自作小説「私を「スキーに連れてって」の時代に連れてって」 最終章 家族

バブルの時代が、本当に幸せな時代だったのかを問い直す小説。

まずは序章から第7章をお読み下さい。

 それから二日後の昼
 右足骨折で志賀高原の病院に入院中の雪子を涼子は見舞いに行った。あの後、雪子は即、病院に運ばれ骨折の治療を施され、ギブスをはめられベッドに足が固定されるようになった。応急処置も良かったので、これから数ヶ月以内に元の状態に戻れると医師は告げた。
 純平の中日物産社員一行は、旅行が終わり名古屋に戻ったが、純平だけは雪子に付き添うため残ることとなった。

 涼子が病室に入った。病室は数人が入院する複数部屋だが、他の患者さんは、検査かリハビリのため、たまたまいなかった。カーテンで仕切られていて、ドアのそばのベッドと並んだ窓際にあたるベッドに足をギブスで固定され雪子は横たわった状態だ。二つのベッドの間はカーテンで仕切られている。
 涼子は、カーテンの向こう側の雪子に声をかけようとした。だが、すでに先客がいるようだ。声が聞こえたので、立ち止まった。
「すまないな、こんなことになって」
と純平の声だ。
「これも想定の内よ。スキー場で仕事しているんだもん。だけど、あなたの方は大丈夫なの。とっても高いワインの瓶壊しちゃって、届けられなかっただけでなく、飲む前に捨てるようなまねして」
と雪子が、少しムキになったような調子で言う。せっかく協力してあげたのに何よ、と言いたげな勢いだ。
「ああ、そのことに関しては、結局のところお咎めなしというか。君のような怪我人を作ってしまったからね。さすがの部長もやり過ぎだったと反省しているらしくて」
と純平。
「本当に?」
「まあ、これから社での俺の立場は、気まずいものになるのは間違いないけど、そんなことどうでもいいんだ。辞めることに決めたんだ」
「何ですって」
「そうさ、辞表を書いた。これから会社に郵送するつもりだ」
 両者の間に沈黙と見つめ合いの時間が、しばらく流れた。
 だが、涼子は、じっとして聞き耳を立て続けた。
 すると純平が口を開いた。
「それでなんだけど、俺さ、会社を辞めて、大学時代にやっていた東南アジアで搾取されている児童の救済団体で働くことにしたんだ。もう商社マンではないけど。それが、自分をごまかさず、自分がやり遂げたい本望の仕事だと自覚している。それでさ、商社マンではなくなっちゃうと、もう何のとりえもない男だけど、そんな自分と、一緒に人生を分かち合える人が必要なんだ。つまり、これからも一緒にいたい。だから・・・」
 純平は、言葉に詰まっている。言いたい言葉は分かっているのに、口に出せないはがゆさがカーテン越しの涼子にも伝わってきた。
「つまり結婚?」
と雪子が代わりに言う。
「駄目かな? 出会って数日程度だけど、もちろん、すぐにというわけじゃないさ。そういうことを前提にさ付き合っていければと思って・・」
とへりくだる口調になる純平。しばらく沈黙が流れ
「うーん、私さ、一度狙った獲物は、どんなことがあっても逃さないタイプなの。ふふふ」
と雪子のほくそ笑う声。これは何を意味するのだろう。そして、それに反応するように純平からも微笑む声がした。カーテン越しで二人の姿は見えないが、雰囲気は十分伝わってくる。
 涼子は、これは場違いだと感じ、病室を出た。心と体が感動に包まれた状態だ。まさに父と母が結ばれる瞬間に立ち会ったのだ。
 病院を抜け出し、ホテルに戻った。涼子は、どうしようかと思った。自分は、これからどうしたらいいのだろう。タイムスリップして二十年も前の時代にいる。戻りたくても戻れない。でも、一体全体、どうして自分はこんな世界に引き込まれ、また、なぜ父と母の馴れ初めに付き合わされてしまったのか。
 このまま、この世界で生き続けなければいけないのか。涼子は、ふとそんなところで、また、スキーがしたくなった。
 とりあえず、感動のシーンに出くわしたため、今は上機嫌。夜の仕事の時間まで暇もあるので、スキーを滑って気を紛らそうと考えた。思い切り滑って、また、考えよう。何よりも、喜びで一杯の気分だ。その気分を満喫するためにも思いっきり滑ろう。
 涼子は、リフトに乗り、山の頂上に着くと、眼下を眺めた。さっそく上級のコースに行く。もう何も怖くない。何度も滑ったし、また、思いっきり滑りきってやろうと思った。眼下の雪景色は、何度見ても感動ものだ。
 ストックの先を雪面に蹴散らし、雪景色に飛び込むように滑り降りた。
 ああ、気持ちいい。何ていい気分なんだ。
どんどん下降していく。ふと下降しながら、思った。
 そういえば、父は商社を辞め母と結婚をする。その後に自分が生まれると思われるのだが、そうなるとどうなるのだろう。自分は父の商社の収入で授業料の高い私立の学園に小学校の頃から通っていたが、まさか児童救済団体の職員では、そんなに高収入ではないから通えるはずがない。だとすると・・・
 と、その時、スキーのコントロールが急におかしくなった。あれ、板がどんどんコースの脇にそれていく。下の方に進んでいかない。何とか戻さないと、だが、板は自分の意志とは違う方向へどんどんそれていく。このさい、ブレーキをかけようとボーゲンの姿勢を取ろうとするが、それでも止まらない。
 何と言うことだ。目の前に崖が、樹木の中に涼子の体が飛び込む。板の片一方が外れる。
 ふわっと体が浮き、胴体が雪面に打ち付けられ、体が何度も回転して崖の淵に落ちていく。あまりの衝撃で涼子は気を失った。




 目を覚ました。
 まるで、悪夢から目覚めた感覚だ。自分はベッドの上にいる。ホテルの部屋の中だ。目の前に二人の男女がいるのが見えた。
 雪子さん、純平さんと、声を発したかったが、それを咎めた。なぜなら、気を失う前に見た二人とは違う雪子と純平だったからだ。
 両者とも、急に老けた感じだ。そうだ、涼子の知っている父と母と同い年になったような感じだ。顔は皺があり、中年らしい肌の状態だ。そして、雪子は髪の毛が短く、純平は、やや白髪交じりだが髪の毛がふさふさに生えている。涼子の知っている離婚する直前の両親の姿とは、明らかに違う。父はてっぺんから禿頭であった。涼子が中学の頃から頭の毛が抜けて落ちてそんな状態になったのだ。母は、髪型と顔付きは同じものの、涼子が知っているような病弱で、うつろな感じのする表情では全くない。とても生き生きして肌に艶がある。いったいどういうことなのだろうか。
「ああ、よかった、やっと気付いたのね」
と雪子が言った。
「心配したぞ、滑って転んで、死んだかと思った」
と純平。両者とも四十代の中年夫婦の声と話し方だ。目の前にいるのは、涼子の父と母だ。そうだ、涼子は思いだした。記憶が甦ってきたのだ。そして、それは崖から落ちる前まで持っていたのとは違った家族の記憶である。
 磯崎涼子は、国際児童救済団体「セイヴ・アワ・チルドレン(Save Our Children)」の職員である父、純平と普段はスーパーでパートの仕事をして冬は志賀高原や群馬でスキーのインストラクターをする母、雪子の元で育った一人娘である。
 学校は私立ではない。小学校から高校まで公立高校である。一家は、けっして裕福ではなかった。三人で安アパートに住み、贅沢のできない暮らしを日々送っている。
 でも、幸せであった。父は、日本と東南アジアを往復している。海外に出て長い間、帰ってこないこともあったが、必ず手紙を送り、現地の状況を伝えてくれた。子供たちの受けた仕打ちに驚嘆した。だが、援助品を送り、カウンセリングを施すことによって、みるみる元気になっていく話しには感動させられもした。涼子は、子供たちのために人形や絵などのプレゼントを自分で作り、それを父が持っていき直接渡し、それを受け取り喜ぶ子供たちの様子を父から聞く。
 子供たちから涼子へお礼の絵や手紙が送り返され、涼子は、心から感動した。
 救済団体からの安い収入と母のパートの収入だけでは家計は支えられず、食べ物に困る時もよくあった。でも、そんな時こそ、家族で支え合った。母は父のしていることを心から誇りに思っていた。だから、生活が苦しいことに対し何一つ文句を言わなかった。それに支援活動の話を父から聞かされよく分かっていた。世の中には、もっと恵まれない人々が多くいるということを。

 涼子は、冬になると母がスキーインストラクターの仕事をする志賀高原や群馬に一緒にスキーをしにいくことができた。スキー場職員の家族として、無料でリフト券を持てスキー用具のレンタルができるため、学校が冬休みの頃にはスキーを満喫した。父も、一緒に来ることもあった。
 冬のスキーでは、両親は、普段と比べてずっとむつまじかった。なぜなら、スキーこそ、二人が結び合ったきっかけだったから。もちろん、離婚などすることはなかった。
 そう、涼子のもう一つの記憶にあるしかめっ面で不機嫌そうな父の姿は全くない。いつも涼子と母に微笑みかけ、ちょっとドジなところがあるけど、でも、人間くさくて、誰も憎めなくて、誰に対しても優しい父の姿こそが、今、涼子の目の前にいる父、純平なのである。
 そして、この志賀高原に親子三人でスキーに来た。今回は母もスキー客としてのみ参加だ。というのは、一家で思い出の志賀高原に、日本を長期間離れる前の記念としてスキー旅行をしに来たのだ。このスキー旅行の後、一家は東南アジアに飛ぶ。三人で現地での救済活動に加わるのだ。母と涼子もスタッフとして働くことになる。父の背中を見て、自分もと思いスタッフに加わる決心をした。お金がないから大学には進学できないけど、代わりに大学で勉強するよりも、もっと有意義な活動が出来る。
「お父さん、お母さん」
と涼子は、目から涙をこぼした。どうしたんだろう。とてつもない感動を覚える。今は、二〇一〇年三月。元の世界に戻ったのだ。だけど、以前とは違った家族である。だけど、涼子にとっては、今、思い出したこの記憶と、この家族こそが本物になっていた。
 一体、何が起こったのだろう。二〇年前にタイムスリップしたのは夢の中の出来事だったのだろうか。父が商社マンをする一家の元で育てられ、経済的には裕福だったが、幸せとはいえない家庭生活。その記憶は何だったのだろうか。
 医師も診察して、涼子は何の異常もないことが分かった。単に転んだショックで数時間気を失っただけだと言うこと。
 
 さて、スキー旅行は終わりだ。一旦、名古屋に帰り、その数日後に東南アジアへ飛ぶ。現地は、志賀高原とはうって変わり、熱帯地帯である。まさに正反対の世界だ。
 涼子は、わくわくした気分でいた。生まれて初めての海外である。そう少なくとも本物の記憶では、旅行といえば冬、志賀高原か群馬に連れて行ってもらったことしかない。
 そこでは、ずっと手紙や写真でしか知ることのなかった子供たちと生で会える。どんな日々が待ち受けているのだろう。
 涼子のわくわく気分は、純平と雪子も同じであった。
「ああ、これでかなりの間、日本とはお別れだ」と純平。
「そうね、その意味でとってもいい思い出になったわね」と雪子。
「子供たちと会えると思うと楽しみね」
「そうだな、しかし思い出すと、あの時、君は僕が商社マンやっていたから惚れたんだろう。なのに商社をやめっちゃっても、ついてきてくれた」
「そりゃあね、一度惚れると、その相手を愛し抜く主義だもの、私は。だけど、それで結果的にはよかったと思っている」
と微笑んで答える雪子。
「嬉しいよ、そう言われて。考えてみれば、それもこれも、俺たちをこのスキー場で出会わせてくれたあの娘のおかげでもあるな、そういえばあの娘、どうしているのだろう、あれ以来、ずっとご無沙汰だな。今、どうしているのだろう」
「そうね。確かに思い出す。今頃、どうしているのかしら、突然、いなくなったのよね」
と二人が会話している時に、涼子はホテルのフロントでチェックアウトの手続きをしていた。
 すでに料金は前金で払っている。母が、ずっとスキー場職員であったこともあり、特別割引で宿泊とリフト券が購入できた。それから、スキー用具のレンタルも。涼子は、スキー場に来るたびにスキー板をただでレンタルして貰えた。それも職員特典の一貫であった。だから、自分のものを持っていない。買ってない代わりに、毎年、最新の用具を借りれるという得なこともあった。今度の旅行でもそうした。
 チェックアウトの用紙に一家を代表して署名をしようとしたが、突然、フロント係員が言った。
「お客様、実をいうと、今回、変なことがありましてね。それでちょっとおききしたいことがあるのですが」
「はい」と涼子。
「お客様が、この度レンタルされましたスキー板なのですが、確か、カービングスキーですよね。通常、皆さん、そうしますから」
「はい、それを借りましたけど」
「だけどですね。お客様がはかれていた板なのですが、片方が転んで外れてしまっていました。外れた方はカービングなのですが、お客様が転んでもはいたままの状態だった別の板はカービングではなかったのです」
「え、何ですって!」
「見てください。これは十年以上前まで主流だった旧式の板でして、カービングが出てからは、使用する人もいないので、当ホテルではレンタルをしなくなったものです。ですが、一体どうして、そんなものをお客様がはいていらしたのか。両板は長さも違うし、マッチングしないのですよ」
 フロント係が差すところに壁にかけて置いている片割れの板があった。涼子の背丈より十センチほど長めの板で、カービングと違い細めで先端がとんがり上向きに大きく反り上がっている。
 涼子は思った。ああ、あれは夢ではなかった。わたしが変えたんだ。自分の人生と家族の人生を、より幸福なものに。




もし、映画化するなら、最後のシーンは、一家で東南アジアの田舎で救済施設の子供たちと幸せそうに遊ぶシーンを。BGMにユーミンの「恋人はサンタクロース」だとベストマッチ。

ちなみに、これはたまたま見つけたパロディ、やや最後のシーンのイメージと似通うので紹介。


また、バブル時代のゲレンデにタイムスリップしたければ、以下の映像を。長い板にワンピースのウエア、ソバージュの髪型。今時見ませんね。


この小説の著作権は、このブログの管理者マサガタこと(筆名:海形将志)に帰属します。許可なく転載などしないでください。盗作など御法度です。紙での製本版入手に興味がおありであれば、筆者のメールアドレス、masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp までご連絡下さい。

次の小説は、「ヨーソロ 三笠」です。これもタイムスリップもの。乞うご期待を。

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by masagata2004 | 2009-11-20 21:08 | スキー


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