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KIMONOでMIYAKOを訪ねる

先週末、わけあって、MIYAKOに。あのハリウッド映画「SAYURI」の舞台となった街である。情けないながら、あの映画を観て以来、私はMIYAKOに強い関心を寄せている。

そして、その旅は、これまでのMIYAKOの旅とは一味も、二味も違ったとても充実したものとなった。
というのも、KIMONOを着て、丸2日間、MIYAKOの名所を回ったからだ。

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KIMONOだと、普段着ている洋服と違い、実に動きがしんどくなる。足はKIMONOだけでなく足袋と草履により、靴をはいて歩くのと大きく違い、動きが実に鈍くなる。しかし、だからこそ、違った目線でMIYAKOを眺められるというもの。

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MIYAKOの名所である建物の中に入り、畳の上に座り庭園を眺めたり、MIYAKOのHANAMACHIを歩いたり、HANAMACHIの料理屋で懐石を食したりと。それが、これまでにない感覚だったのだ。

また、MIYAKOならではのKIMONOにまつわる出来事も体験した。着物の後ろの尻辺りの糸がほつれ、みっともなく困ったところ。お寺の市で帯を売っている露店に立ち寄り、何とかできるところはないかと訪ねてみると、そこの女主人が「こんなんやったら、私がしてやれるわ」と言って、針と糸でほつれをその場で直して貰った。

また、足袋を買おうと思い呉服屋を訪ね、サイズを合わせようと試着をしている時、足袋を靴下と同じように足を伸ばして履こうとしていたところ、中年の女性客が「あなた、足袋は足を床に直角にしたら履きやすいわよ」と助言を受けた。

うーん、実にMIYAKOらしい。

ところで、観光の面でいうと、すばらしい体験といえば、

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by masagata2004 | 2012-10-23 20:14 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

私をMIYAKOに連れてって

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by masagata2004 | 2012-10-20 16:12 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

首相官邸前で大飯原発再稼働反対デモ



主催者発表で9万人だとか。あの鳩山前総理も飛び入り参加されたとか。変なの。

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by masagata2004 | 2012-07-20 19:09 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

大飯原発再稼働反対ツアーに参加

7月1日に世論の猛反対を無視して、関西電力の大飯原発が311以来、国内の原発として初めて再稼働した。

実をいうと、その日と前日、その現地を私は訪ねた。東京から50人ほどのバスツアーで、再稼働反対派と合流するグループと時間を共にした。以下は、その時に撮った映像をまとめたもの。



さて、どんなツアーだったかというと、東京から7時間もバスに乗って大飯町に着き、そこで集会に合流、そこから、大飯町の町役場までデモ、その後、緊急時のオフサイトセンターへ。そこで、申出書を代表者に手渡す。

その後、大飯町の公園で座り込みのためテントを張る人々と交流。そこで活動をしている人から聞くと、意外にも、関西の人より、隣の中国地方からの来訪者が多いとのこと。

その日の夜は、大飯町の隣の高浜で宿を取り、一同一泊。本当は大飯町の旅館に泊まりたかったが、再稼働で作業員が泊まることになったため、どこも一杯になったとのこと。夕食とその後の座談会では脱原発トークに明け暮れた。多くの人は活動家で原発に詳しく、福島を何度も訪ね、その悲惨さを熟知して、殺気だった雰囲気さえ感じるほど。

翌日の朝は、大飯原発の入り口まで道路封鎖をする人々と一緒に、機動隊とにらみ合い、原発に作業員と牧野経産副大臣を入れないように阻止行動に躍起。大雨の中、シュプレヒコールをあげ続けた。

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その日の正午過ぎになると、バスで東京へ戻る予定だったが、メンバーの内10人ほどが残って、道路封鎖を続けることになった。カンパと大雨でも加藤どうできるようにするため雨合羽を提供して大飯町を去った。

帰路に就くバスの中では、その後の状況が気になり、ツイッターやユーストで、現地の状況を逐次確認。機動隊が詰め寄っていることを聞くと涙を流す人も。

でも、結局、東京に着いた夜9時には再稼働の運びとなった。

このツアーに参加する前日。首相官邸前では20万人ほどの人々が集まり、「再稼働反対」の大規模なデモが行われた。もうイデオロギーの問題ではなく、生きるか死ぬかの切実な問題を多くの人々が感じ、戦わざる得ない状況に追い込まれている。

それなのに、再稼働。何とあの大飯原発は福島第1にさえあった免震重要棟と原子炉の蒸気排出のためのベントが存在しない、緊急時のオフサイトセンターは津波が来たらいちころである海辺に位置するといういい加減さ。
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電気が足りないではなく電力会社の経営を守るための強行。原発の是非議論以前の問題である。

このツアーに参加して最も印象に残ったのは、デモ以上に宿泊した旅館の近くにあった浜辺の光景である。以下に映像を添付するが、それがあまりにも美し過ぎた。311以前の福島の浜辺もこんな感じで美しかったのではないかと思うと悔やまれる。



でも、福井の人々は、それでも再稼働を支持する。それはこれまで依存しきってきた生活を変えられないからだ。大飯町のとある喫茶で軽食を食べにいったが、そこで現地の人々が反対運動をする人々を揶揄する会話を聞いた。彼らにとっては、原発なしの生活は考えられない。そんな現状を311まで誰も関心を払おうとしなかった。

問題の根源はそこにあったのだと思う。

ところで、首相官邸前や大飯原発前などでの抗議行動をするうえで、我々が心得なければいけないことについてアドバイスを求めるとしたら、以下のサイトのとある有識者の意見が参考になるかも。

反原発デモを力に変えていくために

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by masagata2004 | 2012-07-05 22:13 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

自民党本部前

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内閣不信任案を提出せよ! そんなことしないよね。

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by masagata2004 | 2012-06-15 21:04 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

山口美江、ホイットニー・ヒューストン そして、マイン・ファーター

この3人が今年に入って次々と、他界した私にとって馴染みの人たち。

そして、私にとっては、それなりに想い出を残してくれた人達だ。

山口美江といえば、元祖「バイリンギャル」と呼ばれるほど、英語が堪能なことが売り物のタレントだった。それが、51歳という年齢で、突然死。心臓発作だったといわれる。

私が高校の時、ブレイクして、英語を勉強する子供たちの憧れであった。山口美江のように英語を話せたいという言葉が巷で聞こえた。私も、それにつられ、英語をどしどし勉強していき、気が付いたらアメリカに留学することになった。おかげで、山口美江ほどではないが、翻訳業ができるほど英語が堪能になった。

今は、英語に続き、ドイツ語学習に注力している。

ホイットニー・ヒューストンといえば、私が高校の時からファンになったポップ歌手。彼女のコンサートに行ったことを覚えている。とってもすばらしい歌声だった。遠くからの席だけど、背が高くスレンダーな体格も見られた。彼女がステージの上で、気さくに観衆に応えていたのを覚えている。誰かが「アイ・ラヴ・ユー」というと、それに対し「アイ・ラヴ・ユー」と応えた。そして「私も日本語が話せたらいいのに」とも言った。

映画「ボディ・ガード」もすばらしかった。コンサートを観ただけあって、普通以上に楽しめた。だけど、亡くなった。まだ48歳という年齢で。なんでもコカイン中毒だったらしい。やはりビッグスターならでは苦悩があったためか。実に惜しまれる。

そして、マイン・ファーター。もう80を超えていたし、数年前から、衰えの兆候が見られていて、入退院を繰り返していたので驚くこともないが、いなくなると淋しいものである。私は末っ子だったため、接することが少なかった。それでも悲しい限りである。この人がいなければ自分は存在しえなかったということだけは事実だろう。

死の知らせを聞いた翌日の朝、街の桜は満開に開いていた。悲しき時にはふさわしくない光景であったが、これが意味するものは、もっともっと、咲き開け、もっともっと、世に羽ばたけということか。自分にとって馴染みの人が去ったことは、ある種の区切りがついたことを意味するのだけど、それは新たなる時代が咲き開くことを意味するのかもしれない。なので、希望を捨てずに頑張りたい。

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by masagata2004 | 2012-04-14 14:08 | マサガタな日々 | Trackback | Comments(0)

5分咲きかな?

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by masagata2004 | 2012-04-06 08:58 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

仕事に行く途中

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まだ三部咲きかな?
by masagata2004 | 2012-04-05 08:52 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

マイケル・ムーアの「キャピタリズム ラブ・ストーリー」 日本国憲法の話し

戦争や社会問題を娯楽を交えて、分かりやすく解説するドキュメンタリーの元祖、マイケル・ムーア監督が、リーマン・ショックにより露わになったアメリカ資本主義の欠陥をあぶり出す内容。

様々な事実を列挙し、アメリカの資本主義がアメリカを駄目にしたことをどんどん解説しているが、意外にも、日本人にとっても驚くべき内容がそこにあった。それは、日本国憲法の25条、26条、28条などの最低限度の生活を政府が国民に保障するとを明記した事柄が、実をいうと第2次大戦中のルーズベルト大統領により提唱された「第2の権利章典」が由来であったということだ。

アメリカの現行の憲法には結局それは含まれていない。日本の生活保護のような制度は、アメリカにおいては権利として保障されているものではない。逆に、それを保障することは、政府が個人の自由に干渉することにつながると考えられている。医療に関しても、国民皆保険が認められないのは、そんなイデオロギーが根底にある。だが、ムーア氏は今のアメリカには「第2の権利章典」が必要だと説いている。

面白いことに、戦後、第2の権利章典は、敗戦国に受け継がれた。日本国憲法にしっかり、それが刻まれている。戦後の日本の改革をした人々はルーズベルト政権下で「ニューディール」と呼ばれる社会主義的な政策を推し進めた人々だったからだ。実に面白い。

戦前の日本は、この映画で採り上げられていたようなPlutocracy(富裕層が支配をする国)であった。まさに現代のアメリカがそれであるように。財閥が日本経済を牛耳り、農地も大地主により所有され、貧困層は子供を売り飛ばすしかないほど困窮した。あのNHKの朝の連続ドラマで一世風靡をした「おしん」やハリウッド版芸者映画の「SAYURI」でおなじみの涙するシーンが当然のように繰り広げられていた。一方で、一族で1万坪以上の敷地に大豪邸を構える特権階級が存在した。今でも、東京都心の「旧岩崎邸」や「旧古河邸」でそんな時代の面影を観察することができる。そんな格差による苦しみが戦争の要因にもなった。

しかし、特権階級は敗戦後、占領軍の財閥解体や農地改革などの政策で資産の大半を手放すこととなり、それは国民全般に分配されることとなった。先進国で比較的、格差の少ない経済体系が続いているのは、実をいうとそのことが原点だったというのだ。これってアメリカに感謝すべきだったということ?

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by masagata2004 | 2012-02-09 22:30 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)

児童搾取ドキュメンタリー「未来を写したこどもたち」

アメリカ人女性が、インド・カルカッタの貧民街で生きる子供たちにカメラを渡し撮影を学ばせ、それにより喜びと希望を与え、そして、苦境にある彼らを救う活動をする。

とってもいいドキュメンタリーのように思えるが、観てみると、欧米人による第3国の子供たちを見せ物として使い製作したよからぬ意図が感じられる映画だ。インドの新聞では批判的な意見が書かれたという。ある意味、同じ境遇の子供を主人公にした娯楽映画「スラムドッグ・ミリオネア」と似通っている。

つまりのところ、肌の黒い不気味な外見で、不気味な生活をしている子供たちに同情の目を向けながら、先進国で白人であるという優越感を沸き立たせ、新興国インドに対して持つ脅威に対抗しようという意図だ。

見せ物にされた子供たちは何も分かってなく、カメラを渡してくれた女性に感謝して親しみを覚える。彼らは、その女性の施しにより学校に通えることになるが、事情があり続けられない子供も出てくる。もっとも、そんなこと分かりきっていたくせに、必死で救っている振りをして、結局のところ、一時的に希望を与え、そして何も知らなければ味わうこともない落胆を経験させるという残酷な仕打ちをしてしまったのではないか。

そんなドキュメンタリーを観ながら、こんな映画か小説の案を思いついた。

全盛期を過ぎ売れなくなった女優が、人気を盛り返そうと、ドキュメンタリー作家と組み、第3国の貧民街に住む子供たちを救う活動をする。その様子を映像に収め、ドキュメンタリー映画を製作して、慈善活動への援助を広報すると同時に自らの売名行為もちゃっかりとする手はず。なぜか、その映画制作に有力財界組織がバックアップ。

子供たちと遊んだり、苦境を知って涙を流すシーンを撮らせ、最高のドキュメンタリー映画が出来上がり、上映され大ヒット。多額の寄付金も集まる。目論見は大成功。結果的に、映像に映し出された子供たちは学校に通えたりして貧民街を抜け出せるものの、それは、全世界で同じ境遇にある子供たちの中のほんの一握りであるという実状を、彼女は活動を通して知ってしまい、罪悪感を感じてしまう。

ある上映会で撮影場所となった第3国の大使から、子供たちを見せ物にして自らのプロモーションに使ったのだろうと揶揄される。女優は、その大使に対して「じゃあ、なぜあなたの国は、あの子供たちを救おうとしないの? 他の国から、施しを受け見せ物にされて恥ずかしくないの?」と言い返し、両者は大口論。それを見ていた、彼女に対しかねてから批判的であった真面目な子供の救済NGO運営者は、彼女に声をかけ、財界組織がドキュメンタリー映画製作に資金援助をしたのは、国内の貧困層に、より苦しい境遇にある人々を見せることで、不満の目をそらすキャンペーンを打つ目的だったからだと伝える。彼女は自らも利用されていたことを知りショックを受ける。NGO運営者は、彼女に対し様々なアドバイスを与える。

そして、彼女は一心発起して、あることを企てる。自らの立場を利用して国際経済フォーラムのような各国の政界・財界の要人が集まる場所に登場。そこで、自らが売名行為の意図でドキュメンタリーの製作に関わり、財界組織も悪しき意図で製作の後押しをしていたという衝撃的な事実をメディアでの生中継の中、大公表する。

だが、活動の結果として本心で困っている世界の人々を救いたくなったと訴える。そのためには、一部の人々に富が集中する経済の分配システムを変えるべきであり、ちょっとした慈善活動では、ほんの一握りしか救えないのだから、そんなシステム全体を変革して、より多くの困っている人々を救い、誰もが住みやすい世界の構築に向け、知恵を出しあうべきだと主張する。

こんなものでどうかな。

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by masagata2004 | 2011-12-30 16:56 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(0)


人生は常に進歩していかなければならない


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