沖縄辺野古小説「辺野古バー 星条旗」第1章 戦争を知らない私たち
米軍新基地建設問題に揺れる沖縄県名護市辺野古で女性歌手が日本復帰前、ベトナム戦争真っ只中の時代にタイムスリップして歌いながら戦争と平和を語る。辺野古新基地問題とは? ベトナム戦争とは? アメリカとは? 沖縄とは?
民主党政権時代に書いた「私を沖縄に連れてって」に続く辺野古を舞台にした小説
全9章の短編小説。各章で日米沖縄の名曲をフィーチャーしています。
2018年8月
沖縄県名護市辺野古地区の夜の通りを山口ナオミは、酒に少し酔った状態で歩いていた。ちょうど、ある一軒のバーで酒を飲んで出てきたところだった。そこでは東京から来た彼女はここでは歓迎されないようだった。東京から来たからではなく、彼女がこの地区の住民からは歓迎されない活動に加わっているからだ。

ナオミは東京出身の歌手である。年は二十六歳。生まれと育ちは横浜であるが、東京に住みながらライブハウスやキャバレーなどでギターやピアノを弾きながら歌う歌手として仕事をしてきた。子供の頃から歌を歌うことが好きであった。幼稚園の頃から歌を本格的に学び、小学生の頃からピアノやギターを習ってきた。抜群の音感と声量により周囲を圧倒させてきた。ナオミは才能があるといわれていた。そのうえ、自他ともに認める女優やモデルにさえなれる美人である。歌手の仕事の傍ら、雑誌や広告のモデルの仕事もして稼いできた。
歌を学ぶため、海外を三年ほど旅したことがある。主にヨーロッパでイギリスには1年間ほど滞在した。オペラ、カンツォーネ、シャンソン、スコットランド民謡などの伝統音楽を学びながら、現代のロックやバラードなどの歌謡曲を歌うジャンルの幅が広い歌手だ。世界中のどんな歌でも学び歌うのが大好きだ。
ナオミは美人美声を売る歌手でありながらも、場末のライブハウスやキャバレーで働く無名のシンガーだ。そんな彼女に大きなチャンスがやってきた。ライブハウスを訪ねた芸能プロダクションのマネージャーが彼女に契約の話を持ちかけたのである。大きなスポンサーのつくテレビ番組や楽曲販売でのデビューが約束される。歌手としてでだけでなく、ルックスの良さも考慮して女優としても活躍できるという話をもちかけてきたのである。
またとないチャンスなのだから乗ったのだが、それは罠であった。マネージャーは見かけはゲスな中年男であったが、その通りゲスな男であった。新宿歌舞伎町のバーで契約の話をしようと誘い、バーの奥まった個室に誘うと酒をどんどん彼女に飲ませる。ナオミが酔い出した時、突然、彼女に抱きつきキスをしようとした。大きな叫び声を上げたが酔っているうえ、強い力でソファに押さえ付けられ抵抗ができない。もう駄目だと思ったところに思わぬ救世主が現れた。若い背の高い男性が個室のドアを蹴破り、マネージャーを彼女から引き離し、顔を思いっきり殴った。マネージャーは床に倒れこみ気を失った。彼は危機一髪のところを救ってくれた。まるで白馬の騎士に救われたようで一気にその青年に惚れ込んだ。
青年の名前は島袋元二郎といった。沖縄出身の青年だ。彼女より少し年下で大学院生だ。精悍な顔つきをしている。東京の法科大学院に通いながら弁護士になることを目指しているという。
ナオミは助けてくれたお礼に何かしたいというと、元二郎は彼女に一緒に沖縄に行ってくれないかと頼んだ。元二郎は時折、地元沖縄に戻り反米軍基地闘争に加わって活動しているというのだ。そこで彼女の歌手としての才能を活かせることがあると彼は言った。ナオミはもちろん喜んで受けた。
沖縄、ナオミは行ったことがなかったが、ワクワクした。沖縄といえばナオミにとってはリゾートアイランドのイメージが強い。そんなところに、白馬の騎士のような青年と一緒に行けるのだ。どんなことをするのであれ楽しみだ。
羽田空港から飛行機に乗り真夏の珊瑚礁の島、島袋元二郎と山口ナオミは沖縄に着いた。

元二郎は沖縄県は普天間基地のある宜野湾市の出身だ。その宜野湾市の真ん中にどんと金網で囲い土地を占拠している米軍海兵隊普天間基地の周辺にナオミを連れていき、普天間基地全体が見える公園の展望台から、彼の関わる反基地活動について説明した。

普天間基地は戦後、民有地を米軍が占拠する形で建設した基地である。ヘリコプターや航空機が離発着するため騒音がひどく、周囲は人口の密集する市街地である。事故が起きると大変危険でもある。一九九六年に日米政府は返還する合意をしたが、それには条件がついた。同じ沖縄本島の別の場所に同じ機能を持つ基地を建造するというものだった。
移設先は、沖縄本島北部に位置する名護市の東海岸辺野古に決まった。そこには米海兵隊訓練基地キャンプシュワブがある。海岸に面した浜辺のある基地だが、その浜辺を埋め立て滑走路を二本建造するというものだ。


キャンプシュワブ周辺の辺野古地区は普天間に比べずっと人も少なく民家や小さな商店の並ぶ集落という感じで、のどかな田舎町といった雰囲気である。東京と比べるとはるかに閑散としている。元二郎と一緒に辺野古に行った。普天間から車で一時間ほどのところだ。そこは都会人のナオミにとっては別世界であった。
海岸に面して密集した市街地だから普天間に比べれば安全だという主張は頷けると思うも、実際は様々な問題をはらんでいる。普天間に比べて人が少ないといっても人は住んでいる。千人程度の人々がキャンプシュワブ周辺に住居を構えている。
それに埋め立てられる辺野古の海は希少なサンゴ礁や絶滅危惧種の海洋哺乳類ジュゴンが生息する海域である。自然保護の観点から問題が多い。
さらに最近になって問題として浮上したのが、埋め立て海域に深い軟弱地盤があるため埋め立てをしても完成が不可能ではないかということである。そうなると普天間基地が返還されることはあり得ない。そのため、沖縄県は県の権限で建設工事の施主である沖縄防衛局に対して埋立ての許可の承認を二年前に取り消した。だが、防衛省は司法に訴え取り消しを無効として工事を再開したのだ。
辺野古の海岸に埋め立てをするための護岸設置が着々と進められている。護岸埠頭で海を囲い、そこに土砂を投入していくのだ。
移設計画が決定してから沖縄県内と沖縄県外からの人々が辺野古に集まり、建設反対運動が繰り広げられていた。
海岸から、埋め立て用の護岸が眺められるところには工事を監視するためのテントが設置されている。テントから海を眺めた。

沖縄らしい薄緑色に輝く実に美しい海だ。その海が護岸埠頭で区切られている。浜辺は基地との境界線にフェンスが設置されている。



また、陸側のキャンプシュワブ入口ゲートの道路向い側には、さらに大きなテントが設置され数百人の人々が集まれるようになっている。ここから基地内に入る工事車両を監視して工事車両が入る時にはゲート前に座り込み阻止する行動を取るというのだ。


ナオミは金網に囲われたキャンプシュワブを眺めた。

これが米軍基地というものか。本土にも米軍基地はある。東京の横田空軍基地や横須賀の海軍基地であるが郊外にあり目立つ存在ではない。沖縄のような小さな島にどんと威圧するかのように金網フェンスが長々と続く光景には驚く。普天間基地から辺野古まで、車で進みながら、ところどころで金網フェンスを目にした。まさに基地の島だ。


ナオミはゲート前のテントで自慢の歌声を披露することになった。元二郎はテントに集まった百人近い活動家の方々に演説をした後に、彼女を紹介し、戦争の基地に対峙する平和運動の歌を歌ってくれないかというリクエストに応えるためだ。
ギターを持ってきたが、ギターを弾きながら何か平和にかかわる歌といったら何かといわれて、ふと思いついたのがジローズの「戦争を知らない子供たち」であった。
歌詞は、「私たちが戦争が終わって生まれた世代であること、戦争を知らずに育ってきたこと、だから平和な時代しか知らず戦争を知らない子供たちである」というようなものだ。
一九七一年にリリースされた歌だから、若い世代は戦争を知らないが大人は戦争の記憶が強い時代を反映した歌だと思われる。今や大人でも戦争を知らない人が大半だ。
だけど金網フェンスの中にいる彼らは戦争の訓練をして世界中で戦争をしている。つい最近はイラク、そしてアフガニスタンの戦場にも兵士を送っている。そういう兵士たちを訓練する基地がキャンプシュワブである。普天間基地の移設地となれば完全な戦闘攻撃陣地の基地となる。
ナオミの歌声は聴衆を感動させた。皆、拍手をして「素敵、ありがとう」と歓喜の声を上げた。来て、よかったと思った。ライブハウスやキャバレーの客とは違った雰囲気だ。
その日の晩、二人は県外から来た活動家が泊まる辺野古にある民宿に行った。彼女はそこで泊まり、元二郎は宜野湾市の実家に今夜は車で戻り明日また車で戻るというのだ。ナオミは元二郎に言った。
「ねえ、折角沖縄に来たのだから、私、スキューバダイビングしてみたいの。それにサーフィンも。明日、どこかいいところに連れて行って、地元だから知っているでしょう」
即座に元二郎の表情が変わった。怒った表情だ。
「君は、そんな気持ちで沖縄に来たのか。僕たちの活動は必死なんだ! 遊びのつもりでは困る。僕は帰る。明日のことは知らない。勝手にしてくれ」
と言って民宿を後にした。
なんだか突き放された感じだ。ナオミは愕然とした。白馬の騎士に誘われついてきたと思ったら、その騎士に突き放されてしまった。
確かに自分はいい加減なところがあったのかもしれない。沖縄といえばリゾートという気分でやってきた。彼が反基地運動に熱心なのは分かったけど、まだ知り合ったばかりでよく分からない。この辺野古の基地問題のことも知ったばかりだし、何もかもすぐに分かれと言っても無理なのよ、とナオミは憤った。
民宿で夕食をすました後、夜の辺野古の街を散策することにした。気分直しのつもりであった。東京の新宿などと違い実に静かだ。真夏だけど、夜は東京に比べてずっと涼しい。海風のせいだろうか。だけど、静かで暗く街灯か民家の明かりだけで何もない。どこか飲むところはないだろうか。キャバレーはなくとも、バーとかないだろうかと探し回った。
民宿から歩いて三分ほどのところにあるバーに入った。一軒だけぽつりとあった。小さな電灯看板があったため地元の人が集まるようなバーに見える。中に入った。カウンターがあり、中年の女性がマスターをしているようだ。すでに初老の男女の客が座っている。お喋り声が聞こえる。言葉に訛りがあり地元の人だと分かる。
ナオミは「ビールありますか?」ときいた。「はい、どうぞ」と女性マスターは応え、大きなジョッキの生ビールを出した。地元のオリオンの生ビールだった。
しばらくしてカウンターにいた客がナオミに話しかけた。
「あんた、お昼にゲート前のテントで歌っていた人じゃない?」
と初老の男。
「ええ、そうです」
「ということは基地反対派かね。内地から来たの?」
と初老の女性。
「内地?」とナオミは聞きなれない言葉に驚いた。
「ああ、本土のことさ」
「ええ、東京から来ました」
と答えると店内の雰囲気が変わった。
「いやさ、あんたら遠いところから来て何しに来てるというのさね。地元の俺たちは困っているのさよ」
「新しい米軍基地ができることに反対ではないのですか?」
それに対して側に座っている女性が答えた。
「私たちは米軍基地とずっと一緒に生きてきたのさ。かつてはたくさん米兵がいたから、この辺にはたくさん米軍相手のバーがあったのだよ。今は訓練に来る米兵もずっと減ってシュワブの基地の中にある施設で間に合うほどになってしまったけど、こんど新しく米軍基地が出来てくれれば多くの兵士やその家族が住むことになってこちらも儲けさせてもらえるということ。そんなこと、分からんで基地反対だとかいわれて迷惑しているのさ」
え、そうなのとナオミは聞いて驚いた。かつては、たくさん米軍相手のバーがあったという言葉でふと思い出した。お昼に浜のテントから陸上のゲートに車で移る間に辺野古の集落を通ったが、その時に窓がなく二階建ての建物の壁一面に大きく星条旗を描いた建物を目にしたのだ。

バーのような建物に星条旗の絵。まさに米兵を誘い込むかのような絵だったが、長い間使われていないかのように絵がかすれているのが気になった。周辺には、この男性がいうようにかつて営業していたバーの跡らしき建物が何軒か見られた。派手な外観の跡が見られたが、すでに廃屋になっている。

「かつて、ていつの時代ですか?」とナオミが訊くと、
「それはさ、沖縄が日本に復帰する前の時代からあの戦争が終わる頃までだったかな」
と初老男性。
「あの戦争?」
「あんたが生まれる前にアメリカがしていた大きな戦争でさ、シュワブにたくさんの米兵が訓練に来て、たくさん金を落としてくれていたさね」
いつの時代のいつの戦争だろう。私が生まれる前の時代のアメリカがしていた戦争とは?とナオミは頭の中で考えたが。
「だからさ、とっとと内地に帰ってくれ。もうこの町をかき回すなと言いたいのさ」
と男がいうと、カウンターの中の女性マスターと男の一緒の初老女性が頷き険悪なムードが漂った。
ナオミは頭にきた。ビールをぐっと飲み干すと金をカウンターに置き、さっさとバーを後にした。これが客に対しての態度か。元二郎に続いて、一晩で二度もひどい扱いを受けた。
気分直しのつもりがさらにひどい気分にさせられた。
そうだ、どこか別に飲めるバーはないか、こういう時はとことん飲むのが彼女の性分だ。そして、ぶらぶらと静かで暗い辺野古集落の通りを歩いた。
と、ある建物にたどり着いた。昼間に見た星条旗の建物だ。薄暗い中見えたのは、星条旗の絵の壁でありいかにもバーのような入口扉がある。だけど、周囲の元バーのような建物と同様に営業してなく廃屋となっているようなところではないのかと思った。

こんな田舎町ではしごして飲めるようなところを期待するのがばかげている。民宿に戻ろうとナオミは思った。その時、星条旗の建物から音が聞こえた。ガヤガヤと人が集まっているような音とかすかに音楽も聞こえる。
あ、もしかして営業しているのかと思い、入口の扉を開けた。中は人でごった返していた。若い大柄な男性が沢山いる。カウンターで飲んでいる人、テーブルに座っている人や、空いたスペースで立って飲んでいる人たち。あ、皆、白人の男性、話し声は英語ばかりだ。あ、彼らは米兵ではないのか。バーは満席でごった返して活力に溢れている。
じゃあ、キャンプシュワブの米兵達がこんなにここに集まっているというのか。あれ、さっきのバーの人達が話していたこととは違うんじゃないのか。
ま、いいか、ここで飲ましてもらおうと思い、ナオミはカウンターへ向かった。バーはカウンター、テーブル席以外に、ライブができるステージが設置されている。天井は高くシャンデリアのような電灯がぶら下げられていた。
豪華で雰囲気がいい。かすれた外観とは大違いだ。音楽も流れている。あ、古き良き時代のジュークボックスというものではないか。中にレコードが入っていてコインを入れて音楽を流すというものだ。アンティークなものまで置いている。ちょうど流れている曲はオールディーズだ。あ、これはナオミも知っている。プラターズの「グレート・プリテンダーズ」だ。
辺野古にこんなすごいバーが営業しているなんて、とナオミは驚いた。
第2章へつづく
この小説はフィクションです。登場人物や一部の場所は架空のものであり、実在するものも小説の内容とは無関係なものと考えて下さい。

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