自作小説「ヨーソロ、三笠」 第12章 Auld Lang Syne

平和運動家の青年が、戦艦三笠に乗り込み、真の平和主義に目覚める。筆者の実体験に基づく奇想天外な物語。もちろん、フィクション。

まずは第1章から第11章までお読み下さい。

「ふむ、おはんは面白い人物じゃな。理想論ばかりを述べておるだけでなく、賢くものごとを理解する頭もあろうようだ。そうじゃ、国を愛せない者は、自分の故郷、家族、そして、自分自身さえも愛せないのと同じことじゃ」
 源太は、圧倒された気分になった。何だかめまいがしてくる。今まで自分の信じてきた事の何かが崩れていくかのような感覚を覚えた。自分はけっして間違っていたわけではないはずだが、何か大事なことを見落としてきたのではと思えてくる。
 落ち込んだ表情になった源太をみて東堂が言った。
「ところでだが、おはんの渡してくれた紙によると、バルチック艦隊と相対する日まで、あと1ヶ月と少しということじゃが、そうなると来週来る補給船が陸との最後の連絡船となる。どうじゃ、おはん、それに乗って陸に揚がったらどうじゃ」



「え、いいのですか」
「ああ、そうすることを勧める。おはんは戦争に反対じゃと言っておったし、そもそも他と違って正式な訓練を受けた者共とは大違いじゃ、無理して参加させるつもりなどなかった。折角の神のお告げということもあったため乗せておくことにしたのじゃが、実際の戦闘となると話が違う。おはんにはさせておけん」
「陸に揚がっても、僕にはこの世界では行く当てがありません」
「その辺は、おいどんが手をうっといた。知人におはんの面倒をしっかりみるよう伝えておいた。何の心配もせんでよか」
 東堂はほがらかな表情となり自信たっぷりにそう言った。
「それで本当にいいのですか」
「よか。そうじゃ、来週の補給船が来るまではおはんは訓練など参加せんでよかぞ。ゆっくりしておきなさい」
「それはありがとうございます。ただ、補給船に乗るまで訓練には参加させてください。何もすることがないのも変ですし。そうさせてください」
と源太は言った。何だか申し訳ない気分になった。この戦艦に乗って、自分自身が今までと違う自分へと変わっていくのを感じる。成長していっているとも感じる。時空の旅のおかげで、ある種の気付きを覚えているのだ。なのに、そこから遠ざかっていくのが惜しい気分だ。だけど、自分はこの艦にいるべきでないのも確かだ。
 折角だから残りの日を、しっかりと過ごそう。あと腐れがないように。

 翌日、再び艦一体の砲戦訓練が始まった。今度は源太も参加だ。艦橋からの指示により方向と距離が定められる。前日に比べ明らかに精度がよくなっているのが分かる。携帯電話のせいか。
 源太も、砲撃のやり方をしっかりと学び取った。実戦に参加せずとも知って損はない。どんどん吸収しておこう。最も、源太の元いた世界では、とってもクラシックでマニュアルな武器なのだろうけど。
 数日間、ぶっ通しの訓練が続いた。あと数日で最後となる補給船が来る。これが最後の補給船になるということは、ほぼ周知の事実となっている。源太のように正確な日付をもちろん知っているわけではないが、バルチック艦隊が大西洋のリバウというところを出航して七ヶ月、アフリカの喜望峰を経て、ほぼ日本の南方に近付きつつあるのは様々な伝聞情報と大方の予想で分かっている。この時代、人工衛星や偵察機を使って敵の位置を正確に把握できる技術などないが、それでも、どこまで来ているかは経過日数で十分予想できている。なので、ぶつかり合う戦闘の前の最後の補給船となることは、ほぼ確実と思われる。ただ、海戦が日本海になるのか、太平洋になるのか、津軽海峡になるのかが不明である。それは最後まで分からない。この時点で確実に知っているのは源太と、源太の伝えたことを信じる東堂だろうか。
 何にせよ、最後の補給船となるので、兵員は、家族への最後の手紙を書くのにいそしんでいた。それが彼らにとって生きている間に書ける最後の手紙となるのかもしれないのだから。この時代にはメールやファックスのような誰でも即に使える無線通信手段がない。あるのは、モールス信号を利用した電報のみ。なので手紙に入れ込む力は並大抵ではない。
 そんな彼らを見ながら、自分の置かれた立場には何ともいえない複雑なものを感じた。自分は未来から時空を超えてやって来た人間。しかし、共通点はある。同じ日本人であるということだろうか。
 そんな共通点を感じさせる出来事に源太は出くわした。それは甲板の掃除をしている時のことだった。
 源太の班は掃除を終え、休憩に入ろうと甲板から兵員の詰め所に行こうとしたが、そこで、数人の水兵に取り囲まれて、甲板の上に土下座させられている一人の水兵を見つけた。この水兵とは以前に顔を合わしたことがある。以前、腕立て伏せの罰則を科せられたところを源太が片手腕立てをして仲裁に入った時の水兵だ。またいじめられているのか。
「申し訳ございません。俺、つい、手が緩んで落としてしまって」
「何やと! 甲板バケを海へ落としたことを、ついとは何や。畏れ多きも天皇陛下からお預かりしたものやぞ」
「こやつ、会津の者やから、天皇には忠誠誓えんのと違うか」
「そうや。会津だから、平気で甲板バケを落とせたんや。わざとや」
と言い、やや年上で先輩らしき水兵が、この若い水兵を責め立てている。
「違います。そんなことはありません」
と必死に訴えかける水兵。
「全く甲板バケよりも、お前の方が海に落ちた方がよかったで」
と言い返す先輩水兵。
「待ってください。何てことを言うんです」
と源太は口を出した。
「おい、またお前か?」
と水兵が源太を見て言う。以前と同じ面々だ。
「余計な口出しせんといてくれ」
「します。だって、僕たちはみんな、天皇の子である日本国民なのでしょう。彼も、あなた達も、僕も、みんなそうです。だからこそ、この艦に乗って戦っているのです。出身はどこであれ、忠誠心は変わらないはずです。皆、仲間です。同じ国を守っている仲間のはずです。同じ仲間の忠誠心を疑うなんて、それこそみんなの共通の親である天皇陛下に対して失礼な行為です」
 その言葉に、水兵たちは押し黙ってしまった。源太も、自分でも信じられない言葉を発しているのに気付いた。ふと、その場で思い付いた言葉だ。
「その通りだ」
と背後に立っていた多神兵曹長が声を上げた。
「おい、立て」
と床に正座していた若い水兵に指示する。
「こいつも俺も、会津の者だが、天皇陛下に対する忠誠心は変わらないぞ。皆、陛下の加護を受けた同じ日本国民だ。大日本帝国を守る使命を帯びていることには何ら変わりない」
と多神がいうのを皆、顔を強張らせ聞いている。正座していた若い水兵は立ち上がった。先輩水兵、周囲にたまたまたむろしていた水兵も立ったまま黙って多神の方を見つめる。
「どうだ、くだらないことで互いを罵りあったりするのはやめ、一同で互いに敬礼しよう。同じ仲間として互いを敬うべきだ」
 すると、一同、右手を上げ手の先を右耳の上に持っていき敬礼のポーズをした。
 皆が、一心同体になった瞬間だった。源太は激しい衝撃を受けた。時代が違っていても、自分は彼らと同じ日本国民であることには変わりないのだ。
 そして、さらに衝撃を受ける出来事を体験する。それは補給船が来る前の日だった。
 軍楽隊が、一同に慰労のための演奏をすることにしたのだ。士気高揚と、この世で最期となるこの時に、滅多に聴けないすばらしき音楽の生演奏の数々に聴きいろうという試みだ。
 この時代は、音楽を聴くといえば生演奏が主なのだ。インターネットもない、テレビもない、ラジオもない。音声を遠くから伝える手段としては電話ぐらいか、それも有線でなければならず音質もすこぶる悪い。生演奏以外で、音楽を楽しむ手段は唯一、レコードを回して針との摩擦で音を奏でる蓄音機ぐらいしかない。だが、当時の蓄音機は雑音だらけで音質がかなり悪い。CDやデジタル音楽のようにクリアな音で自由にどこでも楽曲を楽しめる手段などない。
 源太の時代でも生演奏はそれなりの価値を持つ。どんなにラジオやテレビのよな放送やCDやデジタル配信が普及しても、生で聴けることに勝るものはない。その場で聴ける臨場感もある。だが、この当時は、生演奏こそが主流だったといっていい。
 夜になり辺りが暗くなったところで軍楽隊は、海上に停泊する艦の艦尾の上甲板にオーケストラを組み目の前に集まった同志のために奏でた。曲はベートーベンやモーツァルトのクラシックだ。西洋から来た斬新な音楽として聴けるのか、水兵たちはすっかり酔いどれ聴きいっていた。源太も、うっとりとした気分になった。ロックやポップなどに親しんでいる方だが、クラシックも悪くない。それを日本海のど真ん中で艦船の甲板上で聴くのだ。こんな奇妙なコンサートを体験できるのは人類史上で、ごく一握りに過ぎないのではないか。演奏が一旦終わり、一同が拍手をする。
「おい、歌はないのか。誰か歌を歌えないか。できれば西洋の歌なんて」
「この艦はイギリスの艦だ。イギリスの歌なんてねえのか」
と水兵から声が上がる。そんなリクエストに対し軍楽隊は戸惑っている様子だ。楽器を演奏することは出来ても歌を歌うなんてことは習熟していないようだ。
 源太は楽団に近付き言った。
「僕でよければ歌わせてください。蛍の光を。イギリスの歌詞で歌いますから」
 楽団員は驚いた様子だ。
「歌えるのかね」
 楽団長が訊いた。
「はい、イギリスに住んでいましたから」
 源太はイギリスの留学時代を思い出していた。蛍の光の原曲であるスコットランド民謡の「Auld lang syne」を学んだことがある。
 そもそもは旧友との想い出を歌ったものである。日本で「蛍の光」がデパートなどの店舗の終業を知らせる曲として流れることをおしえると、皆、驚いていた。
 そもそもの歌詞は、いわゆる標準の英語ではなくスコットランドの言葉で英語がやや訛った形だ。イギリス人との交流会で日本の「蛍の光」を歌い、その後に「Auld lang syne」を歌った。もちろん、そのために練習をした。歌は歌手になれるほどではないが、下手な方ではなかったのでとてもうけたことを覚えている。
 彼らとはこれで最後の夜になる。ならば歌ってやろう。軍楽隊の一人がフルートで「蛍の光」の曲を奏でる。その横で、曲に乗せ、源太は腹に力を入れ、声を張り上げ歌った。マイクはないが、大海原の中の静かな夜。声はきれいに聞こえた。
Should auld acquaintance be forgot,
and never brought to mind ?
Should auld acquaintance be forgot,
and auld lang syne ?
(旧友は忘れていくものなのだろうか、
古き昔も心から消え果てるものなのだろうか。)


 終わると一同、大拍手だった。源太は嬉しかった。だが、悲しくもなった、この彼らを残して自分はこの艦を去っていく。
 ふと、艦橋から自分を見つめている多神を見つけた。目から涙をこぼしている。自分の歌でも感激させることができたのだろうか。 多神は互いに見つめ合っていることに気付くと、さっと艦橋を去っていく。源太は、多神がどこへ行くのか気になった。
 音楽会がお開きとなり一同、解散になった。源太は多神と話をしたくて詰め所に行ったが、多神はいなかった。それで、気になっ中甲板の弾薬庫に行ってみた。そこに多神がいた。涙を流してうずくまっている。一升瓶を片手に酒をがぶ飲みしているようだ。どうしてこんなことを?
「おい、お前、何しに来た?」
 泥酔している様子だ。
「多神さんこそ」
「ほっといてくれ。もう俺は死ぬんだ。お前は確か明日、陸に戻るんだってな。今日、長官から聞いた」
と多神。源太は黙った。
「すみません。自分がいても、どうせ足手まといになるだけかも。僕は皆さんほど訓練受けていませんし、それに勇敢ではありません」
「勇敢? 何をぬかしやがる。みんな、俺を含めて、みんな、みんな怖いんだ。さっさと陸に帰りたいんだ。お国のためだと行っても、いざ死ぬとなったらとんでもないことだぞ。この戦争で、この艦で、体を引き裂かれ死んでいく仲間を嫌って程見たぞ。もうこれ以上は見たくねえ。それに今度は自分になるかもしれねえ」
 源太は返す言葉がなかった。これが戦争というものなのか。多神が言っているのは、黄海の海戦のことだ。旅順のロシア艦隊と戦った一戦で、かなりの死者を出して抑えた戦いだった。それが故に、ロシア艦隊のウラジオストック入港は防がなければならないとして日本海での海戦が重要になっている。どんなに強がりを言っても、兵士も所詮は人の子だ。人間だ。そんな一人の人間に過酷な責務を背負わせるのが戦争だ。源太は、戦争に対して憎しみを感じた。
「おい、おまえ、源太、最後の夜だ。一緒に契りを結んでくれねえか」
「契り?」
と源太が言うと、
「そうだ。お前は初めて会った時からやってみたい男だった。俺はおなごなんて嫌になった。死ぬ前に、悔いが残らんようにやらせてくれ。そうだ、いっそのこと一緒に死なねえか。思いっきりやって、その後、この船に火をつけて一緒に海に飛び込むんだ。大砲受けて体ばらばらになって死ぬより、ずっと楽で気持ちいいぞ」
 多神は、そう言いながら立ち上がり源太に覆い被さるように抱きついてきた。源太は押し倒され抱きついたまま床に平伏された。そして顔を近付けてキスをしようとする。一体この人は、酔った勢いで何てことを。源太は思いっきり多神の頬を拳で殴った。
 多神は床に転がった。源太は怒鳴って言った。
「多神さん、いい加減にしてください。あなたは言ったじゃないですか。御国のため、天皇陛下のため、日本国民のために戦うんだって。あなたがしなければ誰がするのですか。嫌でも誰かがしなければいけないことでしょう。あなたが楽になっても、日本という国はどうなのですか。そこに住む人々はどうなるのですか」
 多神は体を起こし、涙をさらに流し続けると、しばらくして「はは、はは」と笑い声を上げた。源太は一升瓶を取り上げた。
 それから数十分ほど互いに沈黙したが、多神は気分が落ち着いたようであった。源太にとっては信じられない光景だった。この多神がこんなにも取り乱すとは。無理もないのだろうが。これが戦争というものなのだろうが。同時に多神をなだめるために自分が発した言葉が重くのしかかった。
 翌朝、最後となる補給船が来た。乗組員が源太の名前を確認する。源太は言った。
「申し訳ございません。予定が変更になりました。僕は陸に戻りません。この艦に残ることになりました」

第13章につづく

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by masagata2004 | 2013-05-06 19:15 | 自作小説


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