自作小説「白虹、日を貫けり」 第46章 真珠湾
テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。大正時代から終戦までの激動の時代を振り返りながら考える。
まずは、まえがきから第45章までをお読みください。
一九四一年(昭和十六年)十二月
ハワイ、オアフ島 パール・ハーバー 海軍病院
早朝、龍一は、パジャマを着たままの状態で病室の窓から海を眺めていた。青い海からの爽快な潮風を感じながら、これまでのことを思い出していた。
ハワイのオアフ島に到着した時は、かなりの高熱であった。すぐに病院に送られ、入院となった。その後、ただの発熱ではなく盲腸炎から来るものであることが分かった。
盲腸を切る手術が行われ、手術は無事に成功。その後一週間ほど体調を回復するための入院生活が続いた。
熱も正常に治まり、体力もかなり回復した。
病院の窓からは、数キロほど離れた海軍基地が眺められる。太平洋艦隊の戦艦が何隻も係留されている。もう午前七時である。すでに甲板での朝礼が終わり、すでに多くの兵士が任務に就いている時間だ。
龍一には確信があった。開戦となれば、間違いなくこの基地を奇襲攻撃することだろう。アメリカの軍部では、日本は東南アジアの石油が狙いなので主にフィリピンの基地が標的になるのではという憶測が強いようだが、それよりも日本軍にとって重要な標的はハワイの太平洋艦隊なのだ。東からの最大の脅威を削ぎ、それによって敵側の志気を落とすという狙いがあるはずなのだ。
太平洋艦隊を壊滅させることが、国力の差からやらざる得ない短期決戦の要となる。
しかし、そんなことをしてもアメリカに勝てる見込みなど所詮ない。一時的に優勢に立てても、後でいくらでもアメリカに取り返されるだろうし、売られたけんかには絶対に屈しないのがアメリカという国家の性格だ。
そういうものを読み違えて精神主義に舞い上がった者共が、これから巨人に突進しようとしている。問題はいつになるのか。かなり近々であることは分かっている。
コン、コンとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ入って」
と龍一は言った。看護婦が朝食を運んできた。
その時、ドドーと上空で轟音が聞こえた。龍一は、急いで窓の外に体を乗り出し眺めた。上空を飛行機、いや戦闘機が何機も飛び交っている。零戦だ。翼に日の丸の印があるのが見えた。
ああ、なんてことだ。ついに来たのか。
龍一は、看護婦を押しのけ急いで病室を出た。そして、パジャマ姿のまま、病院の外に出た。岸まで近付き、火や煙の噴き出す軍港を見つめた。
戦闘機が次から次へと飛び交い、艦隊に向かって爆弾を落としていく。けたたましい音が、一帯に響き渡る。
「リッチー、病院に入ってください。危険です」
と看護婦が背後から大声で呼びかける。
龍一には、爆音や飛行機の轟音で、その呼びかけが聞こえなかった。むしろ、誰の声も、全く耳に入らず目の前の光景に見入っていた。
龍一は、思わず叫んだ。
「この野郎、何てことやったんだ。何てばかなことを」
目から涙がこぼれた。その場を離れずじっと光景を見続けた。
戦艦が煙を上げながら沈んでいくのが見えた。かなりの兵士が命を落としていることであろう。
これから日本でも、もっと多くの人々が殺されていくであろうと龍一は予期した。アメリカが許すはずがない。徹底してその代償を日本に払わすだろう。
翌日、ルーズベルト大統領がラジオ演説を行った。昨日は「屈辱として残る日」になったという言葉で始まり、何の予告もない奇襲攻撃を受け、日本政府は油断させようと我々を騙し続けてきたと。攻撃されたのはパール・ハーバーの他、マレーシア、グアム、香港、フィリピン、ミッドウェイなどであった。どんなに長引こうと勝利するまで戦い続けるべきだと。議会に宣戦布告するように要請し、ここにアメリカ合衆国の大日本帝国への宣戦を布告すると締めた。
ついに日本とアメリカの戦争が始まった。日本は同時に中国とも戦争をしている。その日本を助けるかのように、同盟国のドイツがアメリカに宣戦布告した。
これは、欧州のイギリス・フランスなどドイツに苦戦を強いられている国々を喜ばせた。アメリカは、日・独・伊の枢軸国に対する連合国として参戦した。これまでの外交方針であった孤立主義をここに捨てた。
チャーリーは、龍一に言った。
「数年ほど待てばいい。戦争が終わったら、帰国できる」
「それまでの間、何をすればいい?」
「何もしなくていいさ。君は、ここでのんびりしていればいい」
とチャーリーは、アロハシャツを着た姿で、ソファに座る龍一に言った。
退院した龍一には、生活費と一軒家と自動車が提供されている。住む家からは、美しいハワイの海岸が見渡せリゾート生活を送れるようになっている。
「私は何かしたい。ここでバケーションをただ楽しめというのか」
と龍一はソファから立ち上がり言った。
「したくても君にできることなんてないさ」
とチャーリー。
「いや、あるさ。私の持っている限りの知識と能力を活かして、日本軍を負かす協力をするんだ。できるだけ戦争を早く終わらせるんだ」
「何を言っているんだ? 君は、もうこれ以上祖国を裏切るようなことをしたくないと言っていただろう」
「ああ、言ったさ。だから、今度はもう日本人としてではない。日本人をやめる。お願いだ、チャーリー。私をアメリカ人にしてくれ。今後はアメリカ人として、君に協力したいんだ」
龍一は、固い決意を持ってチャーリーに言った。
第47章へ続く。
まずは、まえがきから第45章までをお読みください。
一九四一年(昭和十六年)十二月
ハワイ、オアフ島 パール・ハーバー 海軍病院
早朝、龍一は、パジャマを着たままの状態で病室の窓から海を眺めていた。青い海からの爽快な潮風を感じながら、これまでのことを思い出していた。
ハワイのオアフ島に到着した時は、かなりの高熱であった。すぐに病院に送られ、入院となった。その後、ただの発熱ではなく盲腸炎から来るものであることが分かった。
盲腸を切る手術が行われ、手術は無事に成功。その後一週間ほど体調を回復するための入院生活が続いた。
熱も正常に治まり、体力もかなり回復した。
病院の窓からは、数キロほど離れた海軍基地が眺められる。太平洋艦隊の戦艦が何隻も係留されている。もう午前七時である。すでに甲板での朝礼が終わり、すでに多くの兵士が任務に就いている時間だ。
龍一には確信があった。開戦となれば、間違いなくこの基地を奇襲攻撃することだろう。アメリカの軍部では、日本は東南アジアの石油が狙いなので主にフィリピンの基地が標的になるのではという憶測が強いようだが、それよりも日本軍にとって重要な標的はハワイの太平洋艦隊なのだ。東からの最大の脅威を削ぎ、それによって敵側の志気を落とすという狙いがあるはずなのだ。
太平洋艦隊を壊滅させることが、国力の差からやらざる得ない短期決戦の要となる。
しかし、そんなことをしてもアメリカに勝てる見込みなど所詮ない。一時的に優勢に立てても、後でいくらでもアメリカに取り返されるだろうし、売られたけんかには絶対に屈しないのがアメリカという国家の性格だ。
そういうものを読み違えて精神主義に舞い上がった者共が、これから巨人に突進しようとしている。問題はいつになるのか。かなり近々であることは分かっている。
コン、コンとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ入って」
と龍一は言った。看護婦が朝食を運んできた。
その時、ドドーと上空で轟音が聞こえた。龍一は、急いで窓の外に体を乗り出し眺めた。上空を飛行機、いや戦闘機が何機も飛び交っている。零戦だ。翼に日の丸の印があるのが見えた。
ああ、なんてことだ。ついに来たのか。
龍一は、看護婦を押しのけ急いで病室を出た。そして、パジャマ姿のまま、病院の外に出た。岸まで近付き、火や煙の噴き出す軍港を見つめた。
戦闘機が次から次へと飛び交い、艦隊に向かって爆弾を落としていく。けたたましい音が、一帯に響き渡る。
「リッチー、病院に入ってください。危険です」
と看護婦が背後から大声で呼びかける。
龍一には、爆音や飛行機の轟音で、その呼びかけが聞こえなかった。むしろ、誰の声も、全く耳に入らず目の前の光景に見入っていた。
龍一は、思わず叫んだ。
「この野郎、何てことやったんだ。何てばかなことを」
目から涙がこぼれた。その場を離れずじっと光景を見続けた。
戦艦が煙を上げながら沈んでいくのが見えた。かなりの兵士が命を落としていることであろう。
これから日本でも、もっと多くの人々が殺されていくであろうと龍一は予期した。アメリカが許すはずがない。徹底してその代償を日本に払わすだろう。
翌日、ルーズベルト大統領がラジオ演説を行った。昨日は「屈辱として残る日」になったという言葉で始まり、何の予告もない奇襲攻撃を受け、日本政府は油断させようと我々を騙し続けてきたと。攻撃されたのはパール・ハーバーの他、マレーシア、グアム、香港、フィリピン、ミッドウェイなどであった。どんなに長引こうと勝利するまで戦い続けるべきだと。議会に宣戦布告するように要請し、ここにアメリカ合衆国の大日本帝国への宣戦を布告すると締めた。
ついに日本とアメリカの戦争が始まった。日本は同時に中国とも戦争をしている。その日本を助けるかのように、同盟国のドイツがアメリカに宣戦布告した。
これは、欧州のイギリス・フランスなどドイツに苦戦を強いられている国々を喜ばせた。アメリカは、日・独・伊の枢軸国に対する連合国として参戦した。これまでの外交方針であった孤立主義をここに捨てた。
チャーリーは、龍一に言った。
「数年ほど待てばいい。戦争が終わったら、帰国できる」
「それまでの間、何をすればいい?」
「何もしなくていいさ。君は、ここでのんびりしていればいい」
とチャーリーは、アロハシャツを着た姿で、ソファに座る龍一に言った。
退院した龍一には、生活費と一軒家と自動車が提供されている。住む家からは、美しいハワイの海岸が見渡せリゾート生活を送れるようになっている。
「私は何かしたい。ここでバケーションをただ楽しめというのか」
と龍一はソファから立ち上がり言った。
「したくても君にできることなんてないさ」
とチャーリー。
「いや、あるさ。私の持っている限りの知識と能力を活かして、日本軍を負かす協力をするんだ。できるだけ戦争を早く終わらせるんだ」
「何を言っているんだ? 君は、もうこれ以上祖国を裏切るようなことをしたくないと言っていただろう」
「ああ、言ったさ。だから、今度はもう日本人としてではない。日本人をやめる。お願いだ、チャーリー。私をアメリカ人にしてくれ。今後はアメリカ人として、君に協力したいんだ」
龍一は、固い決意を持ってチャーリーに言った。
第47章へ続く。
by masagata2004
| 2007-01-06 23:30
| 自作小説
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