実に英雄であったという見事な終わり方。

まさに、プロパガンダだけど、終戦間もないこともあって、事実に関してはごまかすわけにはいかず、ほぼそのまま再現されたかと思うと興味深く観賞できた。

以下、抜粋すると、

続き
by masagata2004 | 2014-09-21 12:20 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

鬱の時に聞くと励まされる言葉

私が最近、熱心に観ているNHKの朝ドラ「花子とアン」から聞いた言葉。このドラマの原案となった伝記にも、出てきており、実在の人物が実際に言った言葉であることがわかります。

舞台は大正時代のキリスト教系の女学校。卒業式で代表生が「この学校で過ごした日々は自分の生涯のうちでもっとも幸せな時となるでしょう」と言ったことに対しての校長のスピーチ。校長はカナダ人です。英語で演説をします。

If some decades later, when you look back on your time with us, you feel these were the happiest days in your life. Then I must say your education will have been a failure. Life must improve as it takes its course. Your youth, you spend in preparation because the best things are never in the past but in the future.

訳せば、

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by masagata2004 | 2014-06-01 15:31 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

映画「キャッチミーイフユーキャン」を知っているか?

遠隔操作ウイルス事件の「真犯人」を名乗るメールが6月1日午前0時過ぎ、報道関係者などに届いた。「今回片山さんに自作自演を指示し無実を一転させるよう仕向けたのはこの私です」と、事件で起訴された片山...
一連の遠隔操作ウイルス事件で、思い出したディカプリオ主演の映画。

両親の離婚を機に、家出をして気が付くとウソにウソを重ねて世渡りをしていく詐欺師となって生きていくこととなった実在の人物の物語。ストーリーは1960年代。今のようなパソコンやネットがなかった時代だ。

その意味で、片山容疑者は、その映画の現代版主人公といえるのではないかと思う。

何が、彼をそうさせたのだろうか。そんな疑問が渦巻くか。

誰もが、彼にあやかりたいと思える部分があるのではないか、映画の中のディカプリオがそうだったように、世の中を悪知恵を使いながら跳びはねて生きてみたい。うざったいことには付き合いたくない。威張っている連中を出し抜きたい。

彼はさぞ、嬉しかったのではないか、自分の遠隔操作ウイルスで誤認逮捕事件が起こったとき。自分にそんな能力があるということを知ったのだから。誰よりも特別であると知ったから。世の中を支配下に置いた気分だろう。この技を活かせば、誰にも媚へつらうことなく生きていけるかもしれない。

だが、そんな人でも、人間臭さをどこかで求めていたりする。それが、映画の結末にも通ずる。詐欺師の主人公は、自分を捕まえたFBIに協力する立場となり、自らが詐欺を取り締まり、また小切手などの偽造防止の対策を提案する責務を担うことになるのだ。

なんと以外で見事な結末。

さて、彼もそのようになれるのか。というか、そうしないとまずいことになるかもしれない。世の中には彼を出所後に利用したいと企んでいる人が数多くいるはずだから。それは次なる犯罪につながりかねない。
彼の持つ技能を使って、彼がしてきた以上のことをして、ただのいたずらではなく、テロであったり金儲けに利用したいと考えているかも。

それならば、彼の持っている技能を活かして、逆にテロを防いだりするように仕向けてみては。毒を以て毒を制すである。

彼をただのオタクと考えず、共感できる何かを理解し、彼の社会復帰を、この社会が助けるだけの度量を持ってみてはいかがだろうか。

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by masagata2004 | 2014-06-01 14:44 | 時事トピック | Trackback | Comments(1)

映画「ママの約束」 アートで反原発

ネット上のバッシングと 増山の映画に込めた思い

3月21日、東京のJR水道橋駅近くのたんぽぽ舎で「ママの約束」という映画を鑑賞した。ジャーナリスト兼アーチストの二児の母である増山麗奈が311後、福島、ドイツ、インドを取材して撮ってきた映像をまとめドキュメンタリー化したものだ。本人も上映会場に参加して、上映の後、トークを繰り広げた。写真右の女性が増山麗奈女史。
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脱原発活動家でも増山女史は、福島の原発事故以後、自分の娘のことが心配で、東京から大阪に引っ越したという。その後、アーチストを専業していたのを原発について取材するためジャーナリストも兼ねて活動するようになったという。

映画では、脱原発を決定したドイツの経緯や代替となる再生可能エネルギーについての政策が分かりやすく説明されていた。風力発電を担う市民電力会社に投資する銀行について「大手銀行にお金を預けると原発に使われるが、ここなら風力発電に融資されることが分かっていい」という意見が面白かった。

また、日本が原発技術を輸出しようと考えているインドでは、彼女自身も一員となって参加したインドの人々と絵を描いて交流するボーンフリーアートの様子を撮影。上映後のトークでは思わぬ経緯を聞かされた。

脱原発の活動や取材目的で、インドへの入国ビザを申請しても認められないので、アーチストとしてビザを申請して入国したという。アーチストとして、インドの人々と絵を描きながら、脱原発を訴える形で活動をして、結果、現地のメディアに大きく取り上げられ脱原発に貢献できたように思うと。

実にCleverだ、と思った。増山女史の手法は世の中を変える原動力になっているのは確かだろうと思った。今後の活躍に期待をしたい。
by masagata2004 | 2014-03-22 09:45 | アート | Trackback | Comments(0)

映画「小さいおうち」 東京版「細雪」か

昭和初期の中流家庭の生活を描いたレトロ時代ドラマ。

山形県から女中として東京のある一家に住み込むことになった若い女性が、雇い主である奥様の秘かな情事を知ってしまい、思い悩むことに。

ストーリー自体は、そんなに大したものではなく、ただかつての時代がどんなものであったのかを、如実に表した内容に思われる。現代との対比では、やや余計な描写が多過ぎた感じがする。

ただ、すばらしかったのは奥様役の松たか子の演技である。着物姿もばっちり。当時の上品なマダムの喋りぷりなんかも、きれいに再現していたような感じだ。その点からすると、同時代を舞台とした作品「細雪」を思い起こす。「細雪」は大阪が舞台だったから、さしずめこの映画は東京版「細雪」といえる。

また、マダムが若い男性と秘かな情事に走るという点では、「アンナ・カレーニナ」を思い起こさせる。

ドラマの中には、巧みに伏線が混じっていたのが印象的だ。子供の絵本に「タイタニック」。真珠湾攻撃の日に「風と共に去りぬ」を読書(当時日本で出版されていたのかな?)。

つまり、日本が戦争をしていた時代なのに、やけに庶民はのんびりで危機意識を感じていなかったということだ。あの時代でさえ、お受験なんてものがあったのだ。だから、今となんら変わりがないということ。

つまり、いつだって当たり前の平和は壊される状況にあるということなのだろうか。

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by masagata2004 | 2014-02-19 23:39 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

映画「華麗なるギャツビー」 華麗なるホリエモンを想い起こす

映画館で2度観て、ブルーレイが発売されたので買った。
ディカプリオ主演の成金男が上流階級の人妻を仕留めようと、派手なパーティーを開いて気を引こうとする。

この映画の主人公のギャツビーを観ると、数年前、若いながらに富豪となり、時代の寵児としてもてはやされたが、後に株価操作など不正の角で投獄されたホリエモンこと堀江貴文氏のことを思い出す。映画のギャツビーも似たようなというか、もっとひどい結末に。

つまりのところ、人生、楽ではないということ。もとからあるエスタブリッシュメントを切り崩すのはむずかしいということ。うまい話には裏があるということ。女性は所詮は安定したタイプの男と結婚するということ。情熱とは、最初はきらびやかであっても、さっと泡となって消えてゆく一過性のものであること。

少々苦労しても、貧しくても、地味でも、まじめで堅実でなければいけないということだろうか。また、現実に抗おうというのも、ほどほどに。

それから、この映画を観ると、アメリカって元々、すごい格差社会だっていうことが分かる。でもって、今だってそうなんだから。

ギャツビーのようにはなりたくない。

ちなみにこの映画で私がもっとも印象に残るシーンは、


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by masagata2004 | 2013-11-27 22:15 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(2)

映画「42 世界を変えた男」観てきました



今年の4月にアメリカで公開され、ついに日本で公開されたこの映画。初日にさっそく観てきた。以前、いかに私がこの映画を観たかったかを記事にしたが、映画はまあまあの出来栄え、分かりやすい伝記ものとして仕上がっていた。アメリカではすでに語りつくされている実話なので、余計な誇張ができなかったのだろうと思う。

ちなみに、映画中のブルペン下の廊下でバットを折る行為は、ロビンソン夫人の話では、そんなことはなかったはずという。ただ、それほど彼の受けた仕打ちというのが凄まじかったということを表したのだろう。

映画の中で印象に残ったのは、以下の場面。

1.英語の同情(sympathy)は、ギリシャ語の「苦しむ」という言葉が由来だ。だから、苦しみを共有できたということだ、とブランチ・リッキーがいう場面。

2.観客席で白人の子供が、父親や周囲に乗せられ「ニガー」と叫ぶシーン。つまり、偏見は伝承されていくということを意味する。

3.ロビンソンとプレーすることを拒否したチームメートが他の選手から嘆願書を集めるが、ある選手は腕を冷やしていたためサインができないと拒否。実際には、彼はサインする気はなかった。

この映画では、ロビンソンの生い立ちについてはしっかりと語られていなかったが、彼は人種差別の激しい米南部で生まれた。母子家庭で育ったのだが、あまりにも差別がひどい環境だったので親子でカリフォルニアに移住。だけど、そこでもプールは白人のみだったりと人種差別はあった。子供のころ、隣人の白人の子供から差別的な言葉を浴びせられけんかになった時、母親が、安易にやり返すことはしてはならない、だけど、いうべき時にはきちんと言って返さなければいけない、と教えられたという。それが、後の彼を形作ったとされる。

しかしながら、この映画を人種差別克服のドラマとだけ観るべきではない。映画の中では、野球の面白さもしっかりと表している。というのは、ロビンソンが、得意とした盗塁技である。野球はやたらとヒットとホームランが醍醐味として強調されるが、それだけではないのだ。

手強い選手をフォアボールで1塁に行かせて安心してはならない。その一塁で、その選手が盗塁をしようとして投手を混乱させる。そのため、投球に集中できない。ついに2塁へと盗塁させられ、ますます投手は混乱に陥る。すると、2塁から3塁を狙う。そこで、混乱、集中して投球しようとしたが、グローブからボールを落としてしまう。これはボークである。よって相手側に一点が入ってしまう。

この映画で初めて「ボーク」なるものを知ってしまった。その意味でいい野球映画だ。

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by masagata2004 | 2013-11-03 11:07 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

映画「ニモをみつけて」にみる偽善とあさましさ

沖縄でもっともホットな海、辺野古岬に隣接する大浦湾に潜り、以下のような光景を観た。

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帰ってからディズニーのアニメ映画「ファイディング・ニモ」を観た。クマノミの子供、ニモが人間にさらわれる。父親のマーリンはニモを探すため数々の困難を乗り越え最後に再会するというもの。この写真の青い魚は、探す道中で出会ったものを忘れっぽい魚、ドリーのようだ。

実に微笑ましい物語だったが、映画を観た後に考察すると、偽善性と人間のあさましさが如実に表れていることがわかる。それは映画だけでなく、実際に潜った海の周辺にも共通すること。

映画のように、そもそも魚は喋れやしないし、字が読めるはずがない。さも、人間と同じように知恵や感情を持って必死に生きているように描いているが、そんな魚を人間は堂々と食しているし、映画の人間と同様に捕まえては水槽に入れ観賞用に使っている。大海原を生きる魚たちの自由を堂々と奪っているのだ。

なんでも、この映画の公開の後に、クマノミは乱獲されたというのだから、かわいい魚、捕まえる人間はやな連中ね、というような描き方は、実に偽善的だ。

そんなことを分かっていながら、金儲けのネタに使うのは、あさましいこと。所詮はフィクション、ファンタジーといえばそうなんだけど。まあ、実にディズニーらしい。

だが、あさましさといえば、このニモたちの生息する海周辺こそ、人間のあさましさを見せつけてくれるものはない。

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by masagata2004 | 2013-09-26 23:09 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

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