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実をいうと日本人は性に対して奔放だった!

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よく、欧米などが自由主義で、性の解放をリードしている。我が国は保守的で、ポルノとかいかがわしいものは規制が厳しいとか。そういうイメージをお持ちの方々多いと思う。

しかし、岩手の蘇民祭の全裸、三重県のヤーヤー祭りなど、人前で全裸になる祭りは、日本中にある。それも、性解放だとか叫ばれた最近から始まったものではなく、近代化前の江戸時代やそれ以前からのお祭りなのだ。

実をいうと、日本で性とか裸に対して、「いかがわしい」という感覚が浸透し始めたのは明治時代になってからのこと。つまりは西洋文明を受け入れ初めてからのことなのだ。明治時代前は日本では、お風呂といえば混浴当たり前だったのだが、そういうものは近代的でない。何でも西洋が勝ると考えた指導者達によって廃れてきたものといえる。

これは、西欧に植民地化された南太平洋諸島でも同じことが言えた。西欧の「自然を克服せよ」という価値観は、性をいかがわしいものとする概念を生み出した。

最近、議論された民法の改正問題、離婚後100日以内に生まれた子供の父親は前夫とするという規定。これって、明治時代のフランスやイタリアのカトリック的価値観、つまりは貞操の義務とかいう概念を輸入して出来上がったもの。

もっと驚くべきことは、これも最近西欧で進んでいると思われている同性愛ライフスタイル。これも実は、江戸時代までの日本ではけっしてアブノーマルとは思われなかったことなのだ。かつての日本では「男色」「衆道」と呼ばれる男性のバイセクシャル的な性的志向が一般的に受け止められていた。日本のどこかで若衆が厄年の男性宅に全裸で訪ねて厄を落とさせ、若衆は禊ぎをするという風習が残っていると聞くが、これもその名残かと思われる。これは南太平洋の島々の原住民にも見られた風習。また、「義兄弟の契り」と呼ばれる男性同士の絆を象徴する特別な関係も見られた。ゲイ文化は、こちらの方が先だったのだ。

これについては、アメリカ人の方が詳しい。例えば、1980年にアメリカで爆発的な人気を誇ったドラマ「将軍」では、こんなエピソードがある。戦国時代末期、日本に漂流して大名の世話を受けるようになったイギリス人航海士ジョン・ブラックソーンは、島田陽子演じる世話役兼通訳の女性に滞在中の性生活についてアドバイスを受ける。健康のため女性と枕を共にすることを勧められる。彼はかたくなに断る。すると、世話役は「じゃあ、あなたは男の子ならいいのですね」と返す。ブラックソーンは、驚くと共に激怒して「俺はそんな変態じゃないぞ」と言い返すのだ。当時の日本では、ごく普通に行われていたこと。堂々と。徳川家康、織田信長、武田信玄、上杉謙信、伊達政宗、名だたる武将たちの記録に必ずあったこと。ところで、航海士役の俳優リチャード・チェンバレンは、最近、自らがゲイであったということを告白している。

また、アメリカ人の歴史学者が江戸時代の男色について考察した学術書を10年以上も前に出版している。私は、留学中にそれを見つけ感銘を受けた。詳しくは、この記事を。

日本人も、そろそろ己の真の伝統や文化を見直す時期に来たのではないか。

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by masagata2004 | 2008-02-09 12:20 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

衝撃のニュース: あのゲイ・カウボーイ役の彼が

Excite エキサイト : 芸能ニュース

ヒース・レジャーの悲報を聞いたのは、今朝だったが、その朝、起きた時、映画「ブロークバック・マウンテン」のサントラCDを聞いた。それは、そのニュースを聞く前のこと。偶然なのか、何か霊的なものがあったのか。

この映画に関しては、3部に渡ってこんな評論を書いた。今まで観た映画の中で最も感動というか、心揺さぶられた映画だった。主役のレジャーの演技が、特に際だっていた。20歳の若者から40歳の中年へ変貌する姿も全く自然にこなしていた。今、日本が鯨でもめているオーストラリア出身、享年は28歳という若過ぎる死。

映画の中では、レジャーは牧場で一緒に働いたカウボーイと恋をするものの、最後は、相手に死別され、その想いを胸に抱きしめる悲しき男を演じた。あまりにも切ない恋の物語、それが男同士というから、ある意味、感慨深かった。皮肉なことに現実では、若くして死ぬのがレジャーであったとは。

レジャーは、この映画で共演したミッシェル・ウィリアムズとの間に子供を作ったのだが、彼女とは別れてしまったらしい。面白いことに、その筋書きが映画と同じ。もちろん、レジャーはゲイではないはずだけどね。ゲイならば、あんな役を引き受けたりはせんだろう。ちなみに私も違うが、身近に世間の目を欺くためしている男共を何人か知っている。

一人は、嫁さんと嫁さんの母親に知られてしまったが、子供がいることで、何とか続けている。大騒ぎの後、また一人子供ができたけどね。

また、一人は、恐らくそれがばれたため1年もしない内に離婚、子供がいるのだが、満足に会えない。いっそのこと諦めて、男の愛人と一緒に新しい人生を歩もうとしていた。

彼らの心理とはどんなものだろうかを探るには最適な映画だった。ある意味、社会勉強にもなる映画なのだ。

ま、そういうわけでヒース・レジャー氏のご冥福を心よりお祈りします。しかし、惜しい俳優を亡くしたな。

今宵は、「ブロークバック・マウンテン」を観て、哀悼の意を表そう。
by masagata2004 | 2008-01-23 20:25 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

うぁー、いやらしい

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by masagata2004 | 2007-12-22 16:41 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

江戸時代の日本なら堂々と出来たことなのですが

Excite エキサイト : 国際ニュース

アメリカの反同性愛主義の保守派議員がね。

日本人は、アメリカやヨーロッパは、自由だから同性愛が蔓延しているというイメージをお持ちですが、むしろ、彼らの社会にはキリスト教という性原理主義が存在するからこそ、日本よりもっと厳しく、だからこそ解放運動が盛んになったと考えるべきでしょう。そもそも、つい最近まで欧米ではプライベートでも同性愛行為をすることを禁じた法律があったくらいです。19世紀末のイギリスの作家、オスカー・ワイルドが投獄されたことが、そのいい例。

日本はというと、世間体としていけない行為だと考えていたわけで、実を言うとこの世間の常識、歴史的には短いんです。それは、明治の近代化による西洋価値観の流入に端を発するとのこと。このことに関しては、この記事を。

だが、考えてみてください。日本では、これまでほとんど同性愛を禁止する法律などなかったし、芸能界を見渡せば、ピーコ、オスギ、三輪明宏など堂々とそれを売り物にしている人がいます。アニメや漫画にも、堂々とゲイネタは出てきます。宗教で言えば、仏教国といわれますが、日本国内の仏教では同性愛を罪悪視する戒律はないようです。なんせ、仏教を日本に伝えた空海がゲイだったといわれるくらいですから。

同じ事件が起こっても、警察はしょっぴかず、メディアもそんなに騒がないのかもしれません。芸能界のゲイ・ボス、ジャーニー喜多川っていますけど、さんざんセクハラ告発されながら警察に捕えられることも大手メディアに非難されることもないのは、彼の政治力もさることながら、何よりも社会がこういうことにある種寛容なところがあるので、見逃されがちになっているように思えます。

だから、実を言うと、日本は欧米諸国より、自由なのかも。

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by masagata2004 | 2007-09-02 09:52 | 時事トピック | Comments(0)

朗読CDで「元始、女性は太陽であった」を聴く

CDを買うと言えば、普通、ロックやジャズなどの曲や歌の入ったものを聴くものだが、最近は初体験として、朗読CDを買った。CDのタイトルは「君死にたまうことなかれ」で、与謝野晶子、平塚雷鳥、津田梅子などの明治から大正にかけての女性著名人が書いた文章を栗原小巻が朗読したものだ。

特に惹かれたのは、婦人参政権運動家の平塚雷鳥が発刊した「青鞜」の創刊号で書き記した「元始、女性は太陽であった」の朗読だった。

「元始、女性は太陽であった。今、女性は月である。他によって光る青白い病人のようである。隠れた太陽を取り戻そう。」というフレーズが何度と繰り返される。

実に勢いのある文章である。心がこもり、抑圧から解き放とうと必死にもがく女性達の心情を分かりやすく描いている。この「太陽である」という言葉は、自ら輝ける自立したという意味意外に、古代の天テラス伝説に起因するものと言われている。

日本の女性は、戦後、米軍の民主化政策によって解放されたという言説がよく聞かれる。つい最近もブッシュ大統領が、「日本女性に参政権を認めるのには批判があり、夫に従順過ぎる女性達は政治的な自立思考ができないと言われていた」と演説をしたらしいのだが、これは間違いである。確かに、戦後の民主化により女性の参政権が認められ、その後、地位向上が進んでいったのだが、それはアメリカによって初めてもたらされたものとは言えない。

平塚雷鳥氏のような運動家が、戦前から必死の思いで築き上げたものが、戦後、大きく華開いたものだったと言える。大正時代、大正デモクラシーと呼ばれる民主主義運動が盛んで、所得に関係せず成人男子が投票権を得る普通選挙法が成立した。また、女性の場合で言えば、女性が政治集会に参加することを禁じた治安警察法も、雷鳥や市川房枝氏などの運動の末、改正させることができた。

参政権で言えば、昭和に入り、1930年、衆議院だけだが女性の地方議会の選挙権を認める法案が通過している。ただ、貴族院の反対により廃案にされたのである。翌年、満州事変が起こり日本が軍国化していってしまい、結局のところ滞ってしまった。もし、戦争がなければ、日本女性だけで勝ち取ることができたのかもしれない。それだけ、当時、婦人参政権運動の機運は高かったのだ。また、戦後の公職選挙法改正による婦人参政権も、新憲法発布の前であり、市川房枝らは「アメリカに与えられる形にならないようにしましょう」と提案し可決したとのことだった。

だから、日本にも欧米に負けないぐらいの婦人運動や民主化運動の根はあったのである。そういうものは他から決して押しつけられたり、与えられるものではない。

「元始、女性は太陽であった」という言葉は、まさにそれを象徴するものであろう。

ちなみに平塚雷鳥氏は、このブログの自作小説「白虹、日を貫けり」にも登場する人物です。
by masagata2004 | 2007-08-25 14:56 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

淋しい、日本女性の現状

ニューヨーク・タイムズで日本における女性の労働状況に関する記事を目にした。

アメリカからすると、日本女性の立場というのは、かなり可哀想に見えるらしい。

アメリカでは企業管理職の4割以上は女性である。日本では、まだ1割程度。20年前に男女雇用均等法が制定されたが、その時と比べても数パーセントの変化しかない。また、法的拘束力が弱く、罰則は実質的にはない。

男尊女卑の企業文化が要因としてあげられるが、それ以外に、夜遅くまで働かされる長時間労働が改善を阻んでいるらしい。これは、最近の出生率低下の原因ともなっていることだ。

日本が婦人参政権を認めたのは、戦後のこと。だが、それって歴史的に見ると決して他国より遅れていたとは言えないらしい。アメリカやドイツは第1次世界大戦後だが、イギリスは、それより数年後で、その上、年齢制限に男女差があり、決して平等とはいえなかったらしい。日本でも、戦前、参政権運動は盛んで、衆議院だけだが婦人参政権法案が通った歴史がある。

ちなみに欧州でも、イタリアやフランスは戦後に参政権が認められた。ちょっと驚くことだが、フランスでは、1991年まで女性が銀行口座を取得するのには、夫や父親などの許可がないと取れないという差別的な法律があったそうだ。

とはいえ、世界第2の経済大国としては実にふさわしくない女性の現状である。先頃、米連邦議会下院で通った従軍慰安婦に関する謝罪要求決議でも、日本の人権感覚が問われた。恐ろしいことに「当時は、公娼が当たり前だった」、「どこの軍隊でもやっていた」という弁を堂々と述べる政治家や識者がいたのには、呆れた人も多かったのではないか。これは障害者、難民、同性愛者など他の人権問題にも同じことが言える。日本は人権という意味では「先進国」だとは言えない。実に情けない。これでは日本人であることを誇りに思って生きていくことがむずかしい。


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by masagata2004 | 2007-08-06 21:02 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

投票まで1週間

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新宿歩行者天国にて!
by masagata2004 | 2007-07-22 14:53 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

参院全国区は「尾辻かな子」候補に注目!

公示まで2日間と迫った参院選。このままの調子で行けば民主党が勝利しそうですが、その民主党が全国比例区で公認した女性候補に注目。「尾辻かな子」といわれる候補は、何と日本で初めて主要政党に公認された同性愛者であることを公言した候補者です。欧米では、かなり前から数多くいるようですので、ついにそのゲイ・ムーブメントがここまで追いついてきたということでしょうか。彼女は、公約に同性愛者を含めた社会的弱者や少数派の権利擁護に尽力したいと述べています。

尾辻候補の記者会見の模様はここに。有料ですが対談番組がここで見られます。

また、尾辻候補が取り組んでいる同性愛問題ですが、このような記事をJANJANに投稿したことがあります。

ちなみに日本も近代化前にはゲイとかは自由であったと、この記事を読めば分かります。
by masagata2004 | 2007-07-10 20:59 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

ダヴィンチ絵画「受胎告知」に思う 

本日、上野公園にある東京国立美術館でレオナルド・ダヴィンチによる絵画「受胎告知」を見に行った。話題の作品だけあって、観覧するのに20分ほど待たされた。

ダヴィンチに特別興味があるわけじゃないが、この絵画のテーマとなる「処女懐胎」に以前から関心があった。医学的には不可能なこと。絵画では天使が、聖母マリアに神の子を宿したことを告げるシーンが描かれている。つまり、通常の男女のセックスを介さず、子供を妊娠したというのだ。神の子だから、そんなプロセスは要らないというのだろう。

西欧世界に見られる「処女信仰」の元凶であるとされる。

私がアメリカに留学していた10年以上前、地球環境を考える科目の講義で、処女信仰は、人間の性に対する嫌悪感の象徴だと教えられた。つまりは処女は純潔である。セックスをしないことは清いことという考えだ。だが、セックスなしでは人類が子孫を残すことは出来ない。それならば、生殖を伴うセックスはよしとし、それ以外の性的行為はいかがわしいものとした。つまりは、マスターベーション、同性愛は子供を作れないからいけないものだと。

異性愛でも、コンドームを使用する避妊行為は罪深いとされた。快楽目的にセックスするなといいたいわけだ。

どうして、性を人々が嫌悪するようになったかといえば、それは狩猟採集から農耕へ移り変わる過程で、それまでの自然信仰から、農地を耕すために木を切り倒すなどの自然征服の哲学が必要となり、それに沿って生きていくようになったからだといわれる。性とは我々の内なる自然だからだ。

だが、その結果はどうだろう。自然破壊の挙げ句の果て、人類は今や滅亡の危機にさらされている。そして、内なる自然である「性」を征服できたかといえば、それは疑問だ。20世紀後半から、性の解放化が進んだ。無理して純潔を守るより、したい時にマスターベーションやコンドームを使用した安全なセックスを自由にするようになった。そして、同性同士の恋愛やセックスも自由にやってもいいと考えが変わってきている。日本も明治からの西洋化前は、性に対してはかなり自由だったのだ。今はなぜか、その西欧の影響を受けて後追い的に自由になろうとしている。

ま、そんなわけでダヴィンチ絵画から人間の性の変遷、つまりは自然に対する考えの変遷を考えてみました。

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by masagata2004 | 2007-06-16 21:41 | アート | Trackback | Comments(1)

映画「噂の二人」 同じことが現代に起こっていたら

オードリー・ヘップバーン主演の女性間の同性愛、レズビアンをテーマにした映画だといえる。レンタル店でビデオを借りて見た。小学生か中学生の時に映画館で観た記憶がある。だが、当時は、そのテーマ性が全くつかめなかった。

ヘップバーン扮する女学校の教師カレンと共同経営者のマーサ(シャリー・マクレーン)は、生徒の悪意ある噂から苦境に追いやられる。噂とは、二人がレズビアンであるということ。生徒達は親に引き戻され、名誉毀損訴訟にも負ける。二人だけになったところで、マーサは実を言うと、自分がカレンに友達以上の想いを寄せていたことを打ち明ける。そして自分が汚らわしいと叫ぶ。結末はブロークバック・マウンテンに似ている。

1961年に制作された映画で、当時の社会情況から言えばかなり革新的なドラマだったといえる。同じことが21世紀の現代で起こっても、もしかして事情は同じかもしれない。

思い出せば10年ほど前、アメリカに留学していた頃、若者向け人気ドラマの「メルローズ・プレース」を見ていた。それにも似たようなストーリーがあった。それは、ある女性が親友の結婚を阻止しようと親友のフィアンセを誘惑して、婚約を解消させようとするが、すったもんだあって失敗。彼女は、親友に兼ねてからの想いを打ち明ける。だが、親友はこう言い返す。
「あなたレズビアンだったの? なぜそれをずっと私に黙っていたの。そのことで私たちの仲が駄目になるとでも思っていたの」と。親友がレズビアンであることよりも、そのことを隠していたことに驚いたという態度だ。

そして、こうも言う。「私もあなたのことが好きよ。ただ、あなたが感じているようにはいかないけど。でも、あなたは私の人生にとってはとても大事な人には変わりないことは知っていて」と。とてもあっさりしていた。時代は変わったということか。

まあ、いつの時代にも同性愛というのはあるはずなのに、要はメディアが描かないからないものか、あったとしても否定的に描くからあってはならないものだと人は思い込む。日本でいえば、NHKの大河ドラマがいい例だ。さんざん、戦国武将の人生を1年間も使い描きながら、何一つサムライ同士の同性愛、当時は男色とか衆道とか呼ばれていた人間関係を出さない。それというのは、明治以降の近代化で西洋の価値観に毒されたからか。キリスト教というセックス恐怖症の価値観に。

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by masagata2004 | 2007-05-19 00:37 | 映画ドラマ評論 | Trackback | Comments(4)


人生は常に進歩していかなければならない


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