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自作小説「白虹、日を貫けり」 第2章 主人公の紹介

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。歴史を振り返りながら考える。

まずは、まえがき序章を読んでください。

 龍一は、一八歳で神戸にある私立姫路高等学校の学生である。と言っても、一月もしないうちに卒業の運びとなる。卒業後は、同志社大学に入学する予定となっていた。
 龍一の父、白川源太郎は、白川商会という貿易会社を営む裕福な貿易商であった。生まれ育った横浜で事業を起こし、明治の文明開化の時代に外国人居留地を拠点に海外の国々との貿易で財を築いた。
 源太郎は、貿易商としてイギリスを訪ねたときに龍一の母、エヴァと出会った。エヴァはポーランド人だった。
 ロンドンのバーで偶然出会った源太郎とエヴァは、すぐに恋に落ち、源太郎はエヴァを日本に連れて行き結婚した。
 エヴァは、その後、男の子を産んだ。それが、龍一である。龍一という名前は、父がつけたが、日本語が全く話せない母は、「リッチー」と呼んだ。そのため、父も龍一を「リッチー」と呼んだ。

 龍一が、二歳のとき、一家は横浜から清国の上海に移り住んだ。上海は、清国の中にありながら西洋的な都市であった。清国が、一八四〇年、アヘン戦争でイギリスに敗北したのを機に欧米列強の租借地、いわゆる租界となったところだ。日本人も一八九四年の日清戦争の勝利から、上海に多くが移り住むようになった。
 租借地ということもあり、清国の権限は及ばず、世界中の様々なものが、自由に商取引される場所として栄えた。
 貿易商の白川源太郎にとっては、事業を拡大させる上で、格好の場であった。上海では、これまでの貿易事業をさらに拡大させ、プール付きの豪邸を構えるほどに財を成した。
 龍一は、国際都市上海の租界で裕福な生活を営みながら育つこととなる。日本人の父と白人であるポーランド人の母を持つ龍一には、類稀な特質があった。
 龍一は、白人とアジア人の混血ということになるのだが、顔つきはどちらともいえる。日本人から言えば、やや色白く彫りの深い西洋的な顔立ちをしている日本人だが、西洋人から見ると、やや浅黒く彫りが浅めの東洋的な顔立ちをした白人に見られるらしい。
 だが、唯一、彼を双方から見て、日本人か西洋人にはっきりと分ける方法があった。髪の毛の色だ。髪の毛が黒ければ日本人で、髪の毛の色が茶色になれば西洋人となる。
 そもそも生まれた赤ん坊の時から幼少の時は、髪の毛が茶色で完全に西洋人と見られていた。母親と白人しか入れないレストランや教会に通ったことがある。学校も日本人でありながら英国人やアメリカ人の通う小学校に通い英語で授業を受けた。外見が西洋人であったため日本人の学校では馴染めないからだった。
 だが、十歳を過ぎた頃になると、髪の毛が段々黒くなっていき、はっきりと日本人に見られるようになった。そこで、龍一は、中学校からは日本人の学校に通うこととなった。
 その後、父が事業の拠点を神戸に移すこととなったため、上海の日本人中学校を卒業後、一家で神戸に移り住むこととなった。高等学校は、神戸の私立高校に通うことになった。
 住まいは、神戸の北野の丘にある洋館が立ち並ぶ住宅街だ。地元の人々は「異人館街」と呼んでいるが、その呼び名の通り、この場所は、西洋人が多く住んでいる。上海に住み慣れた一家にとっては、最適の環境であった。二百坪の敷地に佇むプール付きの洋館で、使用人を五人ほど雇っていた。
 龍一は、物心ついたころから初めて祖国の地に足を踏むことになった。自分が日本人であるという意識は、実のところ薄かった。母親がポーランド人であり、上海で育ったということが原因したためだろう。
 上海では、日本人社会よりも西洋人や中国人の社会と接することが多かった。そのおかげか龍一は、六つの言語が母国語のように流暢に話せ理解できる。父の話す日本語、母の話すポーランド語、小学校の時から話した英語、上海のある中国の中国語、また、上海で米英人と同じぐらい接することの多かったフランス人とドイツ人の話すフランス語とドイツ語だ。環境のせいでもあったが、龍一は、語学に関しては天才的な学習能力を持っていた。
 自分が日本人であるというよりも、上海人という意識が強かった。ある意味、無国籍人ともいうべき意識があったのである。
 帰国後、両親は龍一に日本人である自覚を持つよう言い聞かせた。日本人の父もそうだが、ポーランド人の母も同じ考えだった。
 母は、ポーランド人であるが、国を追われた身であった。ポーランドは帝政ロシアの支配下にあり、そのポーランドで生まれ育った母は、独立のため抵抗運動を行っていた。
 ポーランドは、領土から言葉まで、あらゆるものがロシアの支配下にあった。独立運動家はことごとく弾圧され、当然の如く、母は帝政側から破壊分子として目をつけられた。ポーランドにいるだけで命が脅かされるほどの危機にさらされたため、英国に逃亡した。その英国で、父、白川源太郎と出会い、恋に落ち夫婦となったのである。
 母、エヴァにとって、ポーランドは失われた母国であり、愛する息子に背負わせるわけにはいかなかった。日本人として生きていくことが龍一にとっては、幸せだろうと考えた。また、一九〇四年、大日本帝国がロシアに対し戦争で勝利したことが、息子を日本人とすることに誇りを持たせた。
 だが、エヴァは、帰国後、すぐに結核にかかり一年後に命を落とすこととなった。
 死に際に、ベッドの上で血を吐きながら、エヴァは龍一に遺言としてこう語った。
「リッチー、あなたには、健康な体があり、未来があり、そして、国があるのよ。あなたがうらやましいわ。あなたには、この国を誇りに思って、胸を張って生きてもらいたい」
 
そして、さらに1年が経った今、龍一は父親を失い悲しみにくれながら、茫然としていた。高校は卒業の運びで、大学進学も決まっていたのだが、父を失った今、自分が今後どうなるのか分からない。父の会社は、物品の差し押さえのため事業を停止させられている。事業が停止させられた上に、借財もあるので、倒産することになるのは確実だ。
 何よりも、つらいのは、自分が犯罪者の息子として生きていかなければならなくなったことだ。
 新聞は、でかでかと貿易商のアヘン密輸容疑と追いつめられた末の自殺事件として書き立てた。上海の中国マフィアとの黒いつながりがあるとも指摘された。アヘン密輸業者の白川源太郎の名は神戸だけでなく、関西一帯に知れ渡ってしまった。
 その汚名のためか、父の葬式は、しめやかに行われ出席者も父の親戚が数人出席しただけだった。葬式の後、使用人には暇を取らせた。 
 学校には通っていない。卒業間近なので出席の必要もないし、卒業式には出ないつもりだ。怖くて外を歩けない。屋敷の中に一人閉じこもっている毎日だ。
 だが、いずれこの洋館からも出て行かなければならなくなる。会社が倒産した後は、間違いなく借財の担保となっているこの屋敷は差し押さえられる。父が死んだ後に、警察に捜査のため隅から隅まで掻き回されたあげく、他人の手に渡される。
 自分は、住むところを失う。遺産はないどころか、父のせいで、まともな職にもつけそうにない。外に追い出されればのたれ死ぬこと確実だ。
 父の死を悲しむと同時に、目の前で訳の分からぬ自殺をし、突如、自分を独りぼっちにして苦境に追いやった父親を怨みたくなった。財産も残さなければ、遺書も残してくれなかった。

 ドンドン、と玄関のドアを強く叩く音がした。また、警察だろうかと思った。父の死後、何度か訪れ、いろいろなものを証拠品と称してこの屋敷から持ち去った。父の死で打ちひしがれている自分にも、事情聴取ということで、いろいろと質問をした。父の事業のことや交友関係についてがほとんどだったので、よく分からないと答えるしかなかった。
 刑事の一人は、龍一が源太郎から何かを託され、何かを隠してないかと問い詰めた。その質問には怒りを禁じえなかった。親子共々犯罪者だと疑っているのか、自分は何も知らないときっぱり答えた。
 そうすると、刑事は父が死に際に放った言葉「風見鶏」に何か心当たりはないかと訊いた。心当たりは全くなかった。この洋館には風見鶏はついていないし、風見鶏をどうこうするという話を父から聞いた覚えはない。近くに屋根の上に風見鶏をつけた家が数軒ほどあると言った。洋館の屋根に風の方向を知る風見鶏をつけるのは珍しいことではないとも付け加えた。
 玄関のドアを少し開いた。ドアの鎖はかけたままでだ。
 体のがっちりとした男が立っていた。背は龍一より少し低く、頭が少し禿げ中年風だ。やや着古した羽織と袴を着ていた。
 これまで会った警察の人間には見えなかった。亡き父の知り合いでもなさそうだ。会ったことのない初めての人物だった。
「どなたです?」

第3章に続く
by masagata2004 | 2005-01-26 02:35 | 自作小説 | Comments(0)


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