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旅小説「私を沖縄に連れてって」 第3章 浜辺



 漁師になるとはどんなことか、さすがの龍司も、沖縄行きの前にちょっとした予備知識を蓄えた。
 日本全国には、現在、二十三万人の漁師がいるといわれる。漁師には、沿海の漁師と、出港したら数ヶ月、洋上に居続けながら漁をしなければいけない遠洋漁業の主に二種類がある。これから、辺奈古でするのは沿海漁業になる。
 これまでサラリーマンとして暮らしてきた龍司にとって漁師なんて、無縁の世界だと思っていた。都会育ちで、日々口にする食べ物がどこから来るのかなど考えたこともなかった。
 はっきりいって、漁師はサラリーマンというような一定の給与を貰い安定した暮らしをするという労働形態はほとんどない。基本的に自由業だ。
 自由業といっても、誰でもできるわけではなく。各漁場の漁業権を独占してもつ漁業組合に所属しなければいけない。
 そして、いざ漁師となると、自営業として、操業用の船、機材、無線を自前で購入、必要な資格を習得しなければいけない。
 その点は、何もかもお膳立てして貰い、決まった業務をこなすだけのサラリーマンとは大違いなのである。
 もちろんのこと、自営業だからこそ、自由に働く日や時間を選べる。
 しかし、収入は安定しているものではない。はっきりいえば安い。もちろん、大漁になれば別だが、普通はそんなに期待できるものではない。当然、自然の海が相手だから、天候や海の状態に収入は大きく左右される。天候が悪ければ、漁に出ることさえ出来ない。漁に出ても、必ずしも、魚を収穫できるとも、限らない。
 いざ、働くとなると、きつい、汚い、危険という言葉がつく3Kの世界である。朝は、たいてい午前五時ぐらいから起きて漁にでかけるのが普通である。重い道具を運んだり、荒波の中で船を操舵したり、獲った魚と格闘したりと凄まじい体力を要する。
 収入が高いとはいえず安定せず3Kの職種。当然のこと、なりたがる人は多いとはいえない。むしろ、年々減っているのが現状らしい。
 そもそもが、漁村内の家族経営で代々受け継がれるものであり、漁師というのは子供の頃から、その漁村で生まれ育った者が親に師事して一人前の漁師となるというのが従来からのシステムで。龍司のようなよそ者が入り込むというのは稀らしい。
 だが、最近では、漁業の衰退から、親の跡を継がない子弟もいるため、家族経営での伝承がなくなり、よそ者で他業種からの転職を希望する人々を受け入れることもあるらしい。
 ただ、そうは言っても、他業種からの未経験者がするにはクリアすべき条件がある。当然のことながら、体力の問題である。
 特に龍司のような三十代にもなると、今更鍛えて強くなるなんてことは期待できない。
 その点、龍司は体力には自信があった。小学校の頃から水泳をやっており、中学・高校の時は水泳部に所属、インターハイに出場したこともあった。また、大学に入ってからは、水球部に所属していたことがあった。
 社会人になっても、得意の水泳は続けており、その他、ジョギング、ジムでの筋肉トレーニング、数年前からは空手道場に通い、黒帯の初段を取るほどであった。百八十五センチの長身の上、体は筋肉質であるので、誰が見ても体力や腕力には問題がないことが一目で分かる男だ。
 そのうえで、最初の半年間は所属することになる漁業組合の熟練漁師から半年から一年間の見習い研修を受け、その後、独立の運びとなる。

 龍司が今いるのは、辺奈古といわれる漁港だ。漁港を挟んで右側が、辺奈古川という川が海と合流する川下で湿地帯になっている。左側が、長く続くビーチだ。ビーチの先に何棟かの建物が見える。リゾートホテルだろうか。

 夏真っ盛りの八月、沖縄は暑い。だが、不思議なことに東京ほどの暑さを感じない。おそらく、海風が吹くせいだろう。東京はコンクリートジャングルで、湿気も熱気もたちこみ体感温度が非常に高くなる。そのうえ、背広にネクタイの着用となれば尚のことだ。今は、身軽なTシャツと半ズボンを着ている。
「さ、いくぞ」
と安次富は龍司を案内する。鉄筋の二階建てで建ったばかりのような立派で新しい建物があった。「辺奈古漁業組合保全施設、漁業研修所」と壁に文字が打ち付けられている。
 ここか、と思いきや、安次富は、その鉄筋の立派な建物を素通りした。
 漁港とは反対側の奥まったところ、丁度、丘の山肌に接するところにぼろい平屋の建物があった。鉄筋でできているが、壁が黒ずんでいてかなりの年代物だ。
 建物の周りには、籠や網などの道具が置いてある。
 建物のドアを開け中に入る。



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「おい、みんな紹介するぞ。こいつが新入りの見習いだ」
 中に入ると数人の漁師らしい日焼けした男たちがいた。年代は龍司と同じ年頃から、四十代、五十代、安次富と同じ六十代ぐらいという感じだ。煙草を吸っていたり、御茶を飲んでいたりする。やや、疲れ切っている感じからすると、丁度、漁が終わって帰ってきたところだろうか。
 龍司は、名前を告げ簡単な自己紹介と初対面としての挨拶をした。漁師達も一人一人自己紹介をした。
「よろしく、内地からよく来たさな」と挨拶を返す者がいた。
 内地、そうかつまりは本土人のことをそう呼ぶのかと思った。靴を脱ぎ漁師達が座っている茣蓙の上に座った。一人の漁師から煙草を貰った。どうも、と言い煙草を貰い龍司も吸った。そして、話しを始めるが、彼らの言葉がよく分からない。沖縄弁だ。というより、沖縄語と言っていいぐらいに言葉が違い過ぎて理解できない。畜生、俺はよそ者か、ということを痛感した。
「おい、みんな、こいつは明日から、わしの見習いとして、漁に出る」
と安次富が言うと
「おい、安次富さん、明日は駄目だと通告が出ているよ」
と漁師の一人。
「そうか、分かった。ならば明後日からだな」
と安次富。
 その後、漁師との会話をする。龍司が積極的に話しかけた。龍司が話しをすれば、相手は標準語で返す。その会話で分かったことは、この漁場で獲れるものは、数多くあるが、もっとも代表的なものは現地で「ミーバイ」と呼ばれるもので、標準語では「ハタ」と呼ばれる魚である。
 その他、魚を獲るというだけでなく、海中に網を張り種付けをして、もずくを育成する海中農業のようなこともしているという。
 未経験者で都会でずっとサラリーマンをしていた自分に対して、やや不安じみた表情で「大丈夫、続くの? 生活はかつがつだよ。しけで一ヶ月も漁に出られないこともあるぞ」
と言われた。とりあえず、収入に関しては、見習い期間中は生活費程度は貰え、住まいは、漁師詰所であるこの建物の一室に住み込むことになるとのこと。
 まあ、勢い余って来たので、自分としては試しがてらのつもりだ。駄目なら、東京に戻るさ、と考えていた。だが、やれるだけはやってみないと。
 その日、暗くなると漁師達は、それぞれの家に戻った。安次富も去り、独りぼっちになった。
 夕暮れ時の漁港に出て一人煙草を吸いながら哀愁にふけった。さて、どんな日々をこれからおくることになるのか。東京とは大違いになるはずだ。

 朝、目を覚ました。時間は午前六時。龍司は、もってきた荷物から海水パンツと水中メガネを取りだし、外に出て浜へ急いだ。
 海水パンツ一丁の姿でビーチに立つ。エメラルドグリーンの海岸が目の前に広がる。
 ビーチは漁港から数キロほど続いているが、数百メートル先に有刺鉄線らしき柵がもうけられていた。龍司は思った。おそらく、その柵の先は、その先の施設、きっとリゾートホテルか保養所のプライベートビーチなのだろう。それを区切るためのものではないか。
 龍司は、水中メガネをはめ、さっさと海中へ入っていった。得意の泳ぎで一気に数百メートル進む。実に気持ちいい。波に揺られ、透き通った海水を移動する。小魚の群にも出くわした。
 海水浴など何年ぶりだろうか。普段はプールで泳いでいた。それに、こんな綺麗な海で泳ぐのは生まれて初めてだ。
 と、その時だ。真上で轟音が轟いた。見上げると三機ほどヘリコプターがあった。黒い大きなヘリコプターだ。何が起こっているのか。そして、そのヘリコプターから、ロープがさっと吊された。
 すると、吊されたロープに黒い服を着た人間が伝って降りてくる。おお、これは、まるで軍事演習だ。
 そして、どんどん、ヘリに吊されたロープから人が海中に落ちてくる。龍司は、その光景をじっと仰天しながら見つめていた。まるで映画を観ているようだ。
 しばらくして、誰かが海中に浮いている龍司の体にぶつかってくるような感覚を受けた。何だと思った途端、龍司は海中に吸い込まれた。目の前に髪の毛の茶色い水中メガネをつけた男が見えた。外国人の兵隊のようだ。
 龍司は、ぞっとして男を突き飛ばし、海面に浮上した。すると、その男も浮上する。
「お前は何者だ?」
と男は英語で話しかける。ヘリコプターの轟音が鳴り響く中、龍司は怒鳴って英語で言い返した。
「ただのスイマーだ。あんたこそ何者だ」
 茶髪の男は、何も答えず、すぐに海中に潜り、どんどん浜辺の方へ泳いでいった。彼以外に数人の兵士らしき者共が浜辺へと泳いでいく。有刺鉄線の向こう側の浜辺だ。
 龍司は、わけの分からない気持ちになり、ただ、この場にずっといるのはまずいと考え、元の浜辺に戻ろうと泳いでいった。
 浜辺に着くと、安次富が立って待っていた。なんだか、いかめしい顔をしている。こりゃ、まずいことしてしまったな、と思った。
「きちんと説明してなくて悪かったな。今日は軍事演習があるのさ」
「軍事演習って、じゃあ、あそこは」
「あれは、米軍海兵隊の訓練基地、キャンプ・ヘナコだ」
 海兵隊の訓練基地だって。そんなものが漁港と隣り合わせに。
 龍司は、ぞっとした。
by masagata2004 | 2010-06-14 10:09 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)


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