自作小説「北京の恋」 第6章 カナダからの電話

北京を舞台とした短編恋物語。筆者の実際の体験を基にしたストーリー。

まずは序章から第5章をお読み下さい。


「雅夫、それ本気で言っているの?」
 紅玲は言った。
「ああ、本気さ」
 雅夫は彼女の反応が気になった。本気だと分かって欲しい。そして、それについてどういう意見も持っているか聞きたい一心であった。
「雅夫、私とあなたは老師と生徒の関係だわ。それは分かっているわよね」
 紅玲は、やや困ったという表情をして言う。
「ああ、分かっているさ。それでも、男と女として付き合いたいと思っている」
「雅夫、駄目だわ。私は、あなたを生徒としてしか見られない。あなたは悪い人じゃないと思うけど」
 やはり、という反応である。雅夫は、これまでの人生で愛の告白をしたことは何度かあった。その半分はいい回答で、それ以外は彼女のように丁寧に断られるという具合である。そういう経験からか、振られたことがショックにはならなかった。
 しかし、急に目が覚めた感覚である。考えてみれば大それたことをしでかしたのだ。本来、短期の留学で来たのに、その学校の先生と関係を持とうとする。今後、ずっと住むわけでもないのに大胆不敵過ぎる。彼女だって困るだろう。日本で女の子を引っ掛けるのとは事情があまりにも違いすぎる。ましてや、今のように両国の関係が険悪化している時期に。彼女の親切につけ込んだみたいで情けなかった。
「すまない。バカなことを言ってしまって。単に気分的に出た言葉なんだ」
 雅夫は、とても恥ずかしかった。紅玲は、顔を赤らめた雅夫を見て気遣うように言った。
「気にしないで。こんなこと、あなただけじゃないから。今まで何度かあったことよ」
「過去にも何度か?」
 雅夫は、驚いて訊いた。
「そう、でも過去のこと。そうだ。今日の授業はこれでお終い。学院に帰りましょう」
 紅玲はそう言い、万葉亭から下る階段の方へ向かった。雅夫は、黙ってついていった。
 
 昼食を食堂で済ませ、寮へと戻ろうと学院の廊下を歩いていると、ふと里美を目にした。誰もいない教室で、一人落ち込んで立っている。
 教室の中に入り、里美に声をかける。
「リーメイ、どうしたんだ? 元気ないようだけど」
「私、留学を切り上げて日本に帰ろうと思うの」
「え、どうして?」
 雅夫は驚いた。
「だって、もう自由に外に出られないんだもの。中国人の友達に電話しても、今は付き合えないって言われるし」
 里美の言葉には、苦悩が伝わった。純真爛漫なお嬢様が、生まれて初めての疎外感とそれから来る悲痛を味わっているのだ。
 里美が、可哀想に思えてきた。雅夫は、紅玲のことを考えてみた。彼女も本心では、自分が日本人であることに抵抗感を持っているのでは。そんな感情を抱いているのでは。そういう風に考えるのはとても失礼な気がしたが、しかし否定できないことではなかろうか。紅玲は中国人だ。そして、自分は日本人だ。その事実は大きい。
 雅夫は、思わず里美の肩に手を置き抱き寄せてしまった。里美に同情心が沸いたからだ。里美も、その抱き寄せに抵抗感なく応えた。
は、と目の前に、思わぬ人の視線を見てしまった。紅玲だ。王老師。たまたま教室の外の廊下を通りかかったようである。開けっ放しのドアから雅夫と里美が抱き合う姿が見えたようだ。
 だが、王老師は無表情である。視線をさっとそらし、何も見なかったように廊下を通り過ぎていく。ほんの一瞬の出来事であった。

b0017892_2024128.jpg

 翌日、授業のため教室に出向いた。王老師と顔を合わすのは実に気まずかった。昨日した告白と、里美との抱擁を目撃されたこと、気まずいことが重なってしまったのだ。彼女にはどう思われてしまっただろう。とても軽い男のように思ったことだろう。「好きだ」と告白しながら振られると、その後しばらくたって別の女性に乗りかえる男。
 しかし、雅夫は思った。それでいいんだ。どうせ、彼女とは結ばれる仲ではないんだから。むしろ、その程度の男と思われた方が気が楽だ。
 紅玲は、いつも変わらなく雅夫と接して授業を進めた。雅夫もたんたんと、生徒らしく授業を受けた。お互いの内心を意識することなく、午前の授業は終了した。
 食堂で昼食を済ませ、教室に戻ろうとする雅夫。丁度、職員室の前を通りかかった。何やら英語でややけんか腰の女性の声が聞こえる。それは紅玲の声だった。
 彼女が学内で英語を話すのは、雅夫だけであるので、不思議に思い聞き耳を立てた。ドアが開いているので、こっそりと様子を見る。紅玲は、電話の受話器を持って英語で話しをしている。かなり興奮した口調で。周囲に一人、年老いた男性の教師がいたが、彼には遠慮はしてないようだ。おそらく、その教師は英語が理解できないからだろう。彼女が英語で話すと言うことは、アメリカやイギリスからの英語圏の留学生か業者が相手だろうと推測される。
 雅夫は、何かトラブルが起こったのだろうか、と心配になった。
「グレッグ、お願い。もう私に構わないで。約束したでしょう。離婚した後は一切、顔を合わさないって」
 紅玲が声を荒げて言った。受話器から、大声で返答する声が漏れ聞こえ、それにまた返すように言う。
「カナダから来るですって。冗談じゃないわよ。私と寄りを戻せるって本気で思っているの?」
 離婚、カナダ、寄りを戻す、そんな言葉が雅夫の心に衝撃を与えた。
「いい加減にして。もうあなたが来ても、何の心変わりもしないわ。私にあんなひどい思いをさせて。それに、言っておくけど、私には、すでに好きな人がいるのよ」
 紅玲が、そう言った瞬間、ドア越しの雅夫と視線がぱったり合ってしまった。

最終章へつづく
by masagata2004 | 2007-08-19 17:01 | 自作小説


人生は常に進歩していかなければならない


by マサガタ

プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

カテゴリ

全体
プロフィール
自作小説
映画ドラマ評論
環境問題を考える
時事トピック
音楽
スポーツ
ライフ・スタイル
米留学体験談
イベント告知板
メディア問題
旅行
中国
風景写真&動画集
書籍評論
演劇評論
アート
マサガタな日々
JANJAN
スキー
沖縄

タグ

最新のトラックバック

映画「終戦のエンペラー」..
from soramove
【映画】バーダー・マイン..
from しづのをだまき
インサイダー
from 映鍵(ei_ken)

フォロー中のブログ

高遠菜穂子のイラク・ホー...
ジャーナリスト・志葉玲の...
地球を楽園にする芸術家・...
*華の宴* ~ Life...
poziomkaとポーラ...
広島瀬戸内新聞ニュース(...
楽なログ
美ら海・沖縄に基地はいらない!

その他のお薦めリンク

ノーモア南京の会
Peaceful Tomorrows
Our Planet
環境エネルギー政策研究所


私へのメールは、
masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp まで。

当ブログへのリンクはフリーです。

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

東京
旅行家・冒険家

画像一覧