人気ブログランキング | 話題のタグを見る

自作小説「ヨーソロ 三笠」 第14章 皇国の興廃 この一戦に有り

平和運動家の青年が、戦艦三笠に乗り込み、真の平和主義に目覚める。筆者の実体験に基づく奇想天外な物語。もちろん、フィクション。

まずは第1章から第13章までお読み下さい。

 この日は晴れ渡っていた。すがすがしい初夏の暖かさを感じる。考えてみれば、源太がこの艦に時空の旅で来た時は真冬の季節だった。その後、三ヶ月余りの間、男ばかり三百名以上と一緒に一つの船にすし詰めの状態で様々なことをしながら過ごした。季節は、冬から春を通り越して初夏へと移り変わっていった。その間、ずっと海上にいたため、陸地では何が起こっているのか分からない。それは乗艦する他の者達も同じだ。彼らの言葉で「内地」という日本では積もった雪が解け、桜が咲き、その後、新緑が実っている現象が起こっている。
 皆、桜の季節をまるまる逃している。それも祖国のためなのであろうか。このままいけば場合によっては桜を見ることなど二度となくなってしまう。



 戦闘準備は、大忙しである。甲板の水拭き、砂撒き、これは砲弾が当たり炸裂した破片で傷を負った場合に、傷口に不衛生なものが入り込まないようにするのと、血が大量に流れ落ちた場合、そのうえを走って転ばないようにするためである。
 そして、各人の寝具として使っていたハンモッグを防弾のため、艦橋や甲板のの柵にくくりつけた。備え付けの救命ボートにはホースで海水を入れ消火に備えた。
 バルチック艦隊との対戦に向けて備蓄用石炭は艦全体の重量を減らし航行を有利にするため海へ捨てることとした。
 また、海戦の結果によっては人生の見納めとなるため、食事はし放題となり、滅多に食べることのないチョコレートやクッキーなどの西洋の菓子も水兵各人に支給された。それには水兵たちは大喜びだ。源太にとってはコンビニで簡単に入手できるものだが、当時の人々にとっては珍しいものと映るらしい。
 その後、各員が浴室に行き、全裸となり順番で体を洗う。負傷した場合に傷口に余計なばい菌が入らないようにする予防策である。そして、新しい褌と制服が支給される。
 艦尾の甲板で艦橋に立った艦長を見上げ、水兵が集合した。
「これから、皆、祖国のために万歳三唱を行う。この艦は国民の税金によりできたものだ。その国民の労苦に我々は答えなければならん。祖国に聞こえるほど大声で叫べ」
と艦長が大声で言うと、
「大日本帝国 万歳」
「天皇陛下 万歳」
と一同が、万歳をしながら叫ぶ。源太もそれに加わった。気分は無心状態なので、違和感を感じなかった。ただ、無心に周囲と一心同体になるしかないと思った。
 歴史ではこの海戦に勝つし、三笠は攻撃を受けても沈むことなどない。だが、艦内に水兵などの死傷者が出ることになっている。自分がその中の一人になるかもしれない。それを覚悟でこの集団に加わったのだ。一同と運命を共にするしかない。戦うしかないのだ。
 各人、配置についた。もう正午になろうとしている。源太はメガホンを持ち歩いていた。主な役割は、伝令、負傷兵の運搬、看護、戦闘配食、甲板の破片除去整備などの戦闘員をサポートする役割であるが、いざとなれば砲員の交代要員である。
 砲員たちと一緒に機関砲の前で盃を交わした。砲員長の多神は源太に「いざとなったら、頼むぞ、野崎」と言った。源太ははっきりと「はい、お任せ下さい」と答えた。
 甲板でもし小便をしたくなったら、その場でしていいという命令も下った。多神は皆に、そのためにも、自分の金玉がどこにぶら下がっているか握って確かめろと言った。砲員達が握り始めた。源太は、その光景を心で笑いながら眺めていると、突然、多神が近付き源太の股間をがちっと握った。またか。
「お、立派なものがついているな」
と微笑む多神。源太もそんな多神に微笑んだ。この際、こんな調子でいくしかないと思った。

 正午を過ぎた。三笠は対馬海峡にいる。連合艦隊の先頭を航行しているのだ。後ろには二〇隻ほどの戦艦や巡洋艦が一直線で続く。皆、同じように艦に数百の水兵や士官を乗せている。
 そして、午後一時が過ぎた。ついに甲板から見えた。敵艦の隊列だ。十キロほど先に煙突から煙を出しながら四十隻はあることが分かる。数列の態勢で近付いてくる。これに対し、丁字型戦法という一直線の隊列で進路を塞ぎ攻撃するのだ。だが、全ては長官である東堂平七郎を初めとする参謀などの艦橋にいる士官たちからの命令が下ってからの行動となる。
 そして、旗が掲げられた。旭日旗に並ぶようにマストに引っ掛け皆が見られるように、黄色と青と黒と赤色に色が対角線上に分かれた旗だ。それはある種の号令だ。
 メガホンを持った兵員は大声で周囲に叫んで伝えた。
「皇国の興廃この一戦に有り。各員、一層奮励努力せよ」
 つまり、この戦いで日本の運命は決まる。皆、死ぬ覚悟で戦えということだ。
 そして、それからしばらくして三笠が大きく動き出した。真っ直ぐ前進していたのが、取り舵一杯で大きく左回りのカーブで航行航路を変えたのだ。あまりに急なカーブとなったため、皆、柵や縄につかまり何とか踏ん張った。丁字戦法だ。
 バルチック艦隊に対して、艦の右舷を見せる形となる。右舷の機関砲と共に艦頭、艦尾の主砲をバルチック艦隊に向ける。敵側は主砲でしか攻撃ができなくなるのだが、これにはタイミングが重要である。敵もそのことを分かっている。なので、丁字の形がきれいに出来上がるようにしなければいけない。
 敵は丁字の態勢が整うのを防ぐために必ず攻撃を仕掛けてくる。そして、さっそく攻撃が始まった。砲弾がどんどん敵側から放たれたのだ。三笠の右舷の前の海にどんどん砲弾が落ち、水しぶきが上がる。甲板は海水でびしょびしょとなった。まだ弾が艦に届く距離ではない。
 源太は背筋が凍る思いだ。生まれて初めての戦場だ。水兵たちの中にはすでに海戦を経験している者がいるが、源太は全くない。そして、これは訓練ではない。本物なのだ。放たれる弾丸には火薬が入っているので爆発すればこっぱ微塵だ。
 バーンという音がして艦が大きく揺れた。被弾したのだ。マストに当たり、破片が落ちてくる。また、どこかに当たったらしい。破片が散らばった。
 だが、攻撃命令は出ない。まだ態勢が整っていないのだ。源太は爆音と水しぶき、破片の中をよけながら走った。テニスの試合で、猛烈なアタックを受けた時のことを思い出した。だが、置かれた状況はそんなことの比ではない。
 伝令が下った。「右砲戦 距離八千、右寄せ三、高め一、目標、敵の一番艦、クニャージ・スワロフ」
 一同、スワロフがどこにあるかを確認した。すでに形は教えられている敵の旗艦だ。先頭を航行して砲身を三笠に向け砲撃をしている。
 さっそく訓練通りの砲撃が始まった。砲弾を機関砲に装着。照準を合わせ、引き金を引く。轟音が甲板中に響いた。振動も激しい。同時に、噴煙が凄い。訓練の時よりも激しく頻繁に砲弾が放たれる。その上、敵弾も艦にぶち当たってくるのだ。
 さっそく負傷兵が出た。血を流している。あ、手足がもぎ取られたものも。源太は生まれて初めての残虐な光景を目にした。あーあ、これが戦場における無惨な姿なのか。源太の世界ではアフガニスタンやイラクでのニュース映像の記憶が生々しい。うー、吐き気がするが、おちおちしていられない。自分も同じようになるかも知れない。それに今は自分は負傷兵を助ける立場だ。急いで包帯、担架を用意した。担架は甲板したの軍医のいる救護室へと運ぶ。運んだら、すぐに甲板に戻る。また、さらに負傷者が出た。破片が飛び交うのをよけながら負傷者に包帯を巻き、担架に乗せる。担架は別の水兵が運んだ。
 源太は甲板をメガホンを取りながら走り、伝令を行った。
 機関砲を撃つ多神を見た。大声で砲員に叫んでいる。眉間に皺を寄せ、血眼になっている。砲弾が放たれ、辺りに煙が舞った。砲員は手ぬぐいで顔を拭い、口に粉塵が入らないようにする。だが、一度撃つとすぐに、また別の砲弾を入れる。
 砲弾は敵に届いているのだろうか。明らかに連合艦隊の使用する機関砲と砲弾の方が、バルチック艦隊のより優れたものであると聞かされている。下瀬火薬と伊集院信管という破壊力と、火焔力のある砲弾を日本軍で独自に開発したというのだから。飛距離も破壊力も最新式で数段上なのだと、だから、この艦が被弾しているということは相手側も被弾を受けているということなのだ。甲板上を砲室に沿って走っている限りでは遠くの敵の様子など見ることができない。
 砲員の一人が持っていた砲弾を落とした。ころころと床に転がり、源太の足元に来た。源太は急いでそれを拾った。
「バカ者、こんな時に落とすな」
と多神が怒鳴り声を上げる。源太が砲弾をその装着係の水兵に手渡す。砲弾を砲身に入れる。源太は多神のすぐ側で立った状態でその様子を眺めていた。
 と、その時、砲室のすぐ側で敵弾が当たり、火花が炸裂した。衝撃波が辺りに広がる。源太は体がふわっと浮いた気分になった。だが、同時に何か柔らかいもので守られているような感触も受けた。
 一瞬、気を失った。だが、すぐに気を取り直すと自分の体に誰かが覆い被さっているのに気付いた。
「多神さん」
と声をかけ、多神を押し上げるが、多神はぐったりして反応がない。辺りにいた数人の水兵が機関砲の側で倒れ込んでいるのが目に付いた。皆、血まみれだ。
 多神の背中から血がどろろろと吹き出している。弾の破片が突き刺さっているのだ。
「うあああ」という叫び声を血まみれの砲員たちが上げた。しばらくして多神が表情を強張らせ、口から血を流しながら、何かをいっている。源太は自分の体が無事であることに気付いた。多神が覆い被さり盾となったおかげで自分は破片を浴びずに済んだようなものだ。
「救護隊、頼みます」と源太は声を上げ、担架を持つ水兵に呼びかけた。急いで、患部に包帯を巻く。何とかしなくては。だが、背中の傷口はとても深い。包帯だけでは駄目だ。血が止め処となく出てくる。
 多神が源太を見つめ、しどろもどろに言う。
「おまえ、砲撃をしろ。訓練通りにすればいい。分かるだろう」
 源太は放心状態になった。え、自分がこれから交代要員に。多神はもう駄目だ。それに他の砲員もかなりの負傷をしている。どうしようもない状態だ。訓練通りといっても、実戦とは違う。こんな状態では頭が真っ白だ。
 多神は担架に運び込まれ、源太から遠ざかっていく。機関砲の周囲では少し火が舞っていた。源太は消火ホースですぐに消し止めた。砲身は損傷を受けてないようだ。だが、この機関砲の砲員は皆、負傷して甲板下に運び込まれている。ここは、がらんどうだ。
 源太は砲身の先の海を眺めた。砲室の砲身を外に出すための窓から敵艦が数隻見えた。あ、その中にあのスワロフが見えた。
 メガホンでの距離と方向の伝令が聞こえた。「距離五八〇〇、右寄せ三」
 源太はスワロフが憎らしく思えた。自分の仲間をこんな目に遭わせて、何ということだ。あちら方でも同じことが起こっているに違いないが、だが、相手方を思いやる余裕など源太にはない。ただ敵が憎い。殺してやる。やり返してやる。激しい憎悪に襲われた。
 そして、心の中で叫んだ。死んでたまるか。叩きつぶしてやる。
 数人の水兵が源太の元にやってきた。交代要員だ。若い新兵らしき者共。おどおどしている。自分も替わらない立場であるが。
「行くぞ。照準を定めよ。弾は込められている」
と源太は叫んだ。水兵の一人が照尺を握る。源太は引き金を握る。前方のスワロフを睨む。タイミングを見極め引き金を引く。ドーンという砲声が上がり、砲身の先から噴煙が舞った。源太は粉塵が目に入らないように目をつぶった。
 しばらくして目を開くと、目の前の先に火を噴いたスワロフが見えた。見事に当たったのだ。自分が撃った弾のせいだろうか。そうに違いない。照準は目視でもかなり正確だった。火を噴き、傾き始めている様子だ。
 やったぞ、と源太は心の中で叫んだ。と同時に辺りにも歓声が上がった。
「スワロフが火を上げているぞ。敵の旗艦をやっつけたぞ」
 しばらくして他の敵艦もどんどん火を吹き上げ初め、沈没していく艦も見えた。
 源太は呆然としていた。やったのだ。自分がやっつけたのだ。
「おい、替わるぞ」
と熟練した水兵数人が源太の元にやって来た。
 源太は、すぐにその場を譲った。それと同時に多神のことが心配になった。医務室に運ばれたのだ。行かないと。
 源太は甲板下の医務室に行くため走って階段を降りた。医務室の周辺廊下は負傷兵でごった返していた。皆、血だらけだ。その中で多神を探す。
 あ、多神だ。胴体に包帯が巻かれた状態でうつろな目をして床にぐったり倒れ込んでいる。源太は声をかけた。
「多神さん 大丈夫ですか」
 多神は源太を見つめる。小声で言う。
「俺は死ぬけど、お前は生きるんだ。生きて、生き続けてくれ。そのために俺は死んでいく」
「何を言っているのですか。大丈夫です。怪我を治して多神さんこそ生き続けてください」
と言い返したものの、多神は反応がない。目が開いたまま息をしていない。源太は応急処置の人工呼吸を思い出した。
 とっさに多神の唇に自分の唇をくっつけ、息を吹き込んだ。何度も何度も。だが、何の反応もない。源太の唇は多神の口に溜まっていた血で真っ赤になった。
「もう駄目だ。死んでいる」
と側に立っていた軍医が言った。
 多神は死んでいた。最後に源太に言葉を残して。
「死体が一体」
と軍医が言った。そんな、多神が死んだ。一時間前まで悠々として生きていた多神が。どうしてだ。死んでしまうなんて、涙がぼろぼろとこぼれた。なんと無惨で悲しいことに。どうして、こんなことに。
と、その時、源太のポケットに入れていた携帯電話の着信音が鳴った。あれ、確かずっと電源を切っていたはずだし、ここで携帯電話が鳴るなんて変だ。
 とにかく取り出すことに。表示画面は空白だ。あ、あの時と同じように。誰とも知れない者から電話がかかってきて、自分はこの時代の三笠に。そして今に至る。
 もしかして、源太は通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。するとかすかに聞こえてくる。「蛍の光」だ。
 源太は思い付いた。さっそく甲板へと上がった。爆音と破片が飛び交う中、甲板を走りある場所へ向かった。「蛍の光」がよく聞こえる場所だ。そこへどんどん近付くに連れ、耳から聞こえる「蛍の光」の演奏音は大きくなる。砲声や爆音の中でも不思議と生演奏を聴いているかのようにはっきりと聞こえる。
 源太は艦尾の艦橋へ向かった。数人の水兵や士官がいる。階段を上がっていった。 
 艦橋に辿り着いた。士官と水兵が携帯電話を耳に当てた源太を不可思議な表情で見つめる。
 源太はふと反対側の艦頭の艦橋の方を見た。東堂長官がいる場所だ。東堂は参謀などの士官と一緒に艦橋に立っている。こんな砲弾が飛び交う中、平然と。自分には弾は当たらないことをよく知ってのことか。
 源太はすぐに、あの時と同じ場所に立った。時空の旅でここに連れられたのと同じ場所に。耳から流れる演奏音はあの時、同じ場所で聞いたものとそっくりだ。源太にとっては三ヶ月以上も前のことになるが、はっきりと覚えている。
 そうだ。ここなのだ。と、その時、源太は遠く海から砲弾が向かってくるのを目にした。ほんの一瞬のことだが、明らかに自分目がけて砲弾が落ちてくる。ロシアのバルチック艦隊から放たれたものが自分の立っている位置に着地する瞬間を目の当たりにする。
 あ、どうしよう、と源太は体中が恐怖で凍りついた。

最終章につづく

人気ブログランキングへ
by masagata2004 | 2013-05-18 23:59 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)


私の体験記、意見、評論、人生観などについて書きます


by マサガタ

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ

全体
プロフィール
自作小説
映画ドラマ評論
環境問題を考える
時事トピック
音楽
スポーツ
ライフ・スタイル
米留学体験談
イベント告知板
メディア問題
旅行
中国
風景写真&動画集
書籍評論
演劇評論
アート
マサガタな日々
JANJAN
スキー
沖縄

タグ

最新のトラックバック

フォロー中のブログ

高遠菜穂子のイラク・ホー...
ジャーナリスト・志葉玲の...
地球を楽園にする芸術家・...
*華の宴* ~ Life...
poziomkaとポーラ...
広島瀬戸内新聞ニュース(...
井上靜 網誌
美ら海・沖縄に基地はいらない!
辺野古の海を土砂で埋める...

その他のお薦めリンク

ノーモア南京の会
Peaceful Tomorrows
Our Planet
環境エネルギー政策研究所
STAND WITH OKINAWA

私へのメールは、
masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp まで。

当ブログへのリンクはフリーです。

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

東京
旅行家・冒険家

画像一覧