自作小説「私を「スキーに連れてって」の時代に連れてって」 第4章 殺意

バブルの時代が、本当に幸せな時代だったのかを問い直す小説。

まずは序章から第3章をお読み下さい。

 今が一九八九年三月。そんなこと信じられない。あの崖に落ちたとき、タイムスリップしてしまったのか。それも、母がスキーインストラクターとして、この志賀高原で働き、父が社員旅行で母が滞在するのと同じホテルに宿泊しているときだなんて。一体、どういう神のいたずらなんだろう。
 結局、ホテルのレストラン・ウエイトレスやその他雑用係として働くことになった。同僚となった松本雪子の話しでは、生まれも育ちも志賀高原で、家族で農業と民宿をやっていたのだが、父親、涼子にとっての祖父は、数年前に他界、祖母は姉、つまり涼子の伯母の嫁いだ九州に移り、志賀高原には雪子だけとなり、農業も民宿も閉めた状態だとのこと。
 この辺りの話しは、涼子は聞いていた。祖母は涼子が小学生の時に他界。伯母とは、その後、何度か手紙や電話で連絡を取り合ったぐらいで、お互い音信不通といっていい状態だ。
 だが、雪子がスキーの名人だったなんて話しは一言も聞いていなかった。何でも、この雪国では体育の授業として小学生の頃から教わっていて、そのうえ、抜群の運動神経だったので見初められ、ついには全日本女子の選手に選ばれたこともあったくらいだと。その特技を活かしてインストラクターの資格を取り、冬場は東京や名古屋から来るスキー客の指導をしている。
 なぜ、そのことを今まで話してくれなかったのか。馴れ初めでは、スキーは全然できない自分が、この志賀高原のスキー場でうまい滑りをする父、純平に出会ったという話しだった。
 でも、母は立派な上級者、プロ級といっていい。ということは、父はそれ以上の腕前だったということなのか。父、磯崎純平とは、涼子は会ったばかりで、腰を抜かした後に肩を持ち上げ、診療所まで連れて行ってもらった。だが、その後、診察を受けている途中、そっけなくホテルに戻ってしまった。雪子とは、その時、偶然に従業員と客として面識を持ったという感じで、二人の間に何か関係があったとか、これから起こりそうな気配はなかったようにみえる。
 だが、その日の夜、ウエイトレスとして働くホテルのレストランで純平とまた会うこととなった。
 レストランは、中京物産の社員でごったがえしていた。煙草の煙で室内はむんむんとしていた。ざわざわと騒がしいが、なごやかで楽しそうだ。純平が隅の方の席で食事をしていたのが見えた。
 ひっきりなしに注文が来る。皆、スキーをしまくった後だけあり、食欲旺盛で立ち止まる暇が全くない。盆にビールやつまみを置いて運びながら、商社社員たちの会話が、自然と耳に入った。
「いやあ、志賀高原はいいよな。私をスキーに連れてって、の舞台になっただけある。景色もスケールも抜群だ」
「ああ、私もあの映画大好きです。あの映画見て、思い切ってスキー旅行挑戦してみたんです」
「この旅行のためにスキー用具一式買ったぞ。三十万もしたけど、滑ってみるとそれだけの価値はあるよな」
「冬のボーナスは月給半年分だったもんな。スキーに海外旅行に、それに車も買う予定なんだ」
 何だか豪勢な会話だと、涼子は思った。一流商社の社員たちだからか。それも、バブル絶頂だといわれたこの時期の社員たちだからかなのだろう。涼子の世代には無縁の会話だ。大学に行くのが夢になり、そのうえ、大学を卒業したとしても、まともな就職先がない。一流企業に勤めても、給料がいいとは限らない。正社員の登用を出来るだけ減らし、派遣や契約社員の割合を増やし人件費を抑えている。特に若い世代は、中高年世代の高給を支えるため、低い給与に抑えられ、これから伸びていく保証がない。
 何という落差なのだろう。両親の世代は、こんなに恵まれていて、自分の世代は貧しく苦しいのに、それを世の中は「自己責任だ」と片付ける。経済状況が変わってしまったのを個人の責任にされるという理不尽を味わっている。
 涼子は、純平の座っている席の近くに生ビールとフライドチキンを運んだ。注文した人は喜んで受け取った。そばに座っている純平の様子は、どうも浮いている感じだ。みんなが楽しそうにしているのに、純平は無表情で、やや浮かない感じだ。周りにいる人は、純平を無視してビールと会話を楽しんでいる様子だ。
 涼子は思った。ま、この時から、こんな感じだったのね。涼子の子供の頃からの記憶を思い起こせばそうだった。一緒に家にいるとき、家族で旅行するとき、なぜか無表情で感じの悪いことがよくあった。会社で嫌なことがあったのか、口を開けば訳の分からない愚痴をこぼすことがしばしばあった。
 父は、けっして暴力を振ったりするような人ではなかったが、ほがらかで家族想いな感じのする人でもなかった。義理で付き合ってきたという風にさえ思えた。だから、けっして優しくていい父親だという印象はない。そのせいか、母と涼子は話すことが多かった。父とは離婚で会わなくなる前から疎遠な仲だったといえる。朝に出会って診療所まで運んでくれたお礼を言うべきかと思ったが、涼子は、何も話しかけず、気付かない振りをして父、純平のそばを離れた。
 食事が終わった後、ロビーで映画の上映会が開かれていた。大きなテレビ画面で、志賀高原を舞台にした「私をスキーに連れてって」のビデオが放映されていた。四対三のテレビ画面映像だ。ビデオ映像で、映画スクリーンやDVDと違い、両端が切れている。ビデオ映画といえば、これが当たり前なのだ。多くの人が、集まって観ていた。涼子は、すでにDVDを借りてみている。
 これは一九八七年の作品。主演は当時のアイドル、三上博史と原田知世で、スキー場で二人が偶然にも出会い、それがきっかけでスキーをしながらの深い付き合いが始まる。ユーミンの歌をバックにスキーやデートやパーティーのシーンが優雅に映し出されるのが特徴だ。
 クライマックスは、長野県の志賀高原から山岳でつながる群馬県の万座スキー場の間のツアーコースを滑走するシーン。三上博史演じる商社マンの矢野は、志賀高原で恋人を含む仲間とスキーを楽しんでいたのを中断して万座スキー場で開かれる新作スキーウエアの発表会に使うウエアを届けなければいけなくなる。発表会の失敗を目論む社内の人間の陰謀で、発表に使うウエアが会場に届けられていない。それは矢野にとっては、自らが関わった販売促進プロジェクトの一環であったため、どうしても成功しなければならない発表会だった。
 彼女との付き合いのため、矢野は発表会の参加を断っていた。だが、そのスキーウエアは関わった社員への分け前として、矢野と彼女と、友人たちが貰い受け着用していたため、それを代わりに届けることにした。しかし、志賀高原から万座の発表会会場まで届けるには時間が足りなすぎる。
  通常、志賀高原から万座のスキー場までは、高原を周回して車で五時間の道のりでしか到達できない。だが、ツアーコースであれば、両スキー場間を直線距離で二キロをスキーで二時間で通過できる。しかし、そこは真冬は閉鎖され、普通のスキーヤーはガイドなしには通過できない難所である。それを矢野は得意の滑走で滑りきる。
 命をかけて仕事を成し得ようとする商社マン精神の鑑のような行動は、バブル当時、仕事を生き甲斐にすることが美徳とされた時代感覚を彷彿とさせる。
 涼子からすれば、そんなことは今時流行らない、と言いたかった。会社や仕事に尽くして、どんなメリットがあるの。安月給でこき使われ、先も明るくない。だけど、経済が好調だった当時としては、それは夢を果たすという意味があったのかもしれない。何たって、映画のように若者がスキー旅行に行ったり、スポーツカーを乗り回したりと、とってもリッチだった。未来に大いに希望が持てた。いい時代だったのだ。
 仕事が一通り終わり、従業員用の部屋に戻る。すでに雪子が戻っていた。半纏を着て、くつろぎ、御茶を飲んでいた。




「ねえ、どうだった仕事?」と雪子が話しかける。
「うん、大忙しで大変だった」
と涼子。
「そうよね。数年前なら、3月になるとお客はシーズン末期で減っちゃうのに、こんなブームだと来月までスキー場は開かなければいけないほどごったがえして、大忙しで振り回されっぱなし。景気がいいのを喜んでいいのか、困っていいのか。私も朝から下手なスキー客相手して疲れちゃったわ」
 親子で会話しているのだが、今はまるで姉妹か友人同士のような間柄になっている。
「ねえ、明日さ、思い切ってスキーをしてみる?」
「え、いいの?」
「うん、そっちがよければ、従業員としてリフト代ただで、レンタルもできるわよ。それに、あなたは、ここにスキーをしにきて崖に落ちて記憶喪失になったのよね。ここで、もう一度滑れば、何か思い出すんじゃないの?」
と雪子の言うことに理があると涼子は思った。
 翌日の午後、涼子は、雪子と一緒にスキー場にくり出した。午前中とお昼の仕事が終わり、夕食の準備までの間、暇が出来たので、滑ることになった。雪子も、レッスンがないので一緒についてあげられるということで付き添った。
 スキー板とストックはレンタルできた。板は、旧式の板だ。自分の身長より10センチほど高い長さの板を着用させられた。カービングでは同身長の長さが基準であった。
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だが、今はこれが普通の板とされているのだ。とりあえず、初級のコースに案内された。
「ねえ、ゆっくり滑ってみて。あなたは上級者のコースで発見されたわ。ということは、上級レベルを滑れる腕があるのか、そうではなくても、あんなコースを初級レベルも楽々と滑れない人が挑戦したりしないわ。試してみて」
と雪子に言われ、滑ってみる。涼子は、まずすっと真っ直ぐに滑った。難なくこなせる。足を広げ、クロスして止めることもできた。
 次にカーブを作って滑ってみる。すると、涼子は思ったほどうまくいかなかった。というのは、カービングスキーと違い、カーブが難しいのだ。より体をくねらさないとカーブが切れない。だが、二度ほど試してみると、するりとできるようになった。
「うーん、どうやら初級はなんてことないようね。それなりにスキー経験ありということかしら。次は中級行きましょう」
とリフトに乗り、中級コースへ行く。
 さて、傾斜が初級用に比べずっと急なのが、一目で分かる。だが、涼子はすでに何度も滑っている。カービングとは違うといえども、記憶がない振りをしなければいけないので、ぎこちなく滑らないと、と思った。
 すると、自分の数十メートル先に純平がいるのが見えた。数人の仲間と一緒だ。
「あら、あなたを診療所に連れて行ってくれた人ね。名前は磯崎とか言っていたわよね。再会できたんだからお礼をかねて挨拶をしないと」と雪子が言った。涼子は気が進まなかったが、そうすべきだろうと思い、純平の方へ二人でゆっくりと近付いた。
 ところが、純平と仲間はさっとコースを滑り麓へ下った。あ、間に合わないかと思った。 だが、涼子は、はっとした。純平が、ずっこけたのだ。仲間たちは構わず、するりと滑って降りていくのに、純平はずっこけ、立ち上がり、また、ずっこけ立ち上がりを繰り返す。え、そんな、と思った。
「ちょっと、下手っぴじゃない!」
と涼子は雪子の方を向いて言った。母がいつもしていた話しとは大違いだ。どういうことなのだ。問いつめるつもりで言ったのだが、
「そうよね。あまり上手くないようね」
と平然とした口調で返す。あ、そうか、今の母にそれを言っても仕方ないか。だけど、だとしたら、話しはあべこべで、どうして、そんなあべこべの話しを母は自分にしたのだろうと疑問に思った。
「何だか、ずっこけてみっともない思いをしている人に声をかけるのは残酷ね。ここは知らんぷりしましょう」と母。
 涼子と雪子は、ずっこけながら、ゆっくり降りていく純平を無視して、麓へと滑っていった。涼子は、楽々と滑った。
 また、リフトに戻り、中級コースを滑ろうということになった。雪子が見る限り、涼子は滑った経験があるはずで、そのうえ運動神経がいいのだが、まだまだ初心者らしい癖があると指摘する。
 さて、リフトに乗ろうとしたとき、雪子はキャプテンに出くわし声をかけられた。何でも、ちょっとした打ち合わせをしたいと、数分ですむからと言われ、涼子には先にリフトで上へ上がっていてと言った。涼子は一人でリフトに乗り上がった。
 滑ったばかりの中級コース頂上にまた来た。下を眺める。すると、父の姿をまた見つけた。コース中頃の隅のところでうずくまっている。あまりにこけて、諦めたのか。
 考えてみれば父がスキーの達人だという話しは、当初から信じられないことだ。父が運動神経がいい方ではないのはよく知っていた。だから、母のスキー場での巡り合わせの話しには疑問符を持っていた。娘の前で父親をみっともない存在にさせたくなくて作った話だったということか。でも、何とも無様な事実を知らされた。
 何となく怒りを覚えた。今まで騙されていたのか。偽りの家族を演じさせられていたのか。そんな気がしてきた。
 不愉快感が涼子を覆う。特に頂上から父を見下ろしながら、それが異常なまでに強まった。無表情で存在感が薄く、暖かみがあったとはけっしていえない父、純平との思い出がよみがえる。仕事を失った後、結局、自分と母を見捨てた。そもそも家庭なんて欲しがってなかったような人だった。母はどうしてこんな人と。
 突如、涼子は殺意が沸くのを感じた。目の前にいる父を殺してやりたい。ふと、自分のいる位置が父のいる場所に対して直線上にあることに気付いた。数十メートル滑り降りたところだ。
 そうだ、このまま真っ直ぐ滑り降りて、純平にぶつかれば、純平は丁度、崖の上にいる。体当たりでぶつかれば、崖から突き落とせる。だが、そんなことをすれば自分も。
 いや、考えてみれば、父がいなくなれば、自分は生まれてこなかったという結果になる。タイムスリップものの映画でそんな内容があった。過去の事実を変えれば当然、未来の自分自身にも影響を与える。父を殺すのは、自分を殺すことを意味する。
 それでいいのだ。自分は希望を持てない十九歳の女性。おまけにタイムスリップしてしまい、ますます自分の立場は変なことに。このまま生き続けられるのかさえ怪しい。
 よし、やるぞ、と思った。涼子は、反動をつけるためストックを雪面に押しつけた。ぐっと腰を落とし、下り坂を純平のいる位置目がけて、体を突進させた。まるで、ジャンプスキーの選手のように滑りに入ると共にストックを手から放した。
「あぶない!」と叫び声がした。雪子の声だ。 だが、純平は数メートル先に、涼子は止まらない。と、その瞬間。涼子は後ろから体をぶつけられ、純平からそれ、体を雪面に叩きつけられた。
 はあ、とほっと一息をつくと、自分に雪子が覆い被さっていることに気が付いた。
 殺人計画、失敗。

第5章へつづく。
by masagata2004 | 2009-11-02 21:33 | スキー


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