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自作小説「白虹、日を貫けり」 第37章 蘇州へ

テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第36章までをお読みください。


 龍一は、キャセイ・ホテルのロビーにいた。上海きっての高級ホテルだ。ソファに座り、そこである人物、または、その人物の使いの人物に会う手はずとなっている。
 予定では、午後1時に会うはずだったが、すでに午後3時を過ぎている。さぞ忙しい人物だから、遅れるのもやむ得ないと考えてはいたが、とりあえずは、この面会のお膳立てをしてくれたはずの中国人と連絡を取ろうと考えた。彼は海運業を営んでおり、貿易商時代、取引があった。彼によると、彼は蒋介石の秘書、河正浩氏と長年来の友人だということだ。河氏と面会し、その上で蒋介石と直接交渉する機会を得ようと考えていた。そのために千円という高額の金を海運業者に渡し、手はずを整えて貰うつもりだったが、どうやら彼を信用し過ぎてしまったのかもしれない。
 ロビーの隅の電話のあるところに行こうと立ち上がった。隅に向かうと、そこで葉巻を持った見覚えのある男に会った。
自作小説「白虹、日を貫けり」 第37章 蘇州へ_b0017892_22132585.jpg「また、あんたか、チャーリー」
 龍一は英語で嫌みたっぷりに言った。
「またお会いできて光栄だよ」
「ずっと私をつけていたのか」
「いやね、君が今日ここにいるだろうって情報を仕入れてね。私はこれでも情報通だからね。何でもお見通しだろう」
 チャーリーは、得意の笑みを浮かべる。龍一は苦笑いで返し
「残念だが、私が近衛総理の補佐をすることなど容易に予想できたことだ。私は、記者の時代から近衛氏とはつきあいがある。その程度で情報通を気取るのはよして欲しい」
と言った。相手に自分がひるんでいる様子など見せてはならないと思った。とりあえず、ここから電話をかけるのはよそうと思い、龍一は、チャーリーに背を向けた。
「ミスター河は、同じ中国人の言うことよりも、アメリカ人の私の話に耳を傾けてくれたよ」
 チャーリーは、龍一を引き留めるように言った。龍一は、はっとした。
「一体何の話しをしているのか」
 隙を作ってつけこまれてははならないと、振り向かずそう言った。
「蒋介石と会いたいのだろう。会いたければ上海ではなく、蘇州に行くといい」
 チャーリーは続ける。龍一は、振り向いて言った。
「蘇州に蒋介石がいるのか、くだらない、そんなのデマだ」
「デマであるかは、明日の午後五時に拙政亭に行き確かめてみればいい」
とチャーリーは言い、手元にあった葉巻を電話のそばの灰皿にそっと置くと立ち去っていった。龍一は、チャーリーが玄関から出ていく姿をじっと眺めた。
 このチャーリーという男は何者だ。自分のことをいろいろと調べ上げているみたいだ。彼が言うには、国民党政府と親しいらしい。だとしたら、アメリカ政府や軍部の回し者だと考えられる。アメリカは、日中間の戦争では非難をしながらも、軍事的には中立を装っている。だが、その一方で、国民党軍には武器の供与を影で行っている。
 チャーリーがアメリカ政府や軍部の回し者であるとするならば、「蘇州に行くといい」という話しは罠である可能性が高い。何を企んでいるのか分からない。どんな風に自分を利用するつもりなのか考えると危ない。
 龍一は、そう思いキャセイ・ホテルを後にした。 
 
 翌日、龍一は自動車を運転すること三時間をかけ、蘇州に着いた。正午に上海を出て、今は午後三時だ。龍一は拙政園から歩いて三十分ぐらい離れたところに車を停め周囲を見回しながら車を出た。この三時間ずっとつけられていないか注意しながら運転していた。途中で、わざといろいろな脇道に入り、尾行がないかを確認した。どうやらつけられていないと思われる。
 予定の午後五時より早めに着き、こっそりと様子を探ろうと思った。待ち受けている相手よりも先んじて目的地に着き、様子をうかがおうという考えだ。
 これから、三十分ほど歩き拙政亭という蘇州では有名な料亭に向かう。丁度、車を停めた場所の近くを流れるクリーク沿いに真っ直ぐ歩いていけば、拙政亭に着けるはずだ。貿易商時代、何度か行ったことがあるのでよく知っている。
 歩きながら、龍一は、蒋介石という男について知っている限りの知識を思い返していた。
 蒋介石は、一八八七年清朝の時代、裕福な商人の家で生まれた。今は五十歳である。若い時に軍人を目指し日本に留学して軍事技術を身につけたという。
 その後、孫文と出会い、共に列強に押される中国を近代化しようと革命を起こし清朝を打倒させる。そして国民党率いる中華民国の指導者となったのだ。
 だが、中国は一筋縄ではなかった。東北部では軍閥の勢力は未だ強く統一国家としての道のりは険しかった。その上、列強からの干渉も絶えなかった。
 日本が満州を占領し、傀儡国家満州国を起こした時は、内戦に手こずらされ、日本の進出に真っ向から対決できるほどの軍事力をようせなかったのだ。
 だが、今や中国は、変わってきている。この戦争においても、それは如実に分かってきている。これまでの日本軍の苦戦ぶりも、軍事的に強力となった中国を侮った結果でもあった。当初は、簡単に壊滅できるものと思われ短期決戦で軍は望んだが、国民東軍は、密かに欧米の支援を受け、強力な武器を携え手強い対戦相手となっていた。上海から南京の他、南部の広範囲を占領下においているものの、いつまた、反撃にあい挽回されるのかは分からない状況だ。国民党は首都を南京から重慶に移し体制を立て直している。
 人物的には蒋介石は、人間不信が強いとか、臆病者であるとか揶揄される言葉を聞くが、同時に頭の切れる戦術家で冷静沈着だとの評判も聞く。
 クリーク沿いに歩くこと三十分、拙政亭の玄関前に着いた。ここまで、蘇州の美しい街並みを堪能しながら蒋介石のことを考えていたせいか、時間があっという間に過ぎた感じだ。この蘇州という町は、古都であり、また、水の都と呼ばれるほどクリークが街中に網の目のように通っている。西には太湖という湖があり、北には長江という大河が流れている。漁村としても栄えている。
 この拙政亭は、明の時代に立てられた庭園を料亭にしたところだ。造りは、当時そのままで美しい。入り口は、塀の壁面を丸くくり抜いた形になっている。
自作小説「白虹、日を貫けり」 第37章 蘇州へ_b0017892_17151256.jpg

 中にはいると、庭園内の池の上の茶屋と入り口をつなぐ回廊を通ることとなる。回廊を通りながら池を含めた庭園全体を眺められる風情のある造りになっている。
自作小説「白虹、日を貫けり」 第37章 蘇州へ_b0017892_1716448.jpg

 茶屋に入り、椅子に腰を下ろす。そこからも美しい庭園が眺められる。今は、午後三時四十分、予定より一時間以上の合間がある。茶屋には客が数人ほどいてまばらだった。現地の者らしく、飲茶を飲んでいる感じだ。特に不審な点はない。店員も普通の中国人という感じだ。昼飯時も過ぎ、夕飯には程遠い時間帯だからこそ、まばらなのだろう。午後五時になれば、人も増えてくる。その中には、日本軍の者もいよう。
 龍一は思った。そもそも、こんなところで蒋介石はもとより、その使いの者に会えるのだろうか。上海の租界と違い、ここは日本軍に占領されている地域だ。租界を抜けて、ここに来るまで何度も検問所に出くわした。その度に冷や冷やして脇道に入り尾行がないかを確認したほどだ。
 誰もが行き来が不自由で、日本軍の監視も強い中で、日本人の自分とこんな目立つ場所で会おうとするのだろうか。
 龍一がここまで来て確かめたかったのは、あのチャーリーが何を企んでいるかということだ。だからこそ、予定より早めに来て、様子を見たかった。蒋介石の関係者と会えるなどとは、全く思っていない。
 龍一は飲茶と菓子を食べ、お金を置くとすぐに席を立った。この茶屋の玄関口とは別のもう一つの回廊を渡り庭の方へ行くためだ。そこには、太湖石という、湖底から引き上げたごつごつとしたとても大きな岩石が置いてある。その岩石には人が入れるほどの穴があり、まるで洞窟のようになっている。龍一は何気なく、その中に入った。というのも、そこから茶屋を眺めようと考えたからだ。穴の中は真っ暗だが、小さな空気穴がぽつぽつとあり、そこに目を当てると茶屋の様子が眺められる位置にある。
 龍一は、そこから茶屋の様子を眺めることとした。誰も、そんな龍一の不審な行動に関心を払う様子もない。何と言っても庭園は広い。そもそも、拙政園で会おうと言っていたが、こんな広い庭園のどこで会おうというのかと考えてしまう。おそらく、それは客の集う茶屋しか考えられない。回廊や四阿で会おうとはチャーリーは言わなかった。
 じっと茶屋を眺めること一時間以上が過ぎた。見たところ変化はない。客が数人、出ていったようで、店員には変わりはない。店員は中年の弱々しい女性だから、何かの工作に関わっているとも思えなかった。この間、新しい客も入ってこない。それに残った客は老人の男二人だ。
 午後丁度五時、腕時計を空気穴から漏れる明かりに照らし、確認した。ここで引き揚げよう。これ以上、付き合うつもりはない。仮に蒋介石と通じた者に会えるとしても、あの怪しいチャーリーに借りを作るような形は願い下げだ。あくまでチャーリーが、どんな奴らと通じているのかを確かめて見たかっただけだ。この時間までに誰も来ないのであれば、はったりだった可能性がある。
 入った時とは反対側にある太湖石の別の穴から抜け出て、庭園から玄関口に通じる回廊に踏み出した。
 すると、目の前に男が現れた。背は低いが若くて腕っ節の強そうな男である。無言で龍一を見つめる。というより睨んでいる。
 これはやばい、と龍一は振り返り、太湖石の穴の方へ走った。暗い穴の中をはらはらしながら走った。後ろから、男が追って来る。
 反対側の穴から抜け出した。目の前には、2つに分かれた回廊があった。太湖石まで来るのに通った茶屋に通じるものと、もう一つ別方向へ行く回廊だ。茶屋の方に戻ろうとしたが、その回廊に二人の男、さっきまで席に着いてた老人たちが近付いてきている。足取りは年寄りとは思えないぐらいにしっかりとしている。明らかに龍一目がけて近付いているのだ。
 龍一は別の回廊に入り、走っていった。何度か来たことのある拙政亭だが、回廊は広い庭園の中で幾つも入り組んでいて、どこを行けば庭園を抜け出せるのか分からないほどだ。ひたすら、思いつく方向に走っていった。
 回廊をどれだけの長さ走ったのだろうか、さっと後ろを振り向く、もう誰も追いかけてはいないようだ。
 とりあえず、立ち止まる。すぐ先に別の出口があった。壁面が丸くくり抜かれ、その先にクリークが流れているのが見える。入り口は玄関口と比べ小さめで反対側にある裏口のようだ。
 龍一は、ほっと息をつきながら、敷居をまたぎ、そこを抜け出した。
 突然、ぐっと鈍いが衝撃の強い痛みが龍一の腹を襲った。その痛みで立てなくなりそうだ。すると、誰かが体を支える。かと思うと、さっと体が宙に浮いた。足が地面から離れたのだ。
 そして浮いた体は、何者かに持ち上げられ、クリークの方へ持って行かれる。クリークに浮かぶ小舟の上に入ったようだ。意識がありながら体が動かず、龍一は何も抵抗できない。
 どんっと船の上に自分の体が放り投げられ舟板に打ち付けられたのを感じだ。と、そのとたん、意識もどんどんと薄れていく。最後に聞こえたのは、蒸気モーターのエンジン音だ。船がクリーク上を流れていくのを感じとりながら、龍一は昏睡状態に陥った。
 悔しい、はめられた、と心の中で叫んだ。

第38章へつづく。

自作小説「白虹、日を貫けり」 第37章 蘇州へ_b0017892_17162585.jpg

by masagata2004 | 2006-09-10 17:16 | 自作小説 | Trackback | Comments(0)


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