「エースをねらえ」には体罰はなかった

確か、漫画版でもアニメ版でも、実写版でもなかったはずだ。昨今のスポーツ界の体罰や暴力・パワハラ騒動で思い起こさせられたので語りたい。

「エースをねらえ」は70年代の少女漫画に連載されたテニス少女の葛藤を描いた作品。テニスの名門校に入った岡ひろみという少女が、部のコーチに見初められ、プロ級の選手へと成長していく物語だ。

彼女を育て上げていくコーチは宗方仁という選手として再起不能になった経緯のある寡黙でありながら、時に気の利くアドバイスを与える人。

厳しい練習を課す鬼コーチでありながら、体罰は一切しない。よくよく読むと、ほとんど選手の自主性に任せている。与える言葉は、頭ごなしに、あれしろ、これしろというのではなく、選手本人が自ら考えさせるという観点でのアドバイスだ。

例えば、岡ひろみがテニス部をやめると言った時、宗方は「好きにしろ」と言い捨て、引き留めようとしない。だが、後にひろみは、コートに戻ってくる。すると、そこに宗方がいた。そして、彼女がやる気を出していることを理解し特訓を課す。

また、岡ひろみに嫉妬心を抱く先輩の竜崎麗香が、ダブルスを組むことを命じたのを拒否した時は「お前なら岡を理解できる。岡ならお前に応えられる」と言い、ついには竜崎麗香が自らの気高さから、ひろみをパートナーとして受け入れるようになるのを見届ける。

ひろみが藤堂という先輩の男子選手に恋い焦がれ、練習がおろそかになった時は「恋に燃えても、溺れるな」と言い、藤堂に対しては「男なら女の成長を妨げるような愛し方をするな」という言葉で彼らに何を為すべきかを理解させる。

もちろん、漫画だから、実際はこんな風にうまくはいかない、選手にやる気を与えるためにも、強くさせるためにも、殴り飛ばす必要はあるのだと言ってしまう人もいようが、そんな時、手を振り上げず、選手に自分で考えさせるヒントとなる言葉を与えられるかが、コーチとしての技量となる。

単に筋肉だけでスポーツは出来ない。コーチは指導において運動の理論を理解し、幅広い教養が必要になる。そして、結局のところ、選手が選手自身で自らを鍛え上げられるようにならなければならない。コーチは、選手がそうなっていくようになるためのアドバイスを与えることが主たる役割なのである。

私が出会った先生の中に、こんな言葉を言っていた人がいた。「馬を井戸まで連れて行かせても、その馬に水を飲ませることは出来ない」。つまりは本人次第ということ。そういうことの理解できるコーチは、体罰などしない。
by masagata2004 | 2013-02-05 23:17 | スポーツ


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