自作小説「ヨーソロ、三笠」 第8章 人気者

平和運動家の青年が、戦艦三笠に乗り込み、真の平和主義に目覚める。筆者の実体験に基づく奇想天外な物語。もちろん、フィクション。

まずは第1章から第7章までお読み下さい。

 その場所は、弾薬庫だった。おい、そんなところで煙草を吸うのかと驚いたが、砲員長である多神はここの管理人だ。
 煙草は美味しいものではなかった。源太は煙草好きではないが、これがあまりいい質のものでないことぐらいは分かる。明治の煙草とはこんなものか。
「ところで、お前さんは、長官とはどんな関係なんじゃい、友人の息子とかいっとたが」
「まあ、単にそんなところです」
 それ以上の作り話は思いつけないので、そう言った。
「ほう、で、イギリスに住んでいた」
「ええ、ずっとです。日本には長い間、いませんでした」
 外国にずっといたというのがごまかすのには丁度いい。同じ日本でも大違いの世界に今、いるのだから。
「そうだな。見かけがそんな感じだ。俺の次に大きいし、体格もしっかりしている。そうだ、渡した衣蓑の中の服は合っておるか? もし合わないようだったら、直してやれるから言えよ」
「いえ、今のところは、何かあれば直してもらいます」
 さっき着替えた作業着はすこしきつめだったが、着られないこともなかった。後で、他も試しておこうと思った。
 源太は多神に訊きたいことがあった。
「多神さん、いえ、砲員長は下のお名前はなんというのですか」
「寿乃助だ」
「ご出身は?」
「会津の国だ。あんまりいいたかねえけど、負け戦した国だべ」
 源太は日本史の明治維新、その後の戊辰戦争のことを思い出した。なるほど、そういうことか。まだ、記憶に新しいものとされているのか。
「なぜ海軍なんかに」
「海軍なんかに? 畏れ多き天皇陛下の軍隊だぞ、名誉ある職務を、なんかに、とは何を言う?」
 ものすごい形相で言うので、思わず「すみません」と謝った。
「はは、俺の家は士族だがな。もうそんな時代ではないからすっかり落ちぶれてしもうたが。だが、お国を守る意志は受け継がれておるし、それに俺のような男は、こんなところしか受け入れてもらえなかった。体がでっっかいし、軍学校はただで学べて給料も貰える。気が付いたら、兵曹長で砲員長になっておった。もっとも、会津出身だから出世は遅い方だけどな」
「ご家族はいるのですか」
「おっとうとおっかあが会津におるが、俺自身は数年前に嫁をもらって子供が一人おるぞ。男の子だ」
と胸ポケットから写真を取り出した。かわいい赤ん坊の写真だ。白黒ですり切れたような当時の写真だ。
「だが、会えないのだ」
「え、どうして?」
「嫁と別れてしもうて。というか俺が嫁が嫌になった。大したおなごではなかったしな。それよりも・・」
と源太の方を多神は見つめる。
「俺たち、気が合いそうだの」
 怪しい目つきに、ぞっとした。
 甲板の方からラッパの鳴る音がした。
「お、飯の時間だ。行くぞ」
というので、煙草を床に置き足で潰した。

 食事は長いテーブルに一同がずらりと並んで食す。御握りや焼き魚、白菜とこの時代らしい食事のメニューだが、それに加え肉じゃがあった。洋食だが、こんな時代からあったのか。とりあえず、食べてみると、まあおいしい。御茶が各人の湯飲みに注がれたが、一人に対し一杯のみらしい。
 多神にそれとなくその理由を訊くと、海軍では水は貴重品なので当然のことだということ。
 食事の後は、掃除、機関砲磨きの時間となった。源太は砲を他の水兵がするのをまねながら磨いた。
「源太、明日はお前、軍楽隊どもと一緒に、この機関砲を撃つ訓練をするぞ」
と多神。源太は、「はい、分かりました」と応えた。
 掃除が終わると、辺りは暗くなり、「就寝の準備をせよ」と黒い制服を着た士官が大声で言いながら廊下を歩いていく。士官はアルコールランプを持って見回りを歩く。懐中電灯などない時代。戦艦内の備え付けの照明も蛍光灯がない時代のためか昼間でさえ源太にとっては暗く感じられた。他の水兵に習って、天井や壁にハンモックを吊す。水兵たちの就寝のための詰め所となる甲板下の詰め所に行く。
 これは中学生の頃、夏のボーイスカウトのキャンプでしたことを思い出した。まさか戦艦の中でハンモックで寝るとは。大人数が一つの船に乗っているのだから、こんなものを使わなければいけないのか。
 そして、消灯。服は黒い水兵服から衣蓑にあった白い服に着替えてハンモックに乗り就寝。疲れていたためすぐに眠りにつけた。
 翌朝、ラッパの音と「総員 起こし」の掛け声で目が覚めた。一同、いそいでハンモックを片付ける。何もかもを機敏に行動しなければいけない。外は日が差しているようで、まだ薄暗い。朝の五時ぐらいではないか。
 砲員長と士官に導かれ、上甲板の船尾の広い甲板に集められた。準備運動だ。源太は見様見真似で周囲と同じ体操をした。テニスの強化合宿に参加した頃を思い出した。すぐに艦内を走る運動に変わった。上着を脱ぎ、一同上半身裸で走り回る。
 その後は、洗面器で顔を洗い、歯磨きをする。だが、水を大切にする方針のため、洗面器の水一杯で顔を洗い、その後、コップ一杯で歯を磨かなければいけない。歯ブラシは源太の知っているものと形は似ているが、随分、毛がごわごわしている。磨き粉は、チューブ上の練りは磨き粉ではなく、まさに容器に入った粉状のものを使う。
 その後は朝食の時間となった。ご飯にみそ汁と和風の朝食の後、服は黒の水兵服に。すぐに総員呼出で船尾の甲板に。全員整列の上、見上げると艦橋に黒い制服の士官たちがずらりと並び何が始まるかと思いきや、船尾のポールの旗が掲揚される儀式が始まるようだ。
「君が代」が流れた。何とも重苦しい雰囲気。一同が右手を曲げて上げ軍隊式の敬礼をしている。おい、何だ。そうか、軍隊にいるんだ。だが、こんなのどうも抵抗がある。だが、今は他に合わせ、している振りだけでもしようと考えた。
 軍楽隊の奏でる「君が代」と共に上がっているのは日の丸ではなく、日の丸に加え赤い線が放射状に描かれている旭日旗と呼ばれるものだ。ますます抵抗感を感じた。
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 そうか、日本が大日本帝国とか呼ばれていた時代のものなのだ。どうして、みんな敬礼などして聞き入ってられるのか。源太は周囲に構わず敬礼していた手を降ろし、旭日旗が掲揚されるのを眺めた。
 その後、各持ち前に着く指示が出された。上甲板の機関砲のところに行く。
 多神が「これから機関砲の撃ち方を指導する」と言った。
 これまで訓練を積んできた砲員たちに混じり軍楽隊員たちが指導を受ける。軍楽隊は、艦内で士気高揚のための音楽を奏でることが主な任務であるが、戦闘態勢に入れば、水兵たちと一緒に砲弾を撃たなければいけない。
 源太の時代のように、ステレオやスピーカーで好きな時に音楽を聴ける時代ではなかったからこそ、存在した任務だと思える。だが、艦内では他の水兵たちからは見下されているようであった。影で誰かが「海軍芸者め。軍楽隊が水兵なら、蝶々トンボも鳥のうちだ」と言っている者がいた。
 その軍楽隊に混じり、まったくの飛び入り、新入り、それも未来からの人物である源太も指導を受ける。
 手本として機関砲に数人がついた。それぞれに役割がある。砲員長が引き金を引くのだが、それに対し、砲の方向を変える旋回ハンドルを操作する者。照準を定めるための照尺を操作する者。
 方向と照準を定めて砲弾を撃つのだ。砲弾は撃った後に薬莢を取りだし、再度、別の砲弾を装填する。その役割を担う者も別にいる。とりあえず、全般的にそれらの行程を形だけ習っていく。
 源太は人生初体験とあって、軍楽隊員たちと一緒にそれを学んだ。その後に、消火訓練、怪我人の教護訓練などを共にした。その時代の物資、技術と技量を使っての訓練とあって、まるで博物館の時代体験ツアーに参加しているような奇妙な気分となった。もっとも、そんな気分でいるのは、この艦内では源太だけでしかない。 
 午後になり、昼食の時間が終わった後、砲弾の実弾発射訓練を行うと号令が出された。士官が水兵たちと共に、その訓練を観察するという。熟練砲員たちの徹底訓練の開始となるが、軍楽隊や新兵たちも見学、場合によっては参加することとなる。
 艦が止まった。すると、砲弾の前の海にいかだが浮いているのが見えた。それを狙って撃てと命令が下った。
 
 甲板の六インチ砲の機関砲列が、いかだの進行方向順に砲弾を放っていく。砲弾の炸裂する音が艦内に響いた。爆音と振動がすごい。だが、どれも砲弾が当たらない。
 再度、いかだが動かされる。どうしても砲弾が当たらない。距離的にはそんなに遠くない。十分、黙視できる距離だ。
「もう一度、こんなのではいかんぞ」
と士官の大声。
「照準がわるいのではないですか」
と源太が言った。
「何?」と照尺担当の男が源太をにらみつけて言った。
「どういうことだ?」
と多神が源太に対して言う。
「さしでがましいようですが、明らかに照準がずれていて、撃つタイミングもずれているのが見受けられます」
 二人の砲員は源太をしばらく睨みつけたが、多神が
「ほう、それならおまえがやってみい」
と言った。多神が引き金のところに源太を引っ張った。源太は、多神の行動に驚きはしたものの、引き金を引いてみたくなった。
 何がそうさせるのか。テニスプレイヤーとしての勘が、この砲撃とマッチングしているようなのだ。
 いかだが通る。源太は海面をコートにみたてた。コートの特定のスポットにボールを打ち込む練習をしたことがある。その感覚で、狙いをつける。砲身が動かされる。照準が定められる。源太は照尺担当に「もっと、もっと」と声を出し、指示した。彼は呼応するように照準を合わせていく。
 そして、いかだが、源太の視界真ん前に来た。今だ、と思った。生まれて初めて撃つ砲弾。それも、自分が生まれるよりはるか昔のものだ。いけ、と思い引き金を引く。一か八かやってやると思った。
 バーンと炸裂する音が耳元に響いた。体中に衝撃波を感じる。
「やったぞ、命中したぞ」
と歓声が上がった。
「やったな。お前、以前に訓練をしたことがあったのか。イギリスでか」と多神が言った。
「ええ、まあ」と源太はごまかすつもりでそう言った。
「すげえでな。あんた名手やな」と照準担当の男。
「どうも、どうも」と源太が言うと、
「どうも? 何いっとんの?」と男が反応した。どうも、という言葉は、この時代に通じないらしい。
「褒められて光栄です」
と源太は言い直した。
 砲撃の名手として艦内で一気に人気者となった。だが源太は、さらに人気者になることをした。
 それは別の班で、ある水兵が訓練中、砲弾を落とすへまをしたことで罰として腕立て伏せをさせられているのを見かねてしたことだ。水兵は必死で腕立てをしている。何十回かしているところで、これ以上無理だという表情になっている。
 源太は、格好つけたかった。
「どうです? 僕が代わりにやってあげましょうか」
「何をぬかす」
「いやですね、僕の腕立てを見たら、この人がするのよりも、ずっと見物ですよ」
と言った。
「ふうん、見せてみろ」
と言われたので、源太はさっと床に平伏し腕立てを始めた。すいすいと十回ほどしたかと思うと、片手を背中に持っていき、片手腕立て伏せを始めた。周囲の水兵たちは驚いた。片手で腕立てを両手でするのと同じようにすいすいと。
 十回ほどすると、さっと立ち上がり、皆、拍手をした。
「どうしたらこげんできるんですかい?」
と言う声が。彼らと仲間として打ち解けそうだ。源太は、すっかりいい気分になった。

第9章につづく

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by masagata2004 | 2013-01-02 23:52 | 自作小説


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