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船場吉兆「使い回し」廃業事件に考える 外食はビュッフェスタイルで残さず食材活用を

海形マサシ2008/06/10

船場吉兆「使い回し」廃業事件とそれに関するJanJan紙面での意見などを見て、以前見た、米国のドキュメンタリー番組を思い出した。それはビュッフェ形式のレストランで、それまでは捨てられていた手の付けられていなかった料理で、ホームレスの人々に配給する慈善事業を始めたという話であった。食料自給率が4割もないのに、食品の3割以上が残飯として捨てられている日本でも見習うべきではないか。

日本食NA_テーマ2

船場吉兆「使い回し」廃業事件に考える 外食はビュッフェスタイルで残さず食材活用を | 「船場吉兆」本店、07年11月19日、大阪市中央区にて山本ケイ記者撮影(「偽装事件に揺れる「船場吉兆」本店」より)。

「船場吉兆」本店、07年11月19日、大阪市中央区にて山本ケイ記者撮影(「偽装事件に揺れる「船場吉兆」本店」より)。

 老舗の料亭、船場吉兆が、残った料理を他の客に出す分に使い回していたことが発覚し、以前の食材産地偽装などのことも重なり廃業という結末に陥った。「やむを得ぬ」という声が多い中、JanJanでは、世の中の空気を読まずに老舗の「もったいない」精神を受け継いだまででは、と擁護する意見も書かれている。

 この事件と「もったいない」精神で、あることを思い出した。10年以上も前に日本テレビの「世界まる見え特捜部」で放送されたアメリカのドキュメンタリー番組だ。

 ビュッフェスタイル(バイキングともいう)のレストランでは、トレーに残った食物が少なくなると、見栄えをよくするために出来たてのものに交換する。この番組ではその時、残った食物は捨てられるということを知ったある実業家が、それならば、その残り物を効率よくホームレスの人々に配給しようと慈善事業を立ち上げた話を紹介していた。

 このビュッフェ方式と、残り物を他用途に活かすやり方が、もっと一般化されないかと思う。日本には、食料自給率が4割もないのに、食品の3割以上が残飯として捨てられている恐ろしい現状がある。

 普通、レストランや給食だと一人分を定食として、一定量がまとめて提供される。人によって空腹感はまちまちなので、大して腹がすいてないとかなりの残飯が出てしまうことになる。そしてその度に「もったいない」と思われながら、残飯は捨てられる運命にある。

 そのことを考えると、必要な分だけを自分で取り、手をつけた残飯は極力少なくできるというこのビュッフェスタイルは、今後、外食や給食で一般化すべきスタイルだと思う。そして残ったものは、ホームレスや家畜の飼料などに回せるような配給システムを構築するのだ。

 「もったいない」から満腹であっても残さず食べるよりも、もったいない分は、他に回せるシステムにする方が合理的だ。それに最近は、石油の高騰、それに伴う食料の高騰が進んでおり、かつてのように金さえ出せば食料が買えるという時代でもなくなってきている。あるものは最大限活かすシステムにしなければならない。

 ビュッフェスタイル的なサービスは、船場吉兆のような高級料亭でも可能だ。お客が席を離れて料理を取りにいくのではなく、給仕が料理をお盆に盛ってきて、お客が求める必要な量を皿に載せればいいのだ。その日残った料理は、値引きして別の店でお弁当にしたりして売ればいい。

 筆者は以前、国際航空便のファーストクラスに乗った時、スチュワーデス(客室乗務員)がワゴンで運ぶチーズをほんの数ミリ切り分けて貰い、食したことを覚えている。高級ブルーチーズだった。腹の調子がよくなく、多くの量を食べられなかったが、チーズを含め少ないながら、とてもおいしかったことを記憶している。高級料亭などは、量は少なくても、味や食事をしている場の雰囲気、給仕のサービスを楽しむためにあるようなものだ。使い回さなければならないほど一度に出す必要などはない。

  


by masagata2004 | 2018-06-08 21:58 | JANJAN | Comments(0)

人生は死ぬまでの暇つぶし

この言葉は、あるフェミニストの講演で聴いた。

聴いて、ふっきれた。それ以前は、自分はなんだと、自分の人生はなんと駄目なんだと自問自答して鬱になる日々だったが、そんなときに、この言葉を思い起こすと、一気に気が楽になってくる。

世間一般のスタンダードで、いい歳になって、まだこんなことして、毎日が同じことの繰り返しで進歩のない自分と情けなくなり、周囲からも批判にさらされることがある。

そんな時、この言葉を思い起こせばいい。

人生は死ぬまでの暇つぶし。

何か大きなことを成し遂げていない。生涯独身で、子孫を残さず、遊びほうけてばかりで、世の中の役に立つような功績を、何も残さず死んでいくただの庶民、それも低級な端くれになって人生を終えるかもしれないけど。

それでもいいじゃない。無理して偉い人になったり、結婚したり、子供をつくったりしたご立派な人間になんてならなくていいじゃない。

その日、その日を何とか生き延び、楽しんだりして、それでいいんじゃない。それ以上のことをしようだなんて思わなくていいんじゃない。

面倒くさいことをしなくていいんじゃない。仕事やボランティアなんてするけど、自己満足で、それも遊び気分でいいじゃない。

高い地位や収入を求めなくても。どんなに努力しても、そんなものを得られるか分からないのだから。

ただ、最低限、自分が自分として生きていける棲家であるこの社会を支えることはしておこう。あくまで自分のできる範囲でいいから。

まあ、少々の税金を払ったり、弱者(自分を含めた)救済をする活動に加わったりと。

むずかしく考えなくていいんだって。

失敗してもくよくよしない。ずっと失敗続きでもいいんだから。成功者にならなくてもいいんだ。ただの庶民で敗者であってもいい。

自分にプレッシャーかけるのはよそう。

くだんない人間で終わって、あの世に行ってしまったとしても後悔はしないよ。

くだらない人生で十分。所詮、人生は死ぬまでの暇つぶしなんだから。


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by masagata2004 | 2015-09-16 23:36 | マサガタな日々 | Comments(0)

高島屋で天麩羅アイスクリームを食べた

プリンアラモード

たまたま立ち寄った高島屋の天麩羅屋で天麩羅アイスクリームを食べた。

天麩羅の食感とアイスの甘さが微妙にマッチしていた。

漫画の「美味しんぼう」で、この天麩羅アイスクリームは料理人の腕のみせどころとして紹介されていたのを思い出したので注文した。

日々、不安が多く鬱状態の自分に、ほっとした甘いひと時を提供してくれたような。

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by masagata2004 | 2014-11-03 14:27 | マサガタな日々 | Comments(0)

鬱の時に聞くと励まされる言葉

私が最近、熱心に観ているNHKの朝ドラ「花子とアン」から聞いた言葉。このドラマの原案となった伝記にも、出てきており、実在の人物が実際に言った言葉であることがわかります。

舞台は大正時代のキリスト教系の女学校。卒業式で代表生が「この学校で過ごした日々は自分の生涯のうちでもっとも幸せな時となるでしょう」と言ったことに対しての校長のスピーチ。校長はカナダ人です。英語で演説をします。

If some decades later, when you look back on your time with us, you feel these were the happiest days in your life. Then I must say your education will have been a failure. Life must improve as it takes its course. Your youth, you spend in preparation because the best things are never in the past but in the future.

訳せば、

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by masagata2004 | 2014-06-01 15:31 | マサガタな日々 | Comments(0)

滑り台


恐怖体験。
by masagata2004 | 2013-09-29 12:10 | マサガタな日々 | Comments(0)

晴れた日の野沢温泉は最高!

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by masagata2004 | 2013-03-17 11:43 | スキー | Comments(0)

消防署で体罰?

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これでは隊員の足腰を痛める。かつてのうさぎ跳びを彷彿とさせる。
by masagata2004 | 2013-02-20 09:01 | スポーツ | Comments(0)

かえって近付きたくなる

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のが人間の心理。
by masagata2004 | 2013-02-17 13:29 | 風景写真&動画集 | Comments(0)

風流やな

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間から通る寒風が気持ちいい。鳥のさえずる声も。京都、東福寺近くの雪舟寺にて。
by masagata2004 | 2013-02-10 14:21 | 旅行 | Comments(0)

「エースをねらえ」には体罰はなかった

確か、漫画版でもアニメ版でも、実写版でもなかったはずだ。昨今のスポーツ界の体罰や暴力・パワハラ騒動で思い起こさせられたので語りたい。

「エースをねらえ」は70年代の少女漫画に連載されたテニス少女の葛藤を描いた作品。テニスの名門校に入った岡ひろみという少女が、部のコーチに見初められ、プロ級の選手へと成長していく物語だ。

彼女を育て上げていくコーチは宗方仁という選手として再起不能になった経緯のある寡黙でありながら、時に気の利くアドバイスを与える人。

厳しい練習を課す鬼コーチでありながら、体罰は一切しない。よくよく読むと、ほとんど選手の自主性に任せている。与える言葉は、頭ごなしに、あれしろ、これしろというのではなく、選手本人が自ら考えさせるという観点でのアドバイスだ。

例えば、岡ひろみがテニス部をやめると言った時、宗方は「好きにしろ」と言い捨て、引き留めようとしない。だが、後にひろみは、コートに戻ってくる。すると、そこに宗方がいた。そして、彼女がやる気を出していることを理解し特訓を課す。

また、岡ひろみに嫉妬心を抱く先輩の竜崎麗香が、ダブルスを組むことを命じたのを拒否した時は「お前なら岡を理解できる。岡ならお前に応えられる」と言い、ついには竜崎麗香が自らの気高さから、ひろみをパートナーとして受け入れるようになるのを見届ける。

ひろみが藤堂という先輩の男子選手に恋い焦がれ、練習がおろそかになった時は「恋に燃えても、溺れるな」と言い、藤堂に対しては「男なら女の成長を妨げるような愛し方をするな」という言葉で彼らに何を為すべきかを理解させる。

もちろん、漫画だから、実際はこんな風にうまくはいかない、選手にやる気を与えるためにも、強くさせるためにも、殴り飛ばす必要はあるのだと言ってしまう人もいようが、そんな時、手を振り上げず、選手に自分で考えさせるヒントとなる言葉を与えられるかが、コーチとしての技量となる。

単に筋肉だけでスポーツは出来ない。コーチは指導において運動の理論を理解し、幅広い教養が必要になる。そして、結局のところ、選手が選手自身で自らを鍛え上げられるようにならなければならない。コーチは、選手がそうなっていくようになるためのアドバイスを与えることが主たる役割なのである。

私が出会った先生の中に、こんな言葉を言っていた人がいた。「馬を井戸まで連れて行かせても、その馬に水を飲ませることは出来ない」。つまりは本人次第ということ。そういうことの理解できるコーチは、体罰などしない。
by masagata2004 | 2013-02-05 23:17 | スポーツ | Comments(2)


人生は常に進歩していかなければならない


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