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東電電力館前にてデモ開始

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もう閉鎖されたけどね。
by masagata2004 | 2011-09-24 13:55 | 風景写真&動画集

9月19日の脱原発集会とデモ

以下は、その時に撮った映像。明治公園での反原発活動家の演説。





ついでに、私がデモ参加時につけた反原発ボディペイントを自宅で剥がす映像。



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by masagata2004 | 2011-09-23 19:18 | 時事トピック

経産省で座り込み

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by masagata2004 | 2011-09-17 15:16 | 風景写真&動画集

ダ、ダ、脱原発



制服向上委員会の歌。

新宿アルタ前にて。
by masagata2004 | 2011-09-11 19:06 | 音楽

脱原発デモ


人の多さがことの深刻さを物語る。
by masagata2004 | 2011-09-11 18:04 | 時事トピック

半年後の反核運動

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ゆうに千人は超えている!
by masagata2004 | 2011-09-11 17:51 | 風景写真&動画集

あれから半年 「東京からの手紙」を綴る

ジャーナリストの山本知佳子という人が、25年前のチェルノブイリ事故の時、ドイツにいた体験を綴った「ベルリンからの手紙」を買って読んだ。手紙形式でチェルノブイリ事故が起こった後の3年間のドイツで見聞きしたことを刻銘に記している。

それに習って、私も、東日本大震災と福島第1原発事故が起こってから、これまでの半年間を手紙形式で綴ってみたいと思う。題して「東京からの手紙」

3月11日の午後3時ちょっと前、オフィスで仕事をしていたら、今までに体験したことのない大きな揺れが襲い、机の下に潜ったが、パソコンのモニタが倒れ、本棚も倒れたりと、荒れ放題でした。そして、とても長い時間、揺れが起こりました。5分ぐらいはかかったと思います。

仕事はとりあえず中断。帰宅することに。だけど、電車が停まり歩いて家に帰ることになりました。ニュースを聞くと、大規模な地震が東北地方を襲ったと。そして、大きな津波も来たのだと。だが、そんな地震の被害の報道を知りながら、心配になったことがありました。原発は大丈夫なのかなって。

その心配は的中でした。翌日、1号機が爆発。頭の中が空洞になりました。一気に別世界に引き込まれたような感覚でした。その2日後、3号機が爆発。当時の枝野官房長官は、「格納容器は壊れていないので大丈夫です」と述べました。情けないながら、反原発運動をしていながら、格納容器という言葉を初めて知った瞬間でした。あのチェルノブイリには格納容器はなかったそうです。

ですが、その後、福島県内はもとより、関東各地、東京も放射線量が高まりました。そして、放射線物質の飛散は、水、野菜など体に入れるものに次々と影響を与え、不安は一気に広がりました。スーパーやコンビニでは、ミネラルウォーターや食料が売り切れる騒ぎとなりました。

そして、日本を離れる外国人が次々と。街で当たり前のように見かけた外国人が、めっきり減ってしまいました。

毎日、それも毎時、ニュースにかじりつきました。聞こえてくるのは悪いニュースばかり。まるでホラー映画を観ているような気分でした。そして、余震が毎日のように襲ってきます。揺れるたびに心配なのは、福島の原発はどうかなっていないかということ。夜も眠れず、ベッドの横にラジオ付き懐中電灯を添えました。朝起きたら、必ずラジオからニュースを聞いて原発の状況に耳を傾ける日々でした。

そんなおり、自分に何かできないかと考え、1ミリシーベルトまで探知できる線量計を探しているとネットで告知していた広河隆一氏に、連絡して私のガイガーカウンターを貸しました。

また、都内で開かれる反原発デモに参加するようにいたしました。でも、不安はたまる一方、原子炉メルトダウン、溢れそうな汚染水と、いいニュースなんて、なかなか聞きません。自分の腹がメルトダウンしそうなほど、苦しい気分にさせられました。自分がどうかなるからというよりも、この世がどうかなるのではないかという恐怖からです。

私が不安がる姿を周りで見ている人々は、大袈裟じゃないのかと、言ったりしましたが、しかし、不安で不安で、仕事をするのにも支障が出るほどです。だからって気分転換をしようにも、気分が全く乗らないのです。

事故から2ヶ月が経った頃には、テレビではお笑い番組などが流れるようになりましたが、そんな番組を観て笑える人達の神経が信じられませんでした。とかいいながら、私は舞台劇を観に行きました。帝国劇場で「風と共に去りぬ」を上演していたので観に行きました。気分転換というより、劇のストーリーとテーマが、御時世にマッチしていたので観に行ったのです。映画を何度も観たことがあるので、今更、劇の内容に評価をすることはないのでしたが、演技を見事にこなした俳優人に感銘を受けました。よくも、こんな不安と恐怖の中、舞台の上で演技をこなせたなと。お笑い番組にしても劇にしても、観る立場よりも、演じる立場の方がはるかに大変なはずなのです。

夏が近付き、暑くなると原発事故による電力不足の懸念が囁かれました。そのため、日本は一気に節電モードになりました。不夜城の繁華街が一気に暗くなりました。実に驚きの光景でした。日々使う電気が、もう当たり前のものではないのだと実感させられました。

時が経つにつれ、原発が落ち着いてきたというニュースも流れてきましたが、同時に食品の汚染は相変わらず、そこら中で発見され、深刻な事態は変わっていません。原発そのものも、収束には、まだまだ時間がかかりそうで、汚染された土地を追われた人々が元の生活に戻ることは、ほぼ絶望的だとみていいと思えます。仮に実質的な汚染が取り除けても、汚染されたというレッテルは、そう簡単に外せやしません。福島県では、この半年間で人口が減り続けているということです。

福島に除染のボランティアに参加したりしました。現地の人々は不安定な中、何とか平静を保とうとしている様子がうかがわれました。

ですが、チェルノブイリ同様に、今後が心配です。5年後、10年後はどうなるのでしょうか。どれだけの健康被害が表面化していくのでしょうか。私を含め東北と関東に住む人々も同様です。これほどまでに広範囲に被害が広がるとは思ってもいませんでした。

半年が経ちましたが、相変わらずニュースを確かめ一日が終わるのに安堵しながら、疲れがたまっていくという毎日です。いつ、何が起こるか分からない。広範囲に被害が広がり、収束に大変長い時間がかかるというのが、原発事故の恐ろしさです。事故が起こる確率がどんなに低くても、起こってしまったら、こんなに甚大な被害をもたらし、それもおそろしく長い付き合いをさせられる。原状回復が非常に難しい。世の中で起こる他の事象との大きな違いはそこです。なので、どんなに原発が効率的だ、安い(それは嘘だったのが発覚)といっても、根本的に受け入れられるものではありません。選択肢として存在してはならないものなのです。

そういう認識が広がったためか、国会は「再生可能エネルギー促進法」を成立させました。それは、なんともいえない成り行きでした。こんな大事故が起こったからこそ、通せたのだとしたら素直に喜べるものではありません。

でも、起こってしまったこの事故、今後付き合っていくしかありません。気が付くと、最近は予断の許さない状況に慣れきってしまったようです。慣れてはいけないのでしょうけど。でも、恐ろしいことに、それが人間の適応力というものなのです。

ですけど、ひたすらウォッチしていきます。そして、自分の出来る限りのことをしていきたいと思います。もうこれ以上の悲劇を繰り返さないためにも。

また、半年後、震災と事故から1年後に、お手紙を書きたいと思います。お元気で。
by masagata2004 | 2011-09-11 14:58 | マサガタな日々

「明日が消える」と「チェルノブイリ・ハート」

あの東日本大震災による福島第一原発事故が起こった今年は、チェルノブイリ原発事故が起こってから25年目である。

まだ現在進行形の福島第一原発事故を考えると同時に、チェルノブイリも考えようと思い、2つのドキュメンタリー映画を観に行った。どちらも、短編である。

一つは、「明日が消える」という22年前の作品。その年、チェルノブイリ事故から3年目で、日本の原発について考えようという主旨でつくられた作品だ。映画の中では、福島第一の原発作業員だった父親を亡くした女性が、父親の死に対する疑問を語る場面がある。その父親は、55歳で心臓病で死亡したというのだが、原発との関連性は証明されないと電力会社から告げられたという。

大事故が起こる前の健全な姿の原発の風景が映し出され、まさに、22年後に、あんな姿になるなんて誰が想像しただろうか。

その他、当時から問題視されていた原発作業員の過酷な労働環境についても語られ、元作業員だった人は、線量計をつけずに作業をさせられることもしばしばあったという。なんでも、そんなことしたら、限度を超えてしまうからというから。また、下請けの作業員のため、足の指を切るような負傷をしても、なんの補償も受けられなかったという。

私が観に行った時、上映後、22年前に映画を制作したプロデューサーと、映画の中で父親の死に対する疑問を語った女性が、舞台に上がり、語りをした。

プロデューサーは、22年前と今も変わらない状況であるという。ただ、今は、以前より少しは原発反対を言いやすくなったと述べた。

もう一つの映画は「チェルノブイリ・ハート」というもの。

チェルノブイリ事故の被害を最も受けたベラルーシとウクライナを取材したアメリカのドキュメンタリー。チェルノブイリから20年後、ベラルーシでは、子供たちの甲状腺癌が急増。奇形児が次から次へと生まれてくる。その上、ベラルーシでは子供を治療する設備や予算が不足しており、それが子供たちの状況をさらに悪化させている。普段食べているジャムに、セシウムが入り込み、体内放射線量が増えていると検査で子供が告げられる場面。日々の生活が放射能と背中合わせ。これは、日本の近未来なのだろうか。

子供の健康がこれほどに害されても、親としては住み慣れた土地を離れるのは魂を抜かれるほどにつらいのでできないという。汚染されているから移住するというのは、簡単なことではない。例え、そこが「死の町」になったとしても。

そのまさに「死の町」となったチェルノブイリ周辺に子供の頃、住んでいた男性が、20年ぶりに自分が住んでいた高層マンションを訪れる。荒廃した中、残された壁紙に触れ、その時の生活を懐かしむかのように彼は、子供の頃の記憶を語った。事故のあった夜、ベランダから見える発電所は火を上げていたという。子供ながらに面白がり、その火に近付いてみたくなったという。しかし、事故は、彼の生活から全てを奪ったと悔やむ。そして、その男性は撮影後、27歳の若さでこの世を去ったのである。

私は、知人にベラルーシ人がいたので、彼から事故当時の体験を聞いたが、それによると、事故について初めて知ったのは事故が起こってから3日後、噂によってだったという。長い間、事故の規模については知らされてなかったというのだ。被害を広がらせないためには、汚染された食品を食べないことだと忠告する。

経産大臣が「死の町」と発言したからと過剰な反応を示しているようだが、実際に福島もチェルノブイリも死の町となり、その死は町のみに限らず、広範囲にばらまかれる。

辛くても、そんな過酷な事実を受け止めなければならない。

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by masagata2004 | 2011-09-10 21:34 | 映画ドラマ評論

泊を止めてニセコを守れ!

科学・環境 - エキサイトニュース

北海道知事が営業再開を認めた泊原発から30キロにあるのが、今年の1月にスキーに行ったニセコ。

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オーストラリア人がたくさんスキーしていたが、あの原発事故以来、一気に去っていったとか。

そんなニセコが、もし放射能に福島のようにやられたらと思うとぞっとする。あのパウダースノーにセシウムとか混じるのか。







また、安心してオーストラリア人とスキーを楽しみたい!

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by masagata2004 | 2011-08-17 22:03 | 時事トピック

原発に代わる新エネルギー


by masagata2004 | 2011-07-27 09:18 | 環境問題を考える


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

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