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ハイヒールは現代の纏足(てんそく)

ハイヒールの女性150人、賞金を争ってファッション街を猛ダッシュ | Excite エキサイト

とある有名なフェミニストが語っていた。

纏足(てんそく)とは、中国でかつて女性に行われていた風習のこと。幼女の頃から、足を包帯のようなもので巻き付け、成長させなくするのだ。小さな足は、セクシー、働かない上流階級のステータスだと尊ばれた。女性からするとかなりの苦痛だったらしい。

これは、歴史における女性の家畜化だと指摘される。小さい足の女性は、襲われても逃れられない。

纏足は、禁止されたが、現代では、西洋のハイヒールというものが、代替の役割をしているようだ。メディアに映し出されるハイヒールを履いた女性の姿。それを見た女性たちは、こんな靴を履けばセクシーに見え、男たちをそそれると思い込み、現に男たちも、ハイヒールに女性らしさを感じる。でも、これは洗脳なのだ。

実際考えてみればいい。ハイヒールは、実に健康によくない。外反母趾などの健康被害が報告されている。実に不健康なファッションなのだ。そんなこと分かっていても、ファッション雑誌はハイヒールを履いた女性たちを美の象徴として取り上げる。

実を言うと、まだまだ女性たちは解放されてないのかも知れない。

ちなみに、フェミニスト曰く、ハイヒールの他、スカートも同じ役割を果たしており、また、女性がロングヘアにするのを求められるのは、髪の毛が長いと捕まえやすいからだと。

ふーん、なるほど。

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by masagata2004 | 2008-03-08 21:54 | ライフ・スタイル | Trackback | Comments(1)

新しい携帯


時代の進歩とはすごいものです。ちなみにこの映像は、今まで使っていた携帯から撮りました。
by masagata2004 | 2008-02-17 23:27 | ライフ・スタイル | Trackback | Comments(0)

朝日の社説と、このブログの自作小説

Excite エキサイト : 社会ニュース

本日、朝日、読売、日経の3社の連合によるポータル・サイトが開設されたとか。

その名は、新たにすだと。

3社の記事や社説を読み比べることができる。

そのこともあってか朝日のその日の社説は、このサイトについて書いていた。その中の記事に実に興味深い文があった。一部を引用するが、

「戦前は、朝日新聞をはじめ多くの新聞が政府の方針に沿い、戦争への道をあおってきた。昨年からの本紙の連載「新聞と戦争」が伝える通りである。

 それでも、明治の自由民権や大正デモクラシーの時代には、政府寄りの新聞がある一方で、政府を厳しく批判する新聞もあって、鋭い言論や特ダネが紙面をにぎわした。そうしたあふれんばかりのエネルギーが、今も新聞の原点である。」

この部分は、私のブログで連載していた小説「白虹、日を貫けり」のテーマでもある。

昨年から連載の「新聞と戦争」だが、これはもしかして、私がきっかけを作ったのではと自負している。2005年の7月に私は、市民メディアのJANJANでこんな記事を投稿した。この記事の反響は、大きく記事ランキングでも40日間の投稿記事中2位になったほどだ。その半年前から、昨年の冬迄の間に小説を連載していた。

その翌年の2006年の11月15日、アジアプレスの代表を務める野中章弘氏の主催するジャーナリズムに関する集会に出席。その時、CNNの米軍アフガン攻撃報道における軍部支持を打ち出すキャスターのコメント場面の映像が紹介された。

私は、その会場で「戦前の日本の報道も変わらない。売上を伸ばすため朝日新聞も戦争を煽っていた。」とコメント。野中氏は、私のコメントにちょっと驚いた様子だった。野中氏は朝日と関係の深い人だからだ。

その集会の後、メールを野中氏に送り、自分がJANJANに投稿した記事を送付。その後、返信で「ご指摘の通りです」というメッセージを貰った。

もしかして、そのことが翌年の朝日の自社史反省のきっかけになったんじゃないかと勘ぐってしまう。だとしたら、自分が発起人ということか。

もっとも、朝日の戦前における軍部礼賛と戦後の手の平を返したような護憲平和主義の矛盾は、以前から保守系メディアでよく報じられていたけどね。

最近はネットの力もあって、小さな一市民が、世を動かすだけの力を持てるようになったのかもしれない。それがいいことなのか、悪いことなのか分からないけど。

もう新聞でなく、ネットの時代だね。

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by masagata2004 | 2008-01-31 21:07 | 自作小説 | Trackback | Comments(1)

紙媒体のいいところ

インターネットの普及で衰え始めたのが、テレビや新聞、雑誌などの既存メディアである。テレビは視聴時間が減り、新聞、雑誌は売上が下げ止まらない。

というのも、ネットが彼らの役割を一手に引き受け、それもさらに効率よく情報を配信できる媒体となったからだ。テレビはネットのブロードバンド化によって、You TubeやYahoo動画などのメディアに駆逐・吸収される運命にあろう。4年後のテレビのデジタル化はコストがかかるだけで何の革新にもならない。ネットの方がはるかに安く、より多くのチャンネルで映像を配信できてしまうのは明らかだ。

だが、意外にも、紙媒体である新聞、雑誌、書籍はしぶとく残っていくと思う。電子メディアがこれだけ発達しても、文字情報や写真、イラストなどは紙で読みたい、見たいという人間の性質からだ。

理由はというと、

1.紙で読むのは目に優しい。画面から光を出しているのとは違い、光を反射した紙面だから明るすぎず見やすい。

2.軽くて柔軟。だからこそ、どこにでも持ち運べる。

3.長い文章を読みやすい。1と関連するが、コンピュータの画面は明るすぎる難点がある上、長く続く文章だと、スクロールしながら字を追っていかなければならない。これが目を疲れさせる。

4.書いたことが証拠となる。印刷された文字だから、後で好きに改変できない。よって、それだけ、責任を持って書かれたことがうかがわれる。また、その場で、そのままの形で見せることができる。ネットだとコンピュータというハードウェアを通してしか見ることが出来ない。

しかし、もちろん、メディアの形態や規模は必然的に変わるだろう。以下に例をあげると、

1.無料ペーパー、広告のみが収入源で、紙面の大半がスポンサーの広告、また記事も広告にタイアップした内容。しかし、無料だからこそ、より多くの人が目にしやすい。

2.地方特有のネタを扱った新聞。紙媒体は流通費用がかかるため、配布地域が限られてしまう。だからこそ、その地域に限定した特有の情報を売り物にする。全国ニュースや国際ニュースは通信社からの配信記事で済ます。有料でも、地域ネタならその地域の読者をつかみ、親しみを持ってもらえる。全国紙はなくなってしまうだろう。

3.雑誌は、グラビアに力を入れ写真の見栄えをよくする。

4.専門性を重視して、高くても特定の読者に売り込む。私はかつて、そんな雑誌社に記者として務めていたことがあります。月刊で1冊3000円もしましたが、特定業界者向けの特化情報だったので、それなりに儲っていました。

と以上、一種のメディア論でしたが、私個人とも最近、関連することがあるので付け加えておきますと、紙媒体の良さを唱った上記の理由に鑑み、このブログを紙媒体にしました。ご存知エキサイトにはブログ製本サービスがありますが、それで、このブログの開始時からの記事をまとめて印刷した本を作ってもらいました。文庫本サイズですが、手に取ってみるといいものです。とてもいい記録になると思います。存在感があり、ものを書いてきた立派な証を手にした気分です。以下はその写真です。

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by masagata2004 | 2007-08-17 22:17 | メディア問題 | Trackback | Comments(0)

私の「新風舎」共同出版体験

Excite エキサイト : 社会ニュース

これは昨年の4月に投稿した記事です。2008年1月に新風舎は倒産しました。

どうやら、新風舎という出版社で、自費出版を依頼して酷い目に遭った人達がいるようだ。新風舎を提訴だってさ。このことはJANJANというネット新聞でも話題のトピックとなっていた。

実は、筆者も新風舎を通して、自作の小説を出版して貰った経験がある。筆者の場合は「共同出版」という形態であった。だが、結果としてひどい体験はしなかった。

それは新風舎の出版賞に応募して、結果、受賞は何もできなかったものの、その後、新風舎より「共同出版の案内」なるものが届いた。当時、大学を卒業したばかりで就職先も決まっていなかった折り、東京の国分寺にあった新風舎を訪ね、担当者から話しを聞いた。共同出版は、自費出版と違い、出版社が費用の一部を負担するもので、通常の自費出版と違い、商品として扱うのでISBNコードが貼り付けられ市場に流通する出版物とみなされるものであると説明を受けた。

筆者の小説は、本にすると60ページぐらいの短編であった。これを500部発刊するとして費用は100万円ぐらいになるとのことだった。新風舎はその3割ぐらいを負担するということで、筆者の支払い分は70万円ぐらいになった。一括支払いを勧められたが、就職先も決まっていないということでローンを、それも無職なので消費者金融を通してではなく、新風舎に分割払いという形で3年間かけて支払うローンを提示された。だが、頭金として30万円近くは支払わなければならず、それはたまたま手持ちがあったので支払えた。残り40万円近く(利子は別)を以後3年かけて支払う契約を結んだ。無職の自分にそれだけのローンをして貰えることが意外に思え、それなりに見込まれているのかと考えたりした。

数ヶ月後、著者引き取り分の100部が届いた。表紙のイラストは自分の書いた小説のイメージ通りで満足がいった。小説の中身も担当者の方と何度も手直しをしたため、それも満足な出来であった。書店には置かれることはなかったが、雑誌に新風舎の新刊本リストの1項目として広告掲載がされ紹介されることになった。

実を言うと私も契約当初から胡散臭いとは思っていた。だが、それでも契約に踏み切ったのは、個人的な理由があった。

私は小説家志望であった。しかし、ある日、霊能力を持ち、霊言がよく当たるという霊能者に、自分の夢が叶うかを訊いてみた。すると、霊能者は「考えない方がいい」とかなり否定的な答えを出した。なので、その霊言が外れてくれないかと願う気持ちがあり、形だけでも小説家デビューを果たしてみたかった。

もちろん、その後、私の小説が有名になったりしたわけではなく、小説家として収入を得ることもなかった。唯一、形だけ新風舎から400部の印税を2万円ほどいただいただけである。ちなみに60ページの短編なのに代金は1050円であった。売れるはずがないと思っていた。

ただ、新風舎が自費出版や共同出版で応募者を食い物にしているとは考えもよらなかった。私が契約をした後、新風舎とは関係ない人から新風舎で自費出版した本が新聞で紹介され、それが別の出版社で文庫本化されたという話しを聞いた。実際に、そういう小説家デビューの支援をやっているとの話しを外部で聞き、ほっとしたのを覚えている。だが、これはずいぶん前のこと、現在はどうか知らない。

あの時の担当者の話しでは、出版物は断然、小説のようなフィクションではなく、実際の体験や事実を書き記したノンフィクションの方が市場に対しては売り込みやすく、無名な人が小説家としてデビューするのはとても難しいという。作家として成功する要素の大半は運によるものだと聞いた。そんなの分かりきっていることなので、小説家になれないことに別に失望はしていない。仮に出版社が費用を全額出資した本を出せた作家でも、それで暮らしていけている人は全体の一握りしかいないと思う。

ところで、筆者は、現在はブログ上で小説を書いている。インターネットの普及により、理論上、不特定多数の人に自作の小説を発表する機会が得られた。また、ブログで投稿したものを製本化するサービスを利用して写真のような紙の小説本(左側の本は新風舎刊本)も作れた。今も、ブログ上で恋愛小説環境問題をテーマにした小説を連載している。これからもどんどん書いていくつもりだ。所詮は素人の趣味の域を出ない作品だが、日記と違い、とりあえずは一般に公表していることになる。お金は稼げないが、それで満足である。

ただ、ブログのない時代、出版業の人々が関わってくれ、手にとって見ることのできる紙媒体の本を作れたことはかけがいのない体験であった。そういう体験を騙されていたかもしれないとはいえ、できたことには後悔はしていない。

私の新風舎本を欲しいなと思う人は、メールかコメントでお知らせ下さい。送料を含め無料で差し上げます。

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by masagata2004 | 2007-07-04 22:02 | 自作小説 | Trackback | Comments(3)

シバレイ様、この記事をどう思います?

たまたま、物置の整理をしていて見つけた6年前の雑誌。
ニューズウィーク日本語版、2001年8月1日号
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MIT(マサチューセツ工科大学)の気象学の教授、リチャード・リンゼン氏は、地球温暖化は誇張され過ぎていると。今世紀末には、気温が3-4度上昇すると予想されているが、氏の予想によれば1度未満だと。もちろん、産業活動が温暖化に与える影響は否定しないが、でも、そんなに大きくないと。また、シミュレーションは、あてにならないとか。サンプルにする海水も、適切なものを使っているとは思えないとか。データも大雑把なものでかないとか。

また、同じ記事の中で、ニューズウィークのパリ支局長のクリストファー・ディッキー氏は、環境保護団体は、寄付金集めのために脅威を煽っているという論説を書いている。これまでの社会問題は、地域単位のものが主流だったが、ここにきて地球全体で騒げる問題が出てきたので、大喜びだと。

最も、この記事は6年前の話し。だから、今はまた状況は違うと思う。ちなみにこのリンゼン氏は、ブッシュ大統領にホワイトハウスでご招待を受けた学者だそうだ。本人は民主党支持者だと主張しているが。

でも、数年前の雑誌を見るのも面白い。この時は、あの911の1ヶ月程前。ビンラディンが新たなテロを仕掛けているという警告を米政府が出している記事が掲載されている。でも、まさかあの超高層ビルが崩壊することまでは予想してなかったのだろう。

その他、憲法9条を改正して平和を守れと提言する日本通のアメリカ人政治学者のコラム。ウォーターゲート事件の真相を暴いたワシントンポスト紙の女社長の伝記記事とか。買った当時は読んだのか覚えていないが、再び読んでみたい。

シバさんも読みたいですか。
by masagata2004 | 2007-02-18 14:15 | 環境問題を考える | Trackback | Comments(1)

みんなでマトリックスのネオになろう

以下は2007年2月、あるある大事典スキャンダルの時に書いた記事です。

皆さんは、映画「マトリックス」を知っているだろうか。キアヌ・リーブス主演のSF映画で、ネオと名乗る1人の青年がある日、自分の身の回りの現実は作られたものであることに気付き、その仮想現実を支配している「マトリックス」に戦いを挑むストーリーだ。最近、この主人公が体験したことと似通ったことを、多くの人々がしてしまう事件が起こった。

 フジテレビのバラエティ情報番組「あるある大事典」のデータ捏造問題が、世間を騒がせている。納豆のダイエット効果を誇張するため、番組中のインタビューやデータを捏造したとのことだった。

 しかし、ちまたで騒がれているのは、こういうテレビ番組のやらせは、氷山の一角ではないかということだ。実を言うと、筆者は以前、あるテレビ番組の制作の補助をした経験がある。その中でまさに「やらせ」といえるものを目撃してしまった。それはドキュメンタリー番組のやらせだ。とりあえずは、匿名かつぼかした形で体験を語らせていただこうと思う。

 その番組は、バラエティー系番組のドキュメンタリーで、決して硬派なタイプのものではなかった。テレビ番組スタッフの若者数人が、探検家と共に秘境の地に旅立ち、幻の大蛇を捕らえようとする話だ。しかし、探検家は非常にわがままで、スタッフを道中大変困らせる。その上、スタッフの間でも過酷な環境によるストレスから、けんかがいく度となく起こる。

 私は番組の編集前テープを見せられた。スタッフのけんかのシーンだ。まず何らかの話し合いが行われ、その後、何度も繰り返し、繰り返しのけんかが行われる。 「わがままな探検家」は、わがままなことをする前に「ここでこうすればいいんだな」と、スタッフに演技指導を求めている。実にいい人である。

 極めつけは最後に蛇を洞窟の中で捕らえる回。編集前のテープでは、洞窟で蛇を捕らえているシーンが、おそるおそるスタッフが洞窟に入っていくシーンより前にあるのだ。番組が放送されている時、日刊紙などには、その探検家のわがままぶりを酷評する記事が掲載されていた。いわば番組を盛り上げるタイアップ記事なんだろうと思った。

 しかし、「それがそんなに悪いことなのか」とも思った。私が担当したのは、バラエティー番組の中のドキュメンタリー部分で、やらせということがある程度分かっている前提で視聴者も見ている、と考えてもいいのではないかと。その番組と似たような構成のものは、他のチャンネルにも数多くある。やらせと分かっていながら楽しめるものだ。そういう類のものだからなのか、私を含め制作スタッフは罪の意識など全く感じていなかった。

 しかし、考えてみるともっと硬派なドキュメンタリー番組でも堂々とそういうことが行われている可能性は否定できない。報道番組だってそうだろう。今回のような捏造スキャンダルは、本当に氷山の一角なんだと思う。

 マトリックスに話を戻すが、ネオという青年は、モーフィアスという男の指導のもと、仮想現実の実態を知り、戦いを挑む術を収得していく。日々我々が自覚しなければいけないことと共通すると思う。見聞きする情報のすべてが、必ずしも真実とは限らない。鵜呑みすることなく、まずは疑ってみて、うそもありなんだ、と精査することを心懸けるべきではないのか。

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by masagata2004 | 2007-02-08 20:50 | メディア問題 | Trackback | Comments(0)

記事のコピペやめました。

最近、決めたことを実行にうつした。

これまでエキサイトのニュース記事へのTBやそれ以外の記事に関して感想を書く時、その元となった記事を感想の後に貼り付けていたが、それをやめることにした。やめると決めた以前の記事からも、元記事のコピペを削除した。(一部を除いて)

そもそもは貼り付けてなかったのだが、自動リンクされる記事のサイトが、時間が経つと消去されてしまうので、それだと後で、私の感想を読んだ人が何に対して言っているのか分からないので不便だろうと思ったからしていたが、それをやめることにした。

最近、著作権に関わる仕事をしている。そこで、いろいろなことを聞いた。法律を守るとかいうよりも、表現者の権利を尊重すべきだという観念を持つようになってきた。

そういうこともあり以前から、このブログで何かを書く時、特に他からの引用に関しては気を使うようにしてきた。例えば、映画評論では、映画の公式サイトのHPから写真をコピー転載している人がいるが、それはしないことにしている。

ニュースの報道記事に関しては、著作権法上、解釈はいろいろである。新聞社などは、著作権をとりあえず主張しているが、報道は公知の事実なので、そういうものに著作権が関与すると言論界は混乱するので曖昧なままだ。だが、記事そのものをそのまま転載するのはどうかと思った。記者のスタイルや意見も含まれるので、多少は著作権の侵害になる。

ちなみにブログの著作権で重要となるのは、公衆送信権とかいうものらしく、これに関してエキサイトは全てのブロガーからいただいているとのこと。でないと、ブログが成り立たないからだ。つまりは、ある特定の創作物を不特定多数の者に頒布する場合に必要となる権利である。仮に閲覧が無料であっても、著作者の許諾が必要なのである。

私のブログなど読んでいる人の数がたいしたことないので、気にしなくてもいいのだろうが、でも、著作権侵害は侵害である。間違って、何万もの人が読むことだってある。インターネットの世界は自由なのだから。

著作権はかつてでも侵害があったが、インターネットが出来てから、一度広まったものが一挙に広がり無限に複製されるという事態が起きている。著作権の危機とも言える時代。

そういう時代だからこそ、細かいことにも配慮をしなければいけないと思う。

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by masagata2004 | 2007-01-28 14:01 | ライフ・スタイル | Trackback | Comments(0)

神保・宮台と決別

先程、ビデオジャーナリスト神保哲生氏の運営するビデオニュース・ドット・コムの視聴を解約してきた。

これまで、毎月525円を支払い、視聴してきたが、最近になって見る気がしなくなり解約に踏み切った。この番組は、インターネット上で時事問題を各界の専門家などを招き対談形式で解説をしたり意見を述べたりするものだ。神保氏が司会をして、首都大学の社会学者、宮台真司氏が、補足としての解説をする。2年前、イラク人質事件をきっかけに見始めた。その時は、とても斬新なものだと思ったが、最近は、彼らに対しがっかりすることがあり、結局、見ることをやめてしまった。

報道の公正・中立の観点から、権力迎合、商業主義の大手メディアを批判していながら、彼ら自身が、それほどの公正中立かというと、そうでもない。彼ら2人の独断と偏見で運営されていることから、他のメディアと同様、偏っているのには変わりない。そんなことは分かっていたからいいのだが、最近とてもひどいことを発見してしまった。それは、宮台氏の身内びいきである。それに関しては、この記事に詳しく書いている。言動不一致とはこのことだ。

また、彼らが持ち上げた植草氏のこともある。最近、痴漢容疑で逮捕された植草一秀氏をビデオニュースで2度出演させた。一度目は、植草氏が2年前迷惑防止条例違反で有罪判決を受けた後、その次は、今年、小泉政権の経済政策を批判する番組に出演させた時だ。植草氏は、その後に電車内で女子高生のお尻を触った容疑で逮捕された。

彼らが植草氏を番組出演させた理由は、彼が受けた捜査にあまりにも不審な点が多く、警察の陰謀ではないかということで検証したかったとのこと。だが、番組内では、冤罪主張をする植草氏を持ち上げすぎといっていい演出が見られた。宮台氏は、植草氏の性的志向を検察が法廷で持ち込んだことは不当だと主張していたが、裁判では、被告の主張の信憑性などで、そういうことが判断材料として使われることがある。植草氏の主張にも、客観的に矛盾する点が見られた。このことに関しては、この記事を読むといい。宮台氏も同じような趣味の持ち主らしく同類を哀れむといった感じがしてしまった。

植草氏を2度目に出演させた時、視聴者から批判があり、それに答える形で神保氏が、国策捜査の疑いから有罪とは断定すべきでないと主張し、また、有罪であったとしても、それなりの罰則を受け代償を払ったものに再起の道を閉ざすべきでないと考えたからだという。だが、その再起の道を与えるのは、罪状をしっかりと認め反省し、二度と繰り返さないと誓った者に対してするべきことではないのか。冤罪と信じて疑わないからか、それとも、刑罰を受けた者に二重の罰を加えるべきでないと考えるからなのか、はっきりさせて欲しいものだ。

植草氏が、二度目の逮捕を受けた後、神保と宮台氏は、ある種の弁明の番組を開き、こう主張した。今度も植草氏が罪状を否認している状態だから、その段階では、何ともいいようがないと。それは理解できる。だが、その後の彼らの述べる意見には開いた口が塞がらなかった。

まず、神保氏が、植草氏をアメリカのマーサ・スチュワート氏と比較して、スチュワート女史が、証券取引法違反で有罪を受け刑罰を受けていながら、社会復帰できたケースと植草氏のケースを比べたのだ。そして、いつものように日本はこれだから変だと。
植草氏は、経済法違反者ではない。有罪だとしたら性犯罪者なのだ。性犯罪は再犯の可能性も高く、いわゆる精神病。ちなみに、アメリカでは性犯罪者、特に未成年者を被害者にする性犯罪者の処置は、刑務所を出所後も厳しい。そういうことを神保氏が知らないはずがない。何とも卑怯だ。

また、宮台氏は、植草氏が仮に犯罪者であったとしても彼の経済理論を否定することはすべきでないと主張。例によって恩師小室氏の素晴らしい講釈を引用して、これだから、日本は駄目なのだと。引用したのは、大正時代、日本の学会において超能力研究が異端さから排除されたこと。だが、植草氏のケースとどう関連するのかは意味不明。

要は仲間びいきをして、肩すかしを食らったお二人の苦し紛れの言い訳としか聞こえなかった。

また、映画評論家としても活躍する宮台氏の貧しい映画評論にも触れたことも理由。そのことに関しては、この記事を。あまりにも薄ぺらく、映画通とは思えない評論だった。ついでに、彼が以前絶賛し薦めるのでDVDをレンタルしてみた「NANA」はひどかった。彼には映画を見る目はないと断定する。今までこんな発想の貧困な学者の解説に頷いていたのかと思うと、自分が情けなかった。

私個人の事情もある。最近、こういう社会問題に関心が薄れてきた感がある。どうも、つまらない。世の中、どうせそんなに良くならないのだから、ほっておくしかねえのじゃないかと。去年の衆院での小泉自民圧勝から、もうどうにもならないという無力感が漂っていた。安部氏が首相になってもう絶望的だ。

ジャーナリストや学者がどんなに正義を振りかざそうと、この世の悲劇はなくならず、犠牲者も後を絶たない。世の中そんなものだから、あきらめるしかない。どうにもならないことは、ただ耐えるしかないと考えるようになった。

神保さん、宮台さん、少ないリソースで、それなりに頑張っているお二人には、大いに敬意を払いますが、もう私はあなたたちのセカイから退場させていただきます。どうせ、おたくらは、私のようなのをヘタレと呼んで一蹴されるのでしょうけど。

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P.S. 神保さん、宮台さん、これもしかして読んでいたら、よろしければTBしてくださいな。
by masagata2004 | 2006-10-22 12:10 | メディア問題 | Trackback | Comments(1)

マンネリ化したビデオニュース

ビデオニュースという私が時折視聴する番組で小泉政権のメディア戦略に対する対談をやっていた。2部に分かれていたが、私が見たのは後半の部で、雑誌「創」の編集長と、神保・宮台のインテリ・コンビがトークをしていた。

小泉政権が5年もの間維持できたのは、自民党政権のメディアをうまく使う戦略が功を奏したからだという。新自由主義という本来、格差を広げ弱者に痛みを押しつける改革を、その弱者たる人々に良くなる改革であると幻想を抱かせ、支持させてしまったということだ。

だが、メディア自身も商業化が進み、人気のある政権に擦り寄っていったという。それが、政権批判を弱めた理由だといわれる。

また、世論もメディアが権力批判しても、反応が鈍いのである。いくら批判をしたとしても、「それだから何だ?」という感覚が蔓延している。そもそも市民社会の弱い日本では、メディアがどう頑張っても、受け手の問題意識が低すぎる。

最近、神保・宮台のビデオニュースがマンネリ化しているように私に見えるのは、そのことが要因なのかなと思う。そもそも、メディアやジャーナリズムに何ができるんだと常に考えてしまう。特にビデオニュースのようなインターネット番組は、視聴者数は少なく、層も偏りのある辺境でマイナーなメディアに過ぎない。どんなに正論を叫んでも影響力は小さい。

また、所詮は彼らの独断と偏見に過ぎない。正義を貫こうと意見を述べようと、それがいつも正しいこととは思えないのだ。この番組を見始めた2年前は、かなり画期的だと思い、毎回必ず見て、なるほど、なるほど、と彼らの意見が刷り込まれていったものだが、今は違う。

確かに、大手メディアが報じることのできないタブーな話題に切り込んでいるところに凄みを感じるが、同時に、彼ら自身と彼らの盟友のプロモーションの役割もあるんだなと気付き、しらけてしまった。特にあの漫画家はひどかった。それから、宮台氏の恩師も。

ジャーナリストや学者が公共性を代表している姿が、うざったい時代になったのだろうと思う。

小泉政権のマジックにのせられ、事態の悪化に歯止めをかけられないとひどい目に遭うぞと言っても、本当にひどい目に遭うまで大衆は気付かない。

考えてみれば、歴史はそんなことの繰り返しなのだろう。

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by masagata2004 | 2006-09-11 21:00 | メディア問題 | Trackback | Comments(0)


人生は常に進歩していかなければならない


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