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自作小説「ヨーソロ、三笠」 第4章 明治38年2月

平和運動家の青年が、戦艦三笠に乗り込み、真の平和主義に目覚める。

まずは序章第3章をお読み下さい。

 それにどうして、この船は動いているか。陸地ははるか彼方に見え、どんどん遠のいている。船の回りは海だけだ。
 
「蛍の光」の演奏が終わった。でも、源太は、ほっとできない。一体全体、何が起こったのか。
「一同、持ち前の位置に着け」
と大声で誰かが叫ぶ声が聞こえた。ラッパ音が鳴る。ぞろぞろと人が動く音が。楽隊員がさっと、甲板を離れる姿が見られた。
 そして、艦橋の水兵たちも動き出す。どうしたことか、源太はとりあえず、携帯電話をポケットにしまった。
 甲板まで降りるため、階段のステップを踏むと、突然、後ろから
「バカもん、のろのろするな」と怒鳴り声が、何だと、自分をバカ者だと、どこの誰だか知らない奴にそんなこと言われたくないよと後ろを振り向き睨みつけると、水兵が向かってきて源太を押し倒す。源太は、その突飛押しのない行動に驚き、体のバランスを崩してステップを踏み外し、あっという間に転げ落ちた。背中、肩、最後に頭を打ちそうになった時、床に達したが、体全体に衝撃が走り気絶してしまった。
 目を覚ました。さっと、起き上がる。医務室のようなところに自分が寝ていたのに気が付いた。
「お、気付いたか、バカもん、水兵のくせに階段から落ちやがって」
 目の前にいたのは、背の高い見覚えのある男。
「多神さん」
「おお、兵曹長の多神だ。ところで、おまえは誰だ? どうも見かけん顔だが、佐世保から乗っかってきたのか」
「見かけない顔って? 佐世保から乗ってきた?」
と源太は聴いて驚いたが、まだ驚くことがある。
「この船、動いているんですよね」
「そうだべ。三笠は出航したばかりじゃ、動いて何が悪いんだ?」
 驚いた表情で源太を見る多神。
「多神さんって、さっきお会いした多神さんですよね」
 源太は多神を観察した。背格好と顔は、そのままだが、髪型が違う。さっき見た時よりは坊主に近く毛が短めだ。
「何を言っとるんだ? おまえに会うのはこれが初めてだが。さっき甲板で気絶していたのを運んできたんだわさ。おまえはみん顔だけど、名を名のらんか」
 源太は、起きあがり寝台から床に足を降ろした。靴が置いてあったので履いた。帽子が側に置いてあったのでそれを被った。別に意味はないが。
「おまえ、ここの水兵とは違うよな」
と多神。
「ええ、違いますよ。僕は水兵なんかじゃありません」
と源太は訳の分からない男は相手にできないと思い医務室を出た。低い天井。ここはデッキの下の中甲板だ。
 デッキに昇れる階段はないかと見渡す。あった。そこまで、走っていき階段を上がった。
 ほっとして、デッキに来ると、やはりこの船は動いていた。航行しているのだ。気絶する前よりも陸から離れている。波しぶきを上げ、そして、見上げると煙突から黒煙が上がっている。煤の匂いはここから来ているのだ。今時、蒸気船なんてあるか。それに、この船は埠頭に固定されているものだったのだろう。
 一体全体、どういうことだ? 何が起こったのだ。そして、今は真冬のような寒さだ。海上だからではない。季節が明らかに違うのだ。
「おいおい、勝手に動くな。おまえ、名も名乗らず無礼だぞ」
と追ってきた多神が言う。
 すると、目の前から、二人の紺色の制服を着た男たちが歩いて向かってくる。一人は、もう一人に比べて、ずっと年老いていてやや小柄、白髪で白髭を生やした老人だ。どっかで見たことがあるような、と源太は思った。
 多神は、二人の制服男たちに敬礼をした。まるで軍人が上官に対して敬礼をするように。
 二人の制服男たちは通り過ぎようとする時、源太は
「東堂平七郎、戦争の神様」
と思わず、言葉を発した。
 制服男たちが立ち止まる。そして、白髪の老人とは別の黒い口ひげを生やした男が、きっと睨みをきかせ源太に言った。
「貴様、長官だぞ、何という態度じゃ。敬礼せんか」
 源太は、そんな言葉など気にせず、白髪の老人に対して言う。
「長官、僕は間違ってこの船に乗りました。お願いです。降ろしてください」
「おい、何を抜かす。貴様、何者じゃ?」
と黒ひげの男。帽子は被っているが頭は禿げているのが分かる。源太だけでなく、そばにいた多神も睨まれた。
「申し訳ございません。こいつ、どこからか間違って来た奴のようで」
「何?」
 源太を今にでも斬り殺すかのような目つきで睨む髭の禿げ男。するとその側の老人、長官は、
「まあ、まあ、秋山どん。おはん、今、面白い言葉でおいどんを呼んだな。どう間違ってここに来たのか事情を聞こうがな。おいどんの部屋で二人きりで話しはできんかの」
と目を輝かせ興味津々の眼差しで源太に話しかけた。源太はもちろんのこと、話しがしたかった。




 長官室は、源太が一時間ほど前に見た姿とは違うものだが、戸棚の配置、暖炉の位置、艦窓に設置された機関銃などは、そのままだ。というよりも、これが元々の姿だったのだ。源太にとっての一時間前に見たのは、展示用にいろいろなものが飾られていた状態だったのだ。
 東堂平七郎元帥の肖像画は壁にかけられていない。この場に生きた本物がいるのだから。肖像画そのままだ。まだ、「元帥」と呼ばれる前の本人だ。明治天皇の肖像画は、しっかりかけられ、また、神前台が備え付けられている。
 源太は信じられなくても、信じた。そして、そんな自分の身に起こったことをこの老人に説明しなければいけない。しかし、自分の身の上に起こった、こんな奇怪な事象を説明して理解して貰えるものか。
 長官室の会議用のテーブルに二人は向かい合って座っている。
「まずは、おはんの名は何と申す?」
「野崎源太です」
「ほう、で、間違ってこの船に乗ったというがどこから来たんじゃ」
「貴方にとっての未来の横須賀からです」
「未来の横須賀? この艦は三十分前に佐世保を出たばかりじゃぞ」
「信じられない話しでしょうけど。そうなんです。僕が三十分前までいたのは西暦二〇〇八年の横須賀です。今、この時代は明治時代だから一世紀前ということですが、そうでしょう?」
「いかにも。いまは明治三十八年、皇紀二五六五年、西洋の暦でいえば一九〇五年じゃ」
「一九〇五年? 日付はいつです?」
「ああ、今日は二月二十日じゃが」
「二月? というと日本海海戦の三ヶ月前?」
「日本海海戦?」
「ああ、後にそう呼ばれる海戦ですよ。確かロシアのバルチック艦隊と向かい合うのでしょう?」
「バルチック艦隊と日本海でか。それは誠か?」
「そうか、そうか」
 突然、東堂長官の堅い表情が緩んで微笑みが表れた。源太はからかわれていると感じた。
「冗談だと思っているでしょう。未来から来たなんて。タイムトラベルをしたなんて。まるで、この船がタイムマシーンになったかのようですよ」
「タイムマシーン? ああ、それはイギリスの小説ではないのかな。友人のイギリス人にそんな小説が出版されとると聞いたが」
 源太は、それが十九世紀末のイギリスで出版されたH.G.ウェルズ作の「タイム・マシーン」であることが分かった。
「ええ、まさにそんな感じの成り行きで。でも、僕はタイムマシーンになんか乗るつもりなんてなかったんです。気が付いたら、ここに来ていたのですよ。同じ船の一世紀前に」
「一世紀前? この三笠のか」
「ええ、未来では戦うためではなく展示されている船です。こんな風に動きません。とっくに退役して日露戦争を勝利に導いた栄誉ある船として記念に残されているのです」
「日露戦争に勝利? ロシアに日本は勝つのか?」
「そうですよ。これを読んでください。分かりやすいでしょう」
と源太はズボンのポケットを探り、四つ折りしたパンフレットを取り出し広げた。
 パンフレットを東堂に差し出す。東堂はパンフレットをじっと見つめる。
「この紙は何でできとるんだ。この肌触り。今時のものではあるまいな。それに、この印刷は色がしっかりとついている」
 パンフレットは薄い光沢紙で印刷され、カバーは記念艦三笠のカラー写真だ。源太にとっては特別に珍しいものではない。だが、明治を生きる日本人にとっては珍しくたまらぬものだろうと思った。
 感激で表紙の写真を見つめ、パンフレットを開いて読もうとする様子ではない。
「開いて読んでみてください。三笠が未来では、どんな風に書かれているか分かります」
 東堂はパンフレットを開いて見つめる。これもまた、衝撃を受けている。整然と印刷された文字、海戦の様子を解説付きで描いた図。二十一世紀では当たり前の印刷技術を目の当たりにされ、度胆を抜かれた様子だ。だが、東堂は言った。
「これは日本語かな。ひらがなで漢字か、それも英語のように横書きで書かれ実に読みづらいぞ」
 ああ、そうか。源太は、すぐに事情を読み込めた。これでも、大学での専攻は国文学だ。明治時代の小説を原書のまま読んだ経験がある。「舞姫」や「坊っちゃん」などの原書を読むと現代では全く使われない日本語が随所に見られ、実に困る。特に当時は、話し言葉と書き言葉には大きな差があった。漢字も今のような平易な形ではなく、画数の多い字体だった。
 逆をかえせば、明治の人が二十一世紀の日本語の文章を読めば、目がくらむほど読みづらいということだ。
「僕が代わりに読み上げましょう」
見開きの最初のページの「三笠とは何か」を紹介した文章を読む。
 
 三笠は、明治三十五年(一九〇二年)にイギリスで建造された戦艦であり、日露戦争においては東堂平七郎司令長官が乗艦する連合艦隊の旗艦として大活躍しました。特に、明治三十八年(一九〇五年)五月二十七日からの日本海海戦では、ヨーロッパのバルト海から派遣されたロシアのバルチック艦隊を対馬沖で待ち構え、集中砲火を浴びながら勇敢に戦い、海戦史上例を見ない圧倒的な勝利に大きく貢献しました。 
日露戦争は、帝政ロシアの極東進出により、存亡の危機に立たされた日本が、イギリスやアメリカの支持を受け、国民一人一人が力を合せて戦い抜いた防衛戦争であり、この戦いに勝ったことにより、日本は独立と安全を維持し、国際的な地位を高め、また、世界の抑圧された諸国に自立の希望を与えました。
大正十二年、一九二三年に現役を退き、大正十五年に現在の地に記念艦として保存され、国民に親しまれることになります。
 第二次世界大戦後、大砲、マスト、艦橋などが撤去され、見る影もなく荒れ果てましたが、その後、「三笠」を元の姿に戻そうとの声が内外で高まり、多くの人々からの募金、政府の予算により、昭和三十六年(一九六一年)に現在の姿に復元されました。

と読み上げると、
「第二次世界大戦? 世界大戦が二度あるのか?」
「ええ、この明治が終わって大正時代に」
「明治が終わる? 陛下が崩御されるのか」
「ええ、そうですよ。だから、年号も明治から大正、そして、昭和に変わります」
「うーん、それは知ってはならぬことを知ったかな。悪いが、これ以上、未来のことは述べぬともよい。未来のことが書かれているのなら、読みとうない」
 そうか、この時代の人は、天皇を神だと思っているのだ。余計なことは教えない方がいいと思った。それに、二度の大戦も、この人物にとっては聞きたくない話しだろう。
 よかった、このパンフレットには、日露戦争については書かれている蘭があるが、二度の世界大戦を含めたその後の歴史は詳しく書かれていない。しかし、背表紙前の最後のページには、東堂元帥の生涯を紹介した蘭がある。生い立ちから、日本海海戦、そして、いつ死ぬかが明確に書かれている。知らせてはいけないことだ。過去の人に未来のことを教えてはいけないというのが、タイムスリップもののSFでは定番のルールだ。勝手だがそれに習おう。源太は、パンフレットを閉じた。
 自分が今、望んでいるのは、元の時代に戻ることだ。しかし、どのように? それにまだ、自分が未来から来た人物だと、この長官は信じていないだろう。何かもっと説得力のあるものを見せなければと思い、ポケットから携帯電話を取り出した。
 これでどうだ。携帯電話の蓋を開き、待受画面を見る。日付は二〇〇八年五月末日のままだ。電波状態はもちろんのこと「圏外」だ。もっとも、海上なら元の世界でも同じことになるが。
「何じゃ、それは?」
「携帯電話というものです。電話ってご存知ですよね。それから、無線通信というのも」
 どちらも、この時代に存在したものだ。

第5章につづく

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by masagata2004 | 2010-11-06 20:38 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)


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