タグ:歴史 ( 123 ) タグの人気記事

遠藤周作作「沈黙」 クリスマスに考えるべきこと

クリスマスが近いということで、たまたまブックオフで105円で売られていたこの本を買った。なんでも、ハリウッドでの映画化も予定されているとか聞いた。

ストーリーは、キリスト教に禁制の令が出て、キリシタン狩りが猛威を振るう江戸時代の日本が舞台。師として尊敬するある司祭が拷問され棄教したという報告を受けたポルトガル人の司祭二人が密航船に乗り込み、長崎の地に入る。そこで隠れキリシタンたちに対し信仰を施す。だが、彼らの存在が権力側に明らかとなり過酷な運命にさらされることに。

実に巧妙に書き込まれているのが驚き。遠藤周作はキリスト教をテーマにした作品が多いというから、まさにその集大成ともいえる内容であった。この作品は実在の人物がモデルだというのだからさらに驚き。

キリシタン狩りといえば踏み絵だが、踏み絵だけではごまかされると唾を吐くことまでされる場面を読み、当時の幕府がいかにキリスト教を排除しようとしていたかが刻銘に表されている。

江戸幕府のキリスト教弾圧は、鎖国と同様に西洋帝国支配から逃れるためであったとされる。植民地支配は宣教師を使い、現地人を洗脳させ、抵抗意欲を失わせるのが方策だ。それを当時の幕府は恐れていたのである。

題名の「沈黙」とは、過酷な運命にさらされている人々にどんなに祈りを捧げても、何の救いもないことから言い表された言葉。

さて、ネタバレをすると、



More
by masagata2004 | 2013-12-23 20:44 | 書籍評論 | Trackback | Comments(0)

映画「42 世界を変えた男」観てきました



今年の4月にアメリカで公開され、ついに日本で公開されたこの映画。初日にさっそく観てきた。以前、いかに私がこの映画を観たかったかを記事にしたが、映画はまあまあの出来栄え、分かりやすい伝記ものとして仕上がっていた。アメリカではすでに語りつくされている実話なので、余計な誇張ができなかったのだろうと思う。

ちなみに、映画中のブルペン下の廊下でバットを折る行為は、ロビンソン夫人の話では、そんなことはなかったはずという。ただ、それほど彼の受けた仕打ちというのが凄まじかったということを表したのだろう。

映画の中で印象に残ったのは、以下の場面。

1.英語の同情(sympathy)は、ギリシャ語の「苦しむ」という言葉が由来だ。だから、苦しみを共有できたということだ、とブランチ・リッキーがいう場面。

2.観客席で白人の子供が、父親や周囲に乗せられ「ニガー」と叫ぶシーン。つまり、偏見は伝承されていくということを意味する。

3.ロビンソンとプレーすることを拒否したチームメートが他の選手から嘆願書を集めるが、ある選手は腕を冷やしていたためサインができないと拒否。実際には、彼はサインする気はなかった。

この映画では、ロビンソンの生い立ちについてはしっかりと語られていなかったが、彼は人種差別の激しい米南部で生まれた。母子家庭で育ったのだが、あまりにも差別がひどい環境だったので親子でカリフォルニアに移住。だけど、そこでもプールは白人のみだったりと人種差別はあった。子供のころ、隣人の白人の子供から差別的な言葉を浴びせられけんかになった時、母親が、安易にやり返すことはしてはならない、だけど、いうべき時にはきちんと言って返さなければいけない、と教えられたという。それが、後の彼を形作ったとされる。

しかしながら、この映画を人種差別克服のドラマとだけ観るべきではない。映画の中では、野球の面白さもしっかりと表している。というのは、ロビンソンが、得意とした盗塁技である。野球はやたらとヒットとホームランが醍醐味として強調されるが、それだけではないのだ。

手強い選手をフォアボールで1塁に行かせて安心してはならない。その一塁で、その選手が盗塁をしようとして投手を混乱させる。そのため、投球に集中できない。ついに2塁へと盗塁させられ、ますます投手は混乱に陥る。すると、2塁から3塁を狙う。そこで、混乱、集中して投球しようとしたが、グローブからボールを落としてしまう。これはボークである。よって相手側に一点が入ってしまう。

この映画で初めて「ボーク」なるものを知ってしまった。その意味でいい野球映画だ。

人気ブログランキングへ
by masagata2004 | 2013-11-03 11:07 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

書籍「終戦のエンペラー 陛下をお救いなさいまし」 天皇は象徴でしかなかった

現在公開の映画「終戦のエンペラー」を観た後、この本を買ってみた。というのは、映画はこの本を原作としてつくられたフィクションを織り交ぜた歴史サスペンスものであった。

本に書かれているのは、占領軍司令長官マッカサーの右腕であった陸軍准将ボナー・フェラーズと、フェラーズと親睦の深かった日本人女性、河合道の交流と最終的に天皇を訴追しない決定が下されるまでの経緯である。河合道は、当時、恵泉女学園の校長をしていた。

フェラーズと河合は、戦前から知り合い、フェラーズは日本に興味を持ち、ラッカディオ・ハーンの書籍を全て読んだという日本通であったという。

河合はクリスチャンであったが、天皇には強い敬愛を持ち、もし天皇が裁判にかけられ処刑されることがあれば、自分は死ぬつもりで、日本国民も同様の想いを持っており、それにより日本の国内には米軍に対する反乱が頻発して占領政策を難しくさせるだろうとフェラーズに述べ、フェラーズもかねてからの日本研究により、そういう結論を持ち、それをマッカサーに報告。それにより天皇は戦争責任に関する訴追から逃れるようになったという。

More
by masagata2004 | 2013-08-04 15:00 | 書籍評論 | Trackback(1) | Comments(0)

ヒトラーは菜食主義者だった

社会、芸能、スポーツ、海外などニュース速報に加え、エキサイト独自の明日使えるコネタ、びっくりニュースも配信中。
こんな話題が持ち上がったが、その女性によるとヒトラーが菜食主義者だったというのは意外であろう。ついでに、彼は酒も煙草もしない男だったと知られている。

ホロコーストのことを思うと、そんなバカなと思うかも知れないが、いわゆる草食系ほど、肉食系以上に残虐な面があるということを暗示しているのかもしれない。

ある意味、何をするのでも、いい加減でなく徹底している。だが、自らの負のエネルギーが爆発した時、恐ろしいまでにそれを広げ、そして、かつ容赦なく緻密にやり上げる性格だ。アウシュビッツのガス室がその典型である。
b0017892_11163620.jpg

細かいことに気を使う繊細な面がある反面、その繊細さがゆえ、そこに傷が入るとモンスターへと変貌する。それは、現代でいうとクレーマーの心理と似ている。

肉食系は強引なところがある反面、大雑把で大らかに振る舞える面がある。

草食系というのは、肉がない分、情に薄く、機械的な思考の持ち主だともいえる。目的を成し遂げるため、緻密に計画を練り上げ、完璧なまでにやり遂げられるが、そこに人間味がない。それが故、機械的に暴走する危うさがある。

ただ、ヒトラーのことでいえば、彼に問題があったと片付けられない面がある。一番の問題は、そんな緻密な策略にまんまと騙された当時のドイツの人々だったのだろう。

人気ブログランキングへ
by masagata2004 | 2013-05-06 11:18 | 時事トピック | Trackback | Comments(0)

日本はまだ主権回復などしていない

b0017892_13364099.jpg

日米安保という条約が交換条件となり、占領ではない形で米軍が日本の好きなところに基地を置けるようにした日。

文京区シビックセンターにて。
by masagata2004 | 2013-04-28 13:36 | 風景写真&動画集 | Trackback | Comments(0)

本物の芸者と遊んだぞ

やっと初体験をした。映画やテレビでしか知らなかった芸者の世界を生で体験できた。

とはいっても、単なるツアーに参加したまでで、私のような庶民でも手の出るようなもの。

20人程度のお客を相手に向島のお茶屋のお座敷にて、昼食懐石と芸者のパフォーマンスとおもてなしを堪能。
b0017892_21563899.jpg
b0017892_21565770.jpg


3人いて、一人は熟年のお婆さん芸者、一人は中年の芸者、もう一人は半玉といわれる見習いの若い芸者。

お酒を飲むときは、仲居さんではなく、芸者さんが必ずお酌をつぐ。そして、そばでいろいろなお話をする。実に話し方がうまい。特に熟年の芸者さんは。

その後は音楽の演奏、そして、踊り。そして、お客さんと遊びを。遊びは屏風を舞台に立てて、そこで体を使ったじゃんけん。わけわからなかったけど。
b0017892_215893.jpg
b0017892_21584122.jpg

私は着物を着ていたので、特に注目を浴びた。考えてみれば、芸者と遊ぶなんていうのは、誰もが着物を着ていた時代から。なので、自分が一番の正統派だったような。
b0017892_2159245.jpg


芸者と遊ぶというと、水商売の艶めかしさを連想する人もいるが、私にとっては、未知であり、日本人としての伝統であり、ヘリテージ(遺産)であり、誇りである。ある意味、仏閣を訪ねるような気分であった。なので、とっても高尚な気分になった。

今度は芸者の男版、幇間のお座敷をトライしていみたいと思う。

ちなみに、芸者のお座敷の後は浅草寺の庭園を楽しんだ。芸者と同じく美しき高尚なる世界。日本人よ、目覚めよ。そんな高尚な世界があることを。安易さや、効率のいいものを追い求めすぎ、身の回りを味気ない世界に変えてしまってはいないか。
b0017892_2203119.jpg

ついでにそんな美しき世界を持つ日本に原発は、ほとほといらないと痛感した。芸者の白塗りは電気のない時代に暗いお座敷で顔を際立たせる役割があった。そう、原発も電気もない時代から存在した日本の文化だ。まだまだ続いているのだから、大事にしないと。

どうして、みんな気付かないんだ!
by masagata2004 | 2013-04-20 21:55 | アート | Trackback | Comments(0)

混浴について考える

先週末の青森県八甲田山への旅行では、スキー以外に、どうしても体験しておきたいことを体験してきた。それは、温泉の混浴である。
b0017892_23472115.jpg


場所は、酸ヶ湯温泉旅館である。スキー場から車で20分ほど離れたところにある雪がどっぷりと積もった場所だ。温泉は宿泊客以外の人には入浴料を払い入れるようになっている。そして、玄関には混浴のルールを書いた標示板がある。
b0017892_2348840.jpg

そこに千人風呂と呼ばれる大浴場があり、そこが混浴の場となっている。二つの大きな湯船があり、男性は左側から、女性は右側から入るのだが、湯は白濁色なので、いざ浸かってしまえば湯に入ったところは見えない。風呂場の真ん中で男女を区切るついたてがあり、一つの湯船では女性はついたてに隠れながら、湯に浸かることができる。だが、私が入った2日間では、ほとんどが男性客で、女性はずっと少なく、その多くは高齢者だった。若い女性もいたが、布を巻いていたり、または湯船に浸かるまでタオルでしっかり体を隠していたりした。

もっとも、女性の裸に興味があったわけではなく、混浴文化とはどういうものであるかを肌で感じるのが目的であった。ちなみに、私にとって、この酸ヶ湯は生まれて初めての混浴ではない。生まれて初めては、意外にもアメリカはカリフォルニア州北部にあった露店温泉風呂である。学生時代で、16年ぐらいも前のこと。大学の山間部キャンパスで植物学の講座を受講するのが目的だった。そこの近くにあった露天風呂の温泉で、それが何と混浴だったのだ。その時、アメリカ人の学生が、混浴には、保守主義からの脱却としての意義があると話していたが、それと日本の混浴文化とは意味合いが違うように思う。

日本では、古来から混浴が当たり前であった。少なくなったのは明治時代以降であり、かつてまで男女が共同浴場で全裸になることは恥ずかしいことではなかった。明治時代の筑豊炭坑の生活を描き世界記憶遺産とまでなった山本作兵衛の絵画記録では、炭坑夫たちの混浴風景も描かれている。それは、何ら特別なものとしてでなく、当たり前のことのように記録されているのだ。

温泉で混浴となると、それは限られたスペースを区切らず、老若男女を問わず、いつでも誰でも楽しめるようにすることが目的だといわれている。昔の日本人にとって、お風呂とは誰もが全裸になって浸かるものだから、風呂場でお互いの全裸を目にするのは特別なことではなかったと考えられる。

それは、現代でいえば海水浴をするために浜辺で、水着姿になるのと同じようなものだ。誰も、海水浴場での水着姿を恥ずかしがったりしない。それと同じように風呂場で全裸になるのは恥ずかしいものではないとみていたのだろう。

だが、そんな混浴の習慣は、明治時代に日本を訪ねた西洋人の目からは「非文明的」な習慣として映り、当時の日本の指導者も、そのように思うようになった。

混浴は、褌、着物と同様に、外からの影響を受け、我々が失いつつある伝統なのだろうか。
by masagata2004 | 2013-04-10 23:44 | ライフ・スタイル | Trackback | Comments(1)

実をいうと、ここが日本のスキー発祥の地

先週末、青森県は八甲田山を訪ねた。八甲田山と聞いて、111年前に起こった雪中行軍の悲劇を思い起こす人はどれだけいるのだろうか。

b0017892_23323131.jpg


日露戦争が現実味を帯びてきた1902年、来る陸戦に備えるため陸軍の兵士が雪山での行軍の訓練をするため八甲田山に乗り込んだものの、吹雪で足止めされ、数日間、やまぬ吹雪の中、199名もの兵士が命を落としたという史上最悪の雪山遭難事件。防寒装備の軽さ、指揮系統の乱れが主な要因であったようだが、その当時、欧州で普及していたスキーが日本では一般的ではなかったことも、雪山での行動の制約を大きくしたともいえる。

その後、1911年に、オーストリアの軍人が日本にスキーというものを伝来させ、以後、1世紀以上にわたり、日本では雪山でスキーをするのが一般的となった。もちろん、自衛隊もスキーの訓練を受ける。
b0017892_23335994.jpg


ここでは、スキーと温泉を楽しむために来たのだが、そのついでに、八甲田山雪中行軍遭難資料館を訪ねた。入り口には、遭難事件後、現場に建てられた記念銅像のレプリカが置かれ、雪中行軍に関する様々な資料が展示されていた。
b0017892_23344914.jpg


資料館の隣は、その雪中行軍で命を落とした兵士たちの墓地となっており、当時、この場所を起点として行軍訓練に出たということである。実に悲しい思いに駆られた。
b0017892_23362410.jpg


スキーというとレジャーやスポーツのイメージが強いが、元々は雪山で行動するために考え出された代物。過去にこんな悲劇があったこと、また、それを教訓に自然を甘く見るべきではないことを心に刻みたい。

帰りの新幹線では、思わぬことに出くわした。強風により、新幹線が途中で止まり、強風が収まるまで3時間も車内で足止めされたのだ。そう、まるであの当時のように。自然は本当に侮れない。それは2年前に多くの人が嫌というほど思い知らされたことだ。

ちなみに、八甲田ではスキー以外に温泉を楽しんだのだが、それが普段とはちと違った温泉体験であった。詳しくは後日。


by masagata2004 | 2013-04-08 23:38 | スキー | Trackback | Comments(3)

ある意味スキー発祥の地

b0017892_99157.jpg


青森県八甲田にて。
by masagata2004 | 2013-04-07 09:09 | スキー | Trackback | Comments(0)

京都でとってもSAYURIな体験をしてしまった!

2005年に公開されたハリウッド版芸者映画「SAYURI」を観て以来、ミヤコと呼ばれる京都に関心を持った私だが、昨年の10月に続いて、着物を着ての京都の旅を体験。これには、目的があった。

一つは、たまたまTVの放送で知ったスズメの焼き鳥を食べに行くため。場所は伏見稲荷。
b0017892_2357101.jpg


食べてみると、味は特別というわけではなかった。ただ、スズメ一匹をそのまま焼いたという感じの触感があり、それが不思議な感覚だった。だけど、1本500円という高さ。なんでも希少なもので冬季限定で販売されているという。

ちなみにこの伏見稲荷は、SAYURIの撮影が行われたところでもある。主人公であるSAYURIが少女の時、千本鳥居を願い事をするため走り抜けていくシーンが有名だ。そこでフィリピンから来た観光客に会い自分の写真を撮ってもらった。彼女たちもSAYURIを観て、伏見稲荷を知ったそうだ。
b0017892_2358738.jpg

その後は、隣の駅の東福寺を訪ね、
b0017892_014646.jpg

その後に、バスに乗って清水寺から、三年坂、二年坂、一念坂を訪ねた。そこで、舞妓の格好をした観光客や着物を体験している観光客に会った。その中には、ベトナムから来た人もいた。
b0017892_025158.jpg

翌日、今回の旅の主目的であるある場所に向かった。それは、カナダ人の茶道師範が催す茶道体験会に出席するためだ。その人の名はランディさんで、京都の二条城近くでらん布袋という喫茶店を経営している。店には茶事で客をもてなす場があり、そこで私を含め6人が茶道の体験をした。ランディさんは、着物を着て、茶道について流ちょうな日本語で詳しく説明して、作法も事細かに説明された。その後に、ゲストからの質問に答えられた。
b0017892_09368.jpg

私は英語で、茶道のsignifianceは?と訊くと、ランディさんは、人生のsignificanceは、と返した。

茶道を始めた理由を他のゲストから訊かれると、日本に最初に来た理由が武道を学ぶためであったが、文武両道でなければならぬと思い、始めたのが茶道だったとのこと。

茶道はルールに縛られ形式ばっているものに過ぎないのではと訊くと、それをルールと思うのは間違いで、マナーと思えばいい。カジュアルな格好で好き放題に飲み屋で食事を楽しむこともあれば、フォーマルな服装でマナーに沿ってフルコースの食事を楽しむこともある。格式ばっているから楽しめないということではないと仰った。

この点が西洋人らしいと思った。日本人だと、儀礼的なものに無条件で従うのが当たり前と思い込んで、ただ稽古に打ち込むものと考えがちだが、そこは分かりやすい説明を提供してくれるのが違う。

分かりやすく客観的に伝えるというのは日本人では難しいと思う。例えば、SAYURIでお座敷で芸者たちが白塗りをするようになったのは、当時の照明の暗さからということを学べたのと同じことだ。日本映画だと、古い時代の部屋の暗さというものに注意を払っていないことが多い。そのSAYURIの影響なのか、今年のNHKの大河ドラマ「八重の桜」では、当時の夜の暗さ、陰影の中で生活していた人々の営みがSAYURIのように表現されている。日本人がハリウッドから真の日本を学んだということか。
by masagata2004 | 2013-02-12 23:55 | 旅行 | Trackback | Comments(0)


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

カテゴリ

全体
プロフィール
自作小説
映画ドラマ評論
環境問題を考える
時事トピック
音楽
スポーツ
ライフ・スタイル
米留学体験談
イベント告知板
メディア問題
旅行
中国
風景写真&動画集
書籍評論
演劇評論
アート
マサガタな日々
JANJAN
スキー
沖縄

タグ

最新のトラックバック

映画「終戦のエンペラー」..
from soramove
【映画】バーダー・マイン..
from しづのをだまき
インサイダー
from 映鍵(ei_ken)

フォロー中のブログ

高遠菜穂子のイラク・ホー...
ジャーナリスト・志葉玲の...
増山麗奈の革命鍋!
*華の宴* ~ Life...
poziomkaとポーラ...
広島瀬戸内新聞ニュース(...
楽なログ
美ら海・沖縄に基地はいらない!

その他のお薦めリンク

ノーモア南京の会
Peaceful Tomorrows
Our Planet
環境エネルギー政策研究所


私へのメールは、
masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp まで。

当ブログへのリンクはフリーです。

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

東京
旅行家・冒険家

画像一覧