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反核発電コンサート


霞ヶ関にて。

一体何をやっているのかをお知り二なりたければ、この記事を。
by masagata2004 | 2011-12-04 14:40 | 風景写真&動画集

あれから半年 「東京からの手紙」を綴る

ジャーナリストの山本知佳子という人が、25年前のチェルノブイリ事故の時、ドイツにいた体験を綴った「ベルリンからの手紙」を買って読んだ。手紙形式でチェルノブイリ事故が起こった後の3年間のドイツで見聞きしたことを刻銘に記している。

それに習って、私も、東日本大震災と福島第1原発事故が起こってから、これまでの半年間を手紙形式で綴ってみたいと思う。題して「東京からの手紙」

3月11日の午後3時ちょっと前、オフィスで仕事をしていたら、今までに体験したことのない大きな揺れが襲い、机の下に潜ったが、パソコンのモニタが倒れ、本棚も倒れたりと、荒れ放題でした。そして、とても長い時間、揺れが起こりました。5分ぐらいはかかったと思います。

仕事はとりあえず中断。帰宅することに。だけど、電車が停まり歩いて家に帰ることになりました。ニュースを聞くと、大規模な地震が東北地方を襲ったと。そして、大きな津波も来たのだと。だが、そんな地震の被害の報道を知りながら、心配になったことがありました。原発は大丈夫なのかなって。

その心配は的中でした。翌日、1号機が爆発。頭の中が空洞になりました。一気に別世界に引き込まれたような感覚でした。その2日後、3号機が爆発。当時の枝野官房長官は、「格納容器は壊れていないので大丈夫です」と述べました。情けないながら、反原発運動をしていながら、格納容器という言葉を初めて知った瞬間でした。あのチェルノブイリには格納容器はなかったそうです。

ですが、その後、福島県内はもとより、関東各地、東京も放射線量が高まりました。そして、放射線物質の飛散は、水、野菜など体に入れるものに次々と影響を与え、不安は一気に広がりました。スーパーやコンビニでは、ミネラルウォーターや食料が売り切れる騒ぎとなりました。

そして、日本を離れる外国人が次々と。街で当たり前のように見かけた外国人が、めっきり減ってしまいました。

毎日、それも毎時、ニュースにかじりつきました。聞こえてくるのは悪いニュースばかり。まるでホラー映画を観ているような気分でした。そして、余震が毎日のように襲ってきます。揺れるたびに心配なのは、福島の原発はどうかなっていないかということ。夜も眠れず、ベッドの横にラジオ付き懐中電灯を添えました。朝起きたら、必ずラジオからニュースを聞いて原発の状況に耳を傾ける日々でした。

そんなおり、自分に何かできないかと考え、1ミリシーベルトまで探知できる線量計を探しているとネットで告知していた広河隆一氏に、連絡して私のガイガーカウンターを貸しました。

また、都内で開かれる反原発デモに参加するようにいたしました。でも、不安はたまる一方、原子炉メルトダウン、溢れそうな汚染水と、いいニュースなんて、なかなか聞きません。自分の腹がメルトダウンしそうなほど、苦しい気分にさせられました。自分がどうかなるからというよりも、この世がどうかなるのではないかという恐怖からです。

私が不安がる姿を周りで見ている人々は、大袈裟じゃないのかと、言ったりしましたが、しかし、不安で不安で、仕事をするのにも支障が出るほどです。だからって気分転換をしようにも、気分が全く乗らないのです。

事故から2ヶ月が経った頃には、テレビではお笑い番組などが流れるようになりましたが、そんな番組を観て笑える人達の神経が信じられませんでした。とかいいながら、私は舞台劇を観に行きました。帝国劇場で「風と共に去りぬ」を上演していたので観に行きました。気分転換というより、劇のストーリーとテーマが、御時世にマッチしていたので観に行ったのです。映画を何度も観たことがあるので、今更、劇の内容に評価をすることはないのでしたが、演技を見事にこなした俳優人に感銘を受けました。よくも、こんな不安と恐怖の中、舞台の上で演技をこなせたなと。お笑い番組にしても劇にしても、観る立場よりも、演じる立場の方がはるかに大変なはずなのです。

夏が近付き、暑くなると原発事故による電力不足の懸念が囁かれました。そのため、日本は一気に節電モードになりました。不夜城の繁華街が一気に暗くなりました。実に驚きの光景でした。日々使う電気が、もう当たり前のものではないのだと実感させられました。

時が経つにつれ、原発が落ち着いてきたというニュースも流れてきましたが、同時に食品の汚染は相変わらず、そこら中で発見され、深刻な事態は変わっていません。原発そのものも、収束には、まだまだ時間がかかりそうで、汚染された土地を追われた人々が元の生活に戻ることは、ほぼ絶望的だとみていいと思えます。仮に実質的な汚染が取り除けても、汚染されたというレッテルは、そう簡単に外せやしません。福島県では、この半年間で人口が減り続けているということです。

福島に除染のボランティアに参加したりしました。現地の人々は不安定な中、何とか平静を保とうとしている様子がうかがわれました。

ですが、チェルノブイリ同様に、今後が心配です。5年後、10年後はどうなるのでしょうか。どれだけの健康被害が表面化していくのでしょうか。私を含め東北と関東に住む人々も同様です。これほどまでに広範囲に被害が広がるとは思ってもいませんでした。

半年が経ちましたが、相変わらずニュースを確かめ一日が終わるのに安堵しながら、疲れがたまっていくという毎日です。いつ、何が起こるか分からない。広範囲に被害が広がり、収束に大変長い時間がかかるというのが、原発事故の恐ろしさです。事故が起こる確率がどんなに低くても、起こってしまったら、こんなに甚大な被害をもたらし、それもおそろしく長い付き合いをさせられる。原状回復が非常に難しい。世の中で起こる他の事象との大きな違いはそこです。なので、どんなに原発が効率的だ、安い(それは嘘だったのが発覚)といっても、根本的に受け入れられるものではありません。選択肢として存在してはならないものなのです。

そういう認識が広がったためか、国会は「再生可能エネルギー促進法」を成立させました。それは、なんともいえない成り行きでした。こんな大事故が起こったからこそ、通せたのだとしたら素直に喜べるものではありません。

でも、起こってしまったこの事故、今後付き合っていくしかありません。気が付くと、最近は予断の許さない状況に慣れきってしまったようです。慣れてはいけないのでしょうけど。でも、恐ろしいことに、それが人間の適応力というものなのです。

ですけど、ひたすらウォッチしていきます。そして、自分の出来る限りのことをしていきたいと思います。もうこれ以上の悲劇を繰り返さないためにも。

また、半年後、震災と事故から1年後に、お手紙を書きたいと思います。お元気で。
by masagata2004 | 2011-09-11 14:58 | マサガタな日々

「明日が消える」と「チェルノブイリ・ハート」

あの東日本大震災による福島第一原発事故が起こった今年は、チェルノブイリ原発事故が起こってから25年目である。

まだ現在進行形の福島第一原発事故を考えると同時に、チェルノブイリも考えようと思い、2つのドキュメンタリー映画を観に行った。どちらも、短編である。

一つは、「明日が消える」という22年前の作品。その年、チェルノブイリ事故から3年目で、日本の原発について考えようという主旨でつくられた作品だ。映画の中では、福島第一の原発作業員だった父親を亡くした女性が、父親の死に対する疑問を語る場面がある。その父親は、55歳で心臓病で死亡したというのだが、原発との関連性は証明されないと電力会社から告げられたという。

大事故が起こる前の健全な姿の原発の風景が映し出され、まさに、22年後に、あんな姿になるなんて誰が想像しただろうか。

その他、当時から問題視されていた原発作業員の過酷な労働環境についても語られ、元作業員だった人は、線量計をつけずに作業をさせられることもしばしばあったという。なんでも、そんなことしたら、限度を超えてしまうからというから。また、下請けの作業員のため、足の指を切るような負傷をしても、なんの補償も受けられなかったという。

私が観に行った時、上映後、22年前に映画を制作したプロデューサーと、映画の中で父親の死に対する疑問を語った女性が、舞台に上がり、語りをした。

プロデューサーは、22年前と今も変わらない状況であるという。ただ、今は、以前より少しは原発反対を言いやすくなったと述べた。

もう一つの映画は「チェルノブイリ・ハート」というもの。

チェルノブイリ事故の被害を最も受けたベラルーシとウクライナを取材したアメリカのドキュメンタリー。チェルノブイリから20年後、ベラルーシでは、子供たちの甲状腺癌が急増。奇形児が次から次へと生まれてくる。その上、ベラルーシでは子供を治療する設備や予算が不足しており、それが子供たちの状況をさらに悪化させている。普段食べているジャムに、セシウムが入り込み、体内放射線量が増えていると検査で子供が告げられる場面。日々の生活が放射能と背中合わせ。これは、日本の近未来なのだろうか。

子供の健康がこれほどに害されても、親としては住み慣れた土地を離れるのは魂を抜かれるほどにつらいのでできないという。汚染されているから移住するというのは、簡単なことではない。例え、そこが「死の町」になったとしても。

そのまさに「死の町」となったチェルノブイリ周辺に子供の頃、住んでいた男性が、20年ぶりに自分が住んでいた高層マンションを訪れる。荒廃した中、残された壁紙に触れ、その時の生活を懐かしむかのように彼は、子供の頃の記憶を語った。事故のあった夜、ベランダから見える発電所は火を上げていたという。子供ながらに面白がり、その火に近付いてみたくなったという。しかし、事故は、彼の生活から全てを奪ったと悔やむ。そして、その男性は撮影後、27歳の若さでこの世を去ったのである。

私は、知人にベラルーシ人がいたので、彼から事故当時の体験を聞いたが、それによると、事故について初めて知ったのは事故が起こってから3日後、噂によってだったという。長い間、事故の規模については知らされてなかったというのだ。被害を広がらせないためには、汚染された食品を食べないことだと忠告する。

経産大臣が「死の町」と発言したからと過剰な反応を示しているようだが、実際に福島もチェルノブイリも死の町となり、その死は町のみに限らず、広範囲にばらまかれる。

辛くても、そんな過酷な事実を受け止めなければならない。

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by masagata2004 | 2011-09-10 21:34 | 映画ドラマ評論

ドキュメンタリー「非現実の王国で」 孤高な人生の美学

誰にも、その才能を見出されず、ひっそりとその孤独な生涯を閉じた男の謎に満ちた生涯を追ったドキュメンタリー。彼の名は、ヘンリー・ダーガーというシカゴに住んでいた雑役夫で享年は81歳であった。1892年に生まれ、1973年に死亡。身内などおらず孤独で小柄な男であった。彼の死後、住まいのアパートから15000ページ及ぶ小説と、その小説に関する画集が発見された。死後、作品が発表され、世間を圧倒させることとなる。

彼は、孤児として生まれた。だが、幼い頃から虐待やいじめを受け続けていたらしい。その後、貧しい生活をしながら、日々のつらさから逃れるためか、「非現実の王国で In the real of the unreal」という小説を書き、そして、独自の手法で、小説の世界を絵の具で描いていく。面白いのは、自分で描いた絵を写真に撮し、それを写真屋に拡大化するように頼み、それを元に登場人物の複製画を描いていったことだ。かなりの懲りよう。

それらの作品は、彼が生前の時に世に出ることはなかった。彼自身、周囲からも孤立した生活を送っていたほどだ。

そんな謎に満ちた生涯、そして、死後明らかになる彼の残した作品。悲しき切ない人生なのだが、ふと、そんな人生も、それなりの人生なんだなと思う。どこか町の路地裏で、たった一人でひっそりと佇み、ひっそりと死んでいく。だが、自分だけの世界を持っている。究極の都市住民の生き方かもしれない。別に家族を持ち、多くの友人を持ち、社交的で、世間に認知されていることが人間の一生ではない。結局のところ、人は一人で生まれ、一人で死ぬ。無理して人とのつながりを強めて生きていく必要はない。たった一人でも楽しめる娯楽を持っているのなら、それで十分ではないか。最近流行のオタクと共通する点でもある。

ただ、この人、もし今の時代に生きていたのなら、生前に自らの作品を堂々と発表する手段があったのに。それは、このブログを読んでいるなら誰でも分かる。ネットでの公表だ。そうすれば、誰かの目に留まり、そこから別の人生が開けていたのかもしれない。それがいいことなのか、悪いことなのか誰にも分からないが。

ちなみに、その点でいえば、ヘンリー・ダーガーと共通することが私にもある。このブログで自作小説を発表している。興味のある人は、カテゴリーの自作小説か、タグのノベルズをみて欲しい。

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by masagata2004 | 2011-08-28 19:59 | ライフ・スタイル

鎌仲ひとみの「六ヶ所村ラプソディ」 まるでフクシマの予告編

代々木上原のとあるお店で観てきた。

長さは1時間くらい。鎌仲ひとみ監督が数年前に制作したドキュメンタリー。

青森県の下北半島に位置する六ヶ所村に核燃料再処理工場が建設された。映画は、その村の人々の葛藤を描いている。実際のところ、再処理工場が完成した頃には、反対派は少数になってしまったそうだ。

映画の中で印象に残った言葉は、今や電気は「空気や水のようなもの。なくてはならない」と。

そうだよね。

だけど、フクシマのようなことが起こっても必要なのかを考えないと。

再処理に関連していえば、これは使用済み核燃料からプルトニウムを出して高速増殖炉で発電するものだけど、これは通常の原発とは一線を画するもの。フランスなんかがしようとしたけど失敗。イギリスでは大事故が起きて閉鎖に。日本でも「もんじゅ」が悲惨な状態。

それに再処理した後には、高濃度放射線物質が残る。これって、無害になるのに100万年もかかるのだ。

人類が電気など使い始めて1世紀ちょっと。原発に関しては半世紀程度。それなのに、その後始末に、どれだけの時間を費やすことになるのか。

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by masagata2004 | 2011-07-24 20:00 | 映画ドラマ評論

原発映画「10万年後の安全」 事故の危険性だけが問題ではない

科学・環境 - エキサイトニュース

渋谷のアップリンクというとても小さな映画館でフィンランドの原発ドキュメンタリー映画を観た。
この御時世、もちろんのこと満席であった。

オンカロと名付けられた原発から出た核廃棄物を地中深くに貯蔵、半永久的に密封する施設について、オンカロの運営に携わる人々とのインタビューから、無害になるまで10万年かかるという高濃度核廃棄物の管理の厄介さが浮き彫りになる。

この施設は完成して密封するのが2100年だという。さて、その後、子孫に、この施設の危険性をどうやって伝えるかが問題となる。数万年後の人々が現代と同じ言葉やイラストを理解するとは思えない。

法律をつくって、子孫に警告を代々受け継ぐようにしてみてはどうか。だが、いつ途切れるか分からない。

施設は、密封すれば自己完結的になっているものの、地震や地殻変動で、露わになるかもしれない。

つまり、不確実性が実に大きいものだということだ。

わずか20世紀と21世紀の短期間にしか使われなかったものが、その後、何の役にも立たず、未来永劫に管理し続けなければならない。コストという面では、実をいうと、恐ろしく不効率だということだ。

もう原発なんて、一刻も早くやめようということだね。こんなんだと電気のない生活の方がましか。だが、このブログも電気のおかげで書ける。ただ、最近は自然エネルギーが脚光を浴びている。まだ普及が十分でないからコストがかかるが、しかし、普及すればしめたもの。石油や天然ガス、ウランのように枯渇することはない太陽光と風力。

もはや、それしか頼る道はないということだ。

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by masagata2004 | 2011-05-08 19:54 | 映画ドラマ評論

とっても不思議なビーチ

世の中に、これほど不思議なビーチはあるまい。場所は山口県は上関町田ノ浦海岸。

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キャンプテントが張られ、カヤックが何隻も置かれ、コンサートを開催している。一見、楽しげなビーチ・パーティかと思いきや、そこは原子力発電所の工事現場。

30分毎に「ここは工事現場なので、速やかに退去してください」とアナウンスが流れる。

だけど、そんなこと馬耳東風というような態度を取り、皆、ビーチでのパーティータイムを過ごす。

しかし、ビーチを見渡せる高いところには、いかつい顔した制服のおっちゃん共がにらみをきらしている。

緊張感とのんびり感の境界線ともいうべきか。でもって、じゃあ、なぜこんなことが起こっているのって聞きたくなるだろう。

詳しい事情は以下の記事で。

成田闘争化する上関原発建設予定地
by masagata2004 | 2011-03-04 00:12 | アート

映画「ミツバチの羽音と地球の回転」 原発に未来はない

「六ヶ所村ラプソディー」などで有名なドキュメンタリー映画監督、鎌仲ひとみの最新作。山口県の祝島の対岸にある長島・田ノ浦海岸を埋め立て原子力発電所の建設が進行中だが、そこにスポットを当て、持続可能な社会の在り方を問うドキュメンタリー。すでにこのブログで紹介した「祝の島」と重なる部分が多いが、原発やエネルギー問題に関する考察を加え、自然エネルギー先進国スウェーデンでの取材映像もある。

田ノ浦の海を埋め立てようとする工事に対し、祝島の漁船とカヤッカーによる抗議活動の模様は生々しい。工事業者は「第1次産業ではやっていけない。町の発展のためだ」と漁民に対してメガホンで言い放つ。

スウェーデンでは、風力やバイオマスによる自然エネルギーの普及が進んでおり、また、環境裁判所というものがあって、公正な環境アセスメントにより風力発電でさえ、森林環境保全のため制約を受けてしまう。また、日本と違い電力の送電権が一業者により独占されておらず、使用者が発電源によって電力を選択できるシステムになっている。

日本は毎年20兆円も出して石油を買っているが、それに匹敵する自然エネルギーがあるのになぜ使わないのか。原子力の再処理施設は、計画から30年間、未だ本格稼働していない。六ヶ所の近くには、発電用風車が立ち並んでおり、電力を東京に送電できるようになっている。

祝島で反対運動をしている人達に対して「なぜ自分たちの住処を守るぐらいのために原発に反対するのか」という批判の声を聞くことがあり、運動をしている島民からすれば「どうせその程度でしか、ものを見れない人が推進しているのが原発なんだ」と。

実に考えさせられる映画だったが、しかしながら、ドキュメンタリーとして評価すると、ちと構成が悪く、説明不足な感が否めなかった。問題となっている原発と自然エネルギーの対比を分かりやすく説明して貰いたかった。特に原発が炭素ガスを発電時に出さないから環境に優しいエネルギーであるという論に対する反論が聞きたかった。

分かりやすくいえば、最低30基造らなければ、炭素ガス削減の効果は出ないとか、また、原発の自然エネルギーと比較した費用対効果の悪さを伝えてくれれば、観客にとっては、より勉強になったと思う。

ところで、映画の中で業者の「第1次産業ではやっていけない」と反対派に言い放つ場面で思ったのは、むしろ、これを機会に第1次産業の重要性を考え直せと問題提起された気がした。

それは、誰でも食料なしには生きていけないという意味だけでなく、祝島のように自給自足によってコミュニティが維持され、子々孫々に伝わっていくものがないと、実に虚しいと思えるからだ。

祝島の人々を応援したい。そして、原発建設を是非とも阻止したい!

以下は、祝島島民の会のブログから転載したカンパ、ご支援のお願い。

+++転送、転載 歓迎です+++

祝島島民の会へのカンパ、ご支援のお願い

10月15日に始まった中国電力の埋立て工事の再開強行も、一週間を超えました。
この間、船による抗議も、陸上での抗議も、すべて各島民個人の負担でやってきました。しかし仕事を休んでの抗議は経済的な負担も大きく、長期化していることもあり、島民の会としては、せめて抗議行動に参加した船の燃油代だけでも会として負担できないかと考えています。

 祝島島民の会は、日常の活動やビラなどの印刷費用、また裁判費用など、全てを会員(祝島島民)の会費や、支援していただいている方々のカンパで運営されています。そのため、これまで多くの方々からご支援をいただいている現状で、さらにご支援のお願いを重ねることは本当に心苦しいのですが、長期化することで息切れをしてしまわぬよう、どうかご支援いただけますようお願いいたします。


銀行振込み
ゆうちょ銀行
加入者名:祝島島民の会(イワイシマトウミンノカイ)
店名:一三九(イチサンキュウ)
当座:0067782

郵便振替
加入者名:祝島島民の会(イワイシマトウミンノカイ)
口座番号:01390-4-67782

〒742-1401
山口県熊毛郡上関町大字祝島218
上関原発を建てさせない祝島島民の会
(「祝島島民の会」、あるいは「島民の会」宛でも郵便物は届きます)
iwaishima@gmail.com

なお、今回の埋立て工事再開への抗議の動きが全国に広がる中で、すでに多くの方から会にカンパなどのご支援をお寄せいただいています。本当にありがとうございます。

カンパいただいた方へはお礼状や領収書をお送りいたしておりますが、お名前やご住所を併せてご連絡いただいていない場合はお送りできないことがありますので、申し訳ありませんがご了解ください。

※カンパについては祝島島民の会ホームページ内の「祝島島民の会からのお知らせ、呼びかけ」にも記載しています。
カンパいただいた方へは礼状や領収書をお送りしていますので、郵便振替用紙の通信欄やメール(iwaishimaアットマークgmail.com)などで、お名前やご住所をご連絡ください。それらが必要でない方は、その旨を上記と同様の方法でご連絡ください。


祝島島民の会
http://blog.shimabito.net/

+++転送ここまで+++

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by masagata2004 | 2010-10-25 02:28 | 映画ドラマ評論

映画「祝の島」 瀬戸の原発と戦う人々

たまたま無料で放映していたので観賞。

1982年、山口県の上関町田ノ浦に原発の建設計画が発表されたが、その田ノ浦から海を隔てて4キロ程先に住む祝島の人々の日々の営み、島に対する想いが語られるドキュメント。

内容的には淡々としたもの。

住民の多くは高齢者なので、じじ、ばば、談義といったところ。主な産業は漁業だ。原発が建設されれば間違いなく温排水により漁場が壊滅的打撃を受ける。美味しい魚がたくさん捕れる宝の海を守るため、埋め立て作業に対して抗議の船を出し続けている。

島に対する愛着はもちろんだが、瀬戸内海にある小島なので、漁業以外に棚田を使った農業をするなど自給自足主義である。また、島から他のところに容易に移動できないという地理的不便さから、島から離れて仕事に行くことができないので、電力会社からの漁業補償金を受け取るメリットをあまり感じないというのが、同じ上関町の本土部と違い、反対論が強い理由である。

しかし、この島の人々の生き方は、日本人の多くが忘れかけているコミュニティの原点や大切さを思い起こさせている。

海は金では買えないものだということ。原発なんて一定期間、電力を流すだけ、その間に恒久的に汚水を海に排出し続け、漁場を駄目にする。それは祝島の海だけではなく、瀬戸内海全域に及ぶかもしれない。

目先の利益にとらわれ、本来見るべき、もっと大きなもの、生活基盤がどうなるかということを忘れている。

生きていくためにはお金や電気よりも、食うための魚を獲る漁場、作物を植える土壌、そして、安全で快適な住処がまず必要だ。言い方を換えれば、それさえあればいいのではないか。もちろん、祝島の人々も、それだけで生きているわけではないが、基本的に社会の基礎というものは何かと考えれば、おのずと、こんな揉め事を起こしてまで、原発を建てる意義などあるのか、答えが見えてくると思う。

ちなみに原発が温室効果ガス削減につながる環境に優しいエネルギーだという考えは、実は大間違いである。電力会社の大嘘プロパガンダに乗せられているだけ。

安全性の議論は別にして、問題なのはコストの問題。炭素ガス削減をするためにどれだけ原発を造らなければならないか。発電した後の核廃棄物の処理はどうなるのか、などなど、知れば知るほど首をかしげる事実に直面する。

これに関しては、明後日、この映画を観たのと同じところで観る予定の映画で詳しく学べるかもしれない。なので、乞うご期待。

ちなみに、祝島の原発抵抗運動は現在進行中で、今やこれまでになく緊迫した状況だということ。それに関しては以下のサイトと私が書いたJANJAN記事をお読み下さい。

祝島島民の会のブログ

瀬戸内海原発建設を阻止せよ 参院議員会館での集会参加報告

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by masagata2004 | 2010-10-22 15:25 | 映画ドラマ評論

沖縄のいろいろ

もう帰ってきました。すでにこのブログとJANJANに投稿した記事がありますが、それ以外の沖縄らしい映像を以下にお届けします。今後、何度か、私の1ヶ月に及ぶ沖縄旅行について語りたいと思います。






by masagata2004 | 2010-09-01 20:42 | 沖縄


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

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