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自作小説「白虹、日を貫けり」 第7章 新しい女性

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心とは。大正時代から終戦までの激動の歴史を振り返る。

まずは、まえがきから第6章までお読みください。

 翌日、龍一は、社会部室でとても美しい女性に出会った。自分と同じぐらいの年頃の女性だ。思わず、一目惚れしそうな美しさだった。その上、その女性が龍一に近付いてくる。
 龍一は、心がどきどきした。
「よう、お嬢じゃないか。久しぶりやな。」
 真後ろにいた大西が、その女性に声をかけた。
「大西さん、やっと帰って参りましたわ。1ヶ月に及ぶ婦人運動の取材」
「おう、ようやったな。特集記事が楽しみやで」
 大西が、にこにこしながらそう言うと、女性は龍一のほうを見て
「大西さん、こちらの方はどなたです? 初めて見る方ですわね」
と言った。
「おお、こいつは新入りの白川龍一というもんや。白川、こっちはお嬢こと、朝倉環(たまき)や。お前より一つ年下やが、お前より一年先輩やから、いろいろとお世話してもらうことになるで」
 朝倉環という女性は、さっと手を差し伸べた。握手をしようというのか、龍一も手を差し伸べお互い握手した。
「朝倉環です。よろしく」
 洋装をした何ともハイカラな淑女は、女性新聞記者であった。

 龍一と環は、近くのカフェで餡蜜を食べていた。お互い自己紹介という意味で仕事を休憩して環記者が龍一を誘ったのだ。大西も親睦を深めるため是非とも行ってこいと促した。
 大西が環記者を「お嬢」と呼ぶ理由は、環の出身が上流階級だからだ。何でも、静岡の由緒ある士族の家柄であり、一家は大地主の上、東京の方では金融などの事業を営んでいるとか。そんなお嬢様が、なぜ新聞記者になったのかというと、女学校を卒業後、父親が縁談を勧めたが、自分の意思に反する結婚をさせられるのが嫌で家出、大阪の町をあてもなくふらついていていたら、やくざ風の男達に取り囲まれ危機一髪のところを大西が救ってくれたのだ。大西に事情を話すと、大西は静岡まで連れ添い、環の両親を説得、新聞記者として雇って貰うことになったと、環記者は身の上を話した。
 何とも大西らしいと龍一は思った。環にとって大西は救世主だという。
 龍一も、自らの身の上を話した。上海育ちだということ。父親が濡れ衣を着せられ自殺したが、それを大西記者が晴らしてくれたこと。そして、大西の誘いで新聞記者になったこと。
 父親が自殺した話しを聞くと環は、かなり深刻な表情になったが、話を聞き終えると
「大西さんらしいわね。私たちって大西さんに救われた意味では同類ね。これから一緒に頑張りましょう」
と微笑みながら言った。
「こちらこそ、新入りだからいろいろと教わることもあるのでよろしく」
 二人は丁度、餡蜜をたいらげたところだった。
「ねえ、さっそくなんだけど、明後日の朝、ご予定あるかしら」
「いえ、特別ないですけど」
 明後日は日曜日だ。二人で、また餡蜜でも食べようと誘ってくれるのなら大歓迎だが。こんな美しい女性と親密になれるのなら大歓迎だと、龍一の男の性がうずいた。こんなに女性に対し関心を寄せられるのは、数年前、上海の街角で出会ったフランス人の若い売春婦以来だ。お金を出したが、素晴らしい一時を過ごせたことを思い出した。相手の女性も、自分に好意を寄せてくれた。駆け落ちしようかと思ったが、女性はギャングの抗争に巻き込まれ銃弾に倒れてしまった。それが、龍一にとっての初恋で、以後、恋する女性には出会えなかった。
「よろしかったら、講演の取材に同行していただけないかしら。いい勉強になると思うからお奨めよ」
「講演の取材って、どんな講演なの?」
「平塚雷蝶先生の婦人参政権に関する講演よ。大阪公会堂に朝九時にいらして」
「婦人の参政権?」
「そう大阪朝夕の女性記者として私の専門とするところよ。講演も大阪朝夕が主催するのよ」
 龍一は面食らった。この女性は、外見だけでなく内面的にもハイカラな女性であることが分かった。
 
 日曜の朝十時に龍一は目が覚めた。とっくに遅刻だと思いながら、急いで服を着て、人力車に乗って大阪公会堂まで行った。
 着いた時には、平塚雷蝶と呼ばれる女性の講演は終わっていた。龍一は、すまなそうな顔をして環記者のところに行った。
「全く、殿方はだらしないわね。新聞記者が時間に遅れるなんて許されないことよ。それとも、婦人運動の取材なんて殿方にはお気に召さなかったかしら」
 環記者は言葉はきついが、にこにこしながら言い怒った調子ではなかった。
「本当に御免なさい」
 龍一は頭を下げた。
「よくってよ。これから、平塚先生と対談をすることになったの。そちらに同行してくださるかしら。先生には、あなたのことをすでに話しているわ」
 龍一と環は、応接室に向かった。以前、岸井部長と吉野作蔵教授との対談で使った部屋だ。

「ご講演ご苦労様でした。平塚先生」
 環は、歳は三十代前半の平塚雷蝶という名の女性に挨拶をした。そして、同僚の白川龍一を紹介した。龍一は、会釈をして敬意を払いながら、
「初めまして、平塚様。白川です。申し訳ないことに講演には出席できませんでした。これからいろいろとお話を伺えれば光栄です」と言った。実のところ、龍一は目の前の婦人を見て、やや強い衝撃を受けていた。
 今まで会ったことのある日本の大人の女性とは違う。和服ではなく、洋服のブラウスにスカートを身に着けている。外見はモダンで進歩的な感じを受けるが、それでいながら落ち着いた雰囲気が漂う。どこと泣く亡き母を思い出させた。
 昨夜、龍一は、環から渡された平塚女史が創刊した雑誌「青鞜」を読んでいた。平塚女史は、この雑誌以外に様々な雑誌に婦人問題に関する論評を寄稿しており、現在の日本の婦人運動を代表する評論家として名が知られている。
「先月は東京で大変お世話になりました。私のようなつたない記者が婦人問題をテーマに全国を取材できたのも、平塚先生のご協力があってのことですわ」
 環記者は、龍一が大阪朝夕に入社する直前から約一月間、全国を回り婦人運動を取材していたのだ。龍一は自分の隣の机が空いていたので、まだ会えない同僚がいることをずっと気にしていたが、まさかこんな女性記者だとは想像もしていなかった。
 環記者と平塚女史は、まるで母娘のように見えた。環が、この女性評論家の影響を強く受けていることは一目瞭然であった。
「いかがかしら、こちらの新人さんに、いろいろと質問をさせてみては。朝倉さんは、これまで私とはかなりの時間対談しましたし、若い男性の方からのご意見が是非ともお聞きしたいわ。何でも、あなたは上海育ちで、お母様はヨーロッパの方だとお聞きしましたけど」
「はい、母はポーランド人でした。正確に言うと亡命ポーランド人です。ロシアの圧政と闘っていた独立運動家なのですが、そのことで母国を追われイギリスに亡命していたところを父と出会い結婚したのです。二年前に病気で亡くなりました」
「まあ、そうでしたの。何だかぶしっつけなことを聞いてしまって御免なさい」
 平塚女史は、環から龍一の生い立ちのことを聞いたようだが、龍一は上海育ちでヨーロッパ人を母親に持つ混血であることしか伝えてなかった。
 環も、すまなそうな顔をしている。
「いいえ、気にしないでください。そのおかげと言ってはなんですが、平塚先生の活動には共感するところがあるんです。先生が雑誌に書かれた言葉には強い衝撃を受けました。さらりと覚えてしまったほどです。『元始、、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である』太陽とはアマテラスの巫女のことを言っているのですね」
「ええそうだけど、それだけではないわ。女性が太陽のように自らの力で輝くことを目指しているの。今の女性は、家制度に基く結婚の中で夫の力に依ってしか輝けない存在になっていることを悲しんでいるの。古代のアマテラスの時代は、女性はもっと自立して自由な存在だった、その時代に戻ろうと提唱しているのです」
「先生は、結婚を否定されるのですか。男女が愛し合うことを否定されるのですか?」
 龍一は、問い詰めるように言った。
「いいえ、そうではありません。今の結婚制度は女性に夫の従者としての良妻賢母であることを求めていることが問題なのです。恋愛は人生の喜びです。私も現在、男性と生活を共に営んで子供を育てています」
 龍一は、平塚女史が夫が妻に命令でき、また妻の財産を管理することができると定めた「夫権」のことを言っていることが理解できた。
「でも、結婚はしていらっしゃらない?」
「ええ、男女が一つ屋根の下で暮らして子供を持ち家庭生活をおくることを否定しているわけではないのです。ただ、それゆえに女性が自己を犠牲にしなければいけないことが認めがたいです。だから、お互いが対等でいられる制度を目指しているのです。妻が夫と同様に働きながら子供を育てられるそういう社会にしたいのです。私は自らそれを実践していますが、世の中には私ほど恵まれた女性はいません。世の中全体を変えなければいけないのです。社会を変えるとしたらそれは政治の力です。社会において女性が男性と同等に政治の話ができるような社会にしたいとも考えています」
「そのためにも、婦人の参政権が必要だとおっしゃっているのですね。ですが、この国は男尊女卑の国です。近代西洋でも、婦人参政権は獲得運動こそ盛んですが、認めている国はわずかです。それに、この国では男子の普通選挙でさえ認められていないんです。無理があるのではないでしょうか」
「道は険しいことは承知しています。同じ女性の中にもたくさん男尊女卑を信念としている方々がいます。ですが、世の中を少しずつ動かして、大きな山が動くほどの潮流にしたいと考えているのです。女性は投票権がないばかりか、政治集会に参加することすら認められていません。まずそこから変えて、次に参政権です。私達はこう言いたいのです。婦選なくして普選なしと」 
 龍一は聞きながら思った。これがいわゆる「新しい女性」の生き方なのかと。
 対談の最後に平塚女史は言った。
「私は言論の力を信じています。皆様のような新聞に携わっている人々が多くの女性や男性を啓蒙していけることを心から願っています」
 龍一は思った。婦人参政権、男女平等、結構じゃないか。「新しい女性」が増えていくことになれば世の中は、もっと輝くのではないかと。

第8章に続く
自作小説「白虹、日を貫けり」 第7章 新しい女性_b0017892_20152928.jpg

by masagata2004 | 2005-05-08 18:30 | 自作小説 | Comments(0)


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